第3話 採用通知

 今朝はエレフォンの目覚ましで目が覚めた。時刻は午前五時半。目覚ましの有無にかかわらず、自然とこの時間に目が覚める。

 生前は現場仕事をしていた――いわゆる土建屋だったので、朝五時起きとかは当たり前だった。慣れ親しんだ習慣は、死んだところでなかなか消えない。

 奏真は見慣れぬ部屋に一瞬戸惑ったが、そういえば越してきたんだったと思い直す。

 ソファベッドから降りてタオルケットを畳むと、奏真は着替えを持って、まずはキッチンでポットに水を入れて電源にさす。続いて風呂場に行った。洗濯カゴに汚れ物を突っ込んで、風呂場に入った。

 手狭なシャワールームで、バスタブもあるが思い切り足を伸ばしたりはできそうもない。奏真は湯船は張らずにシャワーを出す。温度は夏場なので三十八度。水道が熱く熱されており、水の段階でもうぬるいが、お湯になったのを確認してシャワーを浴びた。


 体つきは、生前のそれをトレースするようだ。現場仕事で鍛えた肉体が、しっかりそのまま体現されている。食事制限などせずとも過酷な力仕事で体が鍛えられるので(おまけに夏場は四十度近い中外で働くし)、毎日の作業だけでビルドアップされてしまうのだ。

 奏真は体を活かしたバイトにするか、それともやったことないものにチャレンジするかで迷った。


 シャンプーを済ませ、尻尾も洗う。男性の獣妖怪から尻尾の手入れを怠ると清潔感をなくすし、女にモテないぞと言われたのだ。

 別にモテは気にしていないが、清潔感は大切だ。不潔だと、精神も落ち込んでくる。

 テールソープという尻尾用洗剤で尻尾を洗い、お湯で流す。


 シャワー終えた奏真は犬のように風呂場でブルブル全身を振って、水気を飛ばした。脱衣所に出てマットの上で体をタオルで拭き、ポットの湯が沸いているのを確認した。

 奏真は朝食は昨日買ってきたパンを、トースターがないのでそのまま食べることにして、獣妖怪向けのノンカフェインコーヒーの粉をマグカップに入れ、お湯を注ぐ。

 おかずは近所のスーパーで買ってきたベーコンである。もう少し気の利いた朝食がいいかもしれないが、まあ初日はこんな物でいいだろう。


 奏真は居間のテーブルに食事を並べた。丸皿にベーコンとパンが二枚、コーヒー。それから徳用のピーナッツバター。


「いただきます」


 パンにピーナッツバターを、バターナイフを使うのも面倒なので(買ってきてないし)フォークで塗ったくり、一口かじる。

 甘いピーナッツの風味が口に広がり、パンの小麦の味と混ざり合う。

 フォークで分厚いベーコンを刺して頬張ると、塩味が甘さと調和した。お菓子で甘いものとしょっぱいものをエンドレスで行く理論だ。

 味がわちゃわちゃした口をコーヒーの苦味でリセットし、二枚目のパンを、というところでドアホンが鳴った。


「こんな時間から誰だろ」


 まだ五時半だ。

 奏真は廊下にあるインターホンを見た。そこにはなんと緋扇が立っていた。


「おはようございます、奏真さん。奏真さんなら起きておられると思いまして。おられますか?」

「あ、はい。います。いま開けますね」


 食事の最中に来ることないのに、と少し思いつつ玄関の鍵とチェーンロックを開ける。

 ガチャリ、と開けるとそこには藍色の袴姿の緋扇が立っていた。


「昨晩、当社とうやしろにバイトのお電話をいただいたので、そのお知らせを、と」

「あ、電話で折り返していただければよかったのに」

「お渡しする物があるので、直の方がいいかと思いまして」

「渡すもの?」


 そういうと緋扇は提げていた紙袋を渡してきた。


「制服の藍袴です。シフトは夜勤になりますが、大丈夫ですか?」

「え、採用ですか?」

「そうです。人手不足ですので」

「ありがとうございます!」


 奏真は紙袋を受け取り、緋扇に頭を下げた。


「では、私はこれにて失礼致します」


 呼び止めるのも悪いので、奏真は「お疲れ様です」と言って、見送った。


「では今日の二十四時からお待ちしておりますよ」


 緋扇は微笑んで、去っていった。

 奏真は一つの不安が消えたことに安心を抱き、ほっと一息つくのだった。

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常闇之神社で暮らす平凡な狼神の日常 夢咲蕾花 @ineine726454

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