第七章
第七章 封印世界
今現在、「ネフィリム」という世界に、「壺の中」に住む「侍」と「魔王」がいた。
侍は壺の中の調査を行い、魔王は壺の中に有る洞窟で、壺の研究に勤しんでいた。
侍の名前は「愛洲来寿」という。誰有ろう「俺」のことだ。
魔王の名前は「ウィルミア・シグムント・デストランド」という。愛称は「ミア」だ。
俺達の「封印世界(ミアが命名)」での生活も、恐らく「二日」は過ぎただろうか。
二日。これは飽くまで「体感」だ。壺の中は元の世界ネフィリムから切り離されている。言うなれば「異世界」であって、時間の経過もまた、ネフィリムのそれとは違っていた。
ミア曰く、「時間が止まっているのか、或いは遅くなっているのか。私達は停滞している時間の中を、超高速で動き回っているようなものだな」とのこと。
正直、俺には良く分からなかった。その為、ミアに「どういうことだ?」と質問した。
すると、ミアは溜息吐きながら、俺に分かるよう簡潔な言葉で説明してくれた。
「ここでは歳を取らない」
俺達は「不老」になった。しかし、「不死」ではなかった。
俺達が生き残る為には「必要なもの」が幾つも有った。それらを得る為に、俺達は共同生活に於ける規則、互いの役割分担などを決めた。
ミアは、洞窟に籠って封印世界の研究。
俺は、主に周辺調査。後に「家事全般」が追加されることになる。
何故、俺一人に全ての家事が押し付けられたのか? それは、単にミアが「できない」からだ。
ミアは生まれながらの王族。家事に携わる機会は与えられず、本人も全く興味を持っていなかった。彼女に料理をやらせると、食材が無駄になっただけだった。掃除をやらせたところ、俺の手間が増えただけだった。
斯様な体験を重ねる度、ミアに対する俺の評価は下がった。しかし、それを爆上げする才能が、彼女には有った。
「失われた女神の大魔法、『加工創造(プロセッシング・クリエイション)』」
ミアは封印世界で得た「素材」を元に、様々な物を創り出すことができた。その第一弾として、ケルベロスの皮から「革鎧」を創り出した。そのお陰で、俺は「襤褸切れ」から卒業することができた。
真面な服を与えられて、俺は歓喜した。着心地も良かった。デザインも気に入っていた。気に入り過ぎて、毎日身に着けた。
周辺調査に赴く際も、必ずケルベロスの革鎧を身に着けて、腰にムラマサを差していた。
封印世界での生活、即ち「封印生活」での三日目――朝。今日も今日とて、俺は自身の役目を果たすべく、革鎧を身に付け、腰にムラマサを差して、「一先ずの拠点」と命名した洞窟から外に出た。その際、俺は洞窟の奥の方を向いて、
「行ってまいります」
出掛けの挨拶をした。すると、奥にいるであろうミアからは、
「…………」
何の反応も無かった。俺は暫く待ってみた。それでも、何の返事も無かった。しかし、「ミアの声」は、俺の脳内に響き渡っていた。
((来寿様、行ってらっしゃいませ。どうかご無事で。決して無茶はしないで。何か有れば直ぐに戻ってきて))
ミアの思念は、俺の身を目一杯案じていた。それを聞いていると、「ああ、大事にされているな」と思えて、俺の心が軽くなった。元気もモリモリ湧いてきた。
「さて、今日は――『最後』まで行ってみるか」
俺は心の赴くまま、黒い渓谷を全速力で駆け抜けた。そのまま渓谷を突っ切るつもりだった。その目論見は、存外早くに達成できた。
渓谷を走っていく内、唐突に「左右の絶壁」が途切れた。
「!?」
俺は慌てて足を止めた。止めることができて、幸運だった。
俺の足下は「崖」になっていた。そこもまた、真っ黒に煤けていた。
あ、あ、危なかった。
俺は背筋に冷や汗を滴らせながら、一歩、二歩と後退した。しかし、直ぐに思い直して前に出た。すると、俺の視界に「緑」が飛び込んできた。
そこは、樹木群が海のように広がる場所、正しく「樹海」だった。
まさか、こんな場所が有ろうとは。
封印世界に来て以降、「真面な自然」を見たのは初めてだった。その事実は、俺に安堵と大きな期待を抱かせた。
ここならば、きっと水が有る。真面な食料にも有り付ける。
俺は逸る心を抑えながら、慎重に足下の崖を下った。
幸いにして、崖の勾配は存外に緩やかだった。俺の身体能力ならば、降下は元より登攀も余裕だろう。
俺は鼻歌を吟じながら、空中で一回転を決めて崖下に下り立った。その直後、俺の視界に「黒い何か」が飛び込んできた。
それは、「炭化した樹木」だった。それを目にした瞬間、俺の脳内に忌まわしい「三頭犬」の姿が閃いた。
樹木を焼いたのは、きっとケルベロスだろう。如何なる理由が有ってか、奴は崖上から炎を吐いていたようだ。
気晴らしか? 或いは「敵」を牽制していたのか?
炭化した樹木を見て、俺は様々な可能性を想像した。その「正解」を得る為に、一先ず煤けた樹木群の中へと飛び込んだ。
暫く進むと、炭化した樹木は見えなくなった。以降、ネフィリムでも見掛ける「普通の樹木」が続いていた。
ああ、これだ。こういうのが見たかった。
俺はネフィリムの光景(但し、『デストラ樹海』を除く)を想起した。それが封印世界に存在していた事実に感動した。
しかし、俺の喜びは直ぐに潰えた。更に奥へと進んでいった先に、ネフィリムには有り得ない「奇妙な樹木」が現れた。
それは、樹木の形をした「石」だった。
石像? 何でこんなところに?
俺は不思議に思いながら、石像の方へと近付いた。すると、「それ」が一本だけではないことに気付いた。
辺り一帯「石の樹木」だらけだった。その周りに生えていた「草」までもが石製だった。
何だ、これは? 何なのだ?
石の樹木。それが一本だけであったなら、俺は「人の仕業」と勘違いしていた。しかし、それが多数、しかも、多種多様となれば、話は別だ。これが人の手による作業であれば、一生懸けても半分も、いや、樹木一本で寿命が尽きそうだ。
これは、魔法か? 後で、ミアに聞いてみよう。
俺は石像のことを心のメモ帳に書き留めて、更なる情報を求めて樹海の奥へ突き進んだ。
暫くは、奇怪な石像群が続いた。それを不気味に思っていると、唐突に「獣の鳴き声」が聞こえた。
これは――「鳥」だろうか?
一瞬、俺は「鶏」を想像した。それに伴って、俺の脳内に様々な「鶏料理」が閃いた。
これは――食べたい。
俺は食欲に駆られるまま、声が上がった方向へと走った。
暫く走っていると「何か」の気配が漂い出した。それを直感した瞬間、俺の頭の血の気がサッと引いた。それと同時に、俺の脳内に「三頭犬」の姿が閃いた。
この気配、まさか――ケルベロス? いや、いや、そんな――まさか、まさか。
俺にとって、ケルベロスは最強、いや、別次元の魔物だった。ミアが言うには、「女神様が能力調整をしくじった『失敗作』」なのだとか。
相打ちとは言え、俺が奴を倒せたのは「幸運」としか言いようがない。奴が弱っていなければ、俺も、ミアも、きっと奴の「餌」になっていただろう。その可能性を想像すると、頭が漬物石化したような憂うつさを覚えた。
あんな奴との戦闘は、二度と御免被る。
叶うならば、失敗作とは出会いたくはない。しかし、この封印世界は「失敗作の廃棄場」だった。この世界にいる以上、奴らと遭遇する可能性は高い。そもそも、今聞こえている「鳴き声」も、奴らのものかもしれないのだ。
ああ、嫌だ、嫌だ。近付きたくないなあ。
俺の脳ミソは、鏡石並みに重くなっていた。その怖気る心を「俺の役目だから」と無理矢理納得させて、慎重に「鳴き声の元」へと近付いた。
近付くほどに、鳥、いや、魔物の声が大きくなった。それを聞いている内、俺は「声が二種類有る」という事実に気付いた。
もしや、戦闘中では? これは、「漁夫の利」を狙えるのでは?
我ながら、「虫が良過ぎる」とは思った。それでも、期待せずにはいられなかった。その想いに、創造の女神は全力で応えてくれたようだ。
樹木群の狭間で、「二羽の巨鳥」が激しい戦闘を繰り広げていた。
一方は、「鷲」のように見えた。もう一方は、「鶏」のように見えた。しかし、それぞれ俺の知るものとは全く違う生き物だった。
どちらも体長が二メートルほども有った。その事実に加えて、普通の鳥には有り得ない、異常な特徴が有った。
鷲に似た魔物は、頭と翼は鷲だった。しかし、胴体が「獅子」になっていた。
鶏に似た魔物は、全体的に鶏だった。しかし、尻から「大蛇」が生えていた。
どちらも魔物であることは、一見して理解できた。しかし、それが「どんな魔物か?」と問われると、該当するものは閃かなかった。その事実が、俺に相手の正体を直感させた。
こいつら、「失敗作」だ。
ケルベロス以外の失敗作が、複数個存在していた。その事実を目の当たりにして、俺は脳ミソに鏡石二個ほど乗っかったような、絶望的な重苦しさを覚えた。
しかし、今の俺には「ミア」という希望が有った。
できるだけ情報を得て、それをミアに伝えれば、何か手立てを考えてくれるかも?
俺はミアと共闘する様子を想像しながら、「新たな失敗作」に関する情報収集を開始した。
鷲と鶏。果たして勝つのはどちらだ?
二体の魔物は「空」と「地」に分かれて、激しい攻防戦を繰り広げていた。
鷲は空を占有して、そこから激しい急降下攻撃を繰り返していた。
鶏は地面の上を駆け回って、相手の攻撃を躱したり、防いだりしていた。
これは――鷲が勝つな。
鷲には「空」という逃げ場が有った。しかし、鶏にはどこにも逃げ場は無かった。
鶏は一方的に攻撃を受け続けていた。その内、奴の足下が覚束なくなった。フラフラと傾いて、前のめりに倒れ込もうとした。
その瞬間を、鷲は逃さなかった。
鷲は空高く舞い上がった後、「これまでで最高速」と思える急降下攻撃を敢行した。巨大な「槍」となって、鶏目掛けて突っ込んだ。
あの「槍」が刺さったら、鶏の絶命は確実。鶏も、それを分かっているはずだ。
しかし、鶏は躱そうとはしなかった。その場に立ち尽くしていた。
何故、逃げない? 諦めたか?
俺の脳内に、「串」に刺さった鶏の姿が閃いた。しかし、その光景は具現化しなかった。
鶏は立ち尽くしたまま、鷲の方を向いて大きく嘴を開いた。
その直後、鶏の喉の奥から「濃灰色のガス」が飛び出した。
あれは――「煙幕」か?
俺は「鶏が煙に紛れて逃亡を図る」と予想した。ところが、奴は逃げなかった。その場に留まり続けて、延々ガスを吐き続けていた。
ガスは空中に広がって、鷲のところまで届いた。しかし、そんなものが何の役に立つ?
鷲は全く意に介さず、そのまま濃灰色の煙の中に突っ込んだ。ところが、ここで思わぬ事態が起こった。
鷲の進路が、途中で急変した。何と、奴は地面に向かって「垂直に降下」し出したのだ。
え? 何で?
俺は夢でも見ているように錯覚した。
鷲は、そのまま地面に激突した。その瞬間、空を揺るがす「落雷」のような轟音が起こった。それに伴って、大地を揺るがす「地震」のような衝撃が奔った。
その渦中に、「俺」がいた。俺は立っていることもままならず、地面に突っ伏した。その格好は、自分でも「情けない」と思った。
俺は揺れが収まるや否や、立ち上がって膝と手に付着した泥を払った。誰が見ている訳でもないのに、「武士は食わねど高楊枝」とばかりに体裁を繕ってから、改めて「爆心地」と思しき箇所を見た。
そこには、バラバラに砕けた「石像」が有った。その正体は、見た瞬間に直感できた。
鷲なのか? 鷲が「石」になったのか?
鷲は「石化」していた。その事実を目の当たりにした瞬間、俺の脳内に「樹海内で見た石像群」が閃いた。
まさか、あれは「鶏」の仕業だったのか? まさか、この世に「石化する息を吐く魔物」がいるとは。
斯様な化け物が存在していると思うだけで、俺の脳ミソが鏡石三個分ほど重くなった。
絶対に戦いたくはない。しかし、多分、いや、きっと、この封印世界で生き抜く為には、奴のような化け物を倒さねばならないのだろう。
鶏の魔物との対決。あんな化け物相手にして、どうやったら勝てるのか? 今の俺には全く勝ち筋は見えなかった。それを得る為に、俺は急いで「一先ずの拠点」に帰投した。
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