閉話 はじめまして

裕福な家に生まれ、優れた容姿と優秀な才を得た。

和やかな家族に囲まれて、良い友人と関わり、認め合いながら互いに成長していく。 理想の人生だ。私には、それが可能だった。


全てを持ち得て、周囲には沢山の人が集まった。権力や金目当てでない、ただの善人にだって出会った。

側からみれば、不幸など何もないと思えるだろう。


もしかしたらそれでも悩みがある、といった心配性の善人もいるかもしれない。実際、私に何も不幸はなかっだが、常に気にすることはあった。


この生活のつまらなさ。幸福な自分に嫌気がさした。 本当の恵まれない人間の前でこう言ったら思考もなしにツバを吐かれるだろうが、せめて恵まれなければ、と思う。


記憶を得てから、改めて試して自分に大した異能がないことを確認してから、魔法が使えるかを確認した。


この地球に魔導具の類いや魔術が一般的に存在しないことは確認していた、かといって使えないと決まったわけではない。

実際、感知できる魔素はいくらでもあった。


魔素とは空気中に漂う魔力のこと。魔力は生命力の別称でもあるのだから生命があればないはずもない。


そして魔術を行使してみて、想定通りに魔法が使えた時、それをもっと自由に扱えるよう努力することを誓った。


同時に、戦の時の記憶も頼りに身体を鍛え、成果が目に見え始めた。

争いを起こそうにも、力が無ければ自分自身がすぐに潰えてしまう。 できるだけ多く、大きい絶望や、死に物狂いの努力を見たいから、少しでも可能性を増やすため長生きしないと。


そういう時期だったと思う、彼が来たのは。


「セシル君、彼は今日からお前の執事だ。優秀な人間だから十分に頼りなさい」 


十歳のときにそう言って会わされた美貌の男性。顔採用でもしたのかと思うほど整った顔の持ち主だった。

もちろん、到底私に叶うわけではないが。


「参考程度に君の異能を聞いてもいいかな」


セシルを連れて部屋に戻り、すぐにそう聞いた。


早朝の出来事だったのでまだ眠く、用が終わったら仮眠を取れる様に寝室。私はベッドに座ってセシルは近くに 立っている状況だ。


「……どうして。…ですか」


付け焼きの敬語に慣れていないから、外部、少なくとも養成所とかそこらの出身ではない。

引き抜きなら相当優秀、しかし敬語になれていない。学習が浅い。とすれば身体能力の類いが優れているのだろ う。


ボディーガードとしての活躍が期待されている、しかしそれだけなら普通に反射神経のいい、頭の回る人間を連れてくればいい。だとしたら


「別に?かまかけかな」


常人では期待できない"使える"異能を持っている可能性が高い。


「旦那様から聞いていた、ですか」

「君、目の前に出されたってことは合格点もらったんでしょ?なのに敬語がぐちゃぐちゃだ。それだけ動揺してる」

「緊張ですよ」


自覚して直した。


というか彼は引き抜きの軍人?でも上司がいれば嫌でも簡単な敬語くらい覚えるだろう。ならフリーの、傭兵とか。


「異能持ちの傭兵?」


聞くとセシルはあからさま顔を望めた。


「……私の異能は強化です。身体の機能を高めます。こんな、旦那様に聞いていたんですよね?」

「いや?何も聞いてない。自分で確かめるのが楽しいからね」

「………」

「というか、私が気にしないんだから敬語使わなくていいんだよ」


セシルは気まずそうな表情をした。 だがさっきから手だけは出す気配もない。嫌なことがあったらすぐに殴る性格らしいのに。

これは父に聞いた。乱暴で熱情的な気性をもっていると。


「あ、そうだ。せっかくなら異能使ってみてよ」

「は?身体の強化ですよ?どうやって」

「速く動けるんでしょ?わからないくらい速く動いてみてよ」


セシルは何かを考えた様な顔をしたあと、小さくうなづく。

次の瞬間、身体に衝撃が走った。


「おいガキ、俺の要望を呑め。じゃなきゃ殺す」

「すごい急だな」


どうやらベッドに押し倒されたようだ。いやらしい意味じゃなくて、生命の危機的な意味合いで。

足部分は体重をかけられていて動かせないし、腕も押さえつけられている。

軽く見えた何か光るものは、ナイフ。 首元にそれを突きつけられて動けない。


「すごいね、恋人でなら特殊なプレイ中なんだろうけど」

「無駄なことをいうな。俺の要望はこうだ──────」


曰く、多額の金を用意しろとか、大きな家を無条件で譲渡しろとか、それらを警察連中に漏らすなとか、そこまでは良かった。

だがこの孤児院に寄付しろだの、戦争をなくす様呼びかけろだの、そこまで言ってきたのは耳を疑った。


「はは!まるで正義のヒーローみたいなこと言うんだね。そんなの自分で稼げばいいんじゃない?」


笑いながらそう問いかけると、苦虫を噛み潰したような表情でセシルは否定する。


「元々そうだった。…だがお前の親が俺の身柄を勝手に買い取ってできなくなったんだ!」

「へえ。君が自分から手を挙げたんじゃないんだ。給料が良いから立候補したんだと思ってた」

「人質をとられたんだぞ!?自分からな訳あるか!」

「でも要求は飲めない」


また脅すために口を開こうとしたセシルの前に、まず私はそこまで自由に金を動かせないと言い切る。あからさまにセシルは暗い顔をした。

それに、と言葉を続ける。


「今この行動を見たら君の雇用主はなんて言うかな?状況的に犯人は君しかあり得ない」


ナイフに力が入る。

可愛い子だ、私はそう思う。

もう力の入っていない腕の拘束を解き、彼の頬へ手を這わせた。


「うん、少なくとも必ず投獄されて君のいうお金は何に関してもゼロになるね」

「……」

「お父様に言っても聞いてもらえないだろうし、私は自分のことではないからいいたくない」。

「はぁ!?そんなこと!」


セシルは頬を触る私の手をわし掴み、強く握った。

それを緩く拒否する。


「できるよね?君に私は殺せないんだから」


今度こそ、彼の身体中の力が抜けて、倒れ込みそうになったのを起き上がった私が支える。

そのままベッドへ寝かせて、枕元で小さく語りかけた。


「それなら私の執事としてきちんと仕事を全うし、給料をその分にあてたら良いと思うけど」


子供の命を奪うよりよっぽど良い、そうだよ。子供が好きなんでしょ?そのために頑張ればいい。


セシルは唇を強く噛み、それを私に優しく宥められながら私へ抱きついてきた。

小さく泣く時の鳴咽が聞こえる。


惨めだなぁ、そんな、私の方が年上みたいじゃないか。セシル。

君はもうすぐで成人するくらいの年齢だろう?子供に慰められて、君が本当のガキじゃないか。


でもそんなことは実際には言わないよ。私は優しいから。


彼の今の感情は、どういうものなのだろうか。 私への憎しみ?恨み?自分への無力感、そして絶望とか?きっと全部がごちゃ混ぜになって、何が何か分からないよね。


思わず口元が緩み、笑みが溢れる。

気に入ったよ、ありがとうお父様。これで人生がもっと面白くなりそうだ。


セシル、君の容姿は綺麗だけど、あの表情をした時の君は、もっともっと美しかったよ。

これからもっと戦って、必死になって、絶望してね。

いろいろな経験をして、色々な顔を私に見せてね。









■■■■■■



このセシルは前話の黒とは別人ですね(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)

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