第3話 先輩に彼氏はいない

 うちの高校は夏休み中、私服でも学生証があれば校内に入れる。

 買ってきたネコさんがらのカラーボックスを部室で組み立てて設置せっちし、今日の作業は終了。

 思ったより早く終わったな。まだ昼前だ。残念、先輩ともっといたかったのに。


 僕たちはテーブルの上に積まれていた書類や本を、作ったばかりのボックスに入れていく。

 でもそれだってすぐに終わって、


「はい、おつかれさま」


 先輩が作業の終了をつげた。


「少しは片づきましたね」


「うん。引退した先輩たちが、私物しぶつ置いたままだからねー」


「でもこれ、全部後輩にあげるね、感謝しろ♡ って言ってましたよ」


「いらないです。持って帰ってくださいとも言ったよね、あたし」


「捨てていいんでしょうか」


「うーん……やっぱいるってなると面倒だから、卒業までは置いとこう」


「そうですね」


 確かに、ゴミみたいなのもあるけど、レアアイテムっぽい物もあるんだよな。何かの表彰状もあるし。


「あー……のどかわいた、ジュース買いに行こうよ。カラーボックス安く買えたから、部費つかっちゃおっか」


「いいですね」


 一旦校舎を出て自販機コーナーで飲み物を買うと、僕たちは部室に戻った。

 デーブルを挟んで向き合う形で椅子に座り、ジュースを飲む。先輩の喉の動きと、汗でおでこに貼りついた前髪に目を奪われながら。


 ミーン、ミンミンミンミン


 夏といえばセミの声。うるさくて暑苦しいけど、先輩といるだけで許せてしまえる。思いっきり鳴け! 短い夏を精一杯生きるんだぞ。


「……ねぇ、ミドリくんさぁ」


「あっ、はい」


 先輩は少し言いにくそうに口籠ってから、


「なんであたしを、かわいいって言ったの? 今日はさ、何回も言うよね」


 なんで? かわいいからとしか言いようがないな。

 僕の返答を待つことなく。


「もしかしてあたしのこと、好き……なの?」


 先輩の唇が、想像もしていなかった言葉をつむいだ。


 これは……答えていいのか?

 むしろチャンスなのか!?


「……はい、好きです。大好きです! 世界一かわいいって思ってます」


 きっとチャンスだから、思ってることを、思ってる通りに言ってみた。


「……ぅっ」


 小さな声をこぼした先輩の恥ずかしそうな表情は、ドキっを通りこしてゾクッとするほどかわいかった。

 これ、照れてもらえてるのか? 意識してもらえたのか!?


「ずるいですよ、先輩。なんでそんなかわいい顔するんですか」


「か、かわいい顔なんてしてない。な、なんとも思ってませんけどぉ~? ミドリくんに好きって言われても、あたし、な、なんと……も」


 わざわざジュースを机に置いてから、両手で顔覆っちゃったよ。

 なんだこれ? 僕の心臓を潰そうとしているのか? 胸が苦しすぎる。


「ミ、ミドリくん……さっき言ったよね、あたしって、び、美少女……なの?」


「はい。めっちゃ美少女です」


 見た目は美幼女ですけど、年齢的には少女なので。と続けそうになってなんとか噛み殺した。


「だったら、か、彼氏がいるとか、思わ……ない?」


「いるんですか!?」


「いたら、どうする……?」


「泣きます、悲しくて。でもいませんよね? 彼氏がいるなら、いくら部活の後輩とはいえ男子とふたりで出かけないでしょう。買い出しの手伝いなんか、彼氏に頼めばいいんですから」


「あっ……そっか」


 小さくつぶやいてから、


「い、いるかもしれないじゃないっ!」


 先輩はまた、そうやって見栄をはった。


「いませんよー。だって薫子かおるこ先輩が、先輩に彼氏いないって、いたことないって教えてくれましたし」


 薫子先輩は先輩のおさな馴染なじみで、女子バスケ部のエースだ。身長は先輩より40cm以上は高い。


「かーおーるーこー!」


 友人の名を発する怒りに満ちた声色からも、


「ほらやっぱり、彼氏いないじゃないですか」


 それがわかった。


「なんでそんな、見栄はろうとするんですか」


「薫子はいつ、ミドリくんにそんな余計なこと教えたの」


「余計じゃないです。とてもありがたかったです。教えてくれたのは夏休み前ですね。学食でうどんをすする先輩に僕が見惚れてたから、教えてくれたそうです。憧れの年上女子に想いをよせる男の子を応援するが、薫子先輩の趣味だそうで」


「え!? うどん食べてるの見てたのっ」


「はい。ちゅるっちゅるって、かわいかったです」


「見て……たの?」


「はい。ガン見してました」


「へ、変態だ。女子の食事姿をガン見するなんて、変態の所業しょぎょうだ!」


「女子のじゃなくて、先輩のです。先輩以外の食事姿になんか興味ないです」


「…………」


 なんで無表情で黙るんですか。怖いんですけど。


「薫子先輩も、先輩がうどんすするのミスってむせて逆流させてたの、めっちゃ笑ってました」


「そ、それも見てたのかー! そこを見られてないか心配してたのに、見てたのかー!」


「はぁ、一番の見所じゃないですか。ちゃんと見てましたけど」


「見所じゃないわよっ! も、もうなんなの! なんなのーっ」


 と、突然。先輩はなにか思うところがあったのか、ハッとした顔して僕を見ると、


「あ、あこがれの、としうえじょしって……わたし?」


 わかりきったことを確認してきた。


「そうですけど」


 みるみる間に、顔中を真っ赤に染める先輩。


「あの、先輩」


「……な、なに?」


「めっちゃ照れてますね。僕、意識してもらえてるんですか? だったら嬉しいんですけど」


「なんでそんなこと言うの! 先輩からかうの、よくない!」


「からかってません。本気です」


「そ、そう……本気なら、って! ぅえ!? 本気!?」


「僕は先輩に憧れてますし大好きですから、今日はふたりでお出かけができて、すごく嬉しかったです」


 先輩が、なんだかアタフタし始める。


「あ、あたしは先輩で、あなたは後輩……それだけの関係。わかってる?」


 はい。でしょうね。


「わかってるから、頑張ってアピールしてるんですけど」


「だ・か・ら! アピールしなくていいのっ」


「迷惑……ですか?」


「そ、そういうんじゃなくてっ! もうっ」


 気持ちが沈んでしまった僕に、先輩が続ける。


「そんなにグイグイこられると、なんか……ウソくさいって、思っちゃう」


「ウソくさいですか? せっかくのチャンスなので、頑張ってみようと思いまして」


「それ!」


「どれですか」


「そういうの、せっかくのチャンスってなに!? なんかウソっぽい、軽すぎ」


「それは……違います。僕は必死です。どうすればこの気持ちを先輩にわかってもらえるか、必死なんです。僕、誰かを好きなったのが初めてだから、これが初恋なんです。わからないから必死なんですよ」


 先輩が困った顔をする。


「すみません、そんな困った顔させるつもりありませんでした」


「困ってない。困ってないけど……」


「不愉快ですよね、僕なんかに好きって言われて」


「違う。不愉快じゃないし、ちょっとはうれしい……けど」


 先輩は小首を傾げて僕を見上げるように、


「見た目が好き、なの? ちっちゃくて、こ、こどもみた、みたい……」


 言いにくそうに言葉を詰まらせてから、


「あたしがちっちゃくて、こどもっぽいから好きなの!? ロリコンなの!?」


 強めの口調で一気に言った。


「……は? 違いますけど。ロリコンって、先輩年上じゃないですか、美少女先輩じゃないですか」


「美少女先輩はすでに禁止しています。謝罪を要求します!」


「はい。すみませんでした先輩」


「よ、よろしい。でも……違うの? あたしってこんなだから、制服着てると変な人に声かけられることも多いの。ロリコンとか? そんな人。きみ高校生なの〜、すっごくかわい〜ね〜……みたいに。あれ、ホント気持ち悪い、吐きそうになる」


「なんですかそれ、くそむかつきますね、そんなヤツはヤッちゃいましょう」


「なにをヤッちゃうの。やめて」


「でもッ!」


「でもじゃありません。やめなさい」


「は、はい……」


「あたしって、年齢としのわりにロリな体型だから。ミドリくんも、合法ごうほうロリだからいいんじゃないの?」


「ごうほうろり? なんですかそれ」


「わからないなら、わからないままで……って、スマホ出さない!」


「すぐに調べますので、少しお待ちを」


「調べなくていいよ! 調べないでーっ」


 なんか嫌がってるし、やめておこう。スマホをズボンに戻した僕に、


「小さい子が好きじゃないなら、なんであたしを、す、好きに……」


 先輩は顔を真っ赤にして、言葉を止めてしまう。


「恥ずかしいなら、無理に言わなくていいですよ。僕が先輩を好きに、大好きになって惚れた理由がしりたいんですね」


「だ、大好きとか、言い直さななくていい。恥ずか……しい」


 先輩を好きになった理由は、自分でもわかってない。

 だけど、


「最初にいいなと思ったのは、なんにでも真剣なところです。部活もですし、体育で校庭を全力疾走している姿がすてきでした。困ってた下級生に親切にしてたのも、かっこよかったです。

 部活でもなにもわからない僕に丁寧に教えてくれて、優しく笑いかけてくれて、とても安心できました。それで、優しい先輩だなって、すてきな人だなって思うようになって、もう気がついたら先輩に会うために学校に通っているようになってました。

 理由を説明するなら、そうなります」


 先輩はなんだかほっぺを膨らせて、結んだ唇をプルプルさせている。初めて見る表情で、どういう気持ちなのかわからない。


「ぶ、部活は先輩たちがあれだから、あたしがしっかり教えてあげないとって……」


「確かに3年の先輩たちはあれな人ばかりでしたけど、あれはあれで楽しかったです」


「うん……そうだね。楽しかった」


「寂しいですか。僕とふたりになって」


「そんなことない。先輩たちがいなくなっちゃうのは、わかってたし」


 先輩は深呼吸して、ジュースを一口。


「あたし先輩だから、部長だから頑張らないとって、はりきり過ぎてるかな?」


「頑張ってる先輩はすてきですよ、僕が惚れたのもそういうところです」


「惚れたって……簡単にいうね」


「簡単じゃないです。今も先輩のその言葉で、言わなかったほうがよかったのかなって、心配になってます」


「そっか。ミドリくん、本当にあたしを好きなんだね」


「はい……すみません」


 つい、謝ってしまった。先輩の表情が、困ってるものだったから。


「あたしね、そういうのよくわかんない。初恋とか……たぶん、まだだし」


「それは、よかったです」


「どうして?」


「だって誰か好きな人がいたら、僕の場所がなくなるじゃないですか」


「好きな人がいたら、頑張って奪い取ってやろうとか思うんじゃないの?」


「どうでしょうか。もしもですけど、どれほどキレイですてきな人が僕を好きだと言っても、僕の気持ちが先輩から離れるとは思えません。

 だから、先輩に好きな人がいないのはよかったです。これから好きになってもらえるよう、努力できる余地がありますから」


「努力、するの?」


「はい。全力で努力します」


「ふふっ……なにそれ? かっわい~ね」


 僕を見る先輩の笑顔が、見たことないほど『お姉さん』のそれで、心臓が痛いほどドキドキした。


「なに~? 照れてるの?」


「は、はい……」


 ドキドキが、止まらない。

 まるで、鳴き止まないセミの声のように。


「ミドリくんも、かわいいとこあるねー」


「せ、先輩ほどじゃないです……よ?」


「うーん。そういうとこだけど、まっいいや」


 ジュースを一口。こくんと鳴った喉が、とても色っぽかった。


「ねぇ、ミドリくん。あたしって、本当にかわいい?」


「はい、とても」


「かわいいだけ?」


「優しくて、世界で一番すてきな女性です。僕の、大好きな人です」


 喉が震えて、うまく言葉にならない。


「そ、それは褒めすぎ……だよ」


「嫌なら、もう言いません」


「いやじゃなけど、ふたりのときだけにして……。人前では、やめてね? 恥ずかしいから」


「はい。先輩の嫌がることはしません」


「今は、ふたりだけ……だよ? どんな努力してくれるのかな? みせてほしい、な」


 僕はセミの合唱に負けないほどの勢いで、


「もういい! もういいからぁ~っ」


 先輩がアタフタし出すまで、全力で彼女を褒め続けた。



〜Fin〜

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ちっちゃな先輩と僕の夏 小糸 こはく @koito_kohaku

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