いかにして「うなぎと梅干しは食い合わせが悪い」という言説が流布されるに至ったのか。その構想。

鵜山ミュウ

いかにして「うなぎと梅干しは食い合わせが悪い」という言説が流布されるに至ったのか。その構想。

 ※一から十まで嘘っぱちのフィクションです


 ~ある日のうなぎ屋~


町人A「う~んやっぱ土用の丑はうな重だな~」

町人A「しかし毎年食ってると妙に飽きるなぁ。ちいと味変としゃれ込むか」

町人A「あ、そうだ。おやつに持ってきた梅干しと合わせるか」

町人A「……あっっっず‼‼‼ あんだこりゃまっずいのお‼」


 ~翌日~


町人B「でさ~、隣の長屋で女房がさ~」


町人A(なんの話だよ。つまんねー)


町人B「そんでうなぎ屋に寄ったわけよ」


町人A(お、話せそう)

町人A「うなぎと言えばさあ、うなぎと梅干しって食い合わせ悪いの知ってた?」


町人B(ん? 食い合わせ? 何? 急になんの話?)

町人B「どういうこと?」


町人A(あーもう、深堀ってくんなよ! へーそうなんだでいいんだよ! こいつはコレだから……)

町人A「だから、一緒に食うとまずいって話」


町人B(まずい? まずいって味が? いや急に話の腰折ってまでそんな話しないよな……)

町人B(だいたい食い合わせってなんだよ。聞いたことねえよそんな言葉……)

町人B(あ、一緒に食うとまずいってのは体に障るって意味か! あ~はいはいはい)

町人B「へ~知らなかった。どうまずいの?」


町人A(お、そうそう、そういう反応でいいんだよ)

町人A(でもちょっぴり大げさに言うか)

町人A「もう臓物ひっくり返る感じっつうか? 美味しかったうなぎがもう一瞬にして胃の中で腐ってんじゃないかって感じになる」


町人B「え、マジ?」

町人B(そんなやばいならみんな知ってるはず……。いや、だけどうなぎ屋に梅干しって普通置いてないか。まさかあんまり知られてないのか?)

町人B「それ誰から聞いた話?」


町人A「は? 俺が自分で体験したに決まってるじゃん」


町人B「た、体験⁉ 大丈夫だったのか⁉」


町人A「いや大丈夫じゃねえよ。マジでまずかったんだから」

町人A(コイツうなぎ好きなのかな)


町人B(食い合わせってのがあるのか……‼ みんなに知らせなきゃ!!)


 ~翌日~


町人X「ふ~。仕事が忙しくて土曜の丑には過ぎたけど、うなぎなんかいつ食ってもいいよね~っつって」

町人X「出店で買った蒲焼きに、家から持ってきたおにぎりで、っと……」

町人X「交互に食べて即席うな重ってワケ。俺って天才かな~」


侍A「お、おい! そこのお前!」


町人X「むぐむぐ……なんでござんしょ?」


侍A「そこに見えるは梅おにぎりではござらんか⁉」


町人X「はあ。さようで」


侍A「な、なんということだ……‼ 貴様知らんのか⁉ うなぎと梅干しは食い合わせが悪いのだぞ!」


町人X「は、はあ……?」

町人X(なんだ食い合わせって。聞いたことねえよそんな言葉)

町人X(だいたい毎年、おれんちは梅とうなぎで食ってるんだが)


侍A「臓物が逆流して全身の関節が外れるのだぞ‼」


町人X「ぶっ……お、お侍さん……そいつはさすがに法螺が過ぎやすぜ」


侍A「法螺なものか‼ 某の知り合いもそれで何人も死んでおるのだ!」

侍A(本当は誰も死んでござらんが、大袈裟に言っておいたほうが薬になろう)


町人X「えっ……いやいや……」

町人X(侍がこんな気迫で嘘吐くかね? この人ってよく通りで見るし、別に変な人じゃないよな)

町人X(でも梅とうなぎで死ぬって? そんなわけ……いや、でも……なんか気分悪いような……)

町人X(や、やばい、なんか朦朧としてきた……‼)


侍A「ど、どうされた⁉」


町人X「う、うぐう……」


侍A「だ、誰か! 医者を呼べえ! この男、うなぎと梅干を食うたぞぉ!」


侍A(やっぱ死ぬんだ)

町人M(うなぎと梅干で⁉)

町人N(食い合わせってやつなんだな)

町人L(家族に教えなきゃ)


~八月の土用丑~


町人A「うな重でも食うか」


店長「らっしゃい」


町人A「しかし先週食ったということもあるし、味変したいな。うーん……そういや梅干しってどうだったんだっけ。まずかったんだっけ」


店長「お客さん、梅干しと言いやしたかい?」


町人A「おう」


店長「いやどうもね、最近になって知ったんですが、梅干しとうなぎは食い合わせが悪いらしいんでさ」


町人A「食い合わせ? 聞いたことねえなそんな言葉」


店長「どうも万葉集にも書いてあるらしいんでさ」

店長「なんでも一緒に食うと、酸が悪さして消化不良になるとかで」


町人A「えっ……」

町人A(俺先週、梅干しとうなぎで食わなかったっけ?)

町人A(あれっ、どうだったっけ……なんか味変したかったのは覚えてるんだけど。なんか咄嗟のことだったから)

町人A(どんどん記憶が曖昧になってきた。食ってる? 食ってない?)

町人A(食ってないか)


町人A「へ~怖いっすね。じゃあ山椒ください」


 終



 町人A:常に自分が正しいと思っているタイプ。うなぎと梅干しを一緒に食べて、味が気に入らなかっただけ。

 町人B:ソースを確認しないが噂話が好きな間抜け。下手に頭が回るので、疑問に思ったことがあっても他人に答えを訊かず、黙々と考える。それで思い違いをしていても、じゅうぶんな情報を話さなかった相手が悪いと思うタイプ。

 町人X:思い込みでヒステリーを起こす信じやすい人。暑い中働きづめで熱中症の気もあったかもしれない。一番の被害者。

 侍:悪い人じゃないけど政変とかでは真っ先に利用されるタイプ。右ならえの尊王攘夷派だが、いざというときにはひよって人も殺せない。おまえのように優しいやつは刀を持たず、その手で家族を抱きしめてやれ。

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いかにして「うなぎと梅干しは食い合わせが悪い」という言説が流布されるに至ったのか。その構想。 鵜山ミュウ @uyama_yuh

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