人生一の悪夢

髙 仁一(こう じんいち)

人生一の悪夢


人生一の悪夢


まず、近所の手すりのある道からはじまる。

親子、子供はスケートボードを手すりで練習している。

手すりの上で、うまくバランスを取ってスケートボードに乗っている。

そばを通り過ぎようとする僕。

子供とぶつかりそうになり、そのままでは通り抜けられない道だということを悟る。


「すみません、もう少し待ちますね。」

「ごめんなさい、やめさせますから。」


と、母親が答える。


「いいんですよ。見ているのも楽しいですから。」

「ありがとうございます。」


ここで、母親が僕の顔を見てハッとした表情で僕に尋ねる。


「初めてお顔を拝見しました。最近引っ越して来られたんですか?」

「ああ、そうなんですよ。最近というわけでもないですが、◾️◾️◾️ピーー市に引っ越してきました。」

「あら、そうなの?どの辺りかしら。」

「向こうの一軒家です。」

「お若いのに、一軒家?すごいわね。」

「いや、僕がすごいのではなく、親がすごいんです。色んなところを検討したみたいですけど、この場所、◾️◾️◾️ピーー市を気に入ったみたいで、別荘を買ってくれて、僕を住まわせてくれているんです。あまり直接は言って来ないですけど、明らかに僕のためですね。感謝しています。僕がもし結婚したら、この家をくれるとも言ってくれています。」

「わあすごい」

「実は4月から付き合っている彼女がいるんです。」

「まぁ!」


と母親は口に手を当てて、驚きと恍惚の表情を見せた。


「でも今、喧嘩中なんですけどね。」

「そうなの?大変ね。」


そこで僕はあることを思いついた。僕は女性の友達が少なく、この喧嘩のことを相談できる相手がいなかった。そして、目の前には経験の豊富な一児の母がいる。


「良かったら相談に乗ってくれませんか?…こんな急に駄目ですよね…」

「いいわよ。おばちゃんが一肌脱いであげる。」


意外とあっさり、了承を得られた。


「いいんですか!?ありがとうございます!」

「ここでもなんだし、いつも行っているお店に行きましょ。」

「はい。ああ、そうだ。僕の彼女、世界一の美人で、写真あるので見てください。」

「あらあら、うふふ。」


ここで僕は何かがおかしいことに気づいた。

いくら探しても◾️◾️◾️ピーーさんの写真が携帯電話の中にない。

そのまま洋食屋に移動する。その間ずっと写真を探していた。


「あ、ここ美味しいですよね」


と答えつつ写真を探す。

そして、ある考えが僕の頭を支配することになる。


◾️◾️◾️ピーーさんは現実にいないのではないか。僕の頭が作り上げた嘘で、僕は頭がおかしいのではないか。そもそも僕に彼女が、しかも世界一の美人の彼女がいるなんて、おかしいことなんだから。」


最初は静かに沸く水のような思いだったが、携帯電話の画面をスクロールするたびに、その流れは強くなり、濁流となって僕の頭のすべてを支配した。


その瞬間、洋食屋の内装は弾け飛び、その場所は、暗い、精神科の待合室に早変わりした。


精神科医の男と、看護師の女がそこにはいた。


「どういった症状でお悩みですか?」

◾️◾️◾️ピーーさんが、いないんです!」

「は?」

「僕の彼女です。確かに、写真をもらって、毎日見ていたのに…」


飛び込んだ先の病院の精神科医と看護師の表情は、哀れみの表情になった。

その表情で確信した。全部、僕が作った幻想だったことがわかった。

僕は喚く。


「どうしよう!治してください!僕を治してください。」

「わかりました。でも、ここでは治りません。この名刺の電話番号にかけてみて下さい。助けてくれるはずです。」


視界が揺れ、僕は無意識に待合室のすべてを見渡すこととなった。待合室の端っこには、過去に僕が着ていた服が散乱していた。


「あ、あ…?これも、これも僕の服だ。…僕は何度もここに来ていたんですね!?僕はそれも忘れて…」

「落ち着いてください。階段をゆっくり降りましょう。」


一番下に降りた時、僕は靴を履いていなく、裸足であることに気づいた。

コンクリートの地面を見ると、様々な靴と、様々な靴下が散乱していた。

僕は地面に座って、僕の履ける靴下を必死に選ぶ。


「先生、靴下をうまく履けません!やっぱり僕はどこかおかしいです。」


履こうとした靴下とそれを持つ僕の両手は、僕の右足の少し左で空をかき、靴下は僕の足には嵌まらなかった。何度も、何度も。


そこで精神科医の男が、通りがかった男に声をかけた。


「ちょうど良かった。この方をあるべき場所に、連れて行ってください。」


男の着ているスーツはボロボロで、浮浪者みたいだ。


この男が名刺の電話の先なのだろうか。

この男が僕をあるべき場所に連れて行ってくれるのだろうか。

この男が、僕を、殺してくれるのだろうか。




ここで僕の目が覚めた。


「今の悪夢はヤバすぎる。人生一の悪夢だ。」


はっきりと、胡桃くるみさんが現実に存在している確信がある。

その確信と裏腹に、僕の息は上がり始めた。


「はっ、はっ。スマホ、スマホ。」


スマホを開き、胡桃くるみさんの写真を確認した。呼吸が落ち着く。


「指輪…指輪…」


一軒家の一階に降り、机の上に置いてある指輪を左手の中指にさした。呼吸が安定する。


僕と彼女は喧嘩中だ。僕と彼女の受難はまだ続くのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生一の悪夢 髙 仁一(こう じんいち) @jintaka1989

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ