第5話 慌ただしい旅立ち
────全部間違っていた。
兵士に追われ逃げる俺の頭を過ぎったのはそんな言葉だった。フランがキンカクたちを倒してくれてこれで町が平和になるなどと考えていた少し前の浅はかな自分を殴ってやりたい気分だ。────まさか兵士たちと癒着してるとは。
兵士たちは走りながら俺を指差し「そいつは殺人犯だ。誰かそいつを捕まえてくれ」などと町の人たちに逃げ回る俺を捕まえるよう協力を呼び掛けながら追って来ていた。俺は殺人犯なんかではないし、そもそもキンカクは気絶しているだけで生きている。町の無法者を連行した俺を英雄扱いしろとまでは言わないが殺人犯の濡れ衣を着せるなんてあんまりだ。
「誰が殺人犯だ!! 俺は気絶したキンカクを連行しただけだ!!」
「言い訳ならこの後じっくり牢で聞いてやる」
「それ聞く気ないって言っているのと同じじゃないか!!」
それでも兵士に協力し俺を捕まえようとする者が現れなかったのは不幸中の幸いだった。長年この町に暮らす俺を捕まえて兵士に突き出す気になれなかったのか、もしくはただ面倒事に関わりたくなかったのかはわからないがとにかく助かった。
行商では魔物や盗賊なんかに出くわすことも多い。そのため逃げ足だけは商人になった日から人一倍鍛てきたつもりだ。こんな田舎の町で悪党共と癒着して国を騙し贅沢三昧な暮らしをしているコイツらなんかに捕まるわけがない。
実際、俺と俺を追う兵士たちの距離はどんどん開いていった。そのまま俺は兵士たちを振り切ると町の宿屋の裏手にあった樽の中へと身を隠し日が沈むのを待つことにする。日が沈み町に人気が無くなったのを見計らい、その後フロッグスに行きフランと合流。彼女に事情を説明し二人で町を出るという計画だ。
────あの天妖のフランシスと一緒なんだ。この先の事なんかどうとでもなる。
そんなことを考えながら俺は外の様子を確認するため身を隠している樽の蓋を少し持ち上げ外の様子を窺う。樽の外には俺を血眼で探す兵士たちの姿があった。俺をあの場で始末するつもりでベラベラと喋ってくれた兵士長の顔からは先ほどまでの余裕はすっかり消え失せ焦りが感じられた。
兵士たちは近くを通る町の人たちに俺の居場所に心当たりはないかと聞いているようだが町の人たちは皆、首を横に振って通り過ぎていく。中には俺を探す兵士たちに「何か事件でもあったのか?」と心配し近寄って聞きに来る者もいたが、俺の居場所を知らない者に用は無いと言わんばかりに「うるさい、あっちに行け!!」と追い払っていた。
兵士たちのそんな態度も相まって町の人たちも彼らに協力する気は無いようだった。
────自業自得、ざまぁみろ。
それから一向に俺を見つけられない兵士たちを見ている事にも飽きてしまった俺を睡魔が襲ってきたため樽の中でウトウトとしていると外から何やら聞いたことあるような声が耳に入ってきた。
「あ、さっきまで一緒にご飯食べてたよ。だけど詰所に悪い人届けに行ったっきり帰って来なかったよ」
(んん?)
俺はその声を聞くとさっきまでの眠気が嘘のように吹っ飛び慌てながらもそっと樽の蓋を少し持ち上げた。樽と蓋の隙間から外を覗くと、案の定、フランが兵士長たち三人に囲まれ事情聴取を受けている。
「貴様の言う男とは無礼にもキンカク殿を気絶させ荷車で運んできた者か!?」
フランを見る兵士長の顔が強張る。どうやらフランを俺の仲間だと確信しているようだ。その証拠にフランと話をしている兵士長以外の二人はすでに腰に差した剣の柄に右手を当て、今にもフランに斬りかかろうとしているようにすら見える。そんな緊迫した状況をわかっているのかいないのか、フラン本人は友達とお喋りでもするかのように兵士長と向き合い笑顔で話していた。
「そうそう。あ、でもあの悪いおじさんぶっ飛ばしたのは私だから報奨金は私が七で運んだ手間賃としてカイが二、お店の修理費用としてマスターさんが一割だけ貰うことになってるんだよ」
俺は樽の中から「それ以上喋ったらダメだ」と思いながらも成り行きを見守ることしかできずにいた。今すぐこの樽から飛び出しフランの手を取ったら町の門まで走りそのまま町を出て行く。そんな勇敢な自分を思い描いてはみるものの、現実はこの狭い樽から一歩も出ることができずにいる。
俺があれこれ考えるも行動に移せずにいるうちにフランは両腕を兵士二人に掴まれてしまっていた。
「これより夕凪のギフォート団長キンカク殿殺害の重要参考人として貴様を兵士詰所へと連行する!」
兵士長はフランをキッと睨むと声高にそう告げた。それはきっと騒動を静観していた町の人たちに自分たちの威厳を示す目的と、何より今回の騒動の元である俺に向けて放った言葉であることはすぐにわかった。つまり兵士長は「お前の仲間は預かった。返してほしければ詰所に来い」と言いたいのだろう。
「夕凪のギフォート? 団長? ううん。違うよ。あの悪いおじさんは夕凪の団長でもなければ団員ですらないよ」
兵士二人に腕を掴まれ連行されていたフランはその場にピタリと止まると後ろにいる兵士長へと首を少し捻り視線だけ向け話始めた。
「貴様止まるな! さっさと歩け!!」
フランの左右に立ち彼女の両腕を掴んでいる兵士二人が掴んでいる彼女の腕を引っ張り歩かせようとするがフランはその場から一歩も動かない。
「コ、コイツ」
「こら、さっさと歩かんか!!」
大の男二人が押しても引いてもピクリとも動かないフランを、息を切らしながら兵士二人が歩くようにと怒鳴りつける。だがフランの目に彼らは写っておらず彼女の意識は自分の後ろにいる兵士長へと向けられていた。
「何を言うか!! キンカク殿たちはたしかに国に認められた夕凪のギフォートのメンバーだったのだ。それを何も知らない貴様のようなチンチクリンが適当なことを言うな」
兵士長の怒声にフランは一切動じることなくフルフルと首を横に振る。
「みんな何であの悪いおじさんを団長って言うのかな? 夕凪のギフォートの団長はオルベルクなのに」
「おるべるく? なんだそいつは? 貴様らの仲間なのか!?」
「うん。オルベルクは私の仲間だよ」
フランから「私の仲間」という言葉を聞いた兵士長は侮蔑を含んだ笑みが浮べ「ふふん」と鼻で笑った。
「所詮は子供、語るに落ちたな」
「ん? どういうこと?」
意味がわからないと言わんばかりに首を傾げるフランに兵士長は一つ大きな溜め息を吐き告げる。
「貴様は夕凪のギフォートの団長がそのオルベルクという者だと言ったな?」
「うん」
「仮にそのオルベルクという者が夕凪のギフォートの団長だとするならば、貴様の仲間というのはおかしいではないか!!!」
「なんで?」
察しの悪いフランに兵士長の堪忍袋の緒が切れた。
「ええい、物わかりの悪いガキめ! 英雄たちが集まり作られたという旅団、夕凪のギフォートの団長と貴様のようなチンチクリンが仲間であるはずないだろ!!」
「あっ!!!」
兵士長の言葉を聞いたフランは慌てて両手で自分の口を押える。その仕草はフランからすれば自分が夕凪のギフォートの団員であること隠すためだったのだが、兵士長から見れば噓がバレた子供が慌てて自分の口を押えたようにしか見えなかったのだ。
「どういう手段を使ったのかはわからんが貴様らは夕凪のギフォートの団長を殺害した。よって貴様を詰所へと連行する」
兵士長の言葉を受け部下の兵士二人が再びフランの両腕を掴み「歩け」と命じる。
「夕凪のギフォートの団員に関しては国から国賓としてもてなすように言われているのだ。しかも団長となれば尚更だ。それを貴様らは殺害したのだから覚悟はできちるであろうな?」
兵士長の言葉を聞いたフランは俯き、少し考えると「ハァ」と溜め息を吐いた。
「こうなったら仕方ないよね。報酬はあきらめる。カイもいないし」
フランは自分の両腕を押さえていた兵士たちを軽く振り払うと兵士たちは数メートル投げ飛ばされた。
「あれ? ちょっと振り払っただけのつもりだったのに、、、、」
そう言ったフランの髪と目はキンカクたちと戦った時のように真っ黒に染まっていた。────妖魔化だ。
「な、なんだ!? なんなんだ貴様は!?!? その髪は!? その目は!?!?!?!?」
さっきまで兵士長が「チンチクリン」と罵っていた銀髪のフランはどこにもいない。目の前にいるのは異様ともいえる黒髪黒目の妖魔となったフランだ。
「え? あれ?? あれれ???」
フランも自分が妖魔化していることに気づいてなかったようで兵士長の言葉を聞き慌てて持っていた手鏡で自分の姿を確認している。彼女の場合、感情が高ぶると無意識に妖魔化してしまうようだが、たかだか兵士二人の拘束を振りほどくだけなのに天妖のフランシスがそこまで感情を高らせたのかと俺は少し疑問に思った。
「じゃ、じゃあそういうことで。ごめんね」
フランは自分の黒髪を隠す様に両手で頭を押さえると町の出口の方へと走り出した。俺はしばらくの間ボーッと走り去るフランの背中を眺めていたが、スグに我に返ると隠れていた樽から飛び出し慌ててフランの後を追った。
「あ、貴様は! 待て!!」
兵士の一人が樽から飛び出してきた俺に気づき止まるように呼び止めたが兵士長に「かまわん。行かせてやれ」と制止される。納得がいかない兵士二人が兵士長に理由を訊ねるが兵士長は何も答えず走り去る俺たちをただ目で追うだけだった。
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