第八章
第八章 妖刀ムラマサ
敵を前にして逃げる。武士として、如何なものか?
俺の中の武士の魂が、俺の行為を責めていた。これに対して、俺は自分に「これは確実な勝利の為の『戦略的撤退』だ」と必死に説き伏せた。すると、「戦っても無駄死にするだけだ」と、俺の中の冒険者の本能が同意した。
斯様な自問自答を繰り返しながら、俺は樹海の中を駆けていた。
樹海を抜けて、渓谷に至る崖を登り、渓谷の中を掛けた。その際、俺の体力は尽き掛けていた。休みたかった。しかし、俺は敢えて気力を振り絞った。
武士に有るまじき恥を晒そうとも、自分の務めは果たさねば。
俺は悲鳴を上げる体に鞭打ちながら、漆黒の渓谷を駆け抜けた。その果てに、漸く目的地、「一先ずの拠点」に戻ってきた。
早く、「樹海で見たこと」をミアに伝えねば。
俺の心は急いていた。しかし、直ぐに洞窟に入らなかった。
ミアに「逃げ帰った」とは思われたくない。
俺は入り口付近に立ち止まったまま、息を整えて、体に付いた泥を払った。その上で、
「よし、ただい――」
俺は平静を装いながら、挨拶と同時に洞窟の中に足を踏み入れた。その瞬間、俺の脚は強制的に停止した。
「遅かったな」
「!」
俺の目の前に、「黒衣の少女」が立ちはだかっていた。
ミアは不機嫌そうな声を上げながら、ギロリと俺を睨んだ。その視線に晒されて、俺は「死」を直感した。それと同時に、俺の右手がムラマサの柄に伸びた。
しかし、俺の直感は外れた。ミアに殺意は無かった。その事実は、「ミアの思念」が教えてくれた。
((心配した、心配しました、心配しておりましたああああっ!!))
ミアは、俺の身を案じて不安に駆られていたようだ。その真意を知って、俺は「ホッ」と胸を撫で下ろした。しかし、ノンビリ安堵している場合ではなかった。
俺は柄に伸び掛けていた右手を掲げた。その人差し指でミアの背後、洞窟の奥を指した。
「立ち話も何だから、一先ず奥へ」
俺は「樹海で見たこと」をミアに伝えるべく、彼女を洞窟の中へと誘った。
俺達は「居間」と命名した比較的広い空間までやってきた。
俺は腰からムラマサを抜いて、「俺の席」と指定した場所に腰を下ろした。ミアの方も、俺に倣って「ミアの席」と指定した場所、俺の対面に腰を下ろした。
互いに着席したことを確認して、俺は声を上げた。
「幾つか報告したいことが有る」
俺はミアに「樹海の存在」と、「そこで起こった出来事」を伝えた。
このとき、俺には「自分の役目を果たした」という自負が有った。それを披露することによって、ミアから「できる奴」と感心されることを期待していた。
ところが、俺の話が進むほどに、ミアの美貌が不機嫌そうに歪んでいった。
あれ? 何が思っていた反応と違う?
俺はミアの反応を不思議に思いながらも、自分の務めを果たそうと、
「『鷲』の石化を確認してから、俺は直ぐに現場を離れた」
記憶していた情報を、余すこと無く最後まで伝え切った。それが、今の俺に課せられた役目だった。それを十全に果たした。そう思った。
ところが、俺の報告を聞いたミアの顔は、「鬼」(アシハラに於けるオーガの別称)のようになっていた。
どこをどう見ても、怒っている。しかし、何故なのか? 俺はミアの反応を不思議に思いながら、「あれ?」と首を捻った。その直後、「鬼」の口が開いて――
「お前は、ほんんんっっっとうに、馬鹿っ、なのだなっ!!」
ミアは鼓膜を突き破るほどの大声を上げて、俺を罵倒した。その際、ミアの思念からも、
((来寿様っ、それはもしかしたら死んでいましたよっ!!))
俺の愚行を強く叱責された。それらの声を聞いた瞬間、俺の体が勝手に反応した。
俺は即座に姿勢を正し、正座して、
「申し訳ない」
ミアに向かって深々と頭を下げた。
すると、ミアは立ち上がって、何か言わんとして口を開いた。ところが、
「う~~っ」
唸り声を上げただけで、何も言わずにドカリと座り直した。
「う~~っ、う~~っ」
ミアは暫く唸っていた。その異音を数分聞かされた後、鬼の形相が僅かに緩んで、
「はあっ」
ミアの可憐な口から、内臓まで吐き出しそうな大きな溜息が飛び出した。それを聞いて、俺は再び詰られる可能性を想像した。ところが、ミアは存外に親切だった。
「鷲の方は『グリフォン』で、鶏の方は『コカトリス』だな」
ミアの口から出てきた言葉は、俺が出会った魔物達の正式名称だった。
「勝ったのは、コカトリスの方だな」
ミアは、俺が見付けた魔物達のことを知っていた。その博識を目の当たりにして、俺は賞賛したい衝動に駆られた。「流石、魔王」と言う言葉が喉下まで込み上げていた。
しかし、ミアは俺に口を挟む暇を与えなかった。彼女は、件の魔物に関する情報を次々、矢継ぎ早にまくし立てていた。
「奴らのように複数の生き物の体を混合した魔物を『合成魔獣(キメラ)』と言う」
合成魔獣。全く初耳の言葉だった。しかし、ミアが告げた「特徴」には覚えが有った。
最初に出会ったケルベロスは、頭が三つ、尻尾が二本有った。次に出会ったグリフォンは鷲と獅子。コカトリスは鶏と蛇の体が混ざっていた。
ミアの言う通り、合成魔獣には複数の生物の特徴が有った。しかし、奴らの中には殊更厄介な「能力」を持つ者がいた。
「コカトリスの爪や嘴、尻尾の蛇の牙に『石化の呪い』が付与されている」
石化の呪い。その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に「樹海で見た石像群」と、「石化して粉々になったグリフォン」が閃いた。
「取り分け厄介なのが、来寿が見た『石化ブレス』だな」
石化ブレス。濃灰色ガスを浴びたグリフォンは、石化して墜落した。
どうやって、「あれ」を食らわずに倒そうか?
俺は当時の出来事を想起しながら、コカトリスの攻略法を想像した。ところが、それは全くの愚考だった。その事実を、ミアが教えてくれた。
「接近戦を挑むのは、愚の骨頂だろう」
俺にできることは何も無かった。その事実を指摘されて、俺は思わず唇を噛み締めた。その表情は、ミアの目に思い切り映っていた。
「私の『魔法防護(マジカル・プロテクション)』で、石化の進行を抑えられるかもしれん。だが、『僅かな猶予ができる』というだけだ」
恐らく、ミアは俺に気を利かせてくれたのだろう。しかし、俺には「恥の上塗り」としか思えなかった。
ミアの助力を請うて尚、俺は足手まといにしかならないのか。
俺には「ケルベロスを倒した」という実績が有った。しかし、勝因は「俺の実力」では絶対に無い。
運が良かっただけだ。本当に、心底そう思う。だからこそ、俺はコカトリスと戦おうとせず、拠点に逃げ帰ってミアに泣き付いたのだ。
何と情けないことか。
俺は自分の「無力」が悔しかった。その想いが、俺の口を衝いて出た。
「せめて、俺に一撃必殺の技が有れば――」
俺に力が有ったなら、あの場でコカトリスを斬り捨てられた。その首を持って、ミアに自慢できた。
しかし、俺の願望を叶えるほど、現実は甘くはなかった。そう思わざるを得ない記憶が、俺の体、魂に刻み込まれている。だからこそ、諦めるしかなかった。諦めるしか――
「『一撃必殺の技』――か」
「えっ?」
俺の言葉に、ミアが反応した。その続け様に彼女の口から出てきた言葉は、俺にとって「希望」そのものだった。
「私なら、与えられるかもしれん」
「えええっ!?」
まさか、魔王が俺の願望を叶えてくれるとは。
ミアの言葉を聞いた瞬間、俺の心中と脳内に「希望の光」が満ち溢れた。それが体内ではち切れんばかりに膨れ上がって、口から零れ出た。
「それは、一体、どんなものなのだ?」
俺は身を乗り出して、ミアに「一撃必殺の技」に関する情報の開示を迫った。すると、ミアの口が「へ」の字に曲がった。
しまった、がっつき過ぎたか。
俺は、ミアの機嫌を損ねた可能性を想像して、自分の愚行を後悔した。しかし、それは全くの杞憂だった。
((これは来たっ、来ましたわっ!))
ミアの思念が、俺の脳内で歓喜の想いを爆発させていた。
先の俺の反応は、ミアにとっては「鴨が葱を背負ってやってくる」くらい、期待通りのものだったようだ。
ミアは、俺の脳内ではしゃぎまわりながら、「喜びの主因」と思しき言葉を告げた。
((『最強王子様育成計画』を発動するときが来たっ!!))
最強王子様育成計画? 何だ、それは?
全くの初耳の言葉だ。当然ながら、全く内容が分からない。しかし、その具体的な内容は、意外にも、俺にとっては「既知の魔法」だった。
「お前の武器に『魔法付与(エンチャント)』する」
魔法付与。武器に「炎」や「氷」などの属性効果を与える魔法だ。しかし、
「魔法付与って――あの、『初級』魔法か?」
魔法付与は、魔導士間では「初歩の初歩」と言われている魔法だった。魔導士ならば、誰でも扱える。俺の嘗ての相棒、オリアニスも頻繁に使用していた。だからこそ、効果の程も良く心得ていた。
あんな魔法が失敗作に通用するのか?
俺は不思議に思って首を傾げた。その反応は、ミアの目にシッカリ映っていた。
「何か思い違いしているようだが――」
ミアはジト目で俺を睨み付けながら、彼女が言う「魔法付与」の解説を始めた。
「他の奴らが使うものと一緒にするな。お前の武器に掛ける魔法は、『空間断裂(スペース・ディストリビューション)』と言う特別なものだ」
空間断裂。全く初耳の魔法だった。どんな効果なのか? 俺にはサッパリ分からない。分からないながらも、俺は字面から様々な可能性を想像した。
しかし、俺の想像は全て外れた。ミアが告げた魔法の効果は、俺が知る「刀剣の常識」から外れたものだった。
「これを掛けた刀剣は、『この世の全て、神羅万象あらゆるものを切り裂く』ことができる」
「この世の全て!? あらゆるものを!?」
あらゆるものを切り裂く。剣士にとって「究極の理想」といえる効果だろう。しかし、だからこそ俺は額面通りに受け取りかねた。
そもそも、剣の切れ味を決めるのは「剣そのものの出来栄え」と「剣士の技量」のみ。それが俺達武士、いや、剣士の常識だった。
そうではなければ、名刀を造る意味も、剣の腕を鍛える意味も無い。その拘りが、俺を含めた剣士の矜持であり、そして、「限界」だった。
俺は一人の剣士として、ミアの言葉を否定したかった。その想いが喉下まで込み上げていた。しかし、
「案ずるな、これは失敗作にも通用する。絶対だ」
ミアは、豊満な胸を突き出して、自信満々に魔法の効果を保証した。彼女は続け様に、その自信を裏打ちする「絶対的な根拠」を告げた。
「これもまた、『失われた女神の大魔法』の一つ、だからな」
失われた女神の大魔法。それを否定することは、今の俺にはできなかった。
俺がこうして生きているのは、女神の大魔法、「反魂」のお陰だからな。
女神の大魔法は、世界の理に干渉できた。女神の被造物である失敗作に、効かない道理は無いだろう。
尤も、「大魔法を使える被造物(ミア)がいる」という事実が、最大の奇跡にして驚愕の事実なのだが。それは――うん、「今」は目を瞑ろう。
「よし、それでいこう。ただ――」
俺の腹は決まった。俺は「空間断裂」に懸けることにした。しかし、その絶大な効果を期待する一方で、俺は一抹の不安を覚えていた。後者の想いが、俺の口を衝いて出た。
「そんな魔法を使って、ミアは――その、大丈夫なのか?」
失われた女神の大魔法は、人間の身に余る造物主の奇跡の技。そんなものを、俺の為に、何度も使わせて良いものか?
俺は心中で「ミアに無理させるくらいなら、諦める」と考えていた。そんな俺の不安を、ミアは「フッ」とシニカルな一笑に伏した。
「問題無い。それに――」
ミアは自信満々だった。その反応は、俺に「流石、魔王」と称賛したくなるほどの頼もしさを覚えさせた。
しかし、ミアは俺が思うほどには頼もしくはなかった。彼女もまた、他力に縋る気満々だった。
((最強王子様になった来寿様と、私が共闘すれば、どんな魔物も鎧袖一触よね))
ミアは「俺」に期待していた。その想いを、彼女は肉声で告げた。
「今回、私は楽をさせて貰う」
「楽を?」
「私は『援護』に徹する」
「援護?」
「そうだ。今回魔物を殺すのは――『お前の役目』だからな」
「!」
ミアは「コカトリスの介錯人」に俺を指名した。
果たして、俺に「その大役」が務まるのか?
できるか否かを考えると、頭が漬物石化するほどの不安を覚えた。しかし、既に覚悟は決まっていた。
「空間断裂、どうか掛けて頂きたい」
俺は傍らに置いていたムラマサを右手で掴んで、それを鞘毎ミアに差し出した。すると、
「分かった」
ミアは右手を伸ばして、ムラマサの鞘を掴んだ。その様子を確認して、俺はムラマサから右手を離した。
「宜しく、お頼み申す」
俺は「失敗作を斬る力」を得る為に、魔王に武士の魂、愛刀を託した。
コカトリスと出会ってから、凡そ二日ほど経った。
その日、俺とミアはコカトリスが潜む渓谷下の樹海に突入していた。
「良いか、来寿。『手筈通り』に、だぞ?」
「承知」
この日を迎えるまで、俺達はコカトリスの習性を研究し、必勝の策を練っていた。後は、実行有るのみ。
「目指すは『湖』、だぞ?」
「承知」
俺達はコカトリスの根城を特定していた。「そこに奴がいる」と確信して、俺達は「石の樹木群」を駆けた。その速度は、過去最高、いや、人間の運動能力を超えていた。
馬か? 鳥か? これが――「ミアの魔法の効果」なのか。
俺達の体には「獣身(ビースト・モード)」という、身体能力を向上させる魔法が掛けられていた。
嘗て、ミアとデストラ樹海で戦った際、彼女は人外の超反応で俺の攻撃を躱した。それを可能にしていたのが、件の魔法だった。「その魔法」が、「俺の体」にも掛けられていた。それを掛けたミアは、内心で歓喜していた。
((また一歩、来寿様は最強王子様に近付いた。ああっ、素敵っ、好きっ))
ミアの「最強王子様育成計画」は着々と進行していた。その果てに何が待っているのか? それを想像すると、俺の背筋に怖気が奔った。
しかし、それはそれ、これはこれ。魔王の魔法の恩恵に与ったことは、今の俺には幸運、僥倖だった。
俺達は人外の運動能力を発揮して、入り組んだ樹木群の中を、水中を泳ぐ魚の如く駆け抜けた。
暫くすると、俺の視界から樹木群が消えた。
俺達が辿り付いた場所は、「海」と錯覚するほど広大な「湖」だった。その膨大な水量は、樹海内に住む全ての生物の喉を潤して余り有るだろう。
しかし、そこで喉を潤していたのは「一羽の鶏」だけだった。その姿が目に入った瞬間、俺の胸がドクンと大きく跳ねた。
やはり、ここにいた。
樹海の王コカトリス。広大な湖は、王の「玉座」だった。
コカトリスは「我こそ樹海の王」と言わんばかりに、湖を独占して、悠々と喉を潤していた。その所作は豪快で、尊大で、見惚れるほどに優雅だった。
ああ、俺が王の信奉者であったなら、きっと涙を流して崇めていただろう。
しかし、俺達は真逆の存在、「反逆者」だった。現況は、「王位簒奪の好機」だった。
「行ってくる」
「ぬかるなよ」
先ず、俺が一人で先行した。
彼我の距離は凡そ五百メートルほど開いていた。それを打刀の間合いまで詰めなければならなかった。
幸いにして、湖畔周辺には樹木群や藪が有った。その中を、俺は気配を抑えながら人外の超高速で疾駆した。
どうか、気付かれませんように。
俺は藪の中を疾駆しながら、コカトリスの様子を観察していた。
コカトリスは、延々水を飲み続けていた。そちらに夢中になって、俺に気付いていない様子だった。
これは僥倖。
俺は特に問題も無く、残り十メートルまで距離を詰めることができた。
今の俺ならば、「一足飛び」で間合いに入ることができる。「今」奇襲すれば成功する。その可能性を想像しながら、俺は敢えてその場に留まった。
未だだ。作戦通り――「ミアの攻撃」を待つ。
俺はいつでも飛び出せるよう身構えながら、機会が巡ってくるのを待った。いや、待つつもりだった。
ところが、俺が「ミアの攻撃を待つ」と思った瞬間、突然頭上が明るくなった。
何の光だ?
俺は気になって頭上を見た。すると、無数の「火の玉」が空を埋め尽くしていた。
「!?」
一つひとつが、人間大ほども有った。あんなものに当たったら「熱い」では済まない。火葬場に運ぶ手間を省くような状態になるだろう。
その「空飛ぶ火葬場」が、全てコカトリス目掛けて降り注いだ。
その瞬間、落雷と錯覚するほどの轟音が、俺の耳を打った。それに遅れて、松明を押し付けられたような熱風が、俺の肌を襲った。
このとき、俺の体には予め「魔法防護」が施されていた。それが無ければ、きっと俺は「ミアが調理した焼き魚」みたいになっていただろう。その可能性を想像すると、生きた心地はしなかった。
たった一発で「消し炭」になる火の玉。斯様な危険な代物を、コカトリスは幾つも浴びていた。
火の玉を食らったコカトリスは、絶叫を上げながら、アタフタと踊り狂っていた。その様子を見ていると、俺は何故か揚げ物料理を想像した。
これでカラリと揚がってくれれば、今夜の料理として期待できる。
俺は飛び出す構えを維持しながら、今日の献立に付いて考えていた。しかし、「それ」は気が早過ぎた。
コカトリスは、造物主の規格を逸脱した失敗作だった。俺の想像が及ばぬ化け物だった。
コカトリスは短い翼を広げて、それを大きくはためかせた。すると、「台風」と錯覚するほどの超強風が発生した。
コカトリスが起こした風が、奴の全身を覆っていた炎を消し飛ばした。それどころか、滑空中の火の玉までもが弾き飛ばされていた。
後に残ったのは、焦げ目が付いた巨大鶏だけだった。殆どダメージを負っているようには見えなかった。
まさか、ミアの魔法が通じないとは。
ミアが手を抜いたのか? 或いはコカトリスの魔法防御力が高いのか? 何れにせよ、危機的状況には違いなかった。
しかし、俺の口には「ニヤリ」と擬音が出るほど不敵な笑みが浮かんでいた。
来たっ、俺の出番が回って来たっ!!
俺は腰に差したムラマサを抜いた。
このとき、コカトリスの「鶏の目」は、火の玉の発射地点、即ちミアの方に向けられていた。その事実を直感するや否や、俺は一足飛びに彼我の距離を詰めた。
一撃で仕留めるっ!!
俺はコカトリスの「尻」に向かって突っ込んだ。その瞬間、俺の視界に「大蛇の顔」が飛び込んできた。
「!?」
コカトリスの「鶏の目」は、確かにミアに向けられていた。しかし、「大蛇の目」は後方を警戒していた。
細い縦長な瞳孔に、俺の姿が映った。それを直感した刹那、大蛇の口が大きく開いた。
噛まれるっ!?
大蛇の牙には「石化の呪い」が付与されている。その事実を想起して、俺は強い危機感を覚えた。しかし、俺の体は止まらなかった。
死なば諸共っ!!
大蛇の牙が届く刹那、俺は両手に握ったムラマサを横薙ぎに振るった。その太刀筋は、確かに大邪の口と重なっていた。
しかし、ここで予想外の事態に陥った。
手応えが――『無い』っ!?
ムラマサを握る俺の両手には、何の衝撃も、何の感触も伝わらなかった。その事実は、俺に最悪の可能性を想像させた。
外したっ!?
俺は大蛇の牙から逃れようと、咄嗟に体を捻じった。その際、俺の視界の端に「大蛇の頭」が映っていた。
蛇の頭だったものは、俺が描いた太刀筋を起点に、「上下真っ二つ」に分かれていた。
「!?」
俺は自分の目を疑った。しかし、脳内には「現況の理由」が閃いていた。
これが、「空間断裂」の威力なのか!?
失敗作の表皮は鋼のように硬い。その事実は、ケルベロス戦に於いて頭蓋骨が凹むほど思い知らされていた。
しかし、俺は全く手応えを覚えないまま、恰も豆腐を切り分けるように、コカトリスの尻尾を捌いていた。その事実を目の当たりにして、俺は狂喜した。
これは凄いっ、凄過ぎるっ!!
超次元の切れ味。その威力を目の当たりにして、俺は一瞬で心酔した。
もっと、もっとだ。もっと、この切れ味を味わわせろっ!!
俺は次の獲物、目の前に有る巨木のような「脚」に近付いて――
「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
アシハラ流剣術に於ける「必殺の一撃を放つ際の掛け声」を叫びながら、コカトリスの両脚に向かってムラマサを横薙ぎに振るった。
その瞬間、俺の両手には何の感触も伝わらなかった。何の抵抗も覚えなかった。
しかし、コカトリスの樹木のような脚は、ムラマサが描いた太刀筋を起点にしてポキリと折れ曲がった。
コカトリスは脚を失った。そのままバランスを崩して、地面にドウと倒れ込んだ。
このままトドメを――刺すっ!!!
俺はコカトリスの「頭」に急接近して、奴の首、「盆の窪」に狙いを定めた。そこで、
「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
裂帛の気合と共にムラマサを振り下ろした。
僅かに焦げた鶏の「首」が、音もなく胴体から離れた。その光景を視認したところで、俺は両手に握った愛刀を掲げた。
規格外の魔物を斬る、規格外の力を纏った打刀。その事実を鑑みて、俺は愛刀に新たな呼称を付けた。
「これは――『妖刀』だ」
妖刀。それは、アシハラに於いて「呪われた打刀」に付ける「忌み名」だった。愛刀、ましてや名刀に付ける呼称ではない。しかし、それでも――
「『妖刀ムラマサ』か。言い得て妙かもしれん」
魔王の魔法に塗れた打刀には、「これ以上無い」と思えるほど相応しい呼称だった。
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