第18話 決意

 坑道の地面を揺らし、ドラゴンは三人を目掛けて駆け出した。ランタンの薄明りに照らし出された巨体がどんどん近づき、鋭い牙がはみ出した口を開き唾液が滴る。


「よけろ!!」


 イゴールが叫ぶと同時に、三人は真横へ跳ぶ。急速に横方向へ移動した獲物を追い切れず、ドラゴンは坑道の湖に突っ込み、天井にも届く水柱が上がり、冷たい水が雨のように降り注いだ。


「はぁ、はぁ、危なかった」

「すごく動きが速いよあのドラゴン……どうしよう」

「それに出口だってなくなったわよ……本当に冒険になってしまったわね」


 それぞれが感想を述べている間に、湖に落ちたドラゴンはコウモリのような翼をばたつかせ、地面に這い上がろうとする。水面に翼を叩きつけ、大量の水が跳ねる。降り注ぐ水に三人が怯んでいる間に、鋭い爪を蓄えた足が地面に接し、ドラゴンは再び地上へと這い上がった。そして、ギョロギョロと爬虫類のような眼球を剥いて獲物を物色する。


 三人は息を殺し、手ごろな岩陰に身を潜めドラゴンを見上げる。ドラゴンが話し声で獲物を探しているのかは定かではなかったが、少しでもこの獰猛な生物から距離を置くことで、この絶望的な空間からの脱出方法を思考するチャンスを得ようというものだった。


「出口は多分どうにかなるわ。先ずはあいつをどうにかしないと」

「でもあんなデカいのどうやって……生き物なのに岩が砕けるんだぞ」

「ターシャがナフトライトに願ったらあいつが現れたんでしょ?だったら逆に消えろって願えばいなくなるんじゃなかしら?」

「そうか……!今ならまだあいつは気づいてない、ターシャ、できるだろ?」

「う、うん、やってみるよ」


 ターシャは両手でナフトライトを握りしめると、炎を出現させるときや、このドラゴン――と呼べるのかすら疑わしい生物を呼び出したときのように気持ちを集中させた。


(おねがい……もうやめて。お友達はたすけられたの。だからあなたが元居た場所へかえっていいんだよ……)


 ターシャがナフトライトに念じると、辺りを見回しながら彷徨っていたドラゴンがこちらを振り向いた。咆哮を上げ、ドスドスと音を立てながら、岩陰の三人めがけて走り出した。たまらず三人は岩陰から急いで離れる。


「ターシャなに願ったんだよ!全然違うぞ!」

「ちゃんと帰ってって思ってたよ!でも急にこっちに走ってきたの!」

「もしかして、あいつナフトライトそのものに反応してるんじゃないかしら!?」


 逃げ出すターシャはナフトライトに意識を向ける余裕などなく、綺麗に磨かれたナフトライトが手の中に納まっているだけになった。すると、ドラゴンは再び辺りを見回して、荒い息をしながら三人の姿を探し始めた。


「あ……追いかけてこないよ?」

「もしかしてラナの言ったのが本当に当たりなのかも……」

「もし光に反応してるようなら、このランタンの光を目掛けて走ってくるわよ」


 ドラゴンが暴れまわった結果、坑道内の空間にはいくつか岩の塊が物陰を作り、再び三人はしゃがみこんで姿を隠していた。暗い空間の中では、ランタンの灯りは自分たちの居場所を示すものだったが、ドラゴンはこの光があるにも関わらず、うろうろと歩き回り獲物の姿を探すだけだった。


「あの人たちにラナが連れていかれるとき、ラナはお母さんのナフトライトに何かおねがいしてたの?」

「……まあね。母さんに、助けてほしいくらいは思ったわ」

「うん。ラナのお母さん、きっとまた助けてくれるよ」

「……ありがとう」


 ラナは少し恥ずかしそうに、ナフトライトを通じて亡き母に助けを求めていたことを吐露した。ターシャは、そんなラナを笑うことなく賛同する。そして、イゴールはナフトライトの力を行使できる二人の少女に提案するため口を開く。


「あのさ、前に二人がやったみたいに、炎の球とかあいつにぶつけられないか?そしたらあいつ火だるまになって死ぬんじゃないか?」

「焼き殺すなら一瞬で消し炭にしてやらないと……岩盤にぶつかったとき、痛かったのか知らないけどのたうちまわってたでしょ。燃えたまま暴れられたらこっちがあぶないわよ」

「そうか、それに燃えるってなると空気が……この空間であれだけのものが燃えたらこっちの息が持たないな、うーん……」

「暴れるのはよくないけど、火を点けるのはかわいそうだよ……」

「あのさあ……」

「でも、意識を込めてるナフトライトに反応してうごくんだったら、ナフトライトに意識を込めた状態でなげればそっちの方に行くのかも」

「なるほどね、意識を込めたナフトライトを投げた方向に向かっていく……あの湖にナフトライトが沈めば、あいつも一緒に元来た場所に戻るってわけね」

「でもどっちかのナフトライトをなくすことになるぜ?」

「わたしのナフトライトを使おう。」


 ターシャは、いつも浮かべているニコニコと楽しそうな表情からは想像もつかない凛とした表情で、自分のナフトライトを作戦の為に消費することを提案した。幼い頃から時間を共にしてきたイゴールは、初めて見せる決意に満ちたターシャの表情に驚愕した。


「ターシャおまえ、いいのか?」

「わたし、ほんとうに軽い気持ちで冒険したいって思ってた。でも二人をこんな危ない目に合わせちゃって、わたしも何かしなきゃって。いつも助けられてばかりだけど、今度こそ二人を助けなきゃって思ってるよ。それに、わたしたちだっていつまでも子供じゃいられないんだよ。だから二人をここに連れてきた“せきにん”が、わたしにはあるの。それに、わたしは絶対に帰らなきゃいけない“約束”があるから」

「ナフトライト、ターシャの宝物じゃないの?本当にいいの?」

「宝物なら、目の前に二人いるよ。」


 ターシャは、目を閉じるとイゴールとラナの肩に手を回し二人を抱き寄せ、小さな額を二人の額に当てると、三人の体温が額越しに伝わってゆく。


 イゴールは、普段口にしないような、自分たちがあと数年でも成人することを指したターシャの発言に再び驚いた。幼い頃のままコロコロと表情を変え楽しそうに日々を送るターシャが、口には出さなくとも心の中はしっかり成長してることを知り、幼馴染を見くびっていた自分の浅はかさを思わず呪いたくなった。最後の“約束”という言葉の意図はわからなかったが、本物の決意を滲ませた幼馴染を、心から尊敬し応援しなければと考えた。


 ラナも同じように、地方の街で自分に接近してきた、見た目通りの幼い子供のような少女が、ここまで真剣にこの事態を打開しようと決断したことに驚いていた。そして、卑屈だった自分の心境を変化させ、考えもつかなかった冒険に連れ出してくれた、自分のことを宝物と語ってくれたターシャを信頼し、何か彼女の助力になろうという決意を決める。


「やろう。あのドラゴンをやっつけて、わたしたちは外にかえろう」


 ターシャが目を開くと、決意に満ちた青い大きな瞳にランタンの中で燃える炎が映りこんだ。

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ナターシャ・ユリエヴナの冒険計画 奴郎 @yatsuro

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