第5話:浮気かも?でも君が好き
僕、
僕にはちょっと変わった趣味がある。それは女の子が着るような可愛らしい服を着ることだ。特に好きなのはふわふわのフリルがいっぱい付いたロリータ服。着ているだけでなんだかいい気分になれるのだ。
今日はバイトでためたお金で新しくロリータ服を買った後なので上機嫌だ。最近着られてなかったから久しぶりに着られて嬉しい。今日のコンセプトはメイドさんだ。白と黒のヘッドドレスに白と黒のゴスロリ。黒のジーンズに黒の編み上げブーツ。店員さんにも「可愛いですね」と言われたのでウキウキだ。
そんな風に歩いていたとき、道の反対側から歩いてくる人が目についた。
(うわっ、何あの人? めちゃくちゃかわいい)
歩いてきた人はまるでお姫様みたいな女性だった。青を基調としたドレスのような服には所々に黒のフリルやリボンがあしらわれていた。きれいな黒髪は短く整えられており、先端が少し黄緑色に染まっていた。頭には小さな黒のリボンをつけていてクールな中に可愛らしさが加えられていた。僕が見とれていると彼女がこっちをキッと睨んできた。
(っ、こわっ)
鋭い視線にひるむ。彼女はズカズカと怯んでいる僕に向かって歩いてきた。そして近くまで来たところで僕の方をジッと見つめて、こう言った。
「あんたそれ! もってるの!『道化師工房』の新作じゃない! ウソ、えっ? ねえ、どこで買ったの? 私、買えなかったのに! というかロリ服好きなの? ねえねえ! すーきーなーのー!?」
ダアーっと一気にいろんなことを聞かれた。どれから答えていいかわからないし、そもそもなんでこんなに楽しそうなんだろう?
「ね! ちょっとうち寄ってってよ! すぐそこだから! ゆっくり話そ!」
そういって彼女は僕の手を掴み、どこかへとひっぱる。進行方向から察するに、彼女の家は道の脇にあるアパートのようだ。あれ? この建物、よく見たら紅葉ちゃんのアパートじゃん! 驚愕しているうちに僕は二階の階段を登らされ、階段に一番近い部屋の前に立たされていた。確か紅葉ちゃんの部屋が階段登って一個奥の部屋だから。この人は紅葉ちゃんのお隣さんってことか。
(は! そんなこと考えてる場合じゃない!)
僕は正気に戻る。いくら誘われたとはいえ、彼女がいる身分で別の女性の家に上がり込むのはまずい。
「あの、家に入るのはちょっと……」
僕の言葉を聞き、彼女は動きが止まる。彼女はキョトンとしてこっちをしばらく見つめてから言葉を発した。
「その声、あんた男なの?」
ドキッとして口を塞ぐ。しまった。普通の声で喋っちゃった。
「まあ、いいや。ロリ服好きに悪いやつはいないし。ましてやそこまで着こなせる奴は相当前世で徳を積んだ存在のはずよ。さ、行きましょ」
彼女は僕の手を取り、部屋に引き込んだ。
「ちょっとダメですよ。あなたも女の子なんだから、知らない男を家に上げてるの見られたらマズイでしょ?」
「いいわよ、私なんて最初っから好奇の目で見られてるし」
「そういう問題ではなくて」
僕の必死の抗議も虚しく、彼女の部屋の玄関はバタンと閉まった。
(ああ、どうしよう。連れ込まれちゃった)
困惑する僕をよそに彼女はブーツの紐を解き出した。僕はもうどうにでもなれと思い、靴を脱いで彼女の家に上がった。靴を脱いでいるときも彼女は「わあ、この靴は『absolute windows』のじゃん。あんたセンスいいね」とずっと僕の服を褒めてきた。悪い気はしなかった。
「さっ、座って。服の話、しよ」
僕は二脚ある椅子の一脚に座り部屋をぐるっと眺めた。間取りは紅葉ちゃんの部屋と同じだけど、置いてあるものが全く違う。紅葉ちゃんの部屋にはほとんど本棚くらいしかなく、女の子にしては殺風景な感じだった。一方でこの部屋はいたるところに服がかかっていた。床には箱に入った靴が何足も転がっている。クローゼットの扉は開け放たれており、その中にもロリ服がかかっていた。
「ほらほら、紅茶入れたから飲んで飲んで!」
僕が座って部屋を見回してる間に彼女は紅茶を用意してくれた。なんて手際が良いんだ。紅葉ちゃんは家では何もなかったというのに。
「でさ! その服どこで買ったわけ? 私それのワインレッド絶対欲しいと思ってたんだよね!」
彼女は目をキラキラさせて聞いてくる。顔が近い。
「えっと、Y駅近くの『道化師工房』ですね」
「あ〜あそこ! 私まだ行ったことないんだよね! 私、いつもS駅近くの『道化師工房』に行くの! いや、Y駅近くにあるとは聞いてたけど、そっか〜、それまだ手に入るんだ〜」
なんだろう。とても楽しそうだ。その気持ち、ちょっとわかるかも。
「ねね! 今度予定合わせて一緒にY駅に行こうよ! あんた、お店の場所知ってるんでしょ? ね?」
「あの、僕、付き合ってる女性がいるのでそれはちょっと……」
僕は思い切って伝える。
「あっそう。別にいいじゃん。付き合ってる女がいるってことは私と一緒にいても友達以上の関係になる可能性ゼロってことでしょ? 間違いを犯す可能性を考慮せず、気楽に友達になれるってことじゃない」
何を言ってるんだろう、この人? いきなりの謎理論に面食らった。どうやら彼女は僕を逃がす気がないらしい。
「ね! 行こっ! あっ、先に連絡先交換しとこっか!」
そういって彼女はスマホを取り出し、操作を始めた。なんか紅葉ちゃんのときと同じ感じだな、と思い抵抗を諦めた僕は自分のスマホを操作する。
「ほいQR」
「はい、読み取るので待ってください」
画面に表示されたQRコードを読み取り、アカウントを友だちに追加する。
「えっと
「うん、あってるよ。あんたは仁礼忠ね」
「はい、T大二年の仁礼忠です」
「ほえ〜、T大の子だったんだ。こんな可愛い後輩がいるなんて知らなかった〜」
なんか同じこと紅葉ちゃんにも言われた気がするな。
「あっ、後輩ってことは春日さんもT大の人ですか?」
「うん、T大の三年生。あんたの先輩だよ」
三年ってことは紅葉ちゃんと同い年か、一つ二つ上ってことか。そうは見えないけど、紅葉ちゃんのほうがずっとずっと大人っぽい。
「じゃあ明日行こうよ! 日曜日だし! 仁礼は明日なんか予定ある?」
「え、ええ、予定はないですけど。先輩は大丈夫なんですか?」
「私は予定ないよ。決まり! 明日は大学に十時集合ね! メッセージでも送っとくから」
予定じゃなくて二人っきりで買い物していいのか聞いたつもりだったんだけど。そういうと先輩はスマホをタプタプと操作し始めた。すぐに僕のスマホに『明日 T大 十時』というメッセージが届いた。
「よし、これで忘れないね。でさ、仁礼はこの後時間大丈夫?」
「? はい、特に予定はないですけど」
質問の意図をはかりかね、僕は曖昧な返事をしてしまう。
「よし! 予定ないのね! じゃあさ、ちょっとこのコーデについて意見もらいたいんだけど」
そういって先輩はクローゼットに向かった。
「え! 今からですか?! 僕もう帰りたいんですけど?!」
「え〜、ちょっとだけ! ちょっとだけだから見てってよ!」
「ちょっとだけちょっとだけ」と言い、先輩はファッションショーを始めた。服について語るときに先輩はキラキラ輝いていた。こんなに楽しそうな人に水を差すのは悪いと思い、僕は先輩が満足するまで付き合った。結果、自宅に帰ったのは日付が変わる寸前になってしまったがとても楽しい時間を過ごすことができた。
(明日が楽しみだな。紅葉ちゃんにはちょっと悪いけど)
そう思い、眠りについた。
――――
九時五十分。僕は急いでT大の講義棟へと向かっていた。理由は、さっき先輩からきた『もう講義棟の前にいます』というメッセージだ。あんなに軽い感じで話すのにメッセージでいきなり敬語を使われたので怒らせたのかと思った。講義棟に近づくと、青と黒のドレスみたいな服を着た先輩が立っていた。昨日会ったとき着ていた服よりはフリルを抑えたデザインだがこれはこれで可愛い。
「おっ! キタキタ! ゴメンネ、早くつきすぎちゃって」
先輩はニコニコしてこっちに手を振ってきた。怒っている様子はない。どうやらメッセージが淡白なだけのようだ。
「いえ、こちらこそ、ぜえ、待たせてしまったみたいで」
「もしかして走ってきてくれた? 仁礼、優しいね」
それはあなたのメッセージのせいですよ、と言いたかったが眩しい笑顔に負けて言えなかった。
「そんなことより早く行きましょう。まずはバスで駅ですよね?」
「そうだね! 早く行こ!」
そう話した後、僕たちは目的地であるY駅の『道化師工房』へと向かった。
――――
「いや〜、買えちゃった買えちゃった♪ ありがとね! お店教えてくれて」
買い物を終えて僕と先輩は、Y駅からT大近くのバス停に帰ってきた。帰りの電車やバスの中で先輩は今日何度目かの感謝の言葉を送ってくれた。先輩はさっきからヒマを見つけては袋の中の服を見てさっきのセリフを繰り返す。よほど欲しい服だったんだろうな。こんなに喜んでくれると、何もしてない僕もなんだか嬉しい気持ちになる。
「先輩、荷物重いでしょうから家まで送っていきますよ」
「おっ、サンキュー。仁礼は気が利くね」
気が利くね、か。そう言われると悪い気はしない。紅葉ちゃんもそう思ってくれてるかな? 僕たちはバス停から先輩の家に向かって歩き出す。先輩の家まではここから歩いて二、三分というところだ。
歩いていると先輩がポツリと呟いた。
「ねえ仁礼。一つお願いしてもいい?」
「? なんですか?」
先輩はしばらくモジモジしてから話し出す。
「えっと、また今度買い物に付き合ってくれるかな? その、彼女がいるなら、無理に、とは言わないけど」
「なんだ、そんなことですか。いいに決まっているじゃないですか。今度はS駅の方のお店に行きましょう。あそこのフロア、靴屋さんも入っているからそっちも一緒に」
なーんだ。モジモジしてるから告白されるかと思っちゃったよ。というか今更彼女がいることを気にしても遅い気がするんだけど。
「うん、そうだね。今度はS駅の方ね。じゃあ、また近いうちに」
「はい。また買い物しましょうね」
先輩と次の買い物の約束をしているうちに先輩の家の前についた。先輩の部屋は二階にあるので、一緒に階段を上り、玄関の前まで移動する。
「ん、ここまででいいよ。仁礼、今日はありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。先輩とお話できて楽しかったです」
「フッ、君はホントにいい子だね。彼女さんがうらやましいよ」
先輩はヘラっと笑い、少し首を傾けた。先輩はこういうひとつひとつの動きが可愛い。きっとモテるんだろうな。そういえば彼氏とかいるのかな?
僕がくだらないことを考えているうちに、先輩は玄関のカギを開け、自分の部屋へと帰ってしまった。先輩が部屋に帰った後、やることがなくなった僕は自宅に帰るためにアパートの階段に体を向けた。
「やっほ、忠くん」
僕の目の前には、僕の彼女、
「あっ、紅葉ちゃん。偶然だね」
偶然出会えた彼女に笑顔で話しかける。紅葉ちゃんの手にはエコバッグが握られていた。どうやら買い物帰りのようだ。重そうだし、持ってあげようかな? そんなことを考えている間に紅葉ちゃんが口を開く。
「忠くんさ、さっき話してた女の人、誰?」
紅葉ちゃんが問い詰める。もしかして、僕が浮気してると思ってるのかな? だとしたらマズイ、誤解を解かなければ。
「えっと、さっきの人は春日先輩、僕らと同じT大の先輩で、今日は二人でちょっと買い物に」
「へえ〜、二人で買い物行ったんだ」
紅葉ちゃんの表情に影が落ちる。いけない。失敗したみたいだ。
「しかもさ。忠くん、ロリータ服で買い物行ったの? ずいぶん仲良しだね」
「あ、これは、先輩がロリータ好きだから僕も、その、着てるだけで」
「そう。趣味が合う人が見つかってよかったね」
紅葉ちゃんは淡々と話す。いつも元気いっぱいで話す紅葉ちゃんが淡々と話す様は、大声で怒鳴られるよりもよっぽど怖かった。僕は誤解を解こうと必死に言葉を紡ぐ。
「あのね、先輩と僕は紅葉ちゃんの思ってるような仲じゃないんだ。ただ、服の趣味が同じってだけで」
「へ〜、そうだよね。服の趣味が同じだから次に会う約束とかしちゃうんだよね」
時が止まる。
「えっ、紅葉ちゃん。なんでそれ、知って」
「ゴメンね、ふたりが一緒に歩いてるの見つけてさ。しばらく後をつけてたの。悪いってわかってたんだけどね」
紅葉ちゃんは心底申し訳無さそうな顔をした。
「忠くん、私とは全然お出かけしてくれないのに、先輩とはお出かけしちゃうんだ。しかもそんな可愛い服で」
ハハハ、といった紅葉ちゃんの目は笑っていなかった。いつもだったらニヤニヤしながら僕をいじってくるはずなのに、今日は全然雰囲気が違う。
「忠くんよかったね。服の趣味が同じで、女装にも理解があって、しかも私より可愛い先輩と仲良くなれて。じゃあもう私は、いらないね」
そういった紅葉ちゃんの目は潤んでいた。光の加減なのか、紅葉ちゃんが泣いていたのかは、わからない。
「そんなことないよ! 紅葉ちゃんがいらないなんて思ったこと」
僕はそう言って紅葉ちゃんの肩に手をおこうとした。その手は紅葉ちゃんによって、パンッ、と弾かれた。
「ゴメン、今日私、体調悪いから、もう帰るね」
僕が呆然としていると、紅葉ちゃんは僕の横をすり抜け自分の部屋へと帰ってしまった。弁解しなきゃ、と思ったがどうしていいかわからない。
ピロン
しばらく呆然としていると、スマホのメッセージ通知音が鳴った。紅葉ちゃんかと思い、すぐにメッセージの内容を確認する。
『S駅の方に行く件ですが、再来週の日曜日でどうでしょうか?』
かしこまったメッセージが画面に表示される。メッセージの送信者は春日先輩だった。
『さっきのはウソだよ〜ん! ぜ〜んぜん気にしてないからね☆忠くんの新しいお友だち、今度私にも紹介してね〜♡』
といった内容のメッセージが紅葉ちゃんから送られてくることを期待していたので、ものすごい脱力感に襲われる。僕は気の抜けた指で先輩のメッセージに返信した。
『ゴメンナサイm(_ _)mしばらく出かけられそうにありません。出かけられるようになったらこちらから連絡しますね』
送信した後すぐに『承知しました。』というメッセージが送られてきた。メッセージを確認した後、僕はモヤモヤした気持ちのまま帰路に着いた。どうしよう、紅葉ちゃんに、嫌われちゃったかも……
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女装してても君が好き!〜秘密抱える大学生のファッション恋愛物語〜 梓納 めめ @nanaki79
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