邪魔者は失せろ
翠雪
邪魔者は失せろ
「まぁだ空けてんの、ここ!」
秋と冬の境目には、電気代を高める暖房の恩恵を、嫌でも感じざるを得ない。四本のチューハイに、スーパーで買うよりも割高なポテトチップス、コンビニの名前をもじったホットスナックなどが雑に詰めこまれた、半透明のビニール袋を机へ置く。シングルベッドを背もたれに、ジェラピケの寝巻きで待ち構えていた友人は、指を刺された棚の空白に肩をすくめた。
「だって、わざわざ埋めるのは、悪い気がするんだもん」
「『もん』じゃないわ。急に縁切ってきたのは向こうで、あんたはあの男の荷物と、今まで貰ったプレゼントを捨てただけでしょ」
「その節は、ご迷惑をおかけしまして……。貴女に説得されてなくて、まだ思い出が側にあったら、私、うっかりストーカーになってたかもしれない」
「うっかりなるな。犯罪者に」
九%のロング缶を掘り出して、乾杯を飛ばして口をつける。冷えが甘いアルコールは、木枯らしを伴う風を浴びたばかりの身にとって、いっそぬるいほどだ。いきなりお酒はだめだよ、と慌てた声が横からして、爪楊枝つきの唐揚げが、ひび割れた唇を押す。こんな戯れを、あのクソ野郎ともしたのだろうか。よりにもよってホワイトデーに、彼女と繋がりのある連絡先を、何の前触れもなくブロックした男と。一口サイズの肉塊が、頬の内側を油で満たす。じゅわ、と広がる胡椒が効いた濃い味は、無糖のレモンサワーとよく合った。喉をゆっくり下っていく鶏もも肉を感じながら、のり塩のポテトチップスを両手で引っ張る。
「喧嘩もなかった。会ってる時は優しかった。なのに切られたんなら、ハラん中で何を思っていようと、面と向かって改善を求めるだけの努力を惜しんだってこと。そんな輩に義理立てる、被害者のあんたにも腹が立つ」
銀色の裏地が、透明な膜を挟んでちらりと覗く。よれた裂け目を無理に広げて、歪なパーティ開けを披露すると、空気でかさ増しされていた六十グラムの正体が露わになる。頼りない小山を作るじゃがいもは、薄っぺらい布団にくるまり泣いた、あの日の友人を思い出させる。三枚まとめて摘み上げたあたしを横目に、ふわふわのピンク色に身を包んだ彼女は、ビニール袋から一番弱い酒を抜き取った。桃味のチューハイも、服とよく似たピンク色に彩られている。
「昨日もね、夢に見たの。彼がふらっと帰ってきて、ただいまって、優しくハグしてくれる夢よ」
「ンな真似してきたら刺せ! 夢でも現実でも!」
「もう、過激すぎだってば」
切り揃えられた短い爪に、アルミのプルタブが引っ掛けられる。常温のアメリカンドッグを齧ってから、彼女は喉を潤した。
「私のものだと気が引けるから、次の人に埋めてもらおうかな。なんて」
諦めを滲ませて笑うその顔が頭に来て、血圧が上がる音を聞いた、かもしれない。こわばったあたしの形相に気が付かないまま、あんたはつまみをもう一口と、白い歯を見せている。
「じゃあ、あたしでいいじゃん」
「へ?」
半ば叩きつけるように置いた缶の音が軽くて、それなりに中身を減らしていたことを知る。アメリカンドッグを口元から離した彼女は、マスカラで補強せずとも長い睫毛をしきりに瞬かせた。
「次ってやつを、あたしにしとけって言ったの。あたしなら、そんな隙間はすぐに埋めて、手狭になるくらい居座ってやる」
「ど、どうしたの、急に。酔ってる?」
「それが嫌になったら、別の部屋を探して、一緒に住んだっていい。いや住みたい。あんたを軽んじる輩に、あんたを取られるのはもうこりごり」
元から部屋は広くない。あぐらをかいていた膝を崩して、両足で彼女を挟むように向きを変えれば、ベッドと壁とあたしによって形成される檻へと簡単に追い込める。中継先でマイクを持つアナウンサーのように、両手でアメリカンドッグの串を握りしめているのが、頼りなげで可愛らしい。鼻先同士をつけながら、桃色に染まった頬を見る。今夜はまだ宵の口。お互いに、酔いが回るには早すぎる。
「お願いだから。あたしがいいって、言って」
両脇についた手が、季節外れの汗をかいて気持ち悪い。睫毛を震わせ、小さく頷こうとした顔を掬いあげるように、前歯のぶつかるキスをする。それぞれの唇をコーティングした、揚げ物から滲み出た甘い油としょっぱい油が、ピンク色の咥内で混ざり合う。雫を垂らすチューハイは、翌朝に冷蔵庫へと運ばれた。
邪魔者は失せろ 翠雪 @suisetu
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