VS太陽(真夏のss)
昔……確か、ギリシャ神話だったと思う。
イカロスという人は、人工の翼を使って空を飛んだそうな。
その翼の作り方が「鳥の羽を蝋で固めた」とかいう部分には、もはやツッコむまい。
それよりも問題なのは、イカロスが高く飛び過ぎた結果「太陽の熱で翼が溶けた」という事だ。
空を飛べる事が嬉しいイヤッホウ! という気持ちはね、うん、飛行機とかパラグライダーとかの無い時代だったろうし、まぁ理解できるよ。
お父さんに高度注意とか言われててもね、そんなの興奮してたら頭から抜けちゃうよね。そういうのは分かるとも。若気の至りとか黒歴史とか、まぁそんなやつは誰しもある事だし。
だけど。だけどなイカロス。
どれだけ浮かれていても、どれだけ楽しくても、太陽に近付くなんて。
つまりイカロスが飛んだのは「こんな夏の暑い日」では無かったって事だろう!?
*******
「あっつい……」
用事を済ませて、自動ドアから一歩出る。
それだけで、もう気持ちが滅入った。
「まだココ、日陰なのに……」
うんざりする。これから、あのギラギラと照り付ける太陽の下を歩かなくてはならないのだ。
刺す様な、という表現が似合うぐらいの攻撃性。実は目視できないだけで、無数の矢でも放っているのではなかろうか。
「くっそぅ……」
こちらの盾は、この日傘が一本。
しかし日傘では全身をカバーしきれない。絶対にどこかしらジリジリと焼いて来るんだあの太陽は!
「……よし」
暑さに嫌気が差すあまり、ちょっと思考が捻れて来た。
「やられる前に……ヤツを、やってやる」
盾は矛へ。防御を捨てて攻撃を取る作戦だ。
要するに日傘を閉じて細長くする。あまり長くも無いし鋭利でも無いが、そこは仕方がない。この日本でそんな物騒なモノを持っていたら職質されるかもしれないし。
「電柱の影があの角度なら、おそらく太陽はあっちの方向かな」
当たり前だがサングラスも掛けていないので直接に見る事が出来ない(というか、なるべくならこの日陰から出たくない)ので、その場からアタリを付ける。
そして。
「せいやッ!」
日陰から出ると間髪を入れずに太陽へと向けて、日傘を力の限り投げた。
イメージとしては槍投げになる。
腕力は、まぁそこそこだろう。
普通に考えたら「届く訳が無い」。しかし、イカロスがやらかしたのだって大気圏外では無かった筈だ。
だから、もしかしたら……これによって何かしらの反撃が出来るのでは?
暑さに殺意さえ芽生えていたので、そんな事を考えたのだ。
コンッ!
何かの落ちる音。
「なんだ?」
日傘を投げた後は即座に元の日陰に入っていたので、あまり視界は開けていない。つまり、この場所からでは様子が窺えない。
「うーん……」
気にはなるが、暑いのも嫌だ。
とはいえ、いつまでもここで籠城している訳にはいかないのも事実。
ここは意を決して、日陰の庇護下から飛び出してみるか。
「な、なんてこった……」
そこには、投げた日傘に貫かれた雲が落ちていた。
まさか太陽を狙ったのに、雲へと逸れてしまったのか……?
雲は太陽を防ぐ陰を作ってくれる、いわば「味方」。それなのに、とばっちりで撃ち落としてしまうとは……!
「雲、すまないーッ!」
慌てて日傘を抜きに走る。
敵に当たらず味方を減らして。
太陽との戦いは、こちらの完全敗北に終わった。
喫茶「非日常」 水月 梨沙 @eaulune
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