冒険者の花嫁コック~稼業の相棒がプロポーズしてきたので嫁に参ります~

豆腐数

謳われサーガの題名は、そのまま「花嫁料理人」だとか。

 結婚する事にした。旦那になる男は、駆け出しの冒険者だった頃から、意気投合して仲が良かった相棒。月並みで、どこにでも転がっているような恋だ。


 旦那は王道な戦士、長剣をふりまわして前衛を買って出る王道熱血バカで、私は【コック】という、当時新しい【冒険者的職業】として注目されていた職を選んだ。


 普通の料理人と違うのは、「モンスターでもなんでも、生物なら食える料理に出来る」という悪食さであり、レベルが低いとマズそうな虫とか雑草とか、普通の人でも創意工夫でどうにか出来るものを多少の手間を省いて美味しく出来る程度。ボス級のモンスターを弱らせず料理化は、高レベルになっても出来ない。などの制約はあるものの、文字通り選り好みしなければ食いっぱぐれなさそうだから選んだ。


 そのままだと「ちょっと器用な料理人」程度の私が「ミラクルコック」「殺害コック」「クレイジー料理人」などの名声だか悪口だかわからないあだ名をもらえるようになったのは、お互い13歳の頃から駆け出し同士、成り行きで組んで、そのままかれこれ10年ほど一緒にいたライナスのおかげといえよう。


 虫や草しか料理出来なかった頃も、ライナスが気味悪がらずいつも完食してくれたから、頑張ろうと思えた。ボス級モンスター相手には、一般人よりは丈夫で力が強い程度の私を、戦士の腕力で助けてくれたから死なずに済んだ。


 バトルでは私はせいぜいサポート程度、実際に殺害、クレイジー級の戦いぶりで、材料を調達してくれたのはライナスの方なのだが。ボス級モンスターを食材として料理する女のインパクトはすさまじく、私の方が化け物退治屋みたいに言われるようになってしまった。


 本人は「俺は食っていければそれでいい」と気にもしなかったが。「それに、実際、フライパンを森や洞窟で振り回すお前のガサツさは殺害、クレイジー級だろ」などと補足した日は、望み通りフライパンを振り回しながら何十時間も追いかけっこをしたものだが。


 ともかく。十年も一緒にいると、周囲からも「お前ら結婚とかしねーの?」なんて突っつかれるようになる。実際、緊急のヘルプでもなければ他のギルドメンバーと組むこともなかったし、十年もほとんどパートナー固定でやってるとなると珍しいし、言われて当然と言えよう。


「セリ、お前って俺の事好きか?」


 ある日の野営中、いつものように私の料理を食べながら、真剣な顔でライナスが言うものだから、喉にマンドラゴラの切り身が引っかかって死ぬかと思った。【コック】の能力だとマンドラゴラもただのにんじん感覚で食べられるのだが、タイミングによってはいくらでも殺人食材になり得るのだなと思う。


「何よ急に。クエストの前にギルドメンバーにからかわれた事気にしてんの?」

「気にしてるっつーか。俺は結構お前の事真剣に好きだし、この際確認しときたくてよ」

「グエッ、ゲッホゴッホ、グホッ」


 もうスープなんか飲んでらんない。諦めて器を避けて、目の前で燃える焚き火に枯れ枝をくべる。枝を集める担当は、「俺は料理とか出来ねーから」なんて主張するライナスの担当だった。いつからそうなったかなんて忘れた。十年も一緒なんだもの。重たい水を汲んで来るのだって、普段背負うのだってライナスだった。


「真剣に好きって、今まで何もなかったじゃないさ」


 冒険者である、二人きりで野営なんて日常茶飯事だ。宿だって、空き部屋や路銀の余裕がなければ同じ部屋だ。しかし十年、一度たりとも色気のある展開などなかった。せいぜいお互いの誕生日にささやかなプレゼントを贈り合う程度か。今日マンドラゴラを捌いた包丁も、ライナスの贈り物だったりするし、真新しい、今は脇に置かれたライナスの兜だって私の贈り物である。


「……何もないようにしてたんだよ」


 焚き火のパチパチに消え入りそうな声だったが、私には良く聴こえてしまった。


「っていうかお前の事紹介しろとか言ってきた男共も圧力かけて追い払ってた」

「おい!」

「……すまん、くだらねぇ嫉妬してた。正攻法でアピールする度胸もねえくせにな」

「……実は私も、あんたの事紹介して♡って言う女子を「アイツはインキンタムシのヤリチンクソ野郎だ」って言って追い払ってた」

「一時期ギルド内の女子から白い目を向けられてたの、お前のせいか!」

「ごめん」

「……いいよ、お互い様だ」


 しばらく焚き火の音だけがうるさかった。気まずいような、温かいような沈黙を壊ったのは、やっぱりライナスの方だった。


「……まーアレだ、お互いつまらん独占欲でたかる虫ども追い払うくらいならさ、一緒になんねえか?  面倒な事言われる事もなくなるしさ」


 それは、十年も一緒にいて何もなかった、何もないようにしていた男の、不器用で必死なプロポーズだった。吟遊詩人の唄うような、英雄譚小説の姫と勇者のような、ときめく表現も、うつくしい比喩もなかったけれど。


「……うん、なろ。一緒に」


 反射的に、そう答えてしまった程度には。この屈強な前衛男の後ろという、何よりも誰よりも安心出来る場所に十年間置いてもらっていた事実が心に響いてしまったのだ。


 その夜、初めて私とライナスは「何かあった」。何があったかは……察して欲しい。


 それから、二人婚約関係になってからの初めての共同作業として、トントンドタバタ拍子に結婚式の準備は進み。今日が結婚式の当日である。


 美しい青空広がる白昼、花嫁になる私だが、実は大して何かが変わる予定もない。ずっと一緒に冒険をして来た関係に、お互い一区切りと名前をつけたかったというだけなので、当分はまた冒険者を続ける予定だからだ。


 とはいえ殺害コック・セリも、今日一日くらいはただの美しい花嫁でいたい。そのくらいの女心と感慨は、私にだってあるのだ。


 私とライナスの故郷から、互いの家族、親戚も駆けつけて、たくさんの人々の祝福を受けながら、私は可愛い花嫁として、平和にライナスに貰われるはずだった。


 結婚式会場にモンスターの群れが飛び込んで来なければ!!


 元々私とライナスが拠点にしている街は、近くに大型のダンジョンがあるのも相まって、魔物絡みの事件が絶えなかった。仕事が途切れなくていいだなんて、二人で笑い話にしてたけれど、何も! こんな日に街に!


 貸衣装が汚れる事に一瞬躊躇ったけれど。会場には招待客の関係上、護身の術のない人も多い。こんな日でも剣を肌見放さなかったライナスは既に剣を抜いて、


「セリ、戦闘準備だ!」


 なんて叫んでるものだから、私も観念して式場の調理場からフライパンと包丁を借りて来るしかなかった。


「そぉらセリ! 「ミラクルコック」の力を見せてやれ!」


 ズタボコに斬られたオークの前に出て、私はフライパンを構える。料理人の魔力によって、オークは引き寄せられるようにフライパンの上に乗せられ、あっという間に焼き上がり、多量の焼豚と化して、フライパンに積み上がった!


「おっもぉおおおい!!」


 ひっくり返りそうになるのを、【冷蔵庫】と呼ばれる【冒険者的職業コック】が持つ【収納】に雑にぶち込んでいく。一流の【収納】持ちより入る量はショボいが、十分これまでも今も役に立ってくれている。


 ライナスが弱らせて、私が料理して。他の冒険者仲間達も協力してくれて。一般人にはケガ人一人なく、(応対した冒険者達も、魔法で治る軽症程度だ)魔物を撃退出来た。


「大した被害がなくて結構だけど……弁償ものね、これは」

「いいさ、こんなめでたい日くらい。気前よく払ってやるさ」



 煤と血と汗塗れになって、ドロッドロの無残な花嫁の私を、同じく純白のタキシードの原型もない、血と泥まみれのライナスが抱き寄せてキスをしたものだから。永遠の愛の誓いをする前に会場客達が盛り上がってしまい、肝心の誓いの言葉はみんなして上の空。証人の牧師さんさえ「あんなの見せつけられて、誓いもあったものじゃないけれど、一応決まりで仕事ですからね」などと罰当たりな補足をしたくらいだった。


 「ミラクルコック」の振る舞う料理は、怖れ半分、味わい半分で招待客達に大ウケ。「うちのブランドロゴの入った衣装で暴れてくれたおかげで宣伝になったから」と、弁償代も後にチャラになった後日譚付きでめでたしめでたしと言いたいところだけれども。


「十年も何もなかったことと言い、そのくせお互い独占欲丸出しだった事といい。私達って、一生カッコいいサーガには謳われないんでしょうね」

「いいさ別に。俺はお前が嫁になって、一緒にいてくれれば、どんな英雄物語だってうらやましくなんかないんだぜ?」


 お互い防御力アップやら魔力アップやらの加護付きの結婚指輪を嵌めている事を別にすれば。今日も変わらぬ冒険の日常がそこにある。


 私の親戚筋の吟遊詩人のおじさんが、私達の結婚式の様子に大いにウケて、各地で謳われるようになってしまった更なる後日譚は、良かったのか悪かったのか。


 ともあれ私は、今のところ嫁に貰われても、色気のない冒険者のままなのである。

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冒険者の花嫁コック~稼業の相棒がプロポーズしてきたので嫁に参ります~ 豆腐数 @karaagetori

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