第3話 二つ名を持つ英雄

 フランたちがいる方を見ることができず目を逸らしていると「どこ行きやがった!?」というキンカクの怒鳴る声が耳に入ってきた。俺は恐る恐るキンカクたちがいる方へと目をやるがそこにフランの姿はなく、そこにはキンカクが振り下ろした鉈でできた穴の開いた床とキョロキョロとフランを探すキンカクたちの姿があるだけだった。


「出てこいクソガキ!!」

「どこ行きやがった!?」


キンカクの後ろで威勢よく怒鳴っている子分たちだったが、彼らの顔からは不安の色が読み取れた。


「ねぇ。食堂でそんなもの振り回したら危ないよ? ここはご飯を食べるところなんだから」


声がする方を見ると、いつの間にかキンカクたちの背後にあるカウンターの端に座って美味しそうに骨付き肉を食べているフランの姿があった。骨付き肉を食べ終わるとフランはカウンターから立ち上がりスタスタと俺たちが食事をしていたテーブルへと向かいテーブルの上に載っている料理を再び食べ始める。────どんだけ腹減ってたんだよ。


俺がさっきまでの感じていたキンカクたちに対する恐怖をマイペースなフランが打ち消してしまいこんな状況にも関わらず俺はプッと吹き出し笑ってしまった。俺の笑いでプライドが傷ついたのか、はたまたマイペースなフランに対し怒りが頂点に達したのかはわからないがキンカクは真っ赤な顔で鉈を握りしめフランがいるテーブルへと向かう。


「嬢ちゃん、やりすぎたな。お前は本気で俺を怒らせちまったようだ。この夕凪のギフォート団長であるキンカク様をなぁ!!」

「ふぁはら、ふぁんひょうはおふふぇふふだって・・・・」


口いっぱいに飯を詰め込んで喋るフランに我慢の限界がきたキンカクは持っていた鉈を料理が載ったテーブルへと振り下ろす。テーブルは載っていた料理を床へと撒き散らし真っ二つに割れてしまった。


「・・・・ねぇ」

「え!?」


普段のフランからは想像もできないような殺気を帯びた冷たい目が突き刺すようにキンカクを睨む。目の錯覚だったのか、俺には一瞬フランの銀髪が黒くなったようにも見えた。


さっきまで椅子に座っていたはずのフランがいつの間にか立ち上がっていた。俺はずっとフランの方を見ていたが立ち上がるところを見なかった。否、見えなかった。だがフランはいつの間にか立ち上がり、そしてキンカクとの距離を詰めていたのだ。


「お、、、、あう、、、、」


キンカクが何か喋ろうとしているようだが言葉にならないようだ。その時のキンカクは俺の目には怯えているように見えていた。あの夕凪のギフォートの団長であるはずのキンカクが震えているのだ。


一流の武道家や冒険者は対峙するだけで相手との力量がわかるというがキンカクと今のフランがそんな感じなのだろうか。武術や剣術など護身用程度にしか身につけていない俺にはよくわからない。だが、今のフランはそんな俺でもわかるくらい異様だ。


「ねぇ。どうすんのこれ? 私のご飯なんだけど」

「あ、あぅ」


もはや会話すらままならず立ち尽くしているキンカクにしびれを切らしたのか、キンカクの子分たちは「やっちまぇ!」とか「夕凪のギフォートをナメたらどうなるか教えてやってください」とか無責任な言葉をキンカクに投げつける。どうやら彼らにはキンカクが怯えて立ち竦んでいることがわかっていないようだった。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」


子分たちの目もあってか引くに引けなくなったキンカクがフランに向けて手に持った鉈を振り回す。しかしフランはそれをすべて紙一重の距離でひらりひらりとかわしていった。鉈とフランの距離はほんの数ミリだが力の差はかなりあるように俺には見えた。


「へへ、あのガキ素早さだけは一人前らしいがアニキの剣技に避けるのがやっとのようだ」

「いや、あれはアニキがわざと当てず遊んでいるんだ。避けるのに疲れて諦めたところでアニキはイクつもりだ。あいかわらずアニキは鬼畜だぜ」


    ────わざと当てず?


本当にそうだろうか。俺には逆にキンカクがフランに遊ばれているようにすら見える。だが、そんなことを考えているうちにあっけなく決着はついてしまった。


いくら自慢の鉈を振り回してもフランに当たらないことにキレたキンカクが鉈を振りかぶった瞬間、フランが凄い速さでキンカクの懐に飛び込むと掌をキンカクの腹に当てた。すると次の瞬間、キンカクが店の扉を突き破り店外へと吹き飛んでいってしまったのだ。


「あ、まただ・・・・」


キンカクを一撃で吹き飛ばしたフランを見ると自慢の銀髪がさきほどのように黒くなっている。どうやら目の錯覚ではないようだ。この世界で黒髪というのは見た事がなく珍しくはあったのだが、俺はそんな珍しい黒髪を持つ人物に一人だけ心当たりがあった。


「・・・・天妖のフランシス」

「えぇ!?」


俺が口をついて出てしまった言葉に驚いたのはフランだった。こちらを見たフランの目は髪同様に黒く少し恐ろしくもあったのだが、俺の言葉に慌てふためいている姿は出会った時のフランのままだった。


「な、なにかなぁ・・・・。天妖のフランシスって。私はフランで普通の人間で旅人なんだけどなぁ」────どうやら嘘を吐くのは苦手らしい。

「もういいって。ボソッと口をついて出てしまった言葉にそこまで反応されたらバカでもわかるよ」

「えぇ~・・・・」


俺は「ハァッ」と一つ大きく溜め息を吐きフランを見た。


「天妖のフランシス。フランお前は夕凪のギフォートの団員、それもネームドと言われる二つ名持ちの大物だったんだな」

「うぅ、おかしいな。変装は完璧のはずだったんだけどどうしてバレたんだろう」

「そりゃぁお前、あんな綺麗な銀髪が一瞬でそうなればバレて当たり前だろ」


フランはキョトンとして首を傾げる。そしてすぐに「あっ」と声を発し慌てて自分の長い髪を手で掴むと自慢の銀髪が黒くなっていることを確認した。


「うぅ、普段は多少力を使ってもこの程度の奴に妖魔化することはないんだけど、今日は私のご飯をダメにされてついカッとなっちゃったから・・・・」


 天妖のフランシスはいろいろな種族が所属する夕凪のギフォートに初期からいる人物と言われている。自由奔放な性格と噂されるフランシスの逸話にはいろいろあって彼女は冒険者で世界中を旅して回っているとか、トレジャーハンターとして宝を探し回っているだとか、果ては酒場のウエイトレスや貴族のメイドをやっているなんて話もあったくらいだ。


フランシスの噂は数多あれど彼女に何か迷惑をかけられたという話は一切聞いた事がない。それどころかフランシスは困っている人がいれば迷うことなく手を差し伸べお礼も受け取らず次の日にはその町を去っていったという話をよく聞いたものだった。


多くの英雄が所属する夕凪のギフォートにおいてフランシスは俺が一番尊敬する人物でもあった。だが最近ではキンカクたちのような夕凪のギフォート、否、夕凪のギフォートを騙るゴロツキが増えたこともあり俺は逢った事もないフランシスにさえ失望してしまっていた。あれほど尊敬し憧れていたのにだ。


「フランシス、本当にごめ、、、、って、あれ?」


俺は勝手に失望していたことを目の前にいるフランシスに謝ろうとしたのだが、そこにフランシスの姿はなかった。どこに行ってしまったのかとキョロキョロと周りを見回すとフランシスの姿はすぐに見つけることができた。


「このっ!このっ!! アナタのせいで正体バレちゃったじゃない。このっ!このっ!!」


そう言いながら尻を突き出しうつ伏せで気を失っているキンカクの尻をゲシゲシと蹴っているフランシスの姿があった。────正体がバレたのは自分の不注意だろなどとは言えない。


俺はキンカクの尻を蹴っているフランシスの所へと駆け寄ると「町の人たちが見ているから」とフランシスに言い止めに入る。するとフランシスは怒りの矛先をボスがやられて呆然と立ち尽くしているキンカクの子分たちに向け、キッと睨みつける。


キンカクの子分たちは「ひぃっ」と情けない声をあげるとその場から一目散に逃げていってしまった。どうやら本当に彼らは夕凪のギフォートの団員ではなかったようだ。


「うぅぅ、ご飯は腹八分とジイちゃんはよく言っていたけどまだ腹五分にすら達してないよ」


あれだけ食って腹八分にも満たないとか、英雄は胃袋まで規格外なのか。


「しょうがねぇな。うちに来るか? 簡単な料理でよければ出せるぞ」


フランシスは「う~ん」と数秒悩むと「男はみんな狼だとジイちゃんが言っていたから」と、俺の誘いを断ってきた。夕凪のギフォートのメンバーであるフランシスに俺みたいな一般人が何かできるわけない。そもそも魔物や盗賊が跋扈する町の外でおかまいなしに眠れる彼女が何故俺を警戒されているのかが謎ではあるが、「そうか」とだけ言いそれ以上誘うようなことはしなかった。


「だったらうちで食べて行きな!!」


そんな俺たちのやりとりを見ていたフロッグスのマスターが俺とフランに声をかけた。店の中はさっきの騒動で床に穴が開いていたりテーブルが真っ二つに割かれていたりと散々な状態だったが、店を救ってくれた恩人をこのまま帰すわけにはいかないからとフロッグスのマスターが声をかけてくれたのだ。


「ううん、アレは私が勝手にやったことだから。それにお店の床やテーブルも壊して迷惑かけちゃったしお礼を受け取るわけにはいかないよ」

「いんや、お嬢ちゃんには絶対うちで食べて行ってもらう。恩を返せなきゃ客商売をやる資格はねぇってもんだ」

「でも、でも・・・・」


長くなりそうだったので俺が二人の間に割って入る。


「じゃあ俺がフランシスの食事代を払うってのはどうだろう? 元々ここにはフランシスに飯を奢るって話できたわけだし」

「「 それだ!! 」」とは、マスターとフランシス。


俺としても子供の頃から憧れていた物語の英雄ともう少し話をしてみたいという下心があったのはここだけの話。


こうして話がまとまり俺とフランシスはマスターに連れられ再びフロッグスへと入って行った。

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