第一章 懺悔室バイト初日に皇帝陛下が懺悔に来ました④

 翌日。懺悔室バイト、二日目。

 昨日の今日で皇帝陛下は来るまい。今日こそは「ママの大切なびんを割っちゃったの」とか「弟のプリンを食べたの」とかそういう感じのほのぼの懺悔、一番重くて「親友の彼女とうわしています」というろうの懺悔が来るはずだ。断じて「裏切った臣下を一族ろうとうもろとも皆殺しにした」系の血染め懺悔は、もう来るまい。

 と、懺悔室の扉がノックされた。記念すべき来訪者第二号だ。相手からこちらの姿は見えないわけだけど、やっぱり居住まいを正して「どうぞ」と入室をうながす。

「こんにちは」

 聞き覚えのあるというか昨日聞きたての声であいさつをして、ぎんぱつせきがんぼうの青年が席に着いた。

 うん。昨日の今日で皇帝陛下が来ちゃったよ。

「……昨日の今日ですみません、シスター」

 そして本人にも連続訪問の自覚があるらしく、どことなく申し訳なさそうなひびきのある声で言われて、「なぜ今日も来るんだ」なんて思ってしまったことに罪悪感がいた。別に当懺悔室に連続訪問お断りの決まりはないのだ。

「いえ、あの、お気になさらず、毎度ごひいにありがとうございます(?)」

 慌てて応答すると(あせったため後半がお店でパンを売る時と同じ調子になったことはいなめない)、しんと静かな皇帝陛下の表情が、少しほころんだように見えた。昨日の帰りぎわに彼が見せた表情を思い出す。

 そうだ。二日連続で来るくらいに、懺悔室で話をすることは皇帝陛下にとって意義のあることなのだ。二度目ましての皇帝陛下におののいて、おざなりに話を聞くようなことをしてはいけない。よし。どんなにられた懺悔でも、決して白目をいたりしないぞ。

 深呼吸をして、お決まりの台詞せりふを口にする。

「神はすべてをお許しになります。安心して、あなたがおかかえになった罪をお話しください」

 どんな懺悔でも、どんと来いだ!

「兄ふたりと姉を殺したことがあります」

 うん……。げたい……。

 これも有名な話で、こうてい陛下は第三皇子だったころ、十代の少年とは思えないじんそくな行動、的確な指揮、れいこくな判断でもつて、皇族同士の争いを制したとされる。皇帝のちやく同士による血で血を洗う権力争いの中、第一皇子を殺し、第二皇子を殺し、第一皇女を殺し、玉座を手にした。そんな現皇帝の異名は、はい、「血染めの皇帝」です。

「俺はその……今、それなりに高い地位にいるのですが。家族間で殺し合った果てに、とくぎました。あと争いの激しい家だったもので」

 前回と同様、「それなりに高い地位」と、みように立場をぼかす皇帝陛下。いや全くぼかせてはいないのだけれど、一市民として懺悔室に来ているという姿勢は変わらないらしい。私に正体がばれているとは知らないのだから当然だ。

 だから私も一シスターが一市民に接するような心持ちで(いや一市民にこの内容の懺悔をされても全力でけ反るけれど)、素知らぬりで応答しなければ。

「そ、それは、大変でしたね……」

 うっかりにぎめてあせでしんなり気味の手引き書に目を遣る。ぐんふんとうの私がたよれるものはこいつだけである。手引き書その一だ。しんに。真摯に最後まで話を聞くんだ。

「兄ふたりと姉とはかなり年がはなれていまして。最初は辺境の領地をあてがわれた、しかも子どもの俺なんか眼中になかったようで、兄たち三人で争っていたのですが、色々あって目を付けられて。けつたくして俺を殺しにかかってきたので、られる前に殺りました」

「な、なるほど……」

 家族に命をねらわれたというせいぜつじようきようを、当然のことのように語るたんたんとした声。彼にとっては、それがつうかんきようだったのだろう。皇族のていけいしよう争いの激しさは有名だ。なぜならその方針は「生き残った者が皇帝の座を継ぐ」である。皇子皇女同士の殺し合いが前提という、おそるべき一族なのだ。

「シスター。血のつながった家族を殺した俺を、神は許すでしょうか」

 無感動に事実を語るだけだった声に、微かに重さがにじんだ。ついたてしに見えるその表情は、争いに勝利した喜びなど一切見えない暗いものだった。たとえ手引き書その二のさいがなかったとしても、こうていして、はげましたくなるくらいに。

「はい。神はあなたをお許しになります」

 相手には見えていないと分かっているけれど、つい大きくうなずいた。

しゆこうさつりくに走るような下種野郎なら救いはありませんが、あなたはそうではないのですから。殺されるかもしれないれつな環境で、殺される前に殺すせんたくを取った、そんなあなたを責める権利がだれにありましょう」

「……。シスターも俺を責めませんか?」

「もちろんです。むしろ子ども相手に三人がかりでめてきた相手を返りちにしたがいしゆわんめたい気分ですね」

 シスター役であることをうっかり忘れて、ほぼ地で答えてしまった。一市民が皇帝陛下に向かって「褒めたい」など不敬にもほどがある。言ってしまってからこうかいしたが、彼は気分を害すでもなく、きょとんとした顔でいつぱくおいてから、くすくすと笑った。こうしつだったふんが、たんやわらかくなる。

「それはきようしゆくです」

「あ、いえ、その、神がそう言っておられたので、はい」

 あろうことか皇帝陛下を恐縮させてしまった発言の全責任を神様に丸投げする私に、また皇帝陛下は笑う。

「やっぱりシスターは優しいですね。……褒めてもらったのは初めてです」

 優しい表情で、おだやかな声で言う皇帝陛下。初日の冷え切った無表情と淡々とした声がうそのようでおどろいてしまう。この温かい雰囲気の方が、の姿だったりするのだろうか。

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懺悔室バイトをしていたら、皇帝陛下に求婚されました 棚本いこま/角川ビーンズ文庫 @beans

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