2-3

「そんなに固くならなくて平気よ、ゆっくりなさって。」


(そ、そんなわけにはいきません~~~~!!!)


 というわけで翌日、なぜか私はナキテス辺境伯家のタウンハウスにお邪魔することになってしまった。


 辺境伯家の当主様は領地にいらっしゃるとのことで、今日はこの家の嫡男ジェマントルン様と次男ジーオ様が面会してくださることになった。


 突然の訪問になったことに対するお詫びと、助けていただいたお礼をし、ピンクのバラとガーベラ、それにカスミソウを合わせた花束と、お父様のやっている商会で扱っている他国の特産品である手編みのショールをお渡しすると、辺境伯令嬢は大変喜んでくださり、それから、辺境伯令息はお父さまのお仕事についてお話が是非聞きたいと言われた。


 喜んで、と、お父様が答えると、ナキテス辺境伯令嬢が『お仕事の話はつまらないわ。 一緒にお庭を散歩しましょう?』と、緊張している私に気遣ってくださり、お庭に出ることになった。


「素敵なお庭ですね。 見たこともないお花が沢山ですわ。」


「えぇ。 辺境伯領のお庭は飾るような場所ではないから、タウンハウスのお庭は花をたくさん植えてもらっているの。」


 先ほど差し上げたショールを肩にかけたナキテス辺境伯令嬢は、嬉しそうに笑うと、私をガゼボに誘ってくださった。


 そこには、すでにお茶の用意がしてあった。


「実は私、一度でいいから貴女とお話してみたかったんですの。 ……アンリエッタ様とお呼びしてもよろしいかしら? 私の事は、イデーレと呼んで頂戴。」


「そんな、恐れ多いですわ。」


「いいえ、そう呼んでほしいの。 ね、いいでしょう? アンリエッタ様。」


「は、はい。 それでは……イデーレ……様。」


「まぁ! 嬉しい! さ、お茶にしましょう?」


 うふふと笑ったイデーレ様は、自らお茶を淹れてくださり、私の前に出してくださった。


「おいしい……。」


 ほぅ……とあまりのおいしさに息を吐くと、イデーレ様は嬉しそうに笑った。


「まぁ、嬉しい。 王太子様も同じように言ってくださるの。」


(そうだった! この方、未来の王太子妃! 王妃!)


 慌てて私は頭を下げた。


「も、もうしわけありませ……「もう、そんなに謝らないでくださいませ、アンリエッタ様。」……はい。」


「私がお話したかったのは、何故、あのようなことがあっても、そのように前を向いていらっしゃるのか不思議だったからですわ。」


「不思議、ですか……?」


「えぇ。」


 イデーレ様はにっこりと笑って私を見た。


「失礼ながら……先日までのアンリエッタ様は、いつも人の目を気にして、元婚約者の方とその幼馴染の方の意見を全て優先していらっしゃって、主体性のない方なのだと思っていましたの。 身につける物も、全て元婚約者と親友の方のアドバイスを忠実に守っていらっしゃった。 婚約者を立てるという身ではよいと思いますが社交界を生きていくのには向かない方だと思っておりましたの。 優秀なのにもったいないと。

 けれど、事件の後学園に復帰されてからのアンリエッタ様は、すっかり変わられました。 身につける物はもちろんですけれど、うつむきがちにしているようで、その実、常に凛として前を向き、弱者に優しく、卑怯な者に屈しない強さで日々を過ごしていらっしゃった。 大きな事件だったことに間違いはありません。 その後の誹謗中傷もひどいものです。 心が折れてしまってもおかしくないくらいですわ。 なのになぜ、そのように強くおなりなのですか?」


 それには、小さく首を振った。


「わ、私、強くなんかありませんわ……。 イデーレ様は買いかぶりすぎ、です……。」


 弱弱しくそう答えると、首を振ったイデーレ様。


「いいえ。 見ていた、とお伝えしたでしょう? 先日は下級生が転んで怪我をしていたところを助けていらっしゃったし、その前は食堂で上級生に絡まれている他の令嬢をさりげなくお助けになっていらっしゃいましたわよね? 教室や学園の雰囲気もしっかりと確認なさりながら行動なさってますし、お言葉も考えながら最良の返答をなさっています。 それに昨日だって、終始静かに対応なさったそうですが、直接的に手を出されるまでは我慢なさって、その上で厳重に抗議文をお送りになったのではなくて?」


「そ、それは、お父様が……。」


「そのようにしっかり周りを見て行動していらっしゃるのですよね? あの様な場で反論なさるのは悪手でしたもの。 お強いのだわと感心しておりましたの。」


(ひえっ! 演技全部バレてるー!)


 ちらりとイデーレ様を見れば、目をキラキラさせて見ている。


 数分の後、私はとうとう根負けした。


「お……おっしゃる通りです。」


「まぁ、やっぱり!」


 ぽん、と手を打って微笑まれたイデーレ様だが、対する私はものすごく複雑である。


(けど、言うしかない……よね?)


 ため息、ひとつ。


「口外はなさらないでくださいませ……。」


「えぇ、お約束するわ。」


 にこにこと微笑まれるイデーレ様は大変お綺麗だ。 そして口を割らせるのがうまい。


(王妃になるべく育てられた方は、やっぱり違うなぁ……。)


 もう一つ、溜息。


「あの……殺されそうになった時に、このままではいけないと思ったのですわ……。 私の事を都合よく使おうとした元婚約者たちが許せなかったのもありますし……それに、その……傷物になってしまいましたので、これ以上お父様達にご迷惑を掛けないようにと、婚約者を見つけるためにも……その、前向きになる事を決めましたの。」


 記憶が戻りまして、なんて言えないため、私は言葉を選びながら、必死に説明する。


「けれど、その……学園に戻ったときに、今までの世界と見識の狭さを目の当たりにして、自分でも驚きました。 私はどれだけ視野が狭く、世間知らずだったのか、と。 それで、その、まずそれを改めようと思いましたの。 これからをちゃんと生き抜くためにお友達を作り、お勉強を頑張って……。」


(あわよくば婚約者になる男性をGET!……まではいわないでおこう。)


 と、ここまで言って窺うようにイデーレ様を見ると、彼女はますます綺麗な赤い色の瞳を輝かせ、私の手を取った。


「素敵ですわ。 いえ、その身に起こったことを考えるとお辛い気持ちはわかります。 ですが、それでくじけたりせず、己をしっかりと振り返られ、前向きに頑張ろうとされるお姿に私、本当に感激しました。」


「え? いえ、あの……。 そ、そこまでの事では……。」


「いいえ! 素晴らしい事ですわ。 私も王子妃、王太子妃教育で辛い時、苦しい時がありますの。 でも、苦難を乗り越えたアンリエッタ様が一緒にいてくださったら、頑張れる気がします。」


「い、いえ、あの、そんな……王太子妃教育と私の事を比べては天と地ほどの差が……。」


「いいえ、努力に差などありません。 私、本当にアンリエッタ様の事、素晴らしいと思っておりますもの。」


「いえいえいえいえ! 一緒になさらないでください、駄目です、恐れ多いです……。 私は、自分の矮小さを治したいだけですので……」


(それ以上に、下心がてんこ盛りなので、そんなに褒められて持ち上げられても本当に困ります!)


 とも言えず。


 ぎゅうっと手を握られた手を振りほどけず、どうしたらいいのか悩んでいる私に、にっこりと、イデーレ様は微笑んでくださった。


「ね、アンリエッタ様。 私とも是非、お友達になってくださいませ。」


 こてん、と、可愛く首を傾けて微笑まれたイデーレ様に、私の顔が熱を持ったように真っ赤になってしまう。


(はい、優勝っ!! 私的世界最高美少女からのおねだり、ありがとうございます!)


 脳内会議で『承諾!』との札が上がってしまった私は、つい、頷き、その願いを了承してしまった。


 それからは、イデーレ様のペースであっという間にお友達から親友になり、今ではお互いを「アンリ」「イーディ」と呼び合うようになってしまった。


 私に絡んできていた生徒たちは皆実家から退学、放逐または修道院行になったと聞かされ一安心し、仲の良いお友達も増えて、私の学園生活は順風満帆、深窓の令嬢らしくひたすら穏やかに……



 とはならず。



 王子妃・王太子妃教育、学園生活とお忙しい生活を送るイデーレ様だが、その合間に行われている視察や慈善事業のお供をすることが何故か増え、その後は必ずお茶会に誘われ……と、2人で沢山勉強し、活動をした。


 また、お父様がイデーレ様のお兄様とお話した後どうにも辺境伯領との契約を結ばれたようで、私達のお茶会には、よくお兄様方がご一緒なさることが増えていた。


 たしかに増えていた。 それは実感していた。


 のだが……






「クロス伯爵家、アンリエッタ嬢。 私は貴方のその奥ゆかしさ、清楚で美しい佇まい……そして、その奥にある強さに恋をしたのです。 貴方に相応しい男になると誓います。 どうかこの手を取ってくださいませんか?」


(だからどうしてこうなった……。)


 本日は、イデーレ様の17歳のお誕生日パーティで、大事件は起きた。


 人生2回目の、人生をかけたとんでもない大事件だ。


 気を失ってはいけない。(相手のペースに持っていかれてしまう!)


 手を離したくても離せない。(不敬!)


 そして友達、親友からの助け船もない。(なぜなら彼らは恋する乙女のように私たちを見守っている!)


 そして目の前に膝をつき、告白してきたジーオ・ナキテス辺境伯令息様!(次男! 婿入り可!)


 私は必死に笑顔を作った。


「……ジーオ様……あ、あの……。 こ、これは、何かのご冗談、ですよね?」


 うふふ、と気を失いそうになるのをこらえながら私が微笑んで問うと、彼はもっと微笑みながら私を凝視してきた。


「まさか。 冗談でこんなこと、王太子殿下もいらっしゃっている妹の誕生日で申し上げたりしませんよ。 アンリエッタ嬢。 私は本気です。」


(まさかの大物が釣れちゃったよぉぉぉぉぉ!!!!)


 聞いてない、こんなの聞いてない。


 たしかに素敵な婚約者が欲しいとは言いました。 頑張るって力も入れました。


 でもここまでの、ジャパニーズガール垂涎・胸キュンラブコメストーリーなんか望んでませんでした!


 あと、パーティーの場でのフラッシュモブ的サプライズとか、相手の気持ち考えてみろよ、それじゃあ断りたくても断れないだろうよ、そんな風に周囲を固めて告白するのってどうなの!? って思っていたなんて口が裂けても言えません!!


(あぁ、もう! どうしたら……。)


 親友のお誕生会。 おめかししてやって来てみれば、ジーオ様に誘われてダンスを一曲踊ってからの、そのまま流れるように、跪いてからの愛の告白イベントなんて!!


(あ、いや、でも勘違い壁ドン俺について来いよ的告白よりはいいの? いや、良くないな、良くない……逃げ道は……。)


 そう思って周囲を見間渡す。 が。


 あ、皆、そこは目をそらすのね……。


「……あ、あの……」


「なにか?」


 潤む青紫色の瞳にドキがムネムネとか言いそうになるがそうじゃない。


(よぉし! 女は度胸っていうじゃない! のってあげるわよ、どんとこいだわ! こうなったらやってやるわよっ!)


 心の奥で全力全開・恋愛開始を知らせるドラミングを打ち鳴らしながら、私は頬を染めて微笑んだ。


「ジーオ様……私が答える前に……その……もう、手を取っていらっしゃいます、わ……。」


 そう答えると、私は取られている手を『きゅっ』と、軽く握った。


「そう、ですね。 しかし、いま、手を握ってくださった。 ……それは、了承ととっても?」


 あぁそうだよ、その通りだよ! なんて言わない。


 うつむいて、それから小さく頷いて。


「私でよろしければ……喜んで。」


 そう言い終わる前に、私はふわりと宙を浮いた。


 どうやらお姫様抱っこされているらしい。


 そして、開けられたシャンパンボトルの祝福と、音楽隊のワルツの音。


 どこのプリンセスのハッピーエンドよ? と思いつつ……


「アンリエッタ嬢、必ず幸せにします。」


「ぜったいですよ? ジーオ様。」


 落ちないように首に手を回した私は、そっとジーオ様の頬にキスをした。


 真っ赤になったジーオ様と私の上に、花びらが舞って落ちていく。


 主役であるはずのイデーレ様が、嬉しいと大泣きしているのが見える。 




 これが私のハッピーエンド。




 死に損ない令嬢は、笑ってすべてを覆す。


 ジャパニーズホラーからのプリンセスハッピーエンドに祝福が降り注いだのでした。

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死に損ない令嬢は、笑ってすべてを覆す。 猫石 @nekoishi_nekoishi

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