怪異報告書No.N72943「なつかしさん」
地崎守 晶
怪異N72943「なつかしさん」
▼怪異N72943 「なつかしさん」
▼インタビュー記録
下記は当該怪異と遭遇した一般人(以下、被害者Aと呼称)へのインタビュー記録です。
観測員:それでは、彼女と出会った時のことについて詳しくお聞かせ頂けますでしょうか。
被害者A:あの、なつかしさんは何かに巻き込まれたんですか?
観測員:いえ、私はただ彼女の親族に捜索を依頼されただけですが彼女が誘拐された、犯罪に巻き込まれたという事はありません。ただ、恥ずかしながら今のところ彼女の足取りが全くつかめていない状態でして。彼女を知っている方に是非お話を伺えれば、と。
(編集注:観測員は私立探偵を称して被害者にコンタクトした)
被害者A:分かりました。
観測員:それでは、先日7月2日の9時半過ぎに彼女と出会った場所はどこでしたか。
被害者A:この近所の商店街を抜けたところの市民公園です。外回りに疲れてしまって、公園の藤棚の下のベンチで休んでいました。契約は取れないし連日のこの暑さで汗だくですっかり参ってしまって……
ペットボトルの中身を飲み干しても気分が悪くて立ち上がれそうになくて、あ、これはマズい、と思った時でした。真っ黒な靴のつま先が目に入って、影がさしました。顔を上げたら、なつかしさんが目の前に立ってたんです。あの、真夏なのに真っ黒の長袖のパーカーとズボンで、昔と変わらない笑顔で……(被害者Aの口角が上がる)
笑いかけてくる彼女となつかしい話をするうちに、なんだか涼しくなってきて、気分もすっきりとしたんです。
観測員:熱中症にならなくて幸いでしたね。
昔とおっしゃいましたが、あなたが彼女と以前に会ったのはどのくらい前でしょうか?
被害者A:えっ……いつだったかな。でも、子どもの頃、
小学生の間、ずっとなつかしさんに遊んでもらったんです。友達から仲間外れにされたときや、親とケンカして飛び出した時は、あのなつかしい公園でなつかしさんに話を聞いてもらって、そのたびに何とか立ち直ってきました。暑さで死にかけながら外回りでノルマを片づけないといけないことを聞いてもらったら、思い切って転職する勇気も沸いてきて。
観測員:彼女に励まされてきたということですね。(話しながら資料を確認する。身辺調査の記録によれば、被害者Aが大学進学まで住んでいた住所は、言及された公園からは10km程度離れている)
確認したいのですが、「昔と変わらない」と表現されたのは、年を取っても彼女の笑い方が変わっていなかったという事でしょうか。
被害者A:子どものころ見たなつかしさんとちっとも変わってない顔でしたよ?
観測員:まるで、なつかしさんは年を取らない、というような言い方ですね。
被害者A:その通りです。なつかしさんは10年前も10年後も、あのままの姿でにこにこ笑ってくれるんです。ああ、また会いたいな。
▼怪異詳細
怪異分類;生命体
確定方法:遭遇現場から発見された白い頭髪(遺伝子解析結果は実在するどの人物のパターンとも一致しない)
詳細:
怪異N72943は、日本列島全域で6月下旬~9月1日までの夏季にランダムに出没する、上下共に黒一色の長袖のフード付きパーカーとジーンズを着用し腰まで伸びた純白の頭髪を有する、おおよそ十代後半から二十代前半と推測される女性の形態を有する異常生命体です。
インターネット上の都市伝説を扱う個人サイト(代表例:なつかしさん被害者の会)、及び接触を経験した一般人からは概ね「なつかしさん」と呼称されます。
接触した人物(以下、被害者と呼称)に部分的な記憶改変、心理的傾向に誘導をもたらすことが確認されています。
具体的には、被害者の記憶には過去に当該怪異と親しく交流しており、年月を経て再会出来た事に肯定的な感情を覚えたという改変記憶が発生します。
記憶改変能力の上限は未確認です。
▼対策案(暫定)
量子論的確率論に基づいた計画的な怪異N72943の観測・接触の試みはいずれも失敗しています。
一般人と怪異N72943の接触を阻止する試みは現在保留中です。
インターネット上に当該怪異を指す都市伝説「なつかしさん」の記事を発見した場合は、閲覧者へはあくまで創作であると認識するよう誘導する書き込みを行ってください。
偶発的に遭遇した観測員の残した唯一の映像記録の他は、怪異N72943と接触した一般人への聞き取り調査記録を暫定的な一次資料として調査を進めてください。
被害者の社会的生活への影響は過去の記憶の認識について周囲との軽度な乖離のみですが、当該怪異が大規模かつ重度の記憶改変能力を公使し社会的混乱を発生しない保証はないため、警戒レベルは3以上を維持してください。
低危険度の怪異の調査中、または勤務時間外に怪異N72943と遭遇した観測員は優先的に観測を実施してください。
▼映像記録
(上記のインタビュー記録の後、偶発的に怪異N72943に遭遇した観測員による記録です。)
スニーカー、ジーンズ、フード付きのパーカー。身に付ける全てが黒い彼女を、日の沈もうとする薄闇の中で見失わずに済むのは、輝かんばかりに白い髪のお陰だ。色素を失ったようにも、白く染めたようには思えない、浮世離れした白さ。黒い背中で歩くたびに左右に揺れるその白い房は、気を抜くと状況を忘れて見入ってしまいそうになる。
思っていた以上に、この調査対象にはどうも見逃せない不思議な妖しさがある。
一度だけ鏡越しにその顔を見たが、魂を奪われるような美貌に鳥肌が立った。
俺は観測員として、正しく尾行出来ているだろうか?
浮世離れした白黒の彼女に魅入られているだけではないのか?
蝉時雨の響く寂れた郊外の町並み。じっとりと首筋を頬が伝う。
ふと、白黒女が十字路を左に曲がって視界から消えた。忍び足でその曲がり角に背中をつけ、十字路のミラーで様子を確かめようとする。
いない。
あれほど目立つ後ろ姿が、忽然と姿を消している。
角から身を躍らせて行く手を見渡すが、やはり白黒女を見つけることは出来なかった。
「お、XXX(削除済み、観測員の名に準ずると思われるニックネーム)チャンやないの。
元気そうやなあ。んで、なんやウチに用でもあるんか?」
耳元で聞こえる。久しぶりに再会した幼馴染に気軽に話しかけるような声音。
この怪異の声を聴くのは初めてだ。そのはずだ。そのはずなのに、どうしてこんなになつかしい。
早鐘を打つ心臓、背筋を伝う冷や汗。振り返ってはいけないと、自分に言い聞かせる。
ナイフや銃を突きつけられたわけでもないのに、蛇に睨まれたように動けない。
思えばなつかさんにはそういうところがあった。笑っているのに、怒っていないのに、なつかしさんには絶対に誤魔化せない。なつかしさんの前でクラスメイトと仲直りさせられたことを思い出す。なつかしさんに嫌われたくなくて、とてもこわかった。
いいやおかしい。ありえない。俺は彼女の記憶なんて……
「あれ~どうしたん。なつかしおねーさんと感動の再会やのにだんまりなん?
さびしいわあ」
ふわりと彼女の甘い匂いが肌を撫でる。
ああ、顔を見たい。なつかしさんと呼びたい。残った理性は撤退を叫んでいるのに、胸の奥が掴まれている。すぐそこにある、甘い郷愁に溺れたくてたまらない。
俺はきっと、振り返ってしまうだろう。
怪異報告書No.N72943「なつかしさん」 地崎守 晶 @kararu11
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