終章
終章 創造神の挑戦
その少女は「異質」だった。
地上はドラゴンの吐く炎に焼かれて、真っ黒に炭化していた。その中心に、黒革の侍と、黒衣の魔王。それから、黒い山のようなドラゴン(遺体)がいた。
その真っ黒な世界の中に有って、唯一の白。それが、「白金の髪に塗れた白い肌の少女」だった。
黒の中の白は、とても目立った。しかし、真に異質だったのは、彼女の「正体」だった。
「あたしは『女神』だよ」
女神。そう言われて、俺が真っ先に想起したものは、ネフィリムを創った造物主、「創造の女神ネフィリア」だった。そもそも、それしか知らない。だからこそ、俺は困惑した。
え? 真(まこと)に?
真か嘘か。或いは、正気か狂気か。それを見極めようと、俺は髪に埋もれた少女の顔をマジマジと見詰めた。すると、彼女は右腕を大きく上に掲げて、
「ふああああああっ」
思い切り体を伸ばしながら、大声を上げて欠伸をした。その際、彼女の体を隠していた髪が乱れた。その拍子で、髪の下に隠れていた肢体が露になった。
しまったっ!?
俺の視界に「少女の胸部」が飛び込んできた。それを直感した瞬間、俺は強い罪悪感を覚えて視線を逸らした。しかし、その瞬間の映像は、脳裏にシッカリ刻まれていた。
少女の「双丘」は、小さな体に「不釣り合い」と思えるほど豊満だった。その特徴は、俺に既視感を覚えさせた。
ミアと同じくらいか? もしかしたら、いや、同じくらいか?
俺は、無礼にも、心中で秘かにミアのそれと比べてしまった。すると、俺の破廉恥行為を咎める声が、俺の脳内に響き渡った。
((来寿様っ、その女を見たら駄目っ!!))
ミアは俺に怒りの視線を向けていた。その表情は、俺に「逆鱗に触れられたドラゴン」を彷彿とさせた。それを無視することは、俺にはできなかった。
「見てない」
俺は思わず嘘を吐いた。しかし、ミアは尚も厳しい視線で俺を睨んでいた。その最中、ミアの声――いや、「ミアに似た声」が、俺の耳に飛び込んできた。
「あ~あ」
呆れたような、ガッカリしたような、何とも情けない声だった。それを直感するや否や、俺は直ぐ様「声の主」を見た。
声の主、毛むくじゃらの少女は、俺の前を通り過ぎてドラゴンの躯の前に立った。
「これは――うん、『魔力核(コア)』が壊されちゃったねえ」
自称女神の少女は「あ~だ、こ~だ」と独り言を呟きながら、ドラゴンの状態を確認している様子だった。
一体、この子は何なのだ? 何をしているのだ?
本当に、不思議な少女だった。彼女の言動を見聞きする度、俺は疑念に駆られた。それと同時に、既視感を覚えて止まなかった。
本当に、声も、体の特徴も「ミアソックリ」だ。
俺は「蠢く白金の毛むくじゃら」を見詰めながら、あれやこれやと想像を巡らせていた。.
すると、俺の顔に「打刀の切っ先」が刺さった。いや、それと錯覚するほど鋭い視線が、俺に向けられていた。
このまま見続けていたら、ミアに殺される。
俺は強い危機感を覚えて、「自称女神」を見るのを止めた。直ぐ様大仰に顔を背けて、
「ごほんっ!!」
敢えて大きな咳払いをした。すると、
「んんっ?」
自称女神が反応して、こちらを向いた。その際、俺は顔を背けたまま、彼女の体を指差して、
「とりあえず、服」
簡潔に過ぎる物言いで、衣服の着用を要求した。しかし、それを口にしてから、「周りに衣類が無い」という事実を直感した。
無いのなら、与えるまでだ。
俺は自分が身に着けている黒革鎧を脱いだ。いや、脱ごうとした。ところが、俺が鎧に手を掛けた瞬間、
「んんんんんっ!?」
「「!?」」
自称女神が奇声を上げた。それは全く予想外の出来事で、俺も、ミアも、驚いた。「一体、何事だ――」と、考えている間に、自称女神が俺達の方へと近付いてきて、
「もしかして、もしかして、もしかして――」
俺の前を通り過ぎて、ミアの前に立った。
「貴方、もしかして――」
自称女神は、ミアの顔をマジマジと見詰め始めた。その奇行に晒されて、ミアの顔から表情が消えた。
一見、ミアの精神は平静であるように思えた。しかし、実際は大混乱していた。
((何? 何なの? 私、何かした? 助けて、来寿様っ!!))
ミアは窮する余り、思念で俺に助けを求めた。それを聞いて、俺は即座に行動した。
「あの――」
俺は自称女神に声を掛けた。それは、彼女の耳にも入っているはずだった。ところが、
「懐かし――って、言っても分かんないよね?」
自称女神は、俺を無視してミアに話し掛け続けていた。その傍若無人な振舞いに対して、俺は「実力行使に出るべきでは?」と考えた。
ところが、俺が動き出そうとした矢先、自称女神の可憐な口から「奇妙な言葉」が飛び出していた。
「まさか、あたしの体の『試験体』が生きて――ううん、子孫を残していたなんて」
試験体。それは、俺にとっては全く初耳の言葉だった。しかし、俺が知らずとも、博識なミアなら知って――
((え? 試験体? 何それ怖い))
ミアも知らなかった。その結果、
「「…………」」
俺も、ミアも、何の反応もできずに固まっていた。その様子は、自称女神の目にもシッカリ映っていた。
「ああ――うん、分かんないよね? ちょっと情報を整理しないと」
自称女神は、俺達の様子を見るなり、何事か思案し始めた。暫く「う~ん、う~ん」と唸っていた。その様子を見ていると、俺は強烈な既視感を覚えて止まなかった。
そんなところまで、ミアにソックリなのだな。
俺は脳内で、ミアの姿と、自称女神の姿が重なっていた。その事実を奇妙に思いながら、二人の関係性に付いて考えていた。
その最中、風鈴の音のような澄んだ美声が、俺の耳に飛び込んできた。
「ここじゃ、ちょっと何だから――場所を移すか」
声を上げたのは、自称女神の方だった。彼女は右手を掲げて「パチン」と指を鳴らした。その小気味良い弾音が、俺の鼓膜を敲いた。
その瞬間、俺の視覚が「故障」した。
たった今まで、俺の視界に映っていたのは「煤けた焦土」と、「黒衣の少女(ミア)」と、「蝙蝠の羽を持つ巨大黒蜥蜴(ドラゴン)」、そして、「毛むくじゃらの少女(自称女神)」だった。
ところが、細い指が奏でる弾音を聞いた瞬間、俺達の周りが、いや、世界が「真っ白」になっていた。
「「!?」」
俺は思い切り目を開いて息を飲んだ。すると、隣のミアも俺と似たような表情をして、俺と同時に息を飲んでいた。その反応から、「お互い同じ光景を見ている」と直感した。
俺達が立っている場所は、只々真っ白で、その空虚な空間が果てしなく広がっていた。この場に存在しているものといえは、俺と、ミアと、ドラゴンの躯と、後は――
「『お色直し』っと」
「「!!」」
至近からミアの声、いや、ミアによく似た声が上がった。それを聞いて、俺も、ミアも、直ぐ様「真正面」を見た。
そこには、「白い軽装姿の少女」が立っていた。
その少女の頭髪、宝石のように煌めく白金色の髪は、肩口辺りで綺麗に切り揃えられていた。それに覆われた顔は、「ネフィリム随一の天才彫刻家の生涯最高傑作」と断言できるほど、完璧に整っていた。それらが余りにも印象的で、俺は「一度見たなら、二度と忘れない」と確信した。
だからこそ、俺は確信した。その少女は「俺が良く知る人物と瓜二つ」という事実を。その既知の人物の名前が、俺の口を衝いて出ていた。
「ミア?」
俺が名前を呼ぶと、俺の隣から声が上がった。
「何だ?」
声がした方を見ると、見慣れた黒衣の美少女が立っていた。その姿を見て、俺は「彼女こそ、本物のミア」と確信した。ならば、俺達の正面に立つ「ミア似た少女」は――
「ネフィリア――様?」
「ん? 言ってなかったか?」
自称女神は、本物の女神だった――のか? いや、真(まこと)に?
「…………」
俺は白衣の少女を見詰めながら、その正体に付いて考えていた。ミアも同じように固まっていたので、俺と似たようなことを考えていたのかもしれない。
「「…………」」
俺達は、暫く固まったままだった。その愚行を続けていると、俺達を固まらせた「元凶」が口を開いた。
「今から順を追って説明してあげるから。その前に――」
女神はクルリと踵を返して、ドラゴンの躯の方を向いた。
「この子は未だ『生きている』んだよね」
「「え?」」
ドラゴンが生きている? そんな馬鹿な。
ドラゴンは死んだ。ミアもそのように判断していた。何より、この白衣の少女自身女が「魔力核が壊れている」と言っていた。それなのに、何故、「生きている」と言ったのか?
俺は少女の言葉に強い疑念、いや、反発を覚えていた。「嘘だ」と否定する言葉が喉下まで込み上げていた。しかし、彼女にはハッキリ断言できる「根拠」が有った。
「ドラゴンを殺すには『心臓』も潰さないと――ね」
「「!!」」
白衣の少女は「ドラゴンの殺し方」を知っていた。それを聞いた瞬間、俺も、ミアも、超速でドラゴンを見た。
ここでドラゴンの心臓を貫けば――殺せる。
俺は右手を腰に伸ばした。そこに収めていたムラマサの柄を握った。続け様に引き抜こうとした。ミアの方も、何らかの呪文を発動する構えを取っていた。
ところが、俺達が「凶行」に及ぶ前に、白衣の少女が声を上げた。
「ほっといても蘇生するけど――」
「「!」」
「『治療』するわ」
「「!?」」
ドラゴンを治療? 蘇生すると? この女――正気かっ!?
ドラゴンが復活すれば、再び「あの地獄」を味わう羽目になる。俺達の努力も、成果も、全て無に帰す。斯様な展開は、全力で拒否したい。その想いが、俺の口から飛び出した。
「「待っ――」」
俺の声に、ミアの声が重なった。二人の想いは同じだった。俺達は、それぞれ「待って」と言うつもりだったのだ。
しかし、俺達は遅かった。間に合わなかった。俺達が最後まで言い切らない内に、白衣の少女はドラゴンに向かって右手を翳していた。
その直後、少女の小さな掌から「光の奔流」が飛び出した。それが、瞬く間にドラゴン巨躯を包み込んだ。
それは、「回復魔法の光」だった。
俺達がドラゴンの首許に穿った「穴」が、瞬く間に塞がった。その悲しい現実を見届けたところで、視界に映った黒い山がムクリと起き上がった。
ドラゴン、奇跡の復活。この女、何てことをしてくれやがったのか?
竜退治の苦労を思うと、白衣の少女に文句の一つも言ってやりたい。しかし、それを口にする勇気は、たった今無くなった。
この少女は、本当に女神――ネフィリア様なのだな。
一瞬で致命傷を癒す奇跡の技。それを目の当たりにして、俺の中に有った「少女の正体に対する疑心」が雲散霧消した。
相手が本物の女神となれば、是非も無い。被造物の分際で、造物主に無礼は働けない。
俺はムラマサの柄から右手を離した。ミアも、悔しげな表情を浮かべながら、戦闘態勢を解除していた。
「「…………」」
俺達は、それぞれ神妙な面持ちで、女神の様子を窺っていた。すると、彼女は復活したドラゴンに向かって声を上げた。
「イフリス、引き続き『壺の管理』を宜しく」
壺の管理。その言葉に、俺は強い違和感を覚えた。「どういう意味だ?」と詳しい内容を詰問したい衝動に駆られた。しかし、
「…………」
言えなかった。俺にできたことは、目の前の出来事を眺めているだけだった。
俺が見詰める先で、ドラゴンが漆黒の翼を大きく広げた。その行為の意味を、俺は見た瞬間直感した。
こいつ、ここで飛ぶつもりだっ!?
ドラゴンのはためきは、台風並みの威力が有った。その事実は、自分の最期を直感するほど思い知らされている。
俺は直ぐ様身を伏せた。ミアも同時に身を伏せていた。しかし、俺達の行為は、全くの無駄に終わった。
イフリスが飛び立った瞬間、俺達の頭を「微風」が撫でた。その事実を直感して、俺は直ぐ様起き上がって前を見た。
俺の視界に、イフリスの黒い巨躯は映っていなかった。
消えた――のか?
イフリスは、飛び立つと同時に消えていた。その事実を目の当たりにして、俺は最悪の可能性を想像した。
また、奴が封印世界に放たれたのか。
俺は再戦の可能性を想像して、脳ミソが鏡石化したような憂うつさを覚えた。ミアも、
((また、また戦わなきゃなの? 女神様の馬鹿っ、何てことをして下さったのよっ!!))
思念で散々悪態を吐いていた。
しかし、俺達を憂うつにした張本人はというと、
「それじゃ、ちょっとお話しますか」
何の悪びれもなく、俺達に向かって優しく微笑んでいた。
もし、彼女が女神でなかったなら。例えば、アシハラ時代の藩主だったなら。或いは、シグムント王国時代のジークジオ王だったなら。俺は武士の本分を違えてでも、冒険者の矜持を捨ててでも、思い切り顔をぶん殴っていた。今の俺ならば、それができた。
しかし、流石に女神は無理だ。「顔がミアにソックリ」となれば、尚更だ。それらの事実を踏まえた上で、彼女に手を挙げることは、今の俺にはできなかった。尤も、それは俺に限った話ではなかった。
「「分かりました」」
俺も、ミアも、唯々諾々と女神の誘いに応じた。
このとき、俺は腹心も何も無く、「従順に振舞うこと」だけを考えていた。しかし、魔王は違った。彼女は俺より強かだった。
((ここで女神様の心象を良くして、来寿様と一緒に現世に戻して貰えたら))
流石、魔王。俺はミアの作戦に、全力で乗ることを決意した。そこに、ミアに似た声が耳に飛び込んできた。
「立ち話も何だから」
女神は右手を掲げて指を鳴らした。
小気味良い弾音が、真っ白な空間に響き渡った。それを耳にした瞬間、俺達三人の背後に白くて丸い「雲」のような椅子(ソファー)が現れた。
「まあ、座って」
女神は、俺達に着席を勧めながら、真っ先に白い椅子に腰掛け――いや、体を埋めた。その様子を見て、俺とミアも彼女に倣った。
その際、ミアは右手で椅子の感触を確かめた後、余り体重を掛けないよう、ちょこんと腰掛けた。その様子を横目で見ながら、俺も椅子に腰を下ろした。
その直後、俺の全身が白い椅子に飲み込まれていた。
「!?」
椅子は、とても柔らかかった。妖刀ムラマサで失敗作を斬ったときのように、何の抵抗も覚えなかった。その感覚が、俺に有りえない可能性を想像させた。
俺の尻が――消えたっ!?
俺は直ぐ様立ち上がって、自分の尻を撫でた。すると、掌に「尻の感触」が伝わった。
その事実を直感して、俺は改めて椅子に腰を下ろした。その際、なるべく深く腰掛けないよう注意した。その甲斐あって、全身が埋まることは無かった。しかし、「尻が消えた」と錯覚するほどの柔らかさには、どうにも慣れそうになかった。
もう少し固い椅子を要求したい。しかし、斯様な些事に心を砕いている場合では、既に無くなっていた。
俺が腰を下ろしたところで、対面に座る「白いミア」が声を上げた。
「先ずは、『こっちの話』をさせて貰おう」
被造物にとって、「造物主の話」は、その全てが「神託」と言える。「ネフィリムで最も尊い言葉」と言っても過言では無いだろう。その幸運に預かることに、俺達は感謝すべきなのかもしれない。しかし、正直なところ、俺は余り有難みを覚えていなかった。
この人――女神様、なのか? いや、そうなんだろうけど。
女神の正体を疑う気持ちは、今は殆ど無い。しかし、彼女の「頓珍漢な言動」を見聞きする度、「こいつ、真(まこと)に女神か?」と、疑念を覚えた。今も――
「まあ、あれだ。あたしゃ、ずっと寝てたのよ」
「寝て――た?」
「うん」
こいつ、真(まこと)に女神か?
そう言えば、創世記にも「疲れたから寝る」とか書いてあった。その記述は真実だった訳だ。しかし、それが「記述通りの意味」とは、俺は思ってはいなかった。
今まで寝ていたと? いや、一度くらいは起きたでしょう?
女神に言葉に対して、俺は疑念を覚えていた。しかし、初対面の女神の姿を想起すると、「だから、あんなに髪が長かったのか」と納得――いや、できなかった。
もう、自分でもよく分からない。
女神の生態は、俺の常識や想像を超えていた。俺は考えるのを止めて、有るが儘を受け入れるべく、「無心」を心掛けようとした。
しかし、俺は未熟だった。無心になれなかった。女神の話は、俺の心を激しく乱した。
「んで、ここ(封印世界)の管理を『イフリス』――さっきのドラゴンに任せてたの」
「ドラゴンに?」
「そう」
魔物に世界の管理を任せた。その事実を知って、俺は脳ミソが鏡石化したような絶望を覚えた。その想いが募る余り、口から「信じられん」と言う言葉が出掛かった。しかし、
「「…………」」
俺は歯を食い縛って堪えた。ミアも、何も言わなかった。
女神様のことだから、きっと人知の及ばぬ深謀遠慮が有るに違いない。
((女神様のことだから、きっと何か深いお考えが有るに違いない))
俺も、ミアも、「不信」、或いは「失望」の崖っぷちで「背水の陣」を布きながら、女神の言葉に傾注し続けた。
俺達が黙っていると、女神は勝手に話を進めて、封印世界に関する情報を次々開示してくれた。
「でも、ここには『あの子(イフリス)並み』の危険な魔物も何匹かいる訳」
封印世界には、イフリスのような奴、即ちドラゴンが未だ何匹もいる。そんな地獄のような世界に、俺達人間の居場所は無い。
早く、現世に帰りたい。
((一秒でも早く元の世界に戻らないと。来寿様と一緒に))
俺も、ミアも、心中で「現世への帰還」を希求した。その願いを叶える存在が、俺達の直ぐ目の前にいた。
「それで、もしもの場合――って、要するにあの子がやられたら、『目覚まし』が鳴るよう設定していたのよ」
女神ネフィリアは、今までずっと寝ていた。しかし、「目覚まし」が鳴ったことで、彼女は起きた。それが鳴らなかったなら、彼女は起きてはこなかったのだろう。
何故、目覚ましは鳴ったのか? 誰が女神を起こしたのか? その「犯人」の正体を、俺も、ミアも、誰よりもよく知っていた。
「んで、飛び起きて、直ぐに現場に来てみたら、あの子が倒されていたのよ」
「「…………」」
ああ、ここは「奉行所の白州(アシハラの法廷)」だったのか。俺とミアは、「女神」という奉行の前に引き出された罪人だったのか。その可能性を想像すると、鏡石化している脳ミソに、更なる鏡石が乗っかったような憂うつさを覚えた。しかし、未だ判決は出ていなかった。
女神様が気付いていませんように。
俺は最悪の結末ばかりを想起しながらも、一縷の望みに賭けていた。そこに、女神から「死の宣告」に等しい言葉が告げられた。
「『貴方達』――だよね?」
質問ではなかった。事実確認だった。「否」と言えば、最悪の結末を迎える。その可能性、いや、事実は、俺も、ミアも、よく分かっていた。
「「はい」」
俺達は同時に首肯して、素直に「罪」を認めた。
ああっ、駄目だったか。一体、どんな沙汰が下るのだろう?
俺も、ミアも、固唾を飲み込みながら女神の沙汰を待った。すると、
「まあ、それは良い――ううん」
白い椅子に埋まっていた女神の体が、唐突にバネ仕掛けのようにピョンと起き上がった。「「!?」」
俺も、ミアも、目を点にして女神の様子を窺っていた。すると、彼女はツカツカと俺達の方へと近付いてきて、それぞれの顔を交互にジロジロ眺め出した。
まるで、品定めをしているような? ならば、自分は女神の眼鏡に適わないだろう。
俺の予想通り、女神の視線は「ミアの顔」に固定された。それに晒されたミアは、能面のような無表情を浮かべながら、女神の視線を真正面から迎え撃っていた。
傍から見ていると、ミアは全く平静そうに見えた。しかし、彼女の心中は全く穏やかではなかった。
((どうしよう、怖い、来寿様助けてっ))
ミアは思念で俺に救助を要請した。それを聞いた瞬間、「反魂の副作用」という「呪い」が発動した。
「あの――」
俺は腰を上げて、女神に注意しようとした。しかし、彼女は俺の姿など視界に入っていない様子で、
「ふむふむ。なるほど、なるほど」
勝手に何かを納得した後、踵を返して自分の席へと戻っていった。
一体、何が「なるほど」なのか?
女神の奇行は、俺には意味不明ではあった。しかし、一先ずミアの危機は去った。その事実を確認して、俺は再び腰を下ろした。
その直後、女神の美声が耳に飛び込んできた。その内容を聞いた瞬間、俺は沈めた腰を再び浮かせてしまった。
「今から話すことは、『誰にも言わないで欲しい』んだけど――」
「「!」」
造物主から「誰にも言わないで」と言われたら、人は何を思い、如何なる感情を覚えるものなのか。
俺も、恐らくミアも、嫌な予感がしていた。緊張を超えて恐怖を覚えていた。しかし、互いに「絶対に聞かねばならぬ」と決意していた。
これは、絶対ミアに係わりの有る話だ。
((これは、私に関係有る話だよね))
俺も、ミアも、固唾を飲んで女神の言葉に集中した。すると、全く予想外な、耳を疑う言葉が耳に飛び込んできた。
「元々貴方達人間は、潜在的に『あたし並み』の能力を持っているの」
「「!?」」
人間には女神並みの才能が有る? そんな馬鹿な。
女神の言葉は、俺の首を九十度くらい傾げさせた。
俺達人間と女神の間には、「絶対に越えられない隔たり」が有った。俺達人間の能力には、「限界」が有った。女神の言葉が真実であれば、ケルベロスやドラゴンのような「失敗作」を封印する必要は無かったはずだ。
女神の言葉に付いて考える度、俺の脳内に「反例」が幾つも閃いた。それらを訴えたい衝動に、俺は駆られていた。
しかし、俺が想像した全ての反例は、続け様に告げられた女神の言葉に粉砕された。
「でも、あたしの都合で『封印』させて貰ってる」
「「!?」」
「最初から何でもできたら、成長しないでしょ?」
封印。俺達の能力は女神に封じられていた。その事実もまた、俺にとっては首を傾げるものではあった。この場にいるのが「一か月前の俺」ならば、絶対信じなかっただろう。
しかし、今の俺には「まさか」と思える可能性が閃いていた。女神の言葉を聞いた瞬間、俺に「ミアの特異性」に係わる天啓が下りていた。
まさか、ミアは――
「んで、『その子(ミア)』のことなんだけど――」
俺に天啓を下ろした張本人(女神)が、その内容通りの言葉を告げた。
「『外れてる』のよね」
「「!!」」
人間に掛けられているであろう「女神の封印」が、ミアだけ外れていた。だからこそ、彼女は女神の大魔法を使用できたのだろう。
俺の中で、ミアに係わる秘密が一つ解けた。その一方で「新たな謎」が生まれた。
何故、ミアの封印は外れているのだろう?
俺は隣に座っているミアを見た。次に、白い椅子に埋まっている女神を見た。それぞれの姿は、「双子」と錯覚するほど似ていた。
これ、絶対無関係ではないよな? 二人は生き別れの双子なのか? 或いは姉妹か? まさか、同一人物?
俺は二人の関係性に付いて、あれやこれやと想像を巡らせていた。その果てに、「正解」と思しき言葉に辿り着いた。
それが、「試験体」。ミアに対して女神が言った謎の言葉。その意味は何なのか? それを知っている者は、この場には女神しかいない。
俺は「女神が教えてくれる」と期待した。その期待に、彼女は応えてくれた。
「彼女、ううん、彼女の祖先か。それが私の体――あ、『この体』ね? それを創る為に、色々試行錯誤していた頃の人間なのよ。それが、さっき言った『試験体』ってやつね」
試験体とは、「女神の体」を創る為に創られた人間だった。それを聞いて、俺は「どんな人間なのだろう?」と想像した。
その瞬間、俺達の頭上に「四つの巨大な硝子の円筒」が現れた。
「「!?」」
円筒の直系は五十センチほど、高さは二メートルほど有るだろうか。人一人くらいなら余裕で入れそうだ。そう思った。その直感は、正鵠を射ていた。
それぞれの硝子の円筒の中に、「全裸の少女」が入っていた。
これは、何なのだ? この子達は、誰なのだ?
少女達は、それぞれ目を閉じていて、どうやら眠っている様子。その外観は、同じ人間とは思えないほど美しかった。しかし、全くタイプは違っていた。
それぞれの肌は、白かったり、浅黒かったり、色々。それぞれの髪色も、金、銀、暗色、そして、白金。体形も、背が高かったり、低かったり、スレンダーだったり、グラマラスだったり、多種多様。
俺にとって、どの少女も全くの初対面だった。俺の記憶の中に、彼女達に該当する者も、彼女達に似た容姿を持つ者もいなかった。そのはずだった。
ところが、俺は「その中の一人」に強烈な既視感を覚えていた。「その理由」が、俺の口を衝いて飛び出した。
「ミアっ!?」
その少女は、白金髪で、背が低く、それでいてグラマラスだった。その外観は、俺の隣にいるミアにソックリだった。その意味に付いて考えると、一つの可能性を想像した。
この子達が、「試験体」なのか。
この中に、ミアの「祖先」がいる。その可能性を想像した瞬間、俺は立ち上がって円筒の一つに手を伸ばしていた。その際、誰も俺の行為を阻まなかった。
ところが、俺は円筒に触れられなかった。俺の手は、何の抵抗も無く円筒を擦り抜けてしまった。
「!?」
ハッキリ見えているのに、実体が無い。その事実を直感して、俺は驚いて息を飲んだ。
これは、如何なる魔法なのか?
俺が不思議がって首を傾げていると、女神が「種明かし」をしてくれた。
「これは当時の映像――って、えっと、『過去の記録が見える魔法』ってところかな」
過去の記録。彼女達は、全員「現在」に存在していなかった。その事実を知らされて、俺は触れることを諦めた。
俺が再び席に着いたところで、女神は「試験体」を創った理由を教えてくれた。
「あたしはね? 自分の脚で、自分が創った世界を歩きたかったのよ。だから、その為の体を創った訳――なんだけども」
自分の作品を愛でる気持ち。それは俺にも共感できた。俺も一人の剣士として、剣技を会得したならば、試したいし、披露もしたい。
しかし、女神の所業は「人間、愛洲来寿」の精神的許容範囲を超えていた。
「でも、『女神ネフィリアに相応しい体』ってなると、こう、色々拘って、色々試したくなっちゃったのよね」
女神は「己の体の造形」に拘る余り、幾人もの人間を創造した。その事実を知らされて、俺は強い精神的衝撃を受けていた。
女神様は、人間を、試験体を「玩具」にしたのか?
度し難い。そう思った。次に似たような内容を口にすれば、文句の一つも言ってやろうと身構えた。そこに、再び女神の声が上がった。
その内容は、「人間、愛洲来寿」に僅かながらも安堵を与えるものだった。
「まあ、『試験体』って言っても、普通の人間、人間そのもの、というか――」
試験体もまた人間。少なくとも、女神はそのように認識していた。しかし、当然ながら「只の人間」ではなかった。
「『ネフィリム人の未来の姿』ってとこかな」
ネフィリム人の未来の姿。その言葉が真実ならば、いつか人間は女神の封印から解放されて、今のミアと同じ能力を手に入れることができるのだろう。その可能性を想像すると、人間の未来に希望が有るように錯覚した。
しかし、「それ」は「今」ではなかった。今を生きる人間にとって、余りに大きな「差異」だった。
「今の人間にとっては――うん、『異質な存在』にはなるでしょうね」
異質な存在。その言葉は、俺の胸に深く刺さった。
ミアも、彼女の祖母ウィルリルも、周りの人々から「魔王」と呼ばれて忌避されていた。
「異質な存在が、今の人間達に受け入れられるとは思えない」
女神様の仰る通りだ。言い訳する気も無い。
「あの子達も、『人形のような性格』の子ばっかりだったし」
それも、女神様の仰る――え?
「色恋沙汰には全く関心が無いと思っていた。それなのに――」
え? それって――誰のこと?
試験体の外観は、確かにミアソックリだ。しかし、女神の言う「試験体達の性格」と、俺の知る「魔王達の性格」には、ちょっと、いや、かなり差が有るのではなかろうか?
俺は隣に座るミアを見て「違うよな?」と首を傾げた。
しかし、当のミア本人女は「やはりな」と呟いて、大きく頷いていた。
((私も昔から『お人形さんのようだ』と言われていたもの。大人しかったもの))
そう――なんだ? いや、そうではないのでは?
ミアの自己評価と、俺の評価は一致していなかった。俺の喉下まで「それは違うぞ」という否定の言葉が込み上げていた。しかし、
「…………」
俺は堪えた。堪えざるを得なかった。
この場には「俺とミアと女神」だけしかいないのだ。女性二人と口論して、勝てるとは思わない。そこに彼我の立場や力関係が加われば、俺の勝率は限りなく「無」に等しい。
そもそも、主題は「性格云々」ではなかった。
「まさか、あの子達が――一人だけかもしれないけど、『子孫を残していた』なんてね」
試験体の子孫。それが誰を指し示しているのかは、尋ねるまでも無かった。
ミアの正体を知って、女神様は如何なる沙汰を下すのか?
現在のネフィリムにとって、「試験体」は異質な存在だ。「失敗作」という例を鑑みれば、ミアに下る沙汰の内容は自ずと想像が付く。
封印。即ち、「ミアは、このまま壺の中に閉じ込められたまま」と言うことになるだろう。
最悪の展開だ。それだけは、具現化して欲しくない。しかし、具現化したならば、俺も彼女に付き合って、この場に留まろう。
俺は最後までミアに付き合う覚悟を決めた。その瞬間、女神の声が耳に飛び込んできた。
「それで、一つ『言っておきたいこと』が有るんだけど」
言っておきたいこと。一体、それは何なのか?
俺は「ミアへの沙汰」も含めて様々な可能性を想像した。しかし、その中に「正解」は無かった。
「あたしは、この世界を創るに当たって、幾つか『ルール』を決めているの」
ルール。それは如何なる内容なのか? 相手が「世界の造物主」であることを鑑みると、この世界、「ネフィリムの根幹」といえる法則だろう。ネフィリムに生きる者の一人として、関心を持たずにはいられなかった。
俺は「毒食わば皿まで」と、覚悟を決めて女神の言葉を待った。すると、女神は続け様に件のルールの内容を語った。
「その一つが、『やり直しはしない』ということ。要するに、時間を戻すことはしないの」
やり直しはしない。裏を返せば、「女神は時間さえも操作することができる」ということなのだろう。
時間操作。できるものならば、やってみたいのだが。
俺自身、これまでの半生の中で「過去に戻ってやり直したい」と思ったことは、何度も有った。俺が女神であったなら、時間を操作していたかもしれない。
しかし、女神は「しない」と言った。何故なのか? その理由は――
「『失敗から学ぶ』ってことも、重要な成長の要素でしょ? それを『無かったこと』にはしたくないの」
失敗から学ぶ。その言葉を聞いた瞬間、俺の全身に電撃が奔った。思わず「なるほど」と膝を打った。
実のところ、俺にも思い当たる節が、幾つか有った。
剣の勝負に於いて、敗北を経験したことが有った。その時、俺は自分の弱点に気付けた。技の習得に関しても、失敗を繰り返してコツを掴んだ。様々な失敗を乗り越えたことで、俺は人として成長できた。
あんなこともあったよね? こんなことも有ったよね――と、俺は今までの半生を振り返っていた。その最中、俺の耳に「朗報」が飛び込んできた。
「だから、あたしは試験体の子孫には干渉しない。これからも好きにやって。ただ――」
ミアは許された。その沙汰を聞いて、俺も、ミアも、「「ほっ」」と安堵の息を吐いた。
しかし、安心するのは未だ早かった。女神の言葉には続きが有った。それも、「人類滅亡」を想像させる特大の爆弾発言だった。
「人間でもドラゴンを倒せるって分かった以上、『壺の中に失敗作を閉じ込めておく必要は無い』かなって」
「「え?」」
もしかして、女神は「失敗作を現世に開放する」と言ったのか? その言葉を聞いて、俺も、ミアも、驚いて息を飲んだ。
まさか、「そんなこと」は無いだろう。無いはずだ。無い、無い、無い。
俺は心中で必死に否定していた。ミアも、思念で((違う、聞き間違い))と、自分の耳を全力で疑っていた。
しかし、俺達の念は通じなかった。「そんなこと」は有った。聞き間違いではなかった。
「封印の壺を破壊して、全部外に出そう」
「「!!!」」
女神は、壺の破壊を宣言した。その瞬間、俺達のいる「白い世界」が揺れた。それは、「地震が裸足で逃げ出す」と思えるほどの大激震だった。
逃げ出そうにも逃げ場は無い。俺も、ミアも、椅子に埋まりながら、揺れが収まるのを待った。
しかし、「世界の揺れ」は、収まるどころか激しさを増すばかり。その内、真っ白な空間に無数の亀裂が奔った。それらが一斉に拡大して、世界が木っ端微塵に砕け散った。
俺達を囲んでいた全てが消えた。その中に、俺達を支えていた地面も含まれていた。
俺達は椅子に体を埋めたまま、「奈落の底」へと落ちていた。
ああ、ああああ、また、またこれなのか。
俺の脳内に、「壺に封印された記憶」が閃いていた。当時の出来事をなぞるように、俺達は無窮の闇の中を無限に落下した。その最中、涼やかな美声が耳に飛び込んできた。
「さあ、あたしの分身、人間達よ。超頑張れ。あたしの想像を超える成長を期待する」
ネフィリムの造物主、創造の女神ネフィリアは、彼女の被造物である俺達を激励した。その大きな期待を受けて、俺は彼女に全力で返答した。
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
愛洲来寿、怒りの絶叫。果たして、それは女神の耳まで届いただろうか? 尤も、届いたところで何の意味も無い。あの女神は全力で無視するに決まっている。
ああ、何でこんなことになってしまったのか? 何が間違っていたのか?
俺は、ミアと一緒に無窮の闇の中を落下しながら、現況の原因に付いて自問自答し続けていた。
嘗て、俺達が最初に封印の壺に入ったとき、「無限」、或いは「永遠」と思えるほど落下を経験した。しかし、果ては有った。それは、壺を出るときも同様だった。
気が付くと、俺は「光溢れる世界」に立っていた。
「ここは――?」
足下を見ると、そこには「草」が生えていた。
見慣れた雑草だった。それが目に入った瞬間、俺の心中に衝撃が奔った。それと同時に、俺の脳内に一つの可能性が閃いた。
まさか、「戻ってきた」のか?
俺は直ぐ様顔を上げて、辺りの様子を観察した。
現況は、雑草が生い茂る「草原」だった。頭上を見ると、そこには「青い空」が有った。その中心に、眩い光――「太陽」が有った。
俺にとって、全てが「見慣れたもの」だった。しかし、「久しく見ていなかったもの」でも有った。その事実を直感して、俺の中の「まさか」が確信に変わった。
俺は「ネフィリム」に帰ってきた。その事実は、俺にとって喜ばしいものだった。歓喜の舞を踏んでも良い場面だった。
しかし、俺は喜べなかった。それを躊躇う理由が、俺の口を衝いて出た。
「ミア――っ、ぐはっ!?」
俺はミアの名前を告げた。すると、突然背中に強い衝撃を覚えた。
刺されたっ!?
俺は最悪の可能性を想像した。それに恐怖して、俺は超速で背中を確認した。その瞬間、俺の耳に「異音」が飛び込んできた。
「ううぅ……うううぅ~~」
唸り声? 魔物――じゃないな、これは。
俺にとって、「それ」は余りに聞き慣れた「声」だった。
「ミア?」
俺の背中に「黒衣の少女」が張り付いていた。彼女は唸り、いや、嗚咽を漏らしながら、俺の背中に顔を擦り付けていた。
どうしよう?
ミアは泣いていた。斯様な状態の女性に対して、俺は何をしたら良いのだろう? 俺は考えた。一生懸命考えた。その結果、
「…………」
俺は何もできないまま、ミアが泣き止むまで、黙って背中を貸し続けていた。
中天に在った太陽が、西の空へと傾いていた。その頃になって、漸くミアが泣き止んでくれた。俺は彼女が落ち着くのを待ってから、
「大丈夫か?」
ミアに気を遣い、自分の中で最上級に優しげな声音を使って、彼女の調子を確認した。すると、
「ふんっ」
荒い鼻息で返された。その直後、ミアは俺から離れて背中を向けた。その釣れない態度を見ると、自分が嫌われているように思えなくもない。しかし、彼女の態度が本心と真逆であることは、ミアの思念が全力で暴露していた。
((ああ、来寿様、ご無事で良かった。来寿様と一緒に帰ってこられて、本当に良かった。来寿様と一緒にいられて嬉しい、嬉しい、う、れ、しいいいいいいっ!!!))
う、る、さあああああああいくらいに、ミアは喜びを訴えていた。それを聞いていると、俺の心も弾んだ。しかし、諸手を上げて喜ぶことは、俺にはできなかった。
「これから――どうする?」
本当に、どうしたら良いものか?
我らの造物主、創造の女神ネフィリアは、「失敗作」という災厄を世に解き放った。その大事に付いて考えると、俺の脳ミソが鏡石になった。俺の胸中は不安と絶望で一杯だ。
並みの失敗作は兎も角、ドラゴンはどうするか?
ドラゴンの中に、あのイフリスもいる。そんな奴らを敵に回して、人間が勝つ、いや、生き残る見込みは、恐らく、万に一つも無い。
ならば、このまま座して絶滅を待つのか? 或いは――
「来寿」
「ん?」
俺が「人間の行く末」に付いて想像を巡らせていると、ミアから声を掛けられた。それに気付いて顔を上げると、ミアの可憐な瞳に俺の顔が映った。
俺が考え事をしている間に、ミアは俺の方に向き直っていた。彼女は、殺意すら覚えるほどの真剣な表情をしながら、緊張をはらんだ硬い声を上げた。
「私は、これから――」
ミアが続け様に告げた言葉は、「人間に残された最後の希望」だった。
「失敗作どもを狩り尽くすつもりだ」
失敗作の殲滅。ミアは自ら「人間を守る盾」になるつもりのようだ。その気高い決意を聞いて、俺の覚悟も決まった。
「なら、俺も協力しよう」
俺とミアの協力体制。それはこれからも続いていく。少なくとも、俺は地獄の果てまでミアに付いていくつもりだ。その想いを、俺なりの言葉で伝えた。
すると、ミアは「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らして、
「まあ、良かろう」
ぶっきらぼうな物言いで、俺の提案を受け入れてくれた。その回答に、俺は安堵した。しかし、彼女の態度に対しては、少なからず不満を覚えていた。
もう少し、喜んでくれても良いのでは?
俺は心中でミアへの不満を零していた。すると、それを全力で解消しようとする声が、俺の脳内に響き渡った。
((う、れ、しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!))
「!?」
歓喜の絶叫。それが、俺の脳ミソを激しく揺さぶった。その衝撃で、俺の意識も飛び掛けた。
余りに強い喜びの感情。それ自体は嬉しく思った。その一方で、俺は不満も覚えていた。
何故、「それ」を口で言わないのか?
ミアの天邪鬼振りを目の当たりにする度、一言苦言を呈したくなる。尤も、俺は「ミアの思念が聞こえる」という事実を秘密にしている。文句の言葉は飲み込むしかなかった。
俺は、ミアの思念に頭を揺さぶられながら、現実のミアに向かって右手を突き出した。
「これからも宜しく」
俺が声を掛けると、ミアは――
「ふんっ」
不機嫌そうに鼻を鳴らしながら顔を背けた。その一方で、俺に向かって右手を突き出していた。
本当に、素直じゃない。
俺は苦笑しながらミアの右手を握った。すると、彼女も握り返してきた。
これから先、俺達は女神の失敗作を相手に人知を超える死闘を繰り広げることになる。そのことを思うと、少し気が重い。それでも、俺とミアなら――
((ああっ、来寿様っ、来寿様っ、私の王子様っ!!))
俺とミアなら――
((これからも、幾久しく、末永く、永遠に宜しく、宜しく、宜しくううう――))
俺とミア――
((宜しくお願い致しまああああああああすうううううううううううううううっ!!!))
ああっ、もう、う、る、さあああああああああああああああああああああいっ!!!
ミアの想いの洪水を浴びて、俺は考えるのを止めた。
もう、どうにでもなれ。ミアと一緒なら、どうにかなるだろう。
俺は「思念による精神攻撃」に耐えながら、自分の右手の中に有る「小さな右手」を、いつまでも握り締め続けていた。
「侍と魔王の封印生活」――――――――――――――――――――――――了。
侍と魔王の封印生活 霜月立冬 @NovemberRito118
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます