第九章

 第九章 ドラゴン


 コカトリスを討伐した後、俺達は樹海(『石化の森』と命名)に「引っ越し」た。

 新たな拠点は石化の森の玉座、湖の湖畔に建てた。その際、ミアは女神の大魔法、「加工創造」を使用した。

 ミアの魔法が発動すると、湖畔周辺の樹木群が勝手に動き出し、自らの「体」を使って「家(屋敷)」を編み上げた。その様子を目の当たりにして、俺は、

「何と――」

 驚きの余り「何と」以外の言葉を失った。しかし、俺にとって、「この奇跡」は全く未知のものではなかった。

 デストランドの城塞都市。あれも、このようにして創られたのだろう。

 件の城塞都市は、初代魔王ウィルリルによって創られた。その事実を鑑みると、魔王にとって「これくらいできて当然」と言えるものかもしれない。

 魔王、恐るべし。

 斯様な魔法を使う人間に対して不安を覚えるのも宜なるかな。実際、俺の胸中にも似たような感情が有った。しかし、

「凄いな」

「ふんっ」

「助かる」

「ふんっ」

「流石だな」

「ふんっ、ふんっ、ふんっ」

 俺の口を衝いて出る言葉は、賞賛であったり謝意であったり、「同じ人間」に対して覚える感情から来るものばかり。むしろ、俺の胸中では「そちら」の方が多数派だった。だからこそ、俺はそちらばかりを口にした。

 しかし、俺が褒めても、ミアは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけ。斯様におざなりな反応をされると、「嫌われている」としか思えなかった。褒めた甲斐が無かった。

 しかし、本心は真逆であることは、彼女の思念が全力で暴露していた。

((ああんっ、来寿様有難うございますうっ。嬉しい、来寿様のお役に立てて嬉しいです。来寿様に褒められて、凄く、凄く嬉しい。もっと褒めて、褒めて、褒めてえええっ!!!))

 俺が褒める度、ミアの思念は歓喜の叫びを上げた。それを聞くと、俺の心も弾んだ。

 斯様な経験を重ねる度、俺はミアを「同じ人間」としか思えなくなっていた。


 封印世界に堕ちてから、既に一か月ほど経った。その間、俺達は互いの役割を忠実に、熱心に、夢中で勤しんでいた。

 俺は周辺調査と魔物狩り。後、家事全般。

ミアは封印世界の研究と、俺が狩った魔物で「魔法道具」を製作していた。

 嘗て強敵であった「女神の失敗作」も、今の俺にとっては「妖刀の試し切りの材料」に変わっていた。それが存外に楽しかった。その勢いを駆って家事、特に調理を頑張った。

 しかし、残念ながら、俺は料理人ではなかった。俺の作る「素人料理」は、王族の舌を満足させるものではなかったようだ。

 実際、俺の料理をミアに出すと、

「…………」

 何の返事も無い。評価も無い。ミアは不機嫌そうな表情をしたまま、黙々と料理を口に運んでいた。その不貞腐れた態度を見ると、「不味い」と言っているような印象を覚えた。

 ああ、やっぱりな。

 食事中のミアを見る度、俺は自分の至らなさを恥じた。しかし、彼女の態度が「虚勢」であることは、彼女の思念が全力で暴露していた。

((ああんっ、来寿様の手料理最高っ。こんな美味しいの、今まで食べたこと無いっ!!))

 ミアは、俺の脳内で喜びの感情を爆発させていた。それを聞くと、俺も「作った甲斐は有る」と思えた。

 もう少し、頑張ってみるか。

 俺は「我ながら単純な」と思いながらも、料理の腕前に磨きを掛けた。

 尤も、俺の才能が秀でているのは「斬る」、或いは「切る」ことだけ。レシピも無いので、手の込んだ料理は作れない。それが、俺の限界だった。

 しかし、ミアは違った。彼女が創る魔法道具は「手が込んでいる」という範疇に収まるものではなかった。「それ」は、俺達に王侯貴族以上の生活をもたらしていた。

 肉を焼く「魔力火炎発生器」、床の埃を吸い取る「魔力粉塵吸引機」、衣服の汚れを取る「魔力洗浄槽」、低温で素材の劣化を防ぐ「魔力冷凍保管庫」――等々。

 ミアの魔法道具が増える度、面倒な家事が格段に楽になった。俺が魔法道具の虜になる為に要した時間は、それほど多くは無かった。

 ああ、こんな夢のような生活が、いつまでも続いてくれたなら。

 俺は現況に心酔していた。封印生活が天国のように思えていた。

 しかし、封印世界は真正の地獄だった。人間の想像が及ぶ未来を許す場所ではなかった。その事実を、「最強の失敗作」が思い知らせてくれた。


 その日、俺はいつものように周辺調査、及び魔物狩りを行うべく、拠点(『湖畔の家』と命名)出入り口の扉を開けた。

 その際、俺は相変わらず「ケルベロスの革鎧」を身に着けていた。別に、「それしかない」という訳ではない。単に「お気に入り」というだけの理由だ。

 尤も、「初期装備」とはいえ改良を重ねている。防御力も格段に向上した。失敗作の攻撃にも耐えることができる。これと妖刀ムラマサだけで、どんな魔物も圧倒できた。その上、ミアから幾つかの「魔法小道具」を創って貰った。それらを収納した携帯鞄を身に着けたものが、今の俺の「標準装備」だった。

 俺の持ち物は、全てミアの恩恵を授かっている。俺が安全に狩りを楽しみ、容易に糧食を得られるのは、全てミアのお陰だろう。

 その大恩人は、今も拠点内の研究室に籠って、怪しい研究に勤しんでいる。一体、何をしているのか? その活動内容は、正直良く分からない。その為、不安を覚えた。しかし、それ以上に期待の方が大きかった。

 帰ってきたら、どんな魔法道具ができているのやら?

 俺はミアの成果に期待して、彼女を励ますべく、奥の研究室に向かって、

「行ってまいるっ!!」

 大きな声で挨拶をした。しかし、

「…………」

 いつものことだが返事は無かった。その事実を目の当たりにすると、俺の眦に込み上げるものが有った。それに気付いて、「そこまで悲しまずとも」と、心中で自分自身を慰めた。

 すると、同じタイミングで「ミアの声」が脳内に響き渡った。

((行ってらっしゃいませえっ、お気をつけて。くれぐれも、無理なさらずにいいっ!!))

 ミアは、思念で俺を励ましてくれた。それを聞いた瞬間、俺は奮起した。思わず、

「成果に期待していてくれっ!!」

 調子の良いことを言いながら、それを具現化すべく外へと飛び出した。

 

 家から外に出ると、直ぐ目の前に「海」と錯覚するほど広大な「湖」が有った。それを囲むように、「前王」の爪痕、石化した樹木群が並んでいた。

 不気味な光景だった。しかし、毎日見ていれば、慣れもすれば飽きもする。今は特別な感情を覚えることなど無かった。

 だからこそ、「普段」と違っていたならば、直ぐに気付くことができだ。

 あれ? 今日は――魔物がいないな。

 コカトリスを討伐して以降、湖畔には様々な魔物や小動物が集まるようになっていた。それらを狩ることが、俺の日課だった。

 ところが、今日に限って、魔物も、小動物の影さえ見えなかった。

 一体、何が起こったのか?

 原因に付いて考えると、俺の脳内に「蛇の尻尾を持つ鶏」が閃いた。

 まさか、別のコカトリスが現れたか? 或いは、それ以上の魔物が現れたか?

 何れにせよ、獲物がいなければ狩りのしようもない。俺は一先ず湖畔周辺を調べてから、石化の森の奥に入ることを考えた。何事も無かったならば、直ぐ様実行していただろう。

 しかし、俺の探索活動は、実行直前で阻まれた。

「来寿っ!!」((来寿様っ!!))

「!?」

 突然、ミアに声を掛けられた。しかも、「肉声」と「思念」の両方に。それらに驚いて、俺は即応で振り返った。その瞬間、俺の左腕が「何か」にグイと引っ張られた。

「!?」

 俺は驚いて息を飲んだ。それと同時に、ミアの肉声が耳に突き刺さった。

「逃げる――いや、家の中に入れっ!!」

 逃亡? いや、避難か? 何故に?

 ミアの行為が余りに唐突で、俺には彼女の意図が全く見えなかった。それを確認したい気持ちも湧いた。しかし、

「こっちに来いっ!」

 俺が何か言うより先に、ミアが俺の左腕を引っ張った。その以外に強力な膂力に抗えず、俺は家の奥へと引き摺り込まれた。

 最終的に、俺は「ミアの研究室」に連れ込まれてしまった。

 その部屋は、「魔法道具の生産工場」でもあった。それがどのような過程を経て創られているのかは、実はよく分からない。ミア本人から「立ち入り禁止」と厳命されていたので、俺はそれに従っていた。

 しかし、たった今、俺は魔王の禁を破った。その事実を直感した瞬間、俺はアシハラの童話、「鶴の恩返し」を想起した。それと同時に、まさかの可能性を想像した。

 しかし、俺が覚えた不安は、部屋の中を見た瞬間杞憂に、いや、「失望」に変わっていた。

 ミアの研究室は物が散乱、いや、物で溢れ返っていた。その有り様は、一般人的感覚では「ゴミ溜」としか言いようがなかった。

 これは――酷い。

 俺の脳内に「整理整頓」という言葉が閃いた。しかし、実際に作業することになれば、「俺が一人」で行うことになるだろう。その可能性を想像すると、脳ミソが漬物石化するほどの憂うつさを覚えた。

 ああ、もう、「自分のことは自分でやれ」と言いたい。

 俺の脳内には、ミアに対する文句の言葉が幾つも浮かんでいた。しかし、当の本人はというと、俺の心情など全く無視していた。

 ミアは、道無き道を押し進み、俺を「最奥の隙間」に押し込めた。

「ここに座れ」

 え? 座れるのか?

 俺が不安を覚えていると、ミアはゴミ溜の中に右手を突っ込んで、そこから「椅子になりそうなもの」を引っ張り出した。俺は、彼女に言われるまま、オズオズと「魔物の腰骨」に腰を下ろした。

 これから何が始まるのだろう? こんな所で何をするのだろう?

 俺にとって、ミアの研究室は「未知の異界」だった。何をして良いのか分からず、途方に暮れていた。

 すると、ミアは別のゴミ溜、いや、「製作中」と思しき魔法道具群に右手を突っ込んで、そこから「黒くて丸い盆のようなもの」を取り出した。

「『魔物探知機』だ」

「魔物――たんちき?」

「昨夜完成した」

 黒い丸盆は、でき立てホヤホヤの魔法道具だった。一体、どんな効果を持つものなのか? 正直、俺にはよく分からなかった。しかし、

「なるほど」

 俺は分かったような振りをして、何となくミアの話に合わせた。すると、ミアは「俺が魔法道具の仕様を理解した」と判断したようだ。俺の前に「黒い丸盆」を突き出しながら、「俺を研究室に連れ込んだ理由」を告げた。

「『とんでもない魔物』が近付いている」

 とんでもない魔物。今までミアの口から聞いたことのない表現だった。そもそも、彼女自身が「とんでもない魔王」なのだ。その「とんでもない奴」から見て、更に「とんでもない」となると、思い当たる節は一つしかなかった。

「失敗作か?」

 恐らく、コカトリス級の強力な失敗作なのだろう。その可能性を想像して、俺はミアに確認した。

 すると、ミアは一旦「ああ」と同意して、直ぐに首を横に振った。

「だが、『今までのもの』とは比べ物にならん」

「え?」

 ミアが言う「今までのもの」の中には、当然コカトリスも含まれている。それと比べ物にならないとなると、俺の想像が及ぶものではなかった。

「一体、どんな奴なのだ?」

 俺は自分で考えることを諦めて、ミアに縋った。すると、彼女は「魔力探知機」に右手を翳して、

「ここを見ろ」

 右手の人差し指で「黒い盆」の一点を指差した。

 そこには「大きな赤い光点」が灯っていた。それは、盆の中央部に描かれた「家の印」の方へと真っ直ぐ突き進んでいた。

 家の印。それは、俺達の拠点「湖畔の家」なのだろう。そこには別の光、「青い光点」が灯っていた。

 赤と青。恐らく、赤は「敵」を表示しているのだろう。そうなると、青は――

「この青いのは『私』だ」

 青い点はミアだった。しかし、光点は二つ有った。大きいものと、小さいもの。前者がミアとすると、後者は――

「これは――『俺』か?」

 俺は小さい光点を指差しながら、ミアにその意味を尋ねた。すると、彼女は「そうだ」と首肯して、引き続き光点の意味を解説してくれた。

「これは、それぞれの存在だけでなく、『魔力の大きさ』を表している」

「魔力の――大きさ?」

 光点の輝きは、各個人の「魔力量」だった。それが事実を知らされて、俺は漸くミアが「とんてもない」と形容した理由を直感した。

「赤い奴――『ミアより大きい』のか」

 魔王を凌駕する魔力量。それがどんなものかと想像すると、俺には造物主、「創造の女神ネフィリア」しか閃かなかった。

「まさか――」

 そんなはずは無い。女神の訳がない。そもそも、「封印の壺」自体が、彼女が創った魔法道具なのだ。自分で作った道具に封じられるなど、そんな間抜けな話が――

「ああ、そうだ」

「!?」

 ミアが同意した!? ならば、本当に女神なのか?

 俺は思い切り目を開きながら、食い入るようにミアを見た。すると、彼女は「恐らく」と前置きした後、彼女が予想した赤い光点の正体を告げた。

 しかし、「それ」は女神ではなかった。

「『ドラゴン』だ」

「え?」

 ドラゴン。俺には全く初耳の言葉だった。

 それって、何?

 俺は困惑した。開いていた俺の目は、急速にしぼんで、今は米粒大ほどの「点」になっていた。

 すると、ミアは訝しげに眉根を寄せて、

「知らんのか?」

 冷気を覚えるほど冷淡な口調で、俺の無知を確認した。

 ここで「知っているさ」と豪語できたなら、俺はミアに馬鹿にされずに済むのだろう。

 しかし、俺は無知で、そして、素直だった。

「…………はい」

 俺は消え入るような小声で自分の無知を認めた。

 すると、ミアは特大の溜息を吐いた。俺は彼女の生臭い息を吸い込んで、思い切り咽た。

 俺が咳き込んでいると、ミアが声を上げた。

「ドラゴンと言うのはだな――」

 ミアは呆れたような表情を浮かべながら、俺にドラゴンの解説を始めようとした。その矢先、

「「エマージェンシー、エマージェンシー」」

 唐突に、魔物探知機から「甲高い異音」が鳴り出した。それが聞こえた瞬間、ミアの顔に舌打ちしそうなくらい忌々しげな表情が浮かんだ。

「ここでは拙い」

「え?」

 何が拙いのか? 言ってくれないと分からん。

 俺が困惑していると、ミアは右手を伸ばして俺の左腕を掴んだ。

「『寝室』に行くぞ」

「え? どっちの?」

 湖畔の家の寝室は、「俺用」、「ミア用」の二つ有った。

 当然ながら、就寝時は自分用の寝室を使っている。そのはずだ。少なくとも、俺は一人で就寝している。ミアに対して「就寝の挨拶」をすることは有っても、「一緒に寝よう」と誘ったことなど一度も無い。

 それなのに、起きると隣にミアがいた。

「何で?」

 斯様な現象に遭遇する度、俺は何度もミアを問い詰めた。しかし、彼女は、

「部屋を間違えた」「寝ぼけた」「…………ふんっ」

 一度たりとも真面な回答をしなかった。その態度は腹立たしいことこの上無い。しかし、俺は赦した。赦すことができた。

 斯様な心持ちに成れたのは、ミアの思念のお陰だった。

((一人は心細いの。来寿様の傍が一番安心できるの))

 俺が詰問する度、ミアの思念が本音を伝えていた。それが、俺の庇護欲を掻き立てた。その為、俺は心中で「俺は父親ではないのだが」と文句を垂れながら、ミアの父親(仮)として、彼女の我が儘を許していた。

 斯様な出来事も有って、俺は一瞬だけ「俺の寝室か?」と考えた。しかし、ミアの発言であることを鑑みて、「きっと、彼女の寝室だろう」と考え直した。ところが、

「『来寿』の方だ」

「え?」

 俺の? 何で?

 俺の寝室には、恥ずかしながら何も無い。「木製の寝床(ベッド)」が一つ有るだけだ。斯様な場所に行く意味は、俺には全く想像できなかった。

 何でだろう? 何でだろう?

 俺は不思議に思いながら、ミアに引っ張られて自分の寝室へと突入した。

 そこには、俺が想像した通り、大きめの木製の寝床(ベッド)が一つ有るだけだった。他に何も無い。その事実を確認したところで、ミアが声を上げた。

「どけろ。今直ぐ」

「!?」

 寝床をどけて、どうするというのか?

 俺はミアの正気を疑った。理由を問い質したかった。その瞬間、

((お願いっ、急いでっ!!))

 ミアの思念が、俺の脳内に響き渡った。その言葉を聞いて、俺は即応でベッドを部屋の端っこに押し込んだ。

 すると、ミアはベッドが置いてあった床に這いつくばった。

「え? 何をしている?」

 ミアの奇行を目の当たりにして、俺は困惑した。思わず理由を尋ねた。

 ところが、ミアは俺の言葉を無視して、小さな右拳を掲げて――

「ふんぬっ!!」

 床に向かって思い切り振り下ろした。その直後、床から「ドン」と鈍い音が響き渡った。それと同時に、床が――『跳ね上がった』。

 まさか――「隠し扉」かっ!?

 俺が毎日使っている寝室の床に、「どんでん返しの隠し扉」が仕込まれていた。その事実を目の当たりにして、俺は驚いて息を飲んだ。

 いつの間に、こんな仕掛けを作っていたのか? それも、部屋の主(俺)に無断で。

 俺はミアを詰問したい衝動に駆られた。しかし、その機会は、直ぐには得られなかった。

「中に入れ。話しはそれからだ」

 ミアは、俺に命令するなり「床の穴」へと飛び込んだ。その行為を見て、俺も慌てて「穴」に飛び込んだ。

 穴の下は「球根」のような形のフラスコ状の部屋になっていた。俺の寝室の穴は、球根の最上部に繋がっていた。

 そこは、何も無い空虚な部屋だった。

 こんな場所で、何をどうするというのか? そもそも、こんな地下室(シェルター)を造ってどういうつもりなのか?

 俺は部屋の中を確認した後、ミアをジト目で睨みながら、

「色々と、聞きたいことが有るのだが」

 感情を抑えた低い声で、現況に対する詰問を開始した。すると、ミアは「うっ」と一言呻いた後、顰め面で横を向いた。

 こいつ、「話はそれからだ」と言っておきながら、黙秘するつもりか?

 俺はミアの正面に回り込んだ。更に彼女の細い肩を掴んで――

「お前は――」

 俺はミアを問い詰めるべく声を上げた。その瞬間、「頭上」から「轟音」が鳴り響いた。

「!?」

 俺は咄嗟に天井を見た。そこには、「俺達が入ってきた穴」しかなかった。轟音の原因と思しきものは何も無い。

 しかし、轟音は何度も起こった。その衝撃で、部屋もグラグラ揺れた。

 地震? 或いは火山噴火?

 俺は不安を覚えながら、轟音と振動の原因を想像した。その最中、ミアの呟きが俺の耳に飛び込んできた。

「始まったか」

 どうやら、ミアは現況の理由を知っているようだ。その可能性を直感した瞬間、俺の口が開いていた。

「何なのだ? 何が起こっているんだ?」

 俺は轟音に負けない大声を上げて、ミアに質問した。

 すると、ミアは忌々しげな表情を浮かべながら、轟音が鳴り響く頭上を睨んだ。それと同時に、「へ」の字に歪んだ口を開いて、俺の質問に対する回答を告げた。

「これは――『ブレス』だ」

 ブレス。ミアの言葉を聞いた瞬間、俺は「ケルベロスの炎」と、「コカトリスの石化ガス」を想起した。

 それぞれ、「触れれば即死」の確殺にして必中範囲攻撃だった。それらの威力は俺の想像を超えるものだった。しかし、現況の原因としては――「弱い」。

「これが? これが『魔物の仕業』だと?」

 頭上から伝わる轟音と振動が、俺達のいる地下室を激しく揺さぶった。それらの衝撃は、俺に「世界の崩壊」を想像させた。

 これは「天災」ではなかろうか?

 地上は、きっと大惨事だ。このままでは「世界が終わってしまう」のでは?

現況に付いて考えるほど、世界崩壊の可能性ばかりを想像した。それを阻止する方法は、俺には一つしか閃かなかった。

「倒すしか――」

 俺は魔物討伐を提案した。いや、しようとした。ところが、

「止めろっ、行くなっ!」((止めてっ、外に出ないでっ!!))

 ミアの肉声と思念が、全力で俺を引き止めた。それを聞いて、

「わ、分かった」

 俺はミアの勢いに気圧されて、この場に留まることを了承した。

 しかし、「このままで良いのか?」という不安は、今も俺の心底で燻っていた。そもそも、「やられっ放し」というのが気に入らない。

 ドラゴンだか何だか知らないが、妖刀の錆にしてやりたい。さっさと斬り捨てて、この不快な状況を打破したい。そうしなければ、世界が本当に終わりそうで――怖い。

 俺は募る不満や不安を堪えながら、ドラゴンのブレスが収まるのを待った。ミアも、

「…………」

 俺に身を寄せながら、無言で耐え続けていた。

 どれくらい時間が経ったのか? 永遠か? それとも一瞬か? 時間の感覚が分からなくなるほど、俺は精神的に追い詰められていた。

 それでも、俺も、ミアも、黙って耐えていた。すると、いつの間にか轟音が止んでいた、それに伴って、振動も収まっていた。

 これは――外に出ても良いものか?

 俺はミアを見た。すると、彼女も俺を見ていた。互いの目が合った瞬間、ミアの可憐な口が開いた。

「外に出るぞ」

「応」

 俺が返事をすると、ミアはクルリと背中を向けた。そのまま壁に近付いて――

「ふんぬっ」

 右足で壁を蹴った。すると、「蹴られた個所」が奥に引っ込んだ。それと同時に、蹴られた個所の「上部」が手前に飛び出した。

 そこもまた、「どんでん返しの隠し扉」になっていた。

 この地下室には、幾つか隠し扉が存在しているようだ。その可能性を想像すると、「いつ造った?」「何故造った?」と、ミアを問い詰めたい衝動に駆られた。

 しかし、今は未だ「その時」ではなかった。

「行くぞ」

 ミアは四つん這いになって「穴」の中へと入っていった。その様子を見て、俺も彼女の後に続いた。

 ミアを先頭にして、俺達は狭い地下通路の中を這い進んだ。

 地下通路となれば、普通は真っ暗闇のはず。しかし、封印世界は「世界そのものが発光している」ようで、光源が無くても明るかった。

 お陰で、俺達は容易に先が見通せた。そのせいで、俺は目のやり場に困った。

 俺が前を向く度、ミアの臀部が視界に入った。それを直感するや否や、俺は視線をあらぬ方向に泳がせたり、目を瞑ったりして、そこから意識を逸らすよう苦慮していた。

 喜ぶべきかもしれないが、俺には辛い。いつまでこうしていれば良いのか?

 前を見ようにも、ミアの臀部が邪魔をする。それを避けながら這い進み続けていると、

「外に出るぞ」

 ミアの肉声が耳に飛び込んできた。それを聞いて、俺は「ほっ」と安堵の溜息を吐いた。

 ああ、漸く着いたのか。さっさと外に出たい。

 俺は急く余り、ミアの臀部を推し込みたい衝動に駆られた。それを必死に堪えながら、彼女に続いて外に出た。

 その瞬間、俺の全身に「火箸」が擦り付けられた。いや、斯様に錯覚するほどの熱気が、俺の肌を焙った。

「熱っ!?」

 俺は咄嗟に左腕を掲げて顔を覆った。その際、腕の下に視線を潜らせて、周りの様子を確認していた。

 そこは、「黒」かった。何もかも真っ黒に染まっていた。

 何なんだ? 何なのだこれは? 

 俺は熱気に耐えて目を凝らした。それで漸く、「黒色の正体」が判明した。

 それは、「炭」だった。辺り一帯が真っ黒に「炭化」していた。その事実を直感した瞬間、俺の脳内に「原因」と思しき可能性が閃いた。

「これって、ドラゴンの――」

「そうだ」

 俺の呟きに、ミアが同意した。

 ドラゴンのブレス。それによって、周辺の樹木が炭になった。それが事実であることは、見れば分かった。しかし、それでも、俺の口から「現実を全力否定する想い」が零れ出た。

「そんな、馬鹿な」

 石化の森は焼き尽くされていた。斯様な惨状を、「たった一匹の魔物がもたらした」とは思えなかった。思いたくはなかった。

 これは、本物の天災ではあるまいか?

 俺は脳内で「移動する火山」を想像した。その最中、ミアの声が耳に飛び込んできた。

「『家(湖畔の家)』の様子を見に行く。付いてこい」

 ミアは、俺に声を掛けるなり、早足で歩き出した。

 勝手な奴だ。だが、一人で行かせる訳にはいかん。

 俺は直ぐ様ミアの後に続いた。続くしかなかった。そもそも、俺は現在地が何処なのか把握していなかった。

 俺は現在地の手掛かりを求めて周囲を見た。しかし、そこは既に「俺の知らない場所」となっていた。

 石化の森は「焦土」と化していた。

 俺達は真っ黒に煤けた地面の上を歩き続けた。その間、「生きた魔物」と出くわすことは無かった。

 皆、焼けたか。

 石化の森にいたであろう魔物達。奴らが辿った末路を想像すると、少なからず憐憫の情を覚えた。それを引き摺りながら進んでいく内、漸く見覚えの有る光景に辿り着いた。

 広大な、「海」と錯覚するほどの「湖」。しかし、それ以外の光景は変わり果てていた。

 湖畔もまた、焦土と化していた。そこには俺達の拠点も有った。

 どうか、無事であってくれ。

 俺は僅かな期待に縋って、拠点の様子を確認した。その瞬間、俺の願いは打ち砕かれた。

 拠点は無かった。その代わり「黒い山」が有った。

「『あれ』は――何だ?」

 突如現れた謎の山。その正体を、俺はミアに尋ねた。すると、彼女は僅かに声を震わせながら、俺の質問に対する回答を告げた。

「あれが――『ドラゴン』だ」

 ドラゴン。石化の森を焼いた、黒い山と錯覚する巨大生物。俺達の拠点は、その「招かれざる天災」の下敷きになっていた。

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