Here comes a new challenger

 休憩を終え、店長姐さんと別れた俺は小銭も少なくなっていたので両替をしてから筐体に向かった。


(今の戦い方でダメなら別のやり方を試してみるか…?とはいえ変に挑戦して負けこんでもそれはそれで困るな…)などと考え事をしながら向かうと誰かが筐体の周りをウロウロしているのが見えた。その人を見て俺は少し驚いた。


無論ここはゲームセンターなので他にお客さんがいること自体は別に珍しくもないのだが驚いたのはその容姿だ。服装はTシャツと帽子でボーイッシュな感じだが髪は金髪で長くまるでモデルのような雰囲気を醸し出していた。


 端的に言うならば美少女、これに尽きる。普段生活している時ですらなかなかこのレベルの美少女はいないだろう。そんな人をゲーセンで見かければ、いやそもそもどこであっても驚かない人はそう居ない。


挙動からしてもアーケードゲームは経験のない初心者さんだろう。確信してそう言えるほど彼女の動きは落ち着きがなかった。


(とはいえ、いきなり話しかけるのもなぁ…)


と思いとりあえず対戦台に座り100円玉を入れてプレイを始めた。先ほどの彼女は後ろから俺のプレイを覗いているようだった。


ゲーセンでは後ろで他人がベガ立ちしてプレイを見てくるのはあるあるだがそれがS級と呼んでも差し支えない美少女ともなれば緊張感が段違いだった。


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※ベガ立ちとは腕組みをしながら直立しているポーズのこと。


格闘ゲームにおいて順番待ちをしているわけでもなく他人のプレイを観戦する人たちのことをベガ立ち勢という。


ベガ立ちの名前はストリートファイターシリーズに登場するベガというキャラが由来である。


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 そうして俺にとってかなりの緊張感があった3クレジット分がちょうど終わったころだろうか。しばらく見ていた彼女は俺に話しかけてきた。


「あの、経験者さんですよね!?」


いきなり話しかけてきたのに内心驚きながらも平静を装いながら言葉を返した。


「まぁ、上級者ってほど上手くはないけどそれなりには…」


「じゃあ!私に格闘ゲームを教えてくれませんか?」


「格闘ゲームを君に教える!?」


先ほど話しかけられた時にはなんとか冷静さを保っていたが格闘ゲームを教えてくれないかという頼みには驚きを隠しきれなかった。そんな俺の内心を知ってか知らずか彼女はそのまま続ける。


「はい。私は格闘ゲームが初めてなもので…やってみたいという気持ちは前からずっとあったんですけど難しそうだなと思ってなかなか手を出せなかったんです!それで今日勇気を出してやってきて、でも右も左も分からずこの機械の周りをぐるぐる回ってたんです。そうしたらあなたがやってきてプレイを始めたので声をかけさせてもらったというわけです。私に教えるのダメ、ですかね?」


そういって彼女は不安そうに俺を見つめる。とはいえ俺も人に教えられるほどの腕前ではないのだ。しかし折角格闘ゲームに興味を持ってくれた新規さんを放っておくわけにもいかない。


「俺以外の人じゃダメかな?常連の俺より強い人たちから教えてもらったほうが確実だと思うよ?」


「でも、あなたが一番年が近そうだったので…知らない年上の男の人に話しかけるのは少し怖くて…」


ダメ元で別の人に教えてもらう提案をしてみたがやはりダメだった。それに年上の男性に話しかけるのは怖いと言われると仕方ない。


自分もできる限りのことはしよう。それに俺には頼もしい店長姐さんも居る。いざというときは頼ればどうにかなるだろう。


「そういうことなら仕方ない俺が教えるよ。ただし、俺だけでは教えるのに不安があるから店長とかを頼ることになるけどそれでもいい?」


すると彼女の顔がパァっと明るくなった。


「はい!もちろんです!これからよろしくお願いします!」


「こちらこそよろしく。そういえばまだ名前を聞いてなかった。君の名前は?」


「あ!ごめんなさい名乗るのが遅れて…私の名前は小比賀 惺月おびか しずくです。気軽に惺月と呼んでください。あなたは?」


「俺の名前は片桐 智也。片桐でも智也でもなんでも好きなように呼ぶといいよ」


小比賀という苗字にどこか引っ掛かりを覚えつつも自分の自己紹介をした。


「では智也さん!改めましてよろしくお願いします!」


「よろしく、惺月さん」


こうして2人の格闘ゲームの子弟(?)関係が始まった。


 じゃあまずはアーケードカードが必要だな。


「よし、惺月さんサービスカウンターに行こう」


「サービスカウンター?どうしてですか?」


「ストリートファイティングは対戦するためのランクシステムがあるんだけどそのランクシステムを利用するためには自分のプレイデータを保存する必要があるだろう?そのプレイデータの保存を担うカードを買いに行くんだよ」


「なるほど!さっき智也さんがゲームの機械にタッチしていたカードはそれですね?」


「そうそう。あれが無くても遊べはするんだけど今後格闘ゲームをやっていくなら必要だろうと思ってね」


そう言って2人はテクノのサービスカウンターへ向かった。


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「姐さんいますかー?」


「姐さん?ってだれですか?」


「この店の店長だよ。なんで姐さんなのかはまぁ会えばわかるよ」


そんな会話をしていると奥から店長姐さんが出てきた。


「あら智ちゃんさっきぶりね。なにか私に用?」


「ストリートファイティング用のアーケードカードを1枚くれますか?」


「智ちゃんアーケードカードなら持ってるじゃない」


「俺じゃなくってこの子っすよ」


俺から紹介されると惺月さんは緊張半分怯え半分で店長姐さんを見上げて言った。


「小比賀 惺月です。よろしくお願いします。」


「あーら初心者さん!歓迎するわよー!私は轟 力哉。この店テクノゲームヴィレッジのオーナーをやってるものよ。よろしくね惺月ちゃん!」


お互いの自己紹介を済ませ店長姐さんがアーケードカードを探している間惺月さんがコソッと話しかけてきた。


「なんで店長さんはあんな口調なんですか?」


「それが俺にもわからないんだよ…あの人あんな性格なのに自分のことをあんまり話したがらないからさ」


そう、なぜと言われても分からないものは分からない。俺自身も何度か聞いてみたものの毎度うまく誤魔化されて肝心の理由を教えてくれないのだ。


惺月さんの方を見ると店長姐さんのフランクさに少々驚いたようだが先ほどと打って変わって緊張はなさそうに見える。


(これも姐さんの人徳か)


と考えていると姐さんがアーケードカードを一枚持ってきた。


「はいこれ、アーケードカードよ。自分の戦績はサイトに登録しないと見れないけどランク自体はすぐに記録されてつかえるから安心してね。本来は300円かかるんだけどせっかくのnew challengerの誕生だから祝わないとね。これは私からの些細なプレゼントよ」


「ありがとうございます!!」


こうしてこのテクノに新たな格闘ゲーマーが誕生した。


 正直今からでも早速プレイしたいところだったが門限があるというので今日はお開きにした。


「今日はお2人ともありがとうございました。」


「いいのよぉどうせ智ちゃん普段から1人で黙々とやってるからむしろ相手ができて私は嬉しいわぁ」


「姐さんなに言ってるんですか!」


「あらいいじゃないそれに1人でやってるのは事実でしょ?」


そう言われてしまうとグウの音も出ない。


惺月さんと別れてから俺も家路についた。


(まさか俺が教える側になるとは)


驚きつつも次を楽しみにしている自分がいる。こうして激動の一日が終わったがその惺月さんと学校が同じだということはまだ俺は気づいていなかった。

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恋のパニカンコンボでリーサルです! 黎月 @reigotsu

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