第36話 序章
師匠との修行の中で相手の理力が分かるようになってきたが、この聖女からは一切の理力を感じない。一体どういうことだろうか。それに佇まいを見ても強者であるとは思えない。
「……」
クラトスが聖剣を収めた。師匠もベルさんも片膝をついている。一体、この聖女は何者──。
「フフ。カイさんですね? ここまで生き残って頂きありがとうございます。よくクラトスに殺されませんでしたね」
「あー、うん。絶賛この世界ごと壊すって宣言されちゃったところだけど、なんとかね。で、お姉さんはこのゲームの管理者さんかな?」
「えぇ、そうですよ。
「へー。僕からするとバカみたいに強い師匠も跪いて一言も喋らず、あれだけ人間を見下していた謎の使徒様も直立不動になる。そもそもこのふざけたゲーム全てがお姉さんの理界の中での出来事だとして、一体お姉さんは何者? というか、僕たちは一体何なのかな?」
「フフ。混乱をするのも無理はないです。カイさん、積もる疑問に答えてあげたいのは山々なのですがあなたにまだその資格はありません。あなたの魂の旅はようやくここからがスタートなのですから」
「……なるほど。お姉さんも情報を小出し後出しにするタイプなわけだ。そこのクラトスさんにも言ったけど、もううんざりなんだよね。それに僕の目標は魂の旅を始めることじゃない。この訳の分からないゲームを終わらせることだ。というわけで殺させてもらうね」
カオスとラベッジを振るい、聖女の首を跳ね飛ばす。
「フフ。私の理界ですよ?」
握っていた筈のカオスとラベッジはいつの間にか僕の手から聖女の手に渡っていた。
「
「あらあら、まぁまぁ。その若さで理界まで覚えられたのですか? すごいですね。でも申し訳ありません。私が理界構築を許してあげたのはつい一時間前までですので、今は使えませんよ」
「……」
そう言えば師匠の理界を出るときにベルさんが解除されると言っていた。それにクラトスも理界を使っていない。
「じゃあせめて殴るね」
「フフ。若さって良いですね」
師匠とベルさんによって鍛えられた体術で挑む。見立て通りの一般女性レベルであるなら一秒もかからずミンチ状態になるはずだ。
「フフ、当たりませんね」
「……理力は感じないんだけどね。お姉さん何かしてる?」
「いいえ。特に何も?」
僕の拳や蹴りは空を切るばかりだ。こちらの方が何十倍も速く動いているように思えるのだが当たらない。むしろ僕がわざと当ててないかのような不自然さだ。
「気は済みましたか?」
「済んだと思う? 結局何も分からず、一発も殴れないのに?」
「フフ。その悔しさをバネにもう一度這い上がってきて下さい。……あらあら。カイさんすごいですよ。今回は特別に御自らリセットを掛けて下さるそうです。くれぐれもご無礼のないように」
「?」
何を言ってるか分からないのは僕だけのようだ。聖女のその言葉に他のみんなは固唾を飲み、緊張していた。クラトスでさえもだ。
『ふむ』
聖女の額に第三の眼が現れ、開眼した。聖女から発される声は男性に変わっており、その一声で意識が吹っ飛びそうになる。
『ホムラ、久しいな』
「っは」
師匠は顔を下げ、その一言だけを発するだけだ。
『クラトス。貴様も難儀な役回りよの。我は今気分が良い。遊んでやろう。掛かってくるがよい』
「……」
クラトスは微動だにしない。
『クク。冗談だ。そう怖がるでない。さて、カイ。この場に立ってるイレギュラーよ。貴様にはマスタープログラムの資格を与えよう。励むが良い。目的は我を殺すことだ』
「……ま、この世界は理力が全てだからね。反論の余地はなさそうだね」
今なお聖女の形をしたナニカからは理力を感じることはできない。だが、恐らくこれは麻痺しているのだと思う。今の僕では感じることもできない理力。一体どんなバケモノなのか。
『貴様の魂が滅びなければ、また会えるであろう。ではな』
聖女の手には風化してボロボロの三つ又の槍が握られていた。そしてひと薙ぎ──。それですべてが無へと帰った。
『【記憶継承】がアンロックされました』
「……ここは?」
起きた時、そこは見知った天井であった。
蟲毒の頂をめぐるもの 世界るい @sekai_rui
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