空の色

小紫-こむらさきー

月の子と夜の子

「大切な子なの。仲良くしてあげてね」


 そう言われて連れてこられたのは、月色の髪を肩当りで切りそろえていた大人しそうな女の子だった。

 絵だけでしか見たことが無い空みたいな色をした目には、戸惑った顔をしている僕が映っている。

 夜色の肌と髪をした自分と、白い肌と薔薇色の頬をした女の子はあまりにも違いすぎて、本当に友達になれるのかなって不安になったのを覚えている。


「ノアルの目、すごくキレイだね。柘榴の実に似てる」


 僕は外に出てはいけないと言われていた。太陽ってものの出す光が僕の夜色の肌を焼いてしまうから昼間に扉を開いてはいけないんだって。それは、僕だけではなくて僕の両親も同じだった。

 ハイネはそうじゃないらしくて、外のことを色々話してくれた。村に残してきたハイネの父さんや母さんのこと、村であるお祭りって言うみんなで牛や豚の肉を食べたり穀物を食べる催しのこと、空のこと、太陽のこと……。ハイネは僕たちみたいに柘榴や葡萄酒を飲むんじゃなくて、動物の肉や穀物を食べるらしい。見た目は僕たちと似ているのに、食べるものが違うなんておもしろかった。


「私、イケニエなんだって。あなたとお友だちになればお父さんもお母さんも死なないんだって」


 ある日、ハイネからそんなことを話して貰った。その時は幼すぎて、彼女の言っている意味がわからなかった。

 ハイネもよくわかっていなかったのか「ノアルが優しそうでよかった」なんていうものだから、僕も真剣にイケニエがどんなものなのかなんて考えようともしなかった。


「ねえ、あなたはいつまでも変わらないのね、ノアル」


 ハイネは僕よりも成長が早いみたいだった。この前までは僕よりもずっとずっと年下に見えていたのに、今ではもう同じ年かそれ以上に見える。乳房も膨らんできて、たまにあたる柔らかい感触にどきどきして目を逸らすと、ハイネがからかうようにそう言ってきた。


「ぼ、僕だって成長してるよ! この前、歯だって抜けたんだ」


 そういうと、ハイネは「私の歯は全部生え替わったわよ」と自慢してくるのだった。


「僕を置いて死んでしまったりするのかな? 置いていかないで」


 思わず寂しくなった僕を、ハイネは抱きしめて慰めてくれた。それから「ずっと一緒にいよう」と約束をして初めてのキスをした。友達ではいられないかもしれない。そう思いながら、僕たちは友達以上のことをするために体を重ねた。


 ハイネと友達以上になってからしばらくして、彼女が僕を噛むことが好きだと分かった。

 痛いのは嫌じゃない、それに、僕だって彼女の首筋に吸い付いて痕を付けたり、彼女の内側に自分の一部を突き立てたりしている。だから、僕たちは対等だった。


「ノアルは血も黒いのね。私の血はあなたの目みたいな色をしているのに」


 ある日、勢い余って僕の唇から血が出てしまった時のこと、ハイネは驚いたようにそう声をあげた。


「君の血は赤いの? どんな色?」


「そうね……あなたが飲んでいる柘榴に似た色よ」


 ハイネはそういって微笑んでくれた。いつでもハイネは僕に優しくしてくれる。

 柘榴に似た色の血は、柘榴と同じ味がするのかな。

 それから僕たちは、こっそりとお互いの血を集めるようになった。


「ノアル、今日もキレイな夜色の肌ね。お手入れをさせてちょうだい」


 そう言ってハイネは僕の肌を撫でて、それからお湯で温めたタオルで体を拭ってくれる。それから、僕の髪の毛を整えた刃物を右の肩へも少し滑らせる。一筋だけ流れた僕の血を小さな瓶へ入れてから、彼女は穏やかに微笑むのだ。

 それから、僕はお返しに彼女の体を手入れする。太腿の付け根近くへそっと刃物を滑らせて、小瓶に血を一滴集める。

 お互いに赤と黒の血を眺めて、微笑む。父さんも母さんも知らない僕たちだけの秘密の儀式だった。

 ただ、彼女の血を口に含むことは出来なかった。だって甘かったら彼女の血を全て飲みたくなってしまいそうだったから。


「ねえ、ハイネ。僕たち、結婚をしようよ。君は生け贄らしいけれど両親にだって会いたいだろう? 僕の妻になればきっと君が村に帰っても大丈夫だと思うんだ」


「ノアル、あなたのご両親が許すかしら? こうして特別な関係でいられるだけでうれしいけれど……」


「でも、そうね……もうずいぶんと会っていないから……お父さんとお母さんに会いたい……かも」


 彼女が嬉しそうに笑ったから、僕は成人を迎えたらハイネを妻にしたいと両親に言おうと思ったんだ。成人の儀式を終えたらハイネとは離ればなれになってしまうと言われていたけれど、それは嫌だったから。

 僕たちは結婚を約束して、今まで貯めていた小瓶の血を一緒に飲むことにした。彼女の血はいつも飲んでいる柘榴の果汁みたいに甘くて美味しくて少しだけ怖くなった。

 僕の血を飲んだ彼女はなんだか難しい顔をしながら口元を拭っていた。それがなんだかとても艶めかしく思えて、後ろから抱きしめて愛を囁いた。


 二人きりの秘密の儀式の後も僕たちは幸せに過ごしていた。ハイネはすっかり乳房も膨らんで腰も丸みを帯びた立派な女性になって、僕も少しだけ成長した。喉仏は出てきたし髭だって少しだけ生えてきた。 

 今日はハイネが成人を迎えたお祝いをしますと母さんが言ったので、ハイネと「楽しみだね」って話していた。


「話が違うじゃない」


 最初に聞こえてきたのはハイネの金切り声だった。

 驚いて広間に行ってみると、テーブルの上に並べられていたのはハイネと同じ肌の色をした人たちの頭だった。 


「お父さん! お母さん!」


 テーブルの上に並べられているのはハイネがいた村の人たちだったらしい。

 取り乱したハイネが、年老いた男女の頭を抱きしめて泣き崩れている。

 女の人の頭は丸くておっとりした目元がハイネに似ていたし、男の人の頭はちょっと持ち上がった口角がハイネに似ていて、これがハイネの両親なのかって思った。


「なんでハイネの両親を殺したんだ? ハイネはイケニエってやつで、ハイネが僕と友達でいれば死なないって」


「ノアル……」


「ノアル、こうして初めての生け贄を村ごと平らげるのが夜の愛し仔私たちが成人になるために必要なことなのよ」


 母さんは真っ赤な唇の両端を持ち上げてそう言った。


「わたしも初めての生け贄を食べるときは泣きながら食べたものだ。さあ、ノアル、ハイネを殺しなさい」


 父さんは口元の髭を指先で弄りながらそう言って、僕に鈍く光る肉切り包丁を手渡してきた。

 手が震える。ハイネの肌を傷付けるのは初めてではないけれど、命を奪ってしまったら……ハイネはもう僕に笑いかけなくなってしまう。


「ノアル」


 ハイネの空色をした目には、天井から薄らと差し込む光に照らされた僕が映っていた。

 天井からの光……つまり、今は昼間って事だ。

 僕は、ハイネの手を引っ張って階段を駆け上った。それから包丁をハイネに手渡す。


「扉が開いたら駆けだして。それまではここであの人達を止めていて」


 僕はハイネにそう告げて、扉へ体当たりをした。


「こうすればいいんだ!」


 思いきり体重を掛ける。開くことがなかった扉。

 ここは危ないからって近寄らせて貰えなかった扉。

 光が差し込んでくる。僕たちの肌を焼く太陽の光。

 頬がヒリついていたい。ああ、だからここは危ないって言われてたんだなってわかる。

 これ以上、扉を開けたらどうなるんだろうって怖くなったけど、それでも、このままハイネが死んでしまう方が嫌だった。

 どうなってもいいって思いながら、鈍い音を立てているドアに力を込める。ガチンと音がして、重かった扉が一気に軽くなった。

 目の前が真っ白になってジュッと何かが焦げる音と灼けた匂いがして少し遅れてから刺すような引き裂かれるような痛みが右手に走る。

 ああ、これでハイネが助かるんだ。そう思いながら、視線を上に上げると彼女の目と同じ色をした空が広がっていた。


 右腕の痛みで目が覚める。気が付くと、そこは古びた木の家だった。泣きそうな顔をしているハイネが僕の焼けただれた右腕を握っている。

 外に出た僕に慌てて覆い被さった彼女は、そのまま僕を抱きしめて通りすがりの馬車に乗せて貰って難を逃れたらしい。


「あなたに光が当たらないように、藁の中にあなたを突っ込んで運んで貰ったのよ」


「ありがとう。大変だったんだね」


 それから、遠くの村まで運んで貰ったこと、事情を話したら空き家を貸してもらえたことをハイネは話してくれた。


「それで……ノアル、右手は痛む? 薬を塗れば治るかもとお医者様は言っていたけれど」


「ああ、そうだ、ハイネの目、本当に空の色にそっくりだったね」


「おばかなノエル! もう無茶はしないでよね。置いて行かれるのは私だって嫌なんだから」


 空みたいな色をした目には、弱々しく笑っている僕が映っている。

 夜色の肌と髪をした自分と、白い肌と薔薇色の頬をした女の子はあまりにも違いすぎて、本当に友達になれるのかなって不安になった日のことを思い出しながら、僕は左手で彼女を抱き寄せて、そのままキスをした。このまま死が二人を分かつまで一緒にいられますようにと。

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空の色 小紫-こむらさきー @violetsnake206

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