第6話 ルクリアの村と修道女

 俺は取るものも取り敢えず町を出ることになってしまった。まぁ、子供の頃から寝物語に聞かされていた英雄と一緒に旅ができるのだ。後悔はない。────そう思っていた。


「お~い、フラン。どこだ? お~い!!」


 町から出て行ったフランを急いで追いかけたのだが、フランの凄まじい逃げ足に俺は追いつくことができずどんどん離されてしまい、ついには町から少し離れた辺りで俺は微かに見えていた彼女の背中も見失ってしまった。


甘かった。相手はあの伝説的な旅団の団員で、しかも二つ名持ちだ。追い付けるはずがないじゃないか。俺は自分の浅はかさを呪いながらこれからの事を考える。


もうガルザの町には戻れないのでフランを探して合流するしかない。なに、たいした問題ではない。俺には行商で得た知識や旅の経験がある。それに、この辺りの地理には詳しいしフランには及ばずとも護身術の覚えだってあるんだ。


「マッピング!」


マッピングとは自分の現在地を知ることができる行商人には必須のスキルだ。この世界では『巻物』というものを読むことによってスキルを習得できる。ちなみに、巻物は町の道具屋で購入したりダンジョンで手に入るのだが俺の場合もっぱら道具屋で購入している。────わざわざダンジョンに潜る理由もないしね。


 俺が今いる所はガルザの町から数キロ離れたフェクトゥム平原だ。フランを追いかける時に使った身体強化スキル『ブースト』のおかげで一気にここまで来れた。ここから北西に数分歩いたところに『ルクリア』という小さい村がある。もしかしたらそこにフランもいるかもしれない。


とりあえず直近の問題として、慌てて町を飛び出して来てしまったため路銀もあまりない。なので今日はルクリアにある教会のシスターに頼んで一晩泊めてもらうつもりだ。ルクリア教会は戦争で親を亡くしてしまった子供たちや生活に困り親に捨てられた子供たちのために孤児院も兼任している。


最近ではそんな孤児院にボランティアとして働きたいと志願して来た奇特な人が一人スタッフとして加わったらしいが俺はまだ会った事がない。噂では善人であることは間違いないのだが少しクセの強い人らしい。


   ぎゅるるるるるる・・・・・


 俺の腹の虫が鳴る。そういえばフロッグスではフランの食べっぷりに驚いて見ているだけで満腹になった気がしたためあまり飯を食べなかった。否、フランが凄い速さで凄い量を食べていたので財布が心配になりあまり食べることができなかったという方が正しいかもしれない。


フロッグスなら安いからと好きなだけ食べていいなどと大食いのフランに言ってしまった俺がバカだった。大きな町に着いたらフロッグスのマスターに食事代を送金しなければならないだろう。


「腹も減って来たし村まで少し急ぐか」


俺が再びスキル『ブースト』を使いルクリアの村まで走り出すとすぐに幌馬車とその馬車の進路を遮るように立つ三人の男たちの姿が目に飛び込んで来た。三人の男たちは小汚い身形をしており明らかに盗賊だろう。一方、馬車には年老いた男が御者台におり困った顔でなにやら三人の男たちと話をしていた。


「金なら払います。どうか、どうか命だけは」

「へへへっ 俺たちは金だけじゃ満足できねぇんだ。金とその馬車、そして馬車の中にいる女もいただこうか」


案の定、盗賊に絡まれている。御者の老人の身形を見る限りではどこかの小さい商会の馬車だろうか。平民には似つかわしくない綺麗な身形をしている。


「おやめください。このお方だけは、このお方だけには関わらないでください」

「・・・・関わるな、だと?」


どうやら老人の言い方が気に入らなかったようで盗賊たちは腰に差した大きな剣を鞘から抜いた。────盗賊のくせに高価な剣を持ってやがる。どうせ盗品だろうけど。


などと言っている場合ではない。俺は急いで彼らの所へ駆け寄り男たちと馬車の間に割って入った。


「待て盗賊共!」

「な、なんだテメェ!?」


突然現れた俺の姿を見た盗賊たちが怯むと、その隙に俺は馬車を引く馬の頭を右手で撫でるように装いながら馬にブーストをかけた。


「テメェ、村の警備隊か?」

「違う。俺はただの・・・・いや、俺は夕凪のギフォート団員『天妖のフランシス』の・・・・」


そこまで言うと盗賊たちが慌て始めた。


「ゆ、夕凪のギフォートだと!?」

「しかもあの天妖と繋がりが!?」


動揺しているな。やはりフランシスの名前の効果は抜群だ。このまま盗賊たちがビビッて逃げてくれればいいのだが。などと、やはり都合よくはいかなかった。


「テメェはフランシスとどういう関係なんだ!?」

「え?」

「え? じゃねぇよ。天妖のフランシスとどういう関係なんだって聞いてんだよ!!」


どういう関係かを決めずに飛び出して来てしまった。だがここはハッタリで切り抜けるしかない。

  ────『彼氏』では俺がロリコンだと思われてしまう。

  ────『友達』では深く突っ込んだ質問でもされればボロが出る。

  ────『知り合い』では少しパンチが弱い気もする。


ここはやはり・・・・


「俺はフランシスの、、、、」

「フランシスの?」

「 『兄』だ!!!」


 それから数秒、互いに沈黙していると盗賊の一人が「ふざけんな」と怒鳴った。


「テメェ、天妖のフランシスは百年以上昔にその名を世界に轟かせた大英雄だぞ!!」

「あっ!!」


そうだった。あの見た目ですっかり忘れていたがフランシスどころか夕凪のギフォート自体、百年以上昔に作られた旅団だった。今でも夕凪のギフォートのメンバーが数人発見されているらしいが、そのどれもドワーフやエルフといった長命種だ。


     ────じゃあ俺が出会ったあの銀髪の少女は一体・・・・?


「よくも俺たちをコケにしてくれやがったな。覚悟しやがれ」


これ以上騙し通せないと思った俺は御者に目を閉じ耳を塞ぐように言うと腰の布袋から黒い玉を二つ取り出し盗賊たちの足元に向けて投げつけた。投げられた玉は激しい光を放ち爆音をあげる。


「うわっ」

「なんだこりゃ!?」

「クソ、目が見えねぇ!!」


 俺は盗賊たちが驚き戸惑っているうちに馬車の御者台に座る老人の隣に座り馬に鞭を入れる。鞭が入った馬には俺がさっきブーストをかけていたためとんでもない速さで走り出した。身体強化された馬のスピードに耐えられなかったのか、馬車にかけられていた幌が吹き飛ぶと馬車も態勢を崩しひっくり返りそうになる。だが次の瞬間、荷台に乗っていた修道服を着た女の人が自分の足を見せつけるように修道服を膝までたくし上げると何やらブツブツと詠唱を始める。そして右足でドンッと荷台を踏みつけると転倒しそうになっていた馬車が体勢を立て直した。


胸の辺りまで伸びた綺麗な長いブロンドヘアを肩の辺りで結んでいるその儚げな美人は腰のポケットから出した煙草に火を点け口に咥えると「ふぅーっ」と空に向けて口の中の煙を一気に吐き出した。────無駄美人とは彼女のような人のことを言うのだろう。


「あの、えっと、、、、助かりました。ありがとうございました」


病弱な印象すら持ってしまう儚げな見た目とは裏腹に、走っている馬車の荷台で足を放り豪快にタバコを吸う謎の女性に俺は恐る恐る礼を言う。


「え? あっ!!!」


ブロンドヘアの女の人は御者台に座っている俺に気づくと慌てて煙草を消し身形を整え俺と向き合った。ジッと俺を見る彼女の目は一瞬たりとも俺から逸れることはなく、それから数分間凝視すると突然ニコッと笑い口を開く。


「アナタのために頑張ったんだ。褒めてくれるよねぇ?」

「は? え? えぇ???」


さっきまでの豪快な振る舞いは鳴りを潜め彼女は突然俺の右腕に抱きついた。


「え? あの、ちょっと、、、、」

「ねぇ、私ってアナタに必要だよね? ずっと一緒だよね?」

「いや待って。ずっと一緒と言われましても何が何だか・・・・」


慌てている俺を見た彼女が右手の人差し指を一本立て俺の口に当て言葉を遮った。


「うふふっ」

(あぁなんだ。からかわれていただけか)


慌てる俺を笑いながら見る彼女を見た俺はからかわれただけだと分かりホッとして胸を撫で下ろす。


「からかわないでくださいよ。美人からの誘惑に耐性無いからドキドキしちゃいましたよ」

「ううん、わかってる。私わかっているから」

「え?」

「美人に誘惑されたからじゃなくて、私だから・・・・なんだよね?」

「は?」


彼女の言っている事の意味がわからず彼女の言葉を頭の中で反芻していると、彼女は赤く染めた左右の頬に両手を当て気味の悪さと可愛さを含んだ笑みを浮かべてこう言った。



   「私が必要、、、、なんだよね?」

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曙光の翼 @etoilette

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