第十一章

 第十一章 死中に活


 竜退治。それは、人知を超えた難業だ。それに挑む為には、特別な手段が必要だろう。それを、人知を超えた存在、「魔王」が授けてくれた。

「私に下りた天啓は、『二つ』有る」

「二者択一?」

「いや、『二段構え』だ」

 二段構え。アシハラの諺に「備え有れば患い無し」というのが有る。「仕損じても、次が有る」と思うと、少し心が軽くなったように錯覚した。

 しかし、ミアの作戦は、その初手から「全滅必至」の無茶振りだった。

「先ずは、敢えてドラゴンの『ブレスを誘発』する」

 ドラゴンのブレス。それは、石化の森を一瞬で消し炭にするほどの威力を持っている。それを形容するならば、「地獄の業火」が相応しい。そんなものを浴びて生き残れる者は、ネフィリム世界の中にはいないだろう。俺も、ミアも、真面に浴びれば骨も残らない。

 しかし、その危険を乗り越えた先にこそ、勝利に続く活路が有った。

「それを、俺が斬る」

 ドラゴンのブレスを斬る。「そんなことができるのか?」とは、もう、考えない。それができて、初めて竜退治の道が開ける。その勝利に続く道を、魔王の魔法が罷り通る。

「その空いた隙間、開いた奴の口に、私が最大威力の魔法を叩き込む」

 ドラゴンの「鱗」の魔法防御力は高い。ミアの魔法を弾くかもしれない。しかし、「口の中まで鱗に覆われている」という訳ではない。俺が炎を斬って、ミアまで繋ぐことができたなら、竜退治の誉れは俺達のもの。そう思った。ところが、

「それで仕留め切れなければ――」

 先にミアから告げられた通り、彼女の作戦には「二段目」が有った。

「敢えてドラゴンの『逆鱗』を攻撃する」

「げきりん?」

 逆鱗。全く初耳の言葉だった。その為、俺は「何だろう?」と首を捻った。

すると、ミアは呆れたように「はぁ」と溜息を吐いた。しかし、吐いたのは溜息だけではなかった。

 優しい魔王は、俺の為に逆鱗の解説をしてくれた。

「ドラゴンの首元には、『一枚だけ上下逆さまに付いた鱗』が有る」

「ふむふむ」

「それが、『逆鱗』だ」

 他と付き方が違う鱗。しかし、「それ」だけの意味しかないならば、攻撃する必要は無い。 

 俺は「なるほど」と頷いた後、「どうして?」と首を捻った。

 すると、ミアは一層気難しげな表情をしながら、

「そこに触れると――……」

 逆鱗を攻撃する意味を語った。いや、語ろうとした。ところが、

「…………」

 何故か口を噤んだ。そのまま「う~う~」と、何度か唸った後、意を決したように口を開いて、逆鱗に触れることの意味、その際に支払う「代償」が有ることを教えてくれた。

「そこに触れると、ドラゴンは『激怒』する。そのように、創世期には書いてあった」

 激怒。それは、もしかして、世界が滅びるのではなかろうか?

 ドラゴンを倒すならば、「リスクを承知で挑まねば」とは思う。しかし、まさか「一段目」のリスクを超えてくるとは思わなかった。それでも、

「そこが『弱点』なのだな?」

 俺は「やる」前提で、ミアに確認した。ところが、

「分からん」

「分からん?」

 残念ながら、創世期に「弱点だよ」とは書いてなかった。その事実を知った瞬間、俺は脳ミソに鏡石二個分が乗っているような、重苦しい憂うつさを覚えた。それに耐えかねて、心中で創世記の著者、女神ネフィリアに向かって「そこは重要なのでハッキリ書いておいてください」と毒吐いた。

 しかし、ハッキリ書かれていなくとも、ミアの慧眼は「記述の真意」を見抜いていた。

「分からんが、『激怒する』というのだから、『大事な何か』が有るのだろう」

「なるほど」

 大事な何か。それを、ミアは「弱点」だと考えていた。それを聞いた瞬間、俺も「その可能性は有るな」と思った。

 しかし、ミアの予想は、飽くまで「そうだったら良いな」という願望だった。その真偽のほどは、やってみないと分からない。

 ミアの作戦、その第二段目は、「願望を根拠にした一か八かの賭け」だった。それでも、彼女が「それしかない」と思うならば、俺も「それに賭けよう」と思った。

 しかし、ミアの作戦には「大きな穴」が有った。それが、俺の口を衝いて出でた。

「それで、どうやって逆鱗まで近付けば良いのだ?」

 ドラゴンの体は「山」と錯覚するほどデカい。それに対して、俺の身長は二メートルに満たない。ムラマサの刃渡りに至っては一メートル弱。恐らく、いや、絶対にドラゴンの首許まで届かない。その可能性を想像して、俺はミアに手段を尋ねた。すると、

「それは――」

 ミアは何かを言い掛けて、直ぐに口を閉じた。彼女は暫く考え込んだ後、俺に訝しげな視線を向けながら、奇妙な質問を口にした。

「来寿、『泳ぎ』は得意か?」

「え? ああ」

 泳ぎ? どこで泳ぐのだ?

 俺は返事をしたものの、ミアの質問の意図が分からず首を捻った。

 すると、ミアは俺の回答に「ふむ」と頷いて、続け様に先の質問の意味、「逆鱗を攻撃する手段」に付いて説明してくれた。

「お前に、『空中遊泳(エアリアル・スイミング)』を掛ける」

 空中遊泳。全く初耳の魔法だった。しかし、その字面から効果は想像できた。

「空中を泳げるようになるのか」

「そうだ」

 空中を泳ぐ。「できるのか?」とは、最早問うまい。しかし、ぶっつけ本番でできることとも思えない。ブレスを斬ることも含めて、練習しておきたいところだ。はてさて――

「来寿」

 考え事をしている最中、ミアから声を掛けられた。それに気付いて、俺は彼女を見た。

 そこには、思い詰めたような真剣な表情が浮かんでいた。

「!」

 ミアの表情を見て、俺は思わず息を飲んだ。その直後、見詰める先の可憐な口が開いた。

「一段目で決める。絶対に仕留める。だが、それで決まらぬ場合は――」

 ミアは硬い無機質な声音で、本時作戦に懸ける自身の意気込みを語った。その続け様に、俺に対する「期待」を告げた。

「後は、『お前の妖刀』に託す」

 俺の妖刀。その言葉を聞いて、俺は自分が果たすべき役目を直感した。

 俺が決めねばなるまい。

 俺の剣がどこまで通用するのか? それは、やってみないと分からない。むしろ、全く通用しない可能性の方が高いだろう。それでも、

「承知仕った」

 竜退治の誉れは、俺が頂く。

 俺は「竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)」の称号を得た自分の姿を想像して、昂る気持ちに煽られるまま、鼻から荒い息を吹き出していた。


 ブレス斬り、そして、逆鱗攻撃。竜退治の大綱は決まった。その成功率を上げるべく、俺達は地下室に籠って作戦の詳細に付いて話し合った。しかし、相手がドラゴンだけに、「これで完璧、間違いなく勝てる」と断言をすることは、俺にもミアにもできなかった。しかし、それでも――

「よし、これでいこう」

 俺達は、自分達の知恵が及ぶ範囲で、何とか実現可能と思える作戦を練り上げた。それを「机上の空論」で終わらせない為に、俺達はコッソリ外に出て、何度も「予行演習」を繰り返した。

 納得できる成果を得るまで、結構な時間を費やした。その間、ドラゴンは湖畔に居座り続けていた。

 討伐対象が頭上にいる。その事実は、竜退治を目論む俺達にとっては僥倖ではあった。しかし、困ったことも有った。

 ドラゴンがいるせいで、他の生物が湖畔に寄り付かなかった。水源として期待していた「湖」も、ドラゴンに占有されていた。その為、「外」で飲食料の調達は難しかった。その事実は、俺を憂うつにさせた。

 しかし、希望は「地下室」に有った。

「こんなこともあろうかと、ここには何でも揃っている」

 ミアが造った地下室には、出入り口の他に「隠し扉」が幾つも有った。それらの中に、飲食料やら、衣類やら、諸々詰め込まれていた。

「流石だな」

 ミアの機転と備えのお陰で、俺達は飢えを凌ぐことができた。その恩恵に与って、俺は終に「炎を斬る技」を会得することができた。それに加えて、「空中の泳ぎ」も上達した。

 竜退治に必要な準備は、地下の備蓄が尽きる前に整った。それを確信したところで、

「いざ」

 俺達は「最強の不法滞在者」にお仕置きすべく、地上に向かって飛び出した。


 決戦、最強の被造物。

 何となく、俺の脳内に大仰な題名が閃いた。斯様な発想した直後、俺の顔が赤くなった。しかし、その発想自体は「間違い」とは言えないだろう。

 ドラゴンを倒した者には「最強」を名乗る資格が有る。その誉れを頂戴すべく、俺達は焦土と化した石化の森を最高速で突っ切った。

 道中、邪魔が入ることも、他の生物の影を見ることも無かった。湖畔に付いたところで、漸く「一匹」の魔物を見付けた。

 最強の魔物、ドラゴン。

 俺達が湖畔に着いたとき、ドラゴンは水面に鼻先を突っ込んで、悠々と水を飲んでいた。その光景は、俺にコカトリス健在の頃の湖畔を彷彿とさせた。しかし、現況は当時よりも「凄惨」だった。

 湖以外、全て焦土。真っ黒に炭化した世界。その中心で、「黒い山」が蠢いている。その光景は、俺に世界の滅亡を想像させた。

 ドラゴンを攻撃すれば、本当に世界を滅亡させるかもしれない。

 ドラゴンを倒せなかった場合、俺達の命運は元より、世界の命運も尽きる。その可能性を想像すると、恐怖で足が竦んだ。

 しかし、今更引き下がるつもりは、俺も、ミアも無かった。

 俺達は、俺が前、ミアが後ろに続いて、真っ直ぐドラゴンに向かっていた。その最中、見詰める先の「黒い山」が動いた。

 あ、こっちに気付いたな?

 巨大な爬虫類の目が、俺達の方に向いていた。その事実を直感した瞬間、見詰める先の黒い山が「巨大化」した。

 巨木のような「四本の脚」が、その上に乗る、山のような巨躯を持ち上げていた。

 ドラゴンが――立った。

 立ち上がったドラゴンの全高は、十メートルほども有った。背中の翼を広げたならば、その倍以上になるのだろう。

 ドラゴンの威容を目の当たりにして、更なる巨大化を想像した瞬間、俺は「自分の最期」と「世界の終焉」を直感した。その際、俺の本能が「兎に角逃げろ」と必死に警鐘を鳴らしていた。

 その音は、とても煩かった。しかし、それ以上に喧しい「声」が、俺の脳内に響き渡っていた。

((ふんっ、ふんっ、ふんっっっだっ、来寿様と一緒なら、何も怖くないっ、もんっ!!!))

 ミアの思念が、俺の脳内でイキリ散らかしていた。その想いが、俺の心を強力に支えていた。彼女の思念が伝わるほどに、俺の心中で熱い想い、「闘志」がメラメラ燃え盛った。

 ここでミアに格好良いところを見せねば、男が廃る。

 そもそも、今までミアに甘えっぱなしなのだ。他者から見て、今の俺は「ミアに甘えてばかりのろくでなし」なのだろう;。

 しかし、この期に及んで他者の評価は気にしていられない。俺が気にすべきは「ミアの評価」だけ。彼女の中の俺は、未だ最高位の「王子様」なのだ。その地位を守る為、俺は全力、いや、全身全霊、俺が俺である全てを懸けて――

「愛洲来寿、参る」

 腰に差した「妖刀ムラマサ」を抜き放った。その白刃の煌めきは、黒い山の頂でも確認できたようだ。

 ドラゴンが動いた。その巨大な腹を擦りながら、四本の脚をうごめかして――歩いた。その動き自体は、正しく蜥蜴のそれだった。しかし、俺が覚えた印象は、蜥蜴のそれでは無かった。

 黒い山が押し寄せて来るっ!!

 動く山。それに挑めば、弾き飛ばされるのはこちらだろう。いや、踏み潰される可能性の方が高い。

 しかし、俺が想像した最悪の可能性は、後ろの魔王が全力で拒絶した。

「先ずは挨拶代わりだ。心地良い微風をくれてやるっ!!」

 ミアは、女神の大魔法、「絶対零度の吹雪(ブリザード・オブ・アブソリュート・ゼロ)」の呪文を唱えた。すると、俺達の頭上に「白金の霧」が表れた。

 霧は、それ自体がキラキラ輝いていた。それを見て、俺は「ミアの髪のようで美しい」と思った。しかし、それは文字通り「嵐の前の静けさ」だった。

 霧は突然渦を巻いて「竜巻」となった。

 白金の竜巻は、その周囲の空気を凍て付かせながら、ドラゴンに向かって飛んでいった。

 ドラゴンは避けなかった。悠然と歩き続けていた。そこに、白金の竜巻が襲い掛かった。

 ドラゴンの巨顔は、白金の竜巻に飲み込まれた。その瞬間、周囲に甲高い爆音が轟いた。それに遅れて、無数の「氷の礫」が飛び散った。

 爆発の後、白金の竜巻は消えた。しかし、その痕跡は「ドラゴンの顔」に残っていた。

 ドラゴンの顔は「霜」に覆われていた。

 霜の温度は「絶対零度」。普通の魔物ならば即死する。失敗作ならば「寿命のカウント」が入っている。

 しかし、ドラゴンは失敗作の中でも「別格」、いや、「別次元」だった。

「やはり、『鱗の上』からでは通じないか」

 ミアの悔しそうな声が、俺に最悪の現実を伝えていた。それを聞いた瞬間、俺の脳内にミアから聞いた「創世記」の一説が閃いた。

「ドラゴンの鱗は如何なる魔法にも耐える」

 造物主の魔法に耐える鉄壁の防御力。「女神の調整ミス」としか思えない出鱈目な性能を、「絶望的な現実」という形で、たった今、目の当たりにした。

 ドラゴンは、ミアの魔法を受けた後も悠々と歩いていた。しかし、ダメージは無くとも効果は有った。

 ドラゴンの顔の周りは「真っ白」だった。

 顔に霜が張り付いた状態を「快い」と思える者は少ない。奴も、その例に漏れなかった。

 白く染まったドラゴンの口から、忌々しげな唸り声を上がった。その不快な音は「天災」を知らせる合図だった。

 黒い山の頂に「噴火口」が現れた。その奥から、真っ赤に燃える「炎」が吹き上がった。それを見た瞬間、俺の目から「キラリ」と擬音が鳴った。

 来たっ。俺の出番が回ってきたっ!!

 俺はミアを庇ように、更に一歩前に出た。その位置でムラマサを大上段に構えて、「その瞬間」が訪れるのを待った。

 程無くして、見詰める先の噴火口――大きく開いたドラゴンの口から、凄まじい轟音が鳴り響いた。

 ドラゴンのブレス攻撃。巨大な「炎の奔流」が、周囲を飲み込み、その全てを焼き尽くしながら、俺達の方へと押し寄せた。

 まるで「津波」、いや、「雪崩」か?

 俺の視界は炎ばかり。既に逃げ場は無い。尤も、逃げるつもりなど最初から無かった。

 さあっ、来いっ!!!

 俺はその場に留まり続けて、炎が打刀の間合いに入る瞬間を待った。

 その瞬間が、「今」訪れた。

「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 俺は裂帛の咆哮を上げながら、ムラマサを縦一文字に振り下ろした。

 超速の斬撃。俺の体には、事前にミアから「獣身」の魔法が掛けられている。その事実と相まって、俺は炎よりも速くムラマサを振り抜くことができた。

 やったか?

 一瞬、俺の脳内に「炎に巻かれた俺とミアの姿」が閃いた。しかし、その最悪の可能性は具現化しなかった。

 ドラゴンが吐いた炎の奔流は、俺が振るった太刀筋を起点に、「左右真っ二つ」に裂けていた。

 決まった。これぞアシハラ流――いや、「魔王流」剣術奥義、「真っ向ブレス割り」。

 竜退治の大一番、「ここぞ」というところで、俺の神技が炸裂した。その事実を直感した瞬間、俺の脳内にミアの声が響き渡った。

((来寿様っ、素敵っ。流石、私の王子様っ))

 ミアの思念は、俺を褒め称えていた。それを聞いて、俺の鼻が伸びた。しかし、歓喜の瞬間は、未だ訪れてはいなかった。

 後は頼んだぞ、ミア。

 俺は背後のミアに念を送った。それが届く道理は、残念ながら無い。

 俺達の間で起こる「思念の伝達」は、「ミアから俺への一方通行」だ。「逆」は無かった。そのはずだった。ところが、

((後は――私が殺す。ドラゴンをっ!!!))

 ミアは、俺の念に応えてくれた。「魔王の確殺宣言」を聞いて、俺は勝利を直感、いや、確信した。

 その直後、俺の背後から「眩い光」が溢れ出した。

 これは――ミアの魔法か?

 俺の体が光に飲み込まれていく。原因が分かっていても、確認したい衝動に駆られた。しかし、それは堪えた。

 ドラゴンを前にして、余所見をする訳にはいかない。

 俺は込み上げる衝動に耐えながら、ミアの魔法が決まるよう念じていた。その想いに、ミアは全力で応えてくれた。

((精度無視、威力全振り、最大威力の大魔法っ――))

 ミアの思念は、彼女が全力を込めている様子を伝えていた。その過程が進むにつれて、彼女の想いがドンドン昂って――

((くたばれ蜥蜴野郎っ、『雷神の矢(インドラズ・アロー)』おおおおおおおおっ!!!))

 ミアの絶叫が、俺の脳内を激しく揺さぶった。その直後、俺の背後から「巨大な光」が飛び出した。

 それは、「太陽」と錯覚するほど眩しかった。その巨大な光が、俺が開いた「炎の谷間」を一瞬で駆け抜けた。

 ドラゴンは、今度も避けなかった。いや、避けようが無かった。奴が反応するより早く、巨大な光は最奥に開いた噴火口、ドラゴンの口に飛び込んでいた。

 その直後、ドラゴンの「頭」が光った。

 封印世界に太陽は無かった。しかし、たった今「新たな太陽」が生まれた。その輝きは、残念ながら一瞬だった。

 ドラゴンの頭を照らした太陽は、「わあ、綺麗だな」と思う間も無く爆散した。

 そのとき、音は全く聞こえなかった。振動も殆ど覚えなかった。それでも、その威力は「破格」だった。

 光が収まった後、そこには「何も無くなっていた」。ドラゴンの頭が、綺麗サッパリ消えていた。その光景を目の当たりにして、俺は心中で膝を打っていた。

 やった、やってくれた。流石、魔王。

 これまで出会った如何なる失敗作も、首を刎ねると絶命した。その事実を鑑みて、俺はドラゴンが絶命した可能性を想像した。

 その直後、俺の背後から「悲痛な叫び声」が上がった。

「そんなっ!?」

 ミアは「何か」に驚いていた。その原因は、俺の視界にも映っていた。

 ドラゴンの首、頭が消えた辺りの傷口から、「新しい頭」がニョキリと生えた。その瞬間を目の当たりにして、俺も、ミアと同じくらい驚いた。

「そんなっ!?」

 俺は声を上げながら、何度も目を瞬かせた。

 このとき、俺は「目の錯覚」を疑っていた。しかし、残念ながら、「新しいドラゴンの頭」が消えることは無かった。

 こいつ、不死身か?

 最強にして不死身。斯様な化け物、どうやったら倒せると?

 現況に付いて考えるほど、「絶望」という名の巨大鏡石が、俺の脳ミソに次々乗っかってくる。

 万事休す。しかし、未だ万策は尽きていなかった。俺達には「奥の手」が有った。

「来寿っ」

「頼むっ」

 ミアは「空中遊泳」の呪文を唱えた。その直後、俺の体がフワリと浮かび上がった。

 この感覚――気持ち悪い。

 自分の体重が消えたような浮遊感。地面に足を着けて生きてきた俺にとって、容易に慣れるものではなかった。

 しかし、それも「初めの一歩」を踏む瞬間までだ。

 俺は「浮いた」と直感するや否や、地面を、その周りの空気毎思い切り蹴り付けた。

「とぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 俺は鳥になった。そのつもりで、奇声を上げながら空高く舞い上がった。

 目指すはドラゴンの首元、そこに有る――「逆鱗」っ!!!

 俺は空中を泳ぎながら、ムラマサの刀身を口に咥えた。それを歯でガッチリ固定して、両手両足をフル活用して全力で空気を掻いた。

 島国に生まれた俺にとって、海は身近な存在だった。それなりに水泳の経験も有った。自信も有った。そこに「獣身」の効果が上乗せされた。

 今の俺は、紛うこと無き「回遊魚」だった。超速の泳ぎを披露しながら、「止まれば死ぬ」と思い込み、必死に、全力で、全速力で空中を突っ切った。

 幸いにして進路はクリア。ドラゴンとの距離が詰まるほど、その全身を覆う「鱗の形」がハッキリ見えてきた。

 そこに「逆鱗」が有る。有るはずだ。

 俺は「有る、有る、きっと有る」と念じながら、眼球を高速回転させて「上下逆様の鱗」を探した。すると、「それ」は――有った。

 見いいいいいいいいいいいいい付けたああああああああああああああああああっ!!!

 俺は心中で歓喜の雄叫びを上げながら、逆鱗に向かって突っ込んだ。その途中、右手でムラマサの柄を掴み、その刀身を口から解放した。

 この一撃で決めるっ。決まってくれっ。頼むっ。

 俺はムラマサを右肩に担ぎ、「必殺の機会」に備えた。それが一秒でも早く訪れるよう、左手と両脚だけで必死に空中を掻いた。

 掻いて、掻いて、掻いた。その果てに、俺は逆鱗を打刀の間合いに捉えた。その刹那、

「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 俺の右肩から、神速の斬撃が飛んだ。俺の視界に、ムラマサの刃先が逆鱗に当たる光景が映った。その瞬間、俺の右手に「久しく忘れていた感覚」が伝わった。

 硬いっ!? 岩っ!? 鋼かっ!?

 逆鱗の硬度は、嘗ての「ケルベロス戦」を彷彿とさせた。あのとき斬ったケルベロスの表皮もまた、鋼のように硬かった。

 俺の右手に伝わる感触は、当時のものと酷似していた。しかし、状況は全く違っていた。

 まさか、妖刀まで阻むとは。

 ミアの魔法、「絶対零度の吹雪」もドラゴンの鱗を突破できなかった。俺のムラマサも、たった今阻まれた。

 万事休す。しかし、未だ万策は尽きてはいなかった。俺には「奥の手」が有った。

俺はムラマサを左手に持ち替えて、その柄頭に右掌を当てた。

 アシハラ流剣術奥義、「鎧通し」っ!!!

 俺は心中で必殺技の名前を叫びながら、ムラマサの切っ先でドラゴンの逆鱗を刺した。続け様に、右掌で柄頭を思い切り叩いた。

 すると、ムラマサの切っ先が逆鱗を貫いた。そのままズブズブと減り込んで――

「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 俺は裂帛の咆哮を上げながら、ムラマサを真上に斬り上げた。

 すると、逆鱗の上半分が縦一文字にパクリと裂けた。その事実を直感するや否や、俺は超速で刀を返して、今度は真下に斬り下げた。

 アシハラ流剣術奥義、「燕返し」っ!!!

 ムラマサの太刀筋が、最初に穿った「縦一文字」と重なった。その光景を視認した瞬間、逆鱗が左右にズレた。

 どうだっ!? 斬れたかっ? 斬っただろう!!

 俺の必死の念は、直後に具現化した。

 逆鱗は、ムラマサの太刀筋通り、左右真っ二つに割れていた。

 俺は逆鱗を斬った。それは、人間の領域を超えた奇跡だった。しかし、「これで終わり」ではなかった。むしろ、「ここからが始まり」だった。

 逆鱗の奥に有るであろう「急所」。それを突かねば意味が無い。

 俺は逆鱗の奥に向かってムラマサの切っ先を向けた。しかし、俺の行動時間(ターン)は、「ここ」で終わっていた。

 逆鱗が割れた瞬間、ドラゴンが咆哮を上げた。その凄まじい音量が「世界」を揺らした。その振動は、至近にいた俺を巻き込んでいた。

 体がバラバラになる!?

 俺の全身の細胞が、「今直ぐ外に飛び出そうぜ」と暴れ回った。その衝撃で、鼻や耳から血が噴き出た。

 このままでは――死ぬ。

 俺は自分の最期を直感した。しかし、「余波」という偶然で死ぬことは、ドラゴンが許さなかった。

 ドラゴンは、咆哮を上げながら蝙蝠の翼を広げた。それを勢い良くはためかせて、空中に飛び上がった。

 ドラゴンの「はためき」が竜巻、いや、「台風」を巻き起こした。その凄まじい風圧が、辺り一帯を薙ぎ倒した。

 その渦中に、俺もいた。

 今の俺は、ミアが創った「魔力粉塵吸引機」に吸い込まれる「ゴミ」だった。その運命に抗おうと、俺は必死に泳いだ。いや、「もがいていた」というべきか。

 しかし、ゴミが吸引機に勝てる道理は無い。頑張ったところで、何れ吸い込まれる運命に有った。俺の努力の先には、「もがき苦しみながらの溺死」というゴールが有った。その可能性を想像すると、報われなさ過ぎて乾いた笑いしか出なかった。

 しかし、俺が「余波」という偶然で死ぬことを、ドラゴンは決して許さなかった。

 俺が苛烈な苦行に耐えている最中、今度は天から膨大な量の「炎」が降ってきた。

 それは、この世を焼き尽くす「地獄の業火」だった。

 空、湖、樹海――俺の視界に映っていた全てが、炎に飲み込まれて、焼き尽くされた。どこもかしこも炎、炎、炎――炎しか見えない。

 その火中に、俺もいた。

 俺はムラマサを両手に握り、それを振り回りして炎を斬った。何度も斬った。しかし、炎は次から次へと降って沸いていた。

 そもそも、ドラゴンは「魔力核」を持っている。その魔力は「無尽蔵」と言えるだろう。ブレスも、永久に吐き続けることができるのかもしれない。

 流石に永久ブレスは「無茶が過ぎる」とは思う。しかし、「今」のドラゴンならやりかねない。何故ならば、俺が「逆鱗を斬った」から。

 ドラゴンは激怒していた。それが収まる頃には、きっと世界は焦土と化しているだろう。それを確信できるほどの業火が、今正に俺の体を飲み込もうとしていた。

 くそっ、くそっ、くそおおおおおおっ!! 最早、これまで? これまでなのかっ!?

 俺は自分の最期を直感した。今日だけで、何度も「死」を直感させられた。いい加減、受け入れるべきだと思わないことも無い。しかし、俺の中の武士が、或いは男の意地が、それを「良し」としなかった。

 ミアとの約束、果たさずに死ねるものか。

 自分の言葉を真(まこと)にする。その為に、俺は是が非でもドラゴンを討ちたかった。その機会が巡ってくるのを、必死に待ち続けていた。

 しかし、状況は悪化の一途を辿っていた。俺の体も限界を超えていた。最早ムラマサを握っている感覚も無い。もしかしたら、既に手放しているかもしれない。

 何を考えても、最悪の可能性ばかりが閃いた。その最中、風鈴のような美声が「耳」と「脳内」に響き渡った。

「来寿っ!!」((来寿様っ!!))

「!?」

 ミアの声。それを直感した瞬間、俺の右手の上に「誰かの小さな右手」が重ねられた。

 その感触には覚えが有り過ぎた。

「ミアっ!?」

 俺は大声でミアの名前(愛称)を叫んだ。その直後、俺を励ます力強い声が、俺の耳に飛び込んできた。

「しっかりしろっ、大馬鹿者ッ!!」

 ミアの強い叱責が、俺の耳から臀部まで貫いた。その瞬間、俺の中で「何か」がカチリと音を立てた。

「すまん、助かるっ!!」

 俺の闘志が息を吹き返した。その勢いに乗って、俺は再びムラマサを振るおうとした。

 ところが、俺の行為はミアに阻まれた。彼女は、俺の右手を掴んだまま、グイと頭上に掲げた。その行為の意味は、彼女の肉声が教えてくれた。

「奴は――『そこ』だ」

 ミアは、俺に「ドラゴンの位置」を指し示してくれた。

 俺は咄嗟に視線を上げて、ムラマサの切っ先の先を見た。しかし、炎以外何も見えなかった。俺にはドラゴンの姿は確認できなかった。それでも、

「分かった」

 俺はミアの言葉を全面的に信用した。その上で、

「逆鱗(それが有った場所)も――ここら辺か?」

 図々しくも、ドラゴンの急所の位置まで確認した。

 流石に、そこまで求めるのは無茶が過ぎるか? それでも、ミアなら――

「ああ。そこに、空間断裂の残滓の反応が有る」

 俺の期待に、ミアは完璧に応えてくれた。それを聞いた瞬間、

「ならば、このまま――」

 俺は突撃体制を取った。すると、ミアも同じように突撃体制を取って、

「「突っ込むぞっ」」

 俺達は同時に叫んで、「炎に塗れた灼熱の空間」を蹴った。その瞬間、俺達の体は「白銀の弓矢」と化していた。

 俺達は、頭上にムラマサを掲げながら、炎の中を突き進んだ。

 先は見えない。それでも前へ、上へ。

 上昇し続けていく内、俺の視界に「黒い雲」が飛び込んできた。それを直感した瞬間、俺とミアは同時に叫んでいた。

「「いたっ!!」」

 空を遮る漆黒の翼。その中心に、狂ったように炎を吐き続ける大黒蜥蜴の姿が有った。その壮絶な有り様は、俺に「世界の終焉」を想像、いや、確信させた。

 しかし、俺も、ミアも、「そんなこと」は直ぐに忘れた。俺達の視線と意識は、ドラゴンの首元、そこに有る「鱗の剥げた個所」に集中していた。

 あの奥に、ドラゴンの「急所」が有る。有るはずだ。その可能性を直感した瞬間、俺の口が勝手に開いて、

「ミアあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 ミアの名前を叫んだ。

 もしかすると、俺はミアに「あそこなのか?」と攻撃箇所を尋ねるつもりだったのかもしれない。

 しかし、俺はミアの名前だけしか叫ばなかった。すると、それに応えるように、ミアが声を上げた。

「来寿ううううううううううううううう様あああああああああああああああああっ!!」

 ミアもまた、俺の名前を叫んだ。何故か途中で「様」という敬称が付いた。それを気にする余裕は、今の俺には無かった。

 俺は、ミアの名前を叫びながら、右手でムラマサの柄を強く握った。

 ミアは、俺の名前を叫びながら、右手で俺の右手を強く握った。

 俺達は、互いの想いの全てを、互いの右手の中に込めて――

「「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」

 裂帛の気合と共に、逆鱗が剥げた個所に突っ込んだ。

 ドラゴン入刀。

 ムラマサの切っ先が、ドラゴンの首許にズブリと埋まった。その瞬間、俺の右掌に強い衝撃が奔った。

 何と、ドラゴンの表皮にも「鱗並みの硬度」が有った。しかし、俺達は止まらなかった。

 ムラマサの刀身は、尚もメリメリ埋まった。柄どころか、それを握る俺達の右手、いや、体までもが埋まった。

 俺達は「ドラゴンの体内」に突っ込んでいた。それでも、俺達は止まらなかった。

 途中、肉やら、骨やら、謎の機関やら、何やかんや有った。それらの正体は、一々確認できなかった。分かっていたのは、「俺達は『全て』突き抜けた」という事実。その果てに、俺は不気味な「大渦」を見た。

 ああ、封印世界の空は、いつ見ても――不快だ。

 俺達はドラゴンの体から飛び出していた。その瞬間、俺の胸中に奇妙な感傷が奔った。斯様な感情を覚えたことは、俺の未熟さ故の油断だった。

 しかし、魔王は俺ほど甘くはなかった。

((来寿様っ、反転してっ!!!))

 ミアの思念が、俺の脳内に響き渡った。それを直感した瞬間、俺はミアと共に空を蹴り上げて、百八十度方向転換していた。

「「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」

 本日二度目のドラゴン入刀。

 俺達は「自分達が開けた穴」を潜った。その際、俺達はムラマサを振り回して、穴の中を滅茶苦茶に斬り刻んだ。

 斬って、斬って、斬って――穴から飛び出した後も、目の前を遮る「炎」を斬った。

 斬って、斬って、斬って――そのままムラマサを振り回しながら、俺達は地上へと舞い降り、いや、墜落した。

 墜落の衝撃で、燃え盛る地上が揺れた。その際に生じた爆風で、周囲の炎が消し飛んだ。その瞬間、俺は自分達の最期を直感した。

 しかし、俺とミアは生きていた。黒焦げたクレーターの中心に、並んで立っていた。

 あれっ? 何でっ!?

 現実は、俺の直感とは違っていた。その奇跡を喜ぶ気持ちは、「何で無事なの?」という疑問で塗り潰された。

 俺は思わず首を捻った。頬も摘まんだ。斯様な奇行は、ミアの目にシッカリ映っていた。

「驚いているようだな?」

 ミアは口許にシニカルな笑みを張り付かせて、右手の親指で自分の顔を指し示しながら「種明かし」をした。

「着地地点に魔法を放って、その爆風を緩衝材――クッションにした」

「なるほど」

 流石、魔王。アフターケアも行き届いている。

 俺はミアのファインプレイを称賛しようと、ムラマサを左脇に抱え、両手を掲げて――叩いた。拍手した。

 その瞬間、世界が揺れた。その衝撃で、俺とミアの体が空中に飛び上がっていた。

 一体、何が起こったのか?

 俺は「揺れ」の正体を確かめるべく、空中を泳ぎながら地面を見た。

 すると、さっきまで俺達が立っていた「クレーター」から少し離れた場所に、「黒い山」が生えていた。その正体は、見た瞬間に直感していた。

 ドラゴン、お前も落ちてきたのか。

 ドラゴンは、地面の上に仰向けになって横たわっていた。その様子を、俺達は滞空しながら確認していた。

 生きているのか? 或いは――いや、どうだろう?

 ドラゴンは不死身の化け物。その可能性を想像しながら、俺も、ミアも、暫く観察し続けていた。

 小一時間ほど経ったところで、俺とミアは顔を見合わせた。

「降りて」「確認しよう」

 俺達はドラゴンの顔面付近に舞い降りた。

 俺はムラマサを八双に構えて、すり足でドラゴンに近付いた。

 もし、生きていたら――殺さないと。

 俺は警戒していた。ところが、ミアは平然と俺の横を通り過ぎていった。その無軽快な様子を見て、

「お、おい」

 俺は思わず声を掛けた。しかし、ミアは俺を無視して、ドラゴンの顔、その巨大な瞳を覗き込んだ。

「…………」

 ミアは、無言でドラゴンの目を観察していた。暫くすると、彼女の可憐な口が開いて、そこからポツリと言葉が零れた。

「これだけ明るいのに、瞳孔が開き切っている。何の反応も無い」

「え?」

「『死んでいる』ということだ」

 ドラゴン死亡。その事実を知らされて、俺は「やった」と右拳を掲げた。ミアも、俺の方を向いて嬉しそうに笑った。その笑顔を見た瞬間、

「!」

 俺の胸がキュンと弾んだ。思わず息を飲んだ。それと同時に、黒衣の少女の小柄な体を抱き締めたい衝動に駆られた。

 俺はムラマサを腰の鞘に納めた。そこから先のことは、特に何も考えてはいなかった。

 しかし、俺の体は「やりたいこと」を思い付いていた。

 俺の脚が、俺の意思とは関係なく、勝手に動いた。その進行方向には「ミア」がいた。

 そのとき、ミアも俺の方へと使付いていた。俺達を阻む障害は、何も無かった。その為、俺達は手が届く距離まで近付くことができた。

 ここで手を伸ばせば、ミアに触れることができる。

 俺の両手が、勝手に持ち上がった。ミアの体が、俺の方へと更に接近した。その事実を直感した瞬間、俺の耳に「声」が飛び込んできた。

「まさか、人間が『イフリス』を倒すなんてね」

 聞き慣れた「ミアの声」だった。しかし、それが聞こえてきたのは、何故か「俺の背後」からだった。

 え? ミア?

 ミアは「俺の前」にいる。彼女は、目を思い切り開いて、驚きの表情を浮かべていた。

 一体、「何」に驚いているのか?

 俺は「ミアの表情の意味」を確認すべく、彼女の視線を追って振り向いた。

 そこには、「白金の毛むくじゃら」が立っていた。

「!?」

 一瞬、魔物の類と直感した。しかし、よく見れば「人間」だった。それも、背丈がミアと同じくらいの、恐らくは「少女」だ。

 ミアと同じ「白金色の髪」を持つ、謎の少女。その正体を確認しようと、俺は彼女の顔を見た。しかし、長い髪に隠されていて、よく見えなかった。顔どころか、体も髪に隠れていた。その為、彼女がどんな格好をしているのか、直ぐには気付かなかった。

 暫く「髪の隙間」ばかりを見詰めて、そこで漸く気が付いた。

 まさか、こいつ――「全裸」では?

 少女は何も身に着けていなかった。髪の毛から覗く白い肌が、俺の目には猛毒だった。しかし、だからこそ気付くことができた。

 こいつ――「ミアと同じ体形」では?

 ミアの体には、遠目にも彼女と分かる「特徴」が有った。敢えて「何」とは言わないが、毛むくじゃらの少女も、ミアに負けず劣らず「豊満」だった。

 先程聞いた「声」といい、「体形」といい、見詰めていると既視感を覚えて止まない。

 一体、何者なのだ?

 ミアに似た謎の少女。その正体に付いて考えていると、本物のミアが声を上げた。

「貴様、何者だ?」

 ミアの声は低く、その口調からは金属のように硬い印象を覚えた。

 ミアは、謎の少女を警戒していた。それを直感した瞬間、俺の右手がムラマサの柄へと伸びていた。

 俺達は、それぞれ戦闘態勢を取っていた。一触即発の空気が、俺達の間に漂っていた。

 ところが、「毛むくじゃら少女」は無防備、無警戒、俺達の心情など全く気にも留めていない様子で、

「あぁ~あたし?」

 寝起きのような間延びした声を上げて、ミアの質問の内容を確認した。それを聞いて、俺とミアは同時に頷いた。すると、

「あたしは――」

 少女はミアの質問に答えてくれた。それは、とても素直な反応だった。嘘を言っているようには見えなかった。少なくとも、俺はそのように見えた。

 しかし、だからこそ、俺も、ミアも、謎の少女の言葉に困惑した。

「『女神』だよ」

「「え?」」

 俺達の前に現れた謎の少女は、俺達が住むネフィリムの造物主、創造の女神ネフィリアその人だった。

 え? 真(まこと)に?

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