第4話 旅団の恩恵

 俺は今フランシス、、、、否、フランにぶっ飛ばれて気を失ったキンカクを連れ兵士詰所に来ていた。兵士詰所に向かう際、巨漢のキンカクを担いで持っていくのは大変だからとフロッグスのマスターが縛り上げたキンカクを運ぶため荷車を貸してくれた。


 フロッグスのマスターと二人で荷車にキンカクを乗せている時、フランから「私が持って運ぼうか?」などと冗談を言われた。この時は「女の私でもそれくらい持てるぞ」という意味で皮肉を言われたのだと思ったのだが、後々聞いてみるとどうやらフランはこの時皮肉を言ったつもりなど微塵もなく善意から出た言葉だったようだ。


思い返してみればあの巨漢を素手で吹っ飛ばしていたのだ。夕凪のギフォートの団員、それも二つ名持ちのネームドと呼ばれる連中は身体能力もハンパではないのだろう。


また、兵士詰所では俺が気絶し縛り上げられたキンカクを持って行くとあからさまに迷惑そうな顔をされた。町の厄介者が討伐されたのだ。感謝されこそすれ、迷惑がられる覚えはまったくない。


「貴様、なんてことをしてくれたのだ!!」

「ほぇ?」


兵士詰所にいた五人の兵士たち、その中の一人である四十代後半くらいの五人の中では一番貫禄があり、おそらく兵士長と思われる男が俺に向けて声を荒げる。俺もとっさのことにおかしな返事をしてしまった。


「コイツ、、、、いや、彼は夕凪のギフォートの団長キンカク殿ではないのか!? 夕凪のギフォートの団員であれば英雄として扱うのがこの世界の常識のはず。それを知らんとは言わせんぞ!?」


 フランも所属する夕凪のギフォートという旅団は世界中で多くの功績をあげた英雄たちが集う旅団だ。そのため世界の国々はそんな旅団に所属する英雄たちが一人でも多く自分たちの国を訪れ、そして一日でも長く留まり、あわよくば自分の国の民となってもらおうと画策し多くの国々で彼らを英雄として扱い高待遇をもって受け入れることにしているようだ。


だが、世界の国々は彼ら夕凪のギフォートのメンバーの誰一人として所在をつかめずにいた。そのためメンバーの誰がどこで何をしているのかも把握できていなかった。それどころかメンバーの顔もわからないといった村や町もあり、まさにその一つが俺の住むこのガルザの町なのだ。 ────その結果がこんなゴロツキを英雄として町に住まわせることになったんだ。


「いや、ちょっと待ってくれ。コイツは、キンカクは夕凪のギフォートとは全く関係のないただのゴロツキだったんだ」

「なぁにぃ? き、貴様! 言うに事欠いてキンカク殿をゴロツキなどと・・・・」

「いや嘘じゃないんですって。コイツは夕凪のギフォートの団員でもなければ団長でもないただのゴロツキなんです」


夕凪のギフォートの団長の名はキンカクなどではなくオルベルクだということや、そんな英雄たちが集まって作られた旅団の団長が荷車の上で縛り上げられてるわけないだろとも言ってやりたかったが余計な事を喋るとフランに迷惑がかかりそうだったのでグッと堪える。


「そもそもコイツに町の人たちが苦しめられていることはアンタたちだってわかっていたはずだろ!?」


俺のその言葉に兵士たちは全員唇を噛んで悔しそうな表情を見せた。


  ────もしかすると兵士たちも確証が無いだけでキンカクが旅団のメンバーではないことに薄々気づいていたのかもしれない。だが、万が一もあってキンカクたちに手を出せないでいたのではないだろうか。


などと、一瞬でもそんな事を考えた自分の浅はかさを俺はすぐに恥じることになった。


「そんなことどうでもよいのだ!!」

「え・・・・?」

「だから、そんなことはどうでもよいのだ!!」


何がそんな事なのか、そして何がどうでもよいことなのか、俺は兵士長の言葉の意味がわからず言葉に詰まる。理解が遅い俺を見た兵士長は大きな溜め息を一つ吐くと呆れたような顔で言葉を続ける。


「よく聞け。このキンカクという男が本物かどうかなど最初(ハナ)っからどうでもよいことなのだ。大事なのはこの男が夕凪のギフォートの団長として町にいてくれたことなのだからな」


ますます意味がわからない。俺が「それはどういうことか」と聞く前に兵士長の男は自分の言葉の意味を説明した。


「ようするにだ。この男が本物でも偽物でも『この町に夕凪のギフォート』がいるという事実が必要だったのだ」

「・・・・なんでそんな、、、、」


兵士長の言った言葉の意味をやっと俺の頭が理解すると俺はそう返すのがやっとだった。


「この男が夕凪のギフォートの団員でいてくれればここガルザの町に国から補助金が出るのだ。もちろんその金は町の平和維持という名目で俺たちがいただいていたがな」


兵士長を含め五人の顔からは『正義を守る町の兵士』や『住民に愛される兵士』といった化けの皮が剥がれ、皮の下から薄気味悪い笑みが漏れだしていた。


「そんなバカな話があるもんか。国がそんなことで騙されるわけが・・・・」

「あるんだよ!!」


兵士長が俺の言葉を遮るように言葉を重ねた。


「それだけ国も夕凪のギフォートの名前を欲しているってことさ。もう百年以上も昔の今では存続してるかどうかもわからない御伽噺に出て来る旅団の名前をな!!」


その言葉を聞き、俺は全身の力が抜けてしまいその場に座り込んでしまった。またそれと同時に怒りも湧いてきた。俺が憧れた夕凪のギフォートをフランシスを侮辱したコイツを一発殴ってやらないと気が済まない。


俺は拳を握りキッと目の前にいる兵士長を睨みつけると、さっきまで薄気味悪い笑みを浮かべ俺を馬鹿にするように笑っていた兵士長の右手には腰に差した剣が握られていた。


「何する気だ!?」

「何をする気って、わかっているだろ? お前は知りすぎた。そんなお前を無事に帰すと思ったのか?」


 自分からベラベラ喋っておいて知りすぎたもないもんだと兵士長の理不尽さにますます腹が立ったが、今はそれどころではない。俺はこのままここでヤラれるわけにはいかないのだ。コイツらのことをフランに伝えなければならない。噓が苦手なフランではコイツらに目を付けられ正体がバレてしまうのも時間の問題だろう。コイツらがフランのことを知ったら何をしでかすかわからない。


だったらせめて俺は命に代えてでもフランを、否、子供の頃からずっと憧れていたフランシスをすぐにでもこの町から逃がさなくてはという使命感に駆られるとすぐに立ち上がり詰所にある椅子や箒、そして花の供えられた花瓶など目に付いたありとあらゆるものを手に取り兵士たちに投げつけた。


「うわっ」

「貴様何を、、、、うわぁ」

「やめんか!!」


兵士たちが怯んだ隙に俺は詰所の部屋を出た。部屋を出ると扉の前に重ねられて置かれていたズタ袋に目が行く。ズタ袋の少し開いた口から白い粉のようなものが入っているのが見えたので俺は一袋手に取ると扉を開き俺を追うために出て来た兵士たち目掛けてぶちまけてやった。


「ゴホゴホッ くそ、石灰か」

「目が開けられない」

「くそ、絶対逃がしてはならんぞ!!」


俺は詰所を出るとフランのいるフロッグスへ向けて全速力で走った。

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