第十章
第十章 例外
第二の拠点、「湖畔の家」は消えた。焼かれて、踏み潰されて、今は見る影も無い。その凶行に及んだ魔物が、俺の視界に映っていた。
「あれが――『ドラゴン』なのか」
ドラゴン。その姿を簡単に表現すると、「蝙蝠の羽を生やした蜥蜴」といったところか。複数の動物を掛け合せている特徴は、「合成魔獣」と一致する。しかし、その範疇に収まる魔物ではなかった。それを確信させる「惨状」が、俺の視界に映っていた。
石化の森は、殆ど全てが「炭化」していた。斯様な災厄をもたらすことができるのは、俺には「天災」くらいしか閃かなかった。
こんな化け物が、この世にいようとは。
もし、今直ぐネフィリムが滅びるならば、その原因は「こいつ」だろう。放置するには危険過ぎる。さりとて、戦おうにも勝ち目は――
「戻るぞ」
「!」
ドラゴンの攻略方法について考えている最中、ミアから「退却命令」が下った。それに驚いて、俺は即座に彼女を見た。
ミアは、ドラゴンの方を見ながらユックリ後退していた。その行為を見て、俺は彼女に不満を覚えた。
何故、今直ぐ仕留めないのか?
拠点を焼かれ、尚且つ押し潰された。それでもミアは「退却」を選択した。その判断は、俺には「魔王らしからぬ臆病」と思えた。しかし、
「分かった」
俺はミアに従った。従わざるを得なかった。
ドラゴンとはどんな生き物なのか? どうすれば勝てるのか?
相手のことも知らず、勝ち目の見えない俺が、「戦おう」とは言えなかった。
俺達は息を潜め、気配を抑えながら、静かに、慎重に、物音一つ立てず、湖畔から撤退した。
湖畔から離れた後、俺達は再び「湖畔の家の地下室」に戻ってきた。
何だか、行ったり来たりしているような?
俺達が辿った経路を俯瞰で見れば、「Uターンしている」と思われる。しかし、今の俺達にとって、地上と地下との距離は実寸の倍、いや、「無限」と思えるほど遠く離れていた。
これからどうすべきか? どうやって、地上のドラゴンを排除すれば良いのか?
俺は「ドラゴン攻略法」を考えながら、部屋の真ん中に腰を下ろして胡坐を掻いた。
すると、ミアが俺の前にやってきて、そのまま腰を下ろした。その際、彼女は両膝を立てて、それを両腕で抱え込んでいた。
「「…………」」
暫く、互いに黙り込んでいた。その間、俺は引き続き「ドラゴン攻略法」を考えていた。その最中、俺の脳内にミアの思念が伝わってきた。
((どうしよう、どうしよう、どうしたら良いの? 教えて、女神さまっ))
ミアは、心中で女神に縋っていた。その気持ちは、痛いほどよく分かる。俺も、「あんなものをどうにかできるのは、女神様を措いて他に有るまい」と思う。しかし、残念ならが、頼りの女神は俺達の傍にはいなかった。
自分達だけで、何とかするしかない。
俺はミアの心情を知りながら、敢えて彼女に縋った。
「ドラゴンを倒す手段は無いか?」
俺が質問した瞬間、ミアの体がピクリと反応した。続け様に、面を上げて俺を見た。
ミアの顔には、今にも泣き出しそうな情けない表情が浮かんでいた。しかし、俺と目が合うと、途端に無表情になって、
「『倒せる』と、思っているのか?」
ミアは俺の質問には答えず、逆に質問し返してきた。それに対して俺は、
「…………」
沈黙した。答えられなかった。俺には全く勝ち筋が見えていなかった。だからと言って、「思わない」と、諦めの言葉を口にすることには躊躇いを覚えていた。
俺が黙っていると、ミアは「はあっ」と大きな溜息を吐いた。続け様に、
「ドラゴンと言うのはな――」
ミアは、鉛のような重々しい口調で、ドラゴンに付いて解説し出した。
「創造の女神ネフィリア様が『最強の魔物』として創造したものだ」
ミアが語った「ドラゴンの特徴」を簡潔にまとめると、以下の通り。
ドラゴンの表皮を覆う鱗は、世界最高の物理防御力、及び魔法防御力を誇っている。
ドラゴンの体内には、無限に魔力を生成する「魔力核(コア)」というものが有る。その器官は、身体を動かすエネルギーも補っている。その為、ドラゴンは食事する必要が無い。
ドラゴンの戦闘力は、造物主が脅威を覚えるほど。そもそも奴らが封印された理由が、「あ、これは世界を滅ぼしかねないな」と、女神が判断したからだった。
そこまで話を聞いて、俺は頭を抱えた。
「何でそんな――」
何でそんな危険なものを創ったのか? 何でそんな危険なものを生かしておくのか?
この場に女神がいたら、詰問したいし、文句も言いたい。それらの想いが堪え切れず、その一部が口を衝いて出た。全部は言わなかった。我ながら「堪えて偉い」と思った。
しかし、俺が言わんとしていた内容は、ミアには理解できてしまった。
「女神様は、ドラゴンに『特別な思い入れ』が有るようだ」
女神の自著、「ネフィリム創世記」によると、「女神はドラゴンを気に入る余り、全ての個体に固有の名前を付けた」とのこと。中には「女神の従者」として使役していたものもいたのだとか。
「従者とは言え、『我ら人間』のように魂を持っている訳ではないようだ。そう言った意味では、我らの方が特別だろう。だが――」
ミアが「我ら人間」というと、未だに違和感を覚える。しかし、今の俺は「彼女は人間である」と確信していた。
だからこそ、ミアが告げる無情な現実も、「同じ人間が言うのならば、そうなのだろうな」と納得できた。
「奴らに敵う存在は、女神様を措いて他にはいないだろうな」
「『ドラゴンは誰にも倒せない』と、いう訳か」
「まあ、そう言うことだ」
ドラゴンに付いて語るミアは、無表情で、声に抑揚が無く、全く感情を覚えなかった。彼女は人の上に立つ存在であるが故に、感情の隠し方も上手かった。
しかし、ミアの本音は、俺には「筒抜け」だった。
((お家を焼かれたのに、何もできないだなんて――悔しい。悔しい、悔しい、悔しいっ))
ミアの思念は、俺の脳内に「恨み節」をぶちまけていた。それを聞いていると、「何とかしてやらねば」と、怨念のような強い使命感に駆られた。その感覚を意識した瞬間、俺の中で「何か」がカチリと音を立てた。
「誰にも倒せないか」
「誰にも倒せないな」
「だが、ここに『例外』がいるぞ」
「『例外』だと? 何だ? それは」
例外。自分で言いながら、「そんなものが有るのか?」と心中で自問した。すると、その答えが口を衝いて出た。
「『俺達』だ」
「!」
ミアは驚いたらしく、目を見開いて息を飲んだ。しかし、驚いていたのは彼女だけではなかった。
俺は――何を言っているんだ?
俺は自分の言葉に驚いて、心中で自問した。すると、俺の口が勝手に歪んで、「苦笑い」していた。
自分でも、「正気の沙汰では無い」とは思う。しかし、「例外は俺達だ」と言ったことに、不思議と後悔は覚えなかった。
俺達なら、やれるかも?
俺の脳内では、これまで二人で成し遂げてきた数々の「武功」が次々閃いていた。その中に、不可能と思えるようなものも幾つか有った。
当時の記憶を想起すると、奇跡に期待したい気持ちが沸いていた。その一方で、ミアを巻き込むことに対して罪悪感を覚えていた。
ミアが嫌がるならば、諦める他無い。
どのみち、ミアの思念で命令されれば、俺は従わざるを得ない。その可能性を想像しながら、俺はミアの反応を待った。
すると、ミアの可憐な口が僅かに開いて、
「俺たち――」
ミアは、俺の台詞を繰り返した。それを聞いた瞬間、俺の口が勝手に開いて、
「ああ、『俺達』だ」
間髪入れずにハッキリ断言した。すると、ミアは、
「…………」
黙ってしまった。しかし、彼女の思念は煩いほど騒いでいた。
((『俺達』って――ああ、ああっ、何て、何て素敵な響きなのっ。そう、私と来寿様なら、どんな魔物も倒せる。きっと、ドラゴンにも勝てる。勝って当然っ!!))
ミアのテンションが、秒毎で縛上がりしていた。その心情の変化を知って、俺も嬉しく思った。その一方で、「果たして、これで良いのだろうか?」と不安も覚えていた。
しかし、今更何を思ったところで、どうしようもなかった。武士に二言は無く、吐いた言葉は戻らない。心に付いた「闘志の炎」は燃え盛るばかり。
俺がミアの反応を窺っていると、彼女の美貌に満面の笑みが浮かんだ。
まるで、童女のような無垢な笑顔だった。しかし、ミアの吊り上がった口は、文字通り「地獄の窯の蓋」だった。それが、今、開いた。
「ドラゴンを――殺す」
終に、ミアが竜退治を決意した。その言葉を聞いて、俺も「出来ることは何でもやる」と覚悟を決めた。そこに、
「来寿」
ミアから指名を受けた。俺は即座に「応」と反応した。すると、ミアは「先程浮かべた笑顔の意味」と思しき言葉を告げた。
「私に『女神様の天啓』が下りた」
「天啓――」
何と、女神様が魔王に味方した? いや、それはミアの錯覚かもしれないぞ?
俺は期待と不安を覚えながら、ミアの言葉に集中した。すると、
「お前には――」
ミアは俺に「役目」を与えた。それは、人間には絶対不可能な無茶振りだった。
「ドラゴンの『ブレスを斬って』貰う」
ブレスを斬る。即ち、「炎を斬る」ということだろう。個体でないものを斬ったことは、未だ嘗て無い。
そんなこと、できるものなのか?
俺は強い疑念を覚えた。その為、直ぐには応えられなかった。
しかし、斯様な態度や反応は「竜に挑む者」としては失格だった。それを、ミアが教えてくれた。
「不可能を可能にせねば、ドラゴンは倒せない」
「!!」
ミアの言葉を聞いた瞬間、俺の全身に電撃が奔った。その衝撃を受けて、俺の「心眼」が開いた。その第三の目に、「ドラゴンのブレスを斬る瞬間」がハッキリ映った。それらの感覚は、恐らく錯覚だろう。しかし、それでも――
「分かった」
俺は「できる」と信じて、ミアの無茶振りを受け入れた。
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