第2話

 ぼくはデイウォーカーのよる。黒髪に日焼けしたような小麦色の肌と黒い目を持つ吸血鬼だ。吸血鬼になると大抵は銀や金や白に脱色されたような美しい髪色に陶器のような滑らかな青白い肌を持つようになるんだけど、なぜかぼくはそうはならなかった。


 そのせいでぼくは周囲の吸血鬼からは出来損ないや成り損ないと呼ばれている。

 ぼくを吸血鬼に変えた張本人の始祖であるあさだけはそうは言わなかった。ぼくのこの黒髪も日焼けしたような小麦色の肌も美しいと言ってくれた。


 だからぼくは朝にどこまでも付き従うことにしたのだった。それ以外の道があの頃のぼくには見つけられなかった。今はもう少し余裕ができてそれ以外の道も考えられるけど…、朝のことが好きだから朝としばらくは一緒にいたいなと思ってる。


 朝は名前に似合わない完全な引きこもりで人間たちとも馴染んで暮らしている。ぼくとちがって日傘や日焼け止めも使うし、デイウォーカーのくせに完全防備だ。

 朝はゆるい波がかった銀糸の髪に白い肌で青い目をした美しい吸血鬼の始祖だ。普段は家の中でも白い肌を極力晒さずに隠して引きこもって生活している。


 朝は日頃から生きることに飽き飽きしてると言っていて、ぼくはそれが少し嫌いだ。

 ぼくらは寿命が長い。陽の光を克服したぼくらは銀の弾丸と心臓を木の杭で撃たれることでしか死なないが、いまどきそんなことを誰かがしてくるような物騒なことはなかなか起きなくて平和そのものだ。

 たまに盗賊や強盗が現れてもいつのまにか自治団が討伐してくれるくらいには平和だ。


 完全防備なんてしなくたってぼくらは全然平気なのに肌質が落ちるだなんだってうるさいんだ。

 そんなの純度の高い血を飲めば一発で治るじゃんか。神経質なやつ!

 ぼくには全然わからないけど、機械や細かい作業に強くて朝の家にはいつも青く光るPCが動いている。ぼくはいつも触るなって言われてるから触らないでいる。



「夜、また日傘も日焼け止めもなしに来たのか?いくらデイウォーカーといえど、この熱波では肌がやられてしまうよ。それに不自然だ。オレのように人々に溶け込む努力を少しはしたらどうなんだ。特にお前はしたらどうだ?」


「ぼくが女らしくないって?そういうの、今の時代じゃ非難されるんだぜ?それにいかにできそこないのぼくだって、ぼくらならへっちゃらなんだから人間たちに合わせてやる必要なんかないね!」


 

 朝は肩を竦めてぼくをやれやれと見つめる。ぼくはいつもどおり朝に減らず口を返す。これはいつもどおりの日常だ。これは数十年続けたルーティーン。

 


 つけっぱなしのテレビからニュースが流れている。

 東の荒れ地から盗賊団が流れてきているとニュースが告げていた。ぼくらには関係のないことだ。



◆◆◆



 ある日、朝の住処で目覚めると朝がいなかった。


「朝?朝ー?どこにいるんだよ?」


 あの引きこもりが外に出るわけない。住処の隅々まで探した。朝が好きな天文台にも、ぼくがつまみ食いしに入る地下の貯蔵庫にも、普段は入るなと言われているサーバールームにも、キッチンにもいない。冷蔵庫の血液パックは減っていない。朝はお弁当も持たずにどこかへ出かけてしまったようだった。

 ぼくは混乱した。

 ぼくはパニックを起こした。


 だって、あの引きこもりの朝がぼくを置いて出かけるだなんて!あり得ない!いつだってぼくたちは一緒だったのに!生きるのに飽き飽きしていると日頃から言っていたことが今になって現実感を帯びてくる。そんなことやめてくれ。ぼくを置いて行かないでくれ。

 ぼくの大切な友人、ぼくの大切な家族。たった一人の大切な人!


 ぼくは息が切れるまで夜の街も朝の街も昼の街も駆けずり回って探し回った。どこともしれず宛てもなく、思い出を頼りに走り回った。朝を探し求めて三日三晩探して探して探して、見つけた。


 朝の家で…!!!


「どこにいたの!朝!!!ぼく心配したんだよ!!!!」


「何だ、お前ズタボロじゃないか?風呂に入りなさい。どうした?オレがいない間になにかあったのか?」


「ちょっと、ちゃんとこたえてよ!どこにいたの!」


「お前こそオレの置き手紙をちゃんと読まなかったのか?リビングの机に置いといたろう?出かけてくるから心配しないようにいい子で待っていなさいと書いておいたのに。要はお前は見なかったわけだ…ハハ!」



 聞けば、朝は東の盗賊団を討伐しに自治団に参加しに行っていたらしい。なんでそんなことを!ぼくらには関係ないのに! 


「関係ないことはないだろう?ここへ来でもしたら困るじゃないか?ここはお前にはわからないかもしれないが、なんだ。それに。」


「ぼく?ぼくがなに?」


「オレにとってはお前も貴重品ってことだよ、お間抜けさん。次はお前が心配して泣いてしまわないようにお前も誘っていくよ。お前もオレと同様大抵の人間なんて目じゃないからな」


「そりゃあね!ぼくは強いよ!なんで盗賊なんかやっつけに行ったの!?」


「お前な…はっきり言わなくちゃわからないのか?お前もオレにとっては大事な宝物だから守りたかったんだよ。人間の盗賊団にオレの家が荒らされるのも勘弁ならないし、お前に傷一つつくことも心配しちゃいないが万が一ということもある。そういう芽は早めに摘んでおかないとな、そうだろう?」


「ぼくのため…?ぼくを守ろうとしてくれたの?」


「そうだよ、ようやくわかったか?」


「そんな、そんなの…バカ、バカ!朝のバカ!いなくなっちゃったかと思った!

生きるのに飽きて死んじゃったかと思った!もうぼくを置いていなくならないで!」


 朝はぼくをぎゅっと抱きしめて頭を犬を撫でるみたいに撫で回してくれた。


「ハハハ、わかったよ、いなくならないよ」


 ぼくは大人な吸血鬼なので寛大な心で朝のことを許してあげた。

 

「泣かないで、夜」


「朝~!大好き、朝のこと大好き、ずっと好き、大好き…」


 ぼくは今度こそ自分で決めることができた。

 ぼくは…。

 


◆◆◆



 ぼくは夜、彼は朝。

 ぼくらはデイウォーカー。ぼくらは陽の光の下に暮らしている。

 この世界の中で終わるまでずっと生きている。

 

 夜と朝の終わりが来るまで。



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夜と朝の終わりが来るまで ぶいさん @buichi

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