第2話 先輩はネコがすき
「うぅ~……あ~つ~い~」
セミの大合唱の中、僕は先輩と目的地のホームセンターへと歩く。油断すると追い越してしまいそうになる彼女の後ろを、ドキドキしながら追いかけて。
「先輩が、夏なんだから暑いくらいがちょうどいいでしょって言ってから、まだ5分くらいですよ」
「先輩じゃない。今日は、お姉ちゃんじゃなかった?」
「もうやめませんか? それ。先輩、見た目がお姉ちゃんっぽくないんですよ。かわいいんですけど、めっちゃ美幼女なんですけど、お姉ちゃんって感じじゃないです。僕、妹いるんで、なおさらそう思います」
「幼女っていうな!」
振り返る先輩。いや、見た目は完全に幼女ですよ。
背が低いのはまだ分かるんですけど、お顔がですね、あまりに幼児的なんです。完全に小学生にしか見えません、それも3・4年生くらいの。
「幼女なんて言ってませんよ、美幼女って言ったんです。大切ですよ? 美がつくかどうかは」
「そんなことはしらん! もういいっ、黙ってついてきて」
今日の僕たち『文芸部』の目的は、本棚にするカラーボックスの購入。
ネットでポチれば意外とお高めな送料がかかるとわかったから、部費の節約のため学校近場のホームセンターで調達することになったんだ。
文芸部は、夏休み前に3人の3年生部員が引退して、部長を継いだ2年の先輩と1年の僕だけになった。このままだと、来年の春には部から同好会に格下げになる。
これがどういうことかというと、来春まで文芸部に部室には、僕と先輩のふたりだけになるってことだ。
うん。叫びそうになるくらい嬉しい。
だけど部長になった先輩は、部員集めを頑張っている。
「僕は、先輩とふたりでいいですけど」
部員確保に必死な先輩の気が楽になればと、99%以上の本心をつげたけど、
「部員が4人いないと同好会に格下げになって、部室がなくなっちゃう。それはダメ!」
先輩的には、代々受け継がれてきた文芸部の部室を自分の代で失うのは避けたいらしい。
「引退した先輩たちに、なに言われるかわからないでしょ!」
ということだ。
引退した3年の先輩たちは、厳しいこと言うタイプには思えない。むしろ、
「部室なくなったんだってー。あはははっ! 文芸部ざ~こ♡」
とか、面白がりそうな人たちだけど。
黙ってついてきてと言われてしまったので、黙ってついていくこと数分。駅前から歩いて10分ほどで、目的地のホームセンターに到着した。
クーラーが効いた開店まもない店内には、平日だからかお客さんの姿はほとんどない。
「ふぅ……涼しい~」
「夏は暑いくらいがちょうどいいんじゃなかったんですか。めっちゃお上品な顔で言ってたじゃないですか」
到着したし、もう黙ってなくていいよな。
「しつこい、後輩に見栄はっただけだよ。あたし暑いの嫌い。寒いのはもっと嫌いだから、覚えといて」
やっぱり『いいカッコ』したかっただけか。そうだと思ったけど。
「はい、覚えました」
「よろしい」
店内に入った先輩は、右に曲がると一直線に進んで行く。
「そっちじゃありませんよ」
「いいの、みたいとこあるから」
先輩が向かったのは、ペットコーナー。
「先輩、ペット飼ってるんですか」
「飼ってないから見にきたんでしょ?」
その理屈はわかりません。飼ってるから、餌とおやつを買いに来たならわかりますけど。
先輩は商品のペットが展示されたショーケースに駆けより、
「ねこ! ほら、ねこちゃんっ」
ネコちゃんって。なにそれ、かわいい。こどもっぽい顔にこどもっぽい表情を浮かばせて、にっこりと笑った。
うっ、かわいいな先輩……朝からくーかー寝てるネコはどうでもいいけど、先輩がかわいすぎる。
「そうっ……すね」
「なにその反応。ミドリくん、犬派?」
「いえ。うちネコいるから、珍しくないです。2匹いますよ」
「ねこちゃん飼ってるの!?」
僕に近づく先輩。めっちゃ食いついてきた。
「3年くらい前に妹が捨て猫を2匹拾ってきまして、そのまま飼うことになったんです」
「ふわぁ!? なにそれ、自慢か!」
「ネコ飼ってるだけですよ、どんな自慢ですか。あいつらすぐ膝に乗ってきて重いですし、夏は毛がくっついてうっとうしいですけど」
「膝に、ねこが……あなた、どんな楽園に住んでるの!」
膝に乗ってくるのは2匹のネコだけじゃなく、妹も1匹いますよ。長期休みはあいつら全員の面倒みないといけないから、結構大変なんですけど。
「先輩、ネコ好きなんですね」
「好きよ、当たり前でしょ。ねこが嫌いな人類はいません!」
「じゃあ、今度うちに来ます? 1匹はそうでもないですけど、もう1匹はお客さん大好きですよ。誰にでも顔こすりつけて、自分の匂いつけて友だちになろうとしますし」
「い、いいの!? ねこちゃんとお友だちになれるの!?」
「なれますよ。うちのやつら、人見知りしないですから」
目をキラキラさせて、嬉しそうな先輩。僕は心の中でガッツポーズ。
それから僕たちはペットコーナーだけでなく、意味もなく店内を
嬉しそうな先輩のお顔、楽しそうな声。そのすべてが僕に与えられたもので、胸が苦しくて、胃が重くなるほどに幸福だった。
この人はなぜこんなにも、キラキラしているんだろう。
「ちょっと戻っていい?」
僕の手首を取り、引っ張る先輩。
突然のその感触に、体温に、声に、笑顔に、胸がいっぱいになって息ができなくなる。
どうして僕は、この人を『特別』に感じるんだろう。
他の誰にも感じない。感じたことのない特別感を。
「うわ! カブトムシ売ってる! 3800円だって、たっか!」
「それ、日本にいないやつですよ」
「え? いるじゃん、ここに」
「そういう意味じゃなくて、日本に生息してる種類じゃないってことです。輸入して育てたんじゃないですか?」
「ふーん。だったら外来生物じゃない。売っていいの? 生態系がどうたらこうたらでしょ」
「どうなんでしょう。いいから売ってるんじゃないですか?」
先輩は虫コーナーに興味をなくしたように、僕の手首を掴んだまま足を前に進める。
そんな感じで、店内をグルグル回ること1時間。妹の買い物につきあうのは「早くしてくれ。もういいだろ」としか思わないけど、先輩の「あっち見て、こっち見て、もう一回あっちに戻る!」につきあうのは楽しくて仕方がない。
あっという間の楽しい時間を経過させ、僕たちはお目当のカラーボックスコーナーに到着。値段は……上を見なければお手頃だ。予算内で収まりそう、むしろ余るかも。
「ねぇねぇ、これかわい~♡」
ネコの顔模様がついているボックスを見つけて、僕の隣に寄りそい服をひっぱる先輩。
ち、近いです。なんかこれ、めっちゃドキドキするんですけど。
「なに笑ってるの」
「かわいいと言ってる先輩が、あまりにかわいいので、つい」
それに服をひっぱられてるのが嬉しくて。
「つい。じゃないわよ! また、かわいいって言った。あたし先輩だよ? 部長なんですけど」
あぁ……手、離されちゃった。
「先輩で部長でも、かわいい人はかわいいです。なので先輩がかわいいのは変わりません」
「小さくてかわいいってこと?」
「いいえ。すてきな美少女先輩なので、かわいいんです」
「び、しょ……あぁっ、もう! 禁止です! 美少女先輩は禁止ですっ」
ニヤけてる。美少女先輩の顔面が崩壊している。
「ニヤけるからですか? ニヤけてますよ」
「うるさい! ニヤけてないっ」
「わかりました。では美少女部長、ボックスどれにしますか? ネコさんのにしましょうか」
そして蹴られる僕の脚。
どうやらこの人は、照れ隠しに脚を蹴るらしいことがわかった。
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