第2話 夕凪のギフォート

「あ、店員さん。このスープおかわり!」

「はいよ!!」

「あ、これとこれも、、、、ついでにこれもおかわり貰えるかな??」

「はいよ! まいど!! お嬢ちゃん、そんな細い体でよく食うな。うちとしてはありがたいが腹壊さねぇのかい!?」

「うん。大丈夫だよ。私まだまだ腹八分って感じだから」

「ならいいんだけどよ」


 無事ガルザの町に到着した俺とフランだったがフランとは町の入口で別れる事となった。彼女はここまでの旅で手に入れた薬草や鉱石などといった素材を換金するためそれらを買い取ってくれる冒険者ギルドへと行きたかったようだ。


俺は俺で行商で稼いだ売り上げ金を両親が経営する店へと収めに行かなければならない。その後は昼飯を食べに馴染みの酒場『フロッグス』へと行くつもりだったので俺たちは軽く挨拶をして別れた。


 フロッグスはこの町にいくつかある酒場のうちの一つだ。別に町の名物店とかいうわけでもなければ可愛い看板娘などがいるわけでもない。出される料理も普通だ。


だが、どういうわけか長い行商の旅から帰ってくると俺は決まってフロッグスで出される粗野な飯が食いたくなる。行商で立ち寄った村や町ではいろいろな美味い物に出会うのだが、結局このフロッグスの安くて粗野な飯が一番美味いとすら思えるから不思議だ。


『安い』『早い』『美味い』がモットーのフロッグスは正に俺たち庶民の味方だ。また、普通の酒場と違い町で働く労働者や冒険者たちのために昼間も営業しているということもあって俺のような酒の飲めない町の下戸連中も粗野な飯を求めてやってくるため連日大盛況なのだ。


自宅に着くと俺はいそいそと荷物を置き旅で汚れた服を着替える。そして行商で稼いだ金が入っている袋を握りしめると両親が経営する店へと走った。店に着き店番をしていた父親に売上金を渡し旅の報告をすると俺は小走りでフロッグスへと向かった。


今日は何を食べようかと思案しながらフロッグスへ向かっていると、町の広場にあるベンチに俯いて座っている見覚えのある少女を見つけた。この田舎町には似つかわしくない綺麗な銀髪と黒のゴシック調の服を身に纏ったその少女は先ほど別れたばかりのフランだった。


「あれ? どうしたんだ?」


俺が声をかけるとフランはゆっくりと俺の方を向く。俺に向けたその表情からは余命宣告でもされたかのような絶望感が漂っていた。


「あぁ、さっきの・・・・」

「何かあったのか?」

「実は・・・・」


フランから聞いた話によると、どうやら彼女がここに来るまでに採取した薬草やら鉱石といったいろいろな素材を入れていた袋に穴が開いてしまっていたらしく換金するつもりだった素材を失ってしまったのだとか。


そのためフランは素材を換金できず無一文となってしまったらしく飯も食えずベンチで途方に暮れていたらしい。


「それは災難だったな。まぁ袖振り合うも他生の縁と言うし飯くらいなら奢ってやるよ」


グーグーと腹を鳴らし悲しそうに俯く少女がいたたまれなくなり俺が飯に誘うと、それまでこの世の終わりみたいな顔をしていたフランがパァッと満面の笑みを浮かべる。


「いいの!? 私お金ないよ? 後で返せって言われても返せないよ!?」

「飯くらいいいよ。知らない仲でもないし」

「さっき知り合ったばかりの私にご飯奢ってくれるなんてアナタ良い人なんだね。アナタの名前も忘れちゃったけど良い人ってことは覚えたよ」

「忘れるの早すぎるだろ!? 飯屋に着くまでに脳みそフル回転させて思い出せ」


行き倒れになっていた所を助けた恩人の名前を忘れるのもどうかと思うが相手は子供だし気にしないでおこう。




  ─────と、まぁこんな感じで俺とフランは別れてからすぐに再会することとなり冒頭の今に至るわけだ。




「ねぇ店員さん! 店員さんってば!!」

「おう、どうしたお嬢ちゃん?」

「さっき頼んだパンの上にチーズが乗ってるやつ、まだ来てないんだけど?」

「わりぃわりぃ。すぐ持って来るからちょっと待っててくんな」

「急いでね」


 本当にこの細い体のどこにこれだけの量の飯が入っているのかと不思議に思いながらフランを見ているとフランは皿に入ったスープをズズズッと音を立てて飲み干し俺を見た。


「食べないの? えっと・・・・」

「カイだ」

「そうそう、そうだった。カイだった」

  ────コイツ、本当に忘れていたのか。


俺はハァッと溜め息を吐くと俺に気にせず食事を続けるようにと手で合図を送る。俺の合図で再びフランはテーブルの上に所せましと乗せられた料理を食べ始めるとフロッグスの扉がバタンと勢いよく開いた。


「へへへ、よぉ店主。今日も来てやったぜ」


入口の方を見るとガラの悪そうな男五人組が薄ら笑いを浮かべ立っている。

       ────今日はツイてないな。


 俺はその男たちを知っていた。奴らは最近この町にやって来ては好き勝手暴れている無法者連中だ。あいつらには町の兵士たちもビビッて手が出せずにいるのだ。あいつらは普段、冒険者として狩りや冒険に出ているためフロッグスには日が暮れてから来店するはずなのだが、今日はどういうわけかいつもより早く来てしまい鉢合わせてしまった。


「(おいフラン。フラン)」


俺は小声で食事に夢中になっているフランを呼ぶ。骨付き肉を両手に持ち口いっぱいに詰め込んだ料理をムシャムシャと咀嚼しているフランが俺の呼びかけに気づき「ふぁに(何)?」と答える。


「店を出るぞ。厄介な連中が来ちまった」

「ひゃっはい(厄介)な・・・・もぐもぐ・・・・ふぇんひゅう(連中)?・・・・もぐもぐ・・・・」

「あぁ、店のカウンター席のとこ見てみろ。あの五人組だ」


俺は奴らと目が合わないようにフランの顔を凝視しながら話す。目が合ってしまえば最後、何をされるかわからないのだ。以前にも奴らと目が合ったというだけで腕を斬り落とされてしまった人がいた。そのため奴らと出会ってしまったら気づかれる前に身を隠すか不運にも気づかれたら道の端に避け王族の馬車が通る時のように地面に伏してやり過ごすしかない。


「ふぅん。でも私まだ食事中だし。今店出ちゃったらテーブルの上の料理はどうなるの?」

「いやそれどころじゃないって。飯なんか俺の家で好きなだけ食わせてやるから。とにかく今はすぐにでも店から出るぞ!!」

「えぇ!? でもうちのジイちゃんが男はみんな狼だから誘われてもついて行ってはダメだって」


道端で無防備にスースーと寝息を立てて寝ていた奴が何を言ってんだと言ってやりたいが今はこの世間知らずと言い争っている場合ではない。俺は食べる手を止めないフランの腕を無理矢理掴むと慌てて店の入口へと走った。


「よぉ、兄ちゃんたち。俺たちが来たってのにそんな急いでどこ行くんだ?」


扉まであと少しというところで俺とフランは無法者の一人に呼び止められる。俺たちを呼び止めたのは無法者たちのリーダーであるスキンヘッドの男だった。リーダーの男は背に大きな鉈のような武器を持っており名をキンカクという。


「なぁそんな慌てて出て行くこともねぇだろ。ただでさえこの店は客もいないんだからもっとゆっくりしてけばいいじゃねぇか。なぁ、そうだろ店主?」

「・・・・はい」

「え?」


俺は周囲を見回す。さっきまで満員御礼状態だったはずだが、今では店の中には数人の客しかいない。その数人も俺やフランと同じく逃げ遅れた者たちだろうか、彼らも店を出る機を窺っているようだった。


「うほっ、よく見りゃ兄ちゃんが連れてる女かなりのべっぴんじゃねぇか。よぉネーちゃん、こっち来て俺たちに酌の一つもしろや。店主、何やってんだ!? 酒だ、酒もっと持って来い!!」

「か、かしこまりました」


店主はカウンターの中にある酒樽からジョッキに酒を注ぎ急いで男たちのところへと持って行った。


「そうじゃねぇだろ。樽ごとだ。酒樽ごとよこせ!!」

「そ、そんな!! それでは他のお客さんに出す酒が無くなってしまいます」

「うはは。面白いことを言うな店主。他の客なんてどこにいるんだ!?」


店主と無法者たちがやりとりしている間にさっきまで店内に残っていた数人も無事逃げ出せたようだ。────俺もなんとか隙を見て店から出ないと。


「それで話を戻すが、ネーちゃん俺たちに酌をしろ」

「あふぁふぃいふぁたふぇふぇるふぁふぁふひ(私今食べてるから無理)」

「あぁん? 何言ってんか聞こえねぇよ。飲み込んでから喋りやがれ」


フランは男たちに囲まれても全く動じないどころか俺に引っ張られ席を立った時に手に持った料理を立ちながら食べていた。フランは口の中の料理を飲み込むと自分は今食事中だから相手をできないと伝えた。


「ネーちゃん、イイ度胸してるな。俺たちが誰だか知らねぇわけじゃねーだろ?」

「ふぃらふぁいよ(知らないよ)」

「なんだネーちゃんはこの町初めてなのか? 知らねぇならよく覚えておけ! コイツらは旅団【夕凪のギフォート】の団員なんだぜ」


リーダーのキンカクが自分以外の四人を指差すと四人は気味の悪い笑みを浮かべ俺とフランを見る。そしてキンカクは握った拳の親指を立て自分を指差すと「そして俺が夕凪のギフォート団長のキンカクだ」と名乗った。


「ゆふはふぃのふぃふぉーふぉ?」

「あぁそうだ。俺たちがあの最強の旅団夕凪のギフォートの団員よ。俺たちに上等かましたらガキでも女でも容赦しねぇから覚えておけよ? というか、まず食うのをヤメねぇか!!」

「もぐもぐもぐもぐ・・・・・」


いつの間にかフランは別の料理が乗った皿を左手に持ち右手に握られたフォークを使い料理を食べていた。そしてキンカクの注意を聞く気はないのかフランは食事を止めようとはしなかった。


 【 夕凪のギフォート 】 この名前を知らない者はこの世界にはいない。だが、それと同時に彼らについて詳しく知る者もいないのだ。子供の頃、寝物語に母から聞かされていた夕凪のギフォートはこの世界を支配しようとしていた魔王を倒しただの、対立する国々の戦争を終結させただの、突然村を襲ったドラゴンを退治しただの、未踏破のダンジョンを攻略しただのというにわかには信じられないような英雄譚ばかりだった。


行商先の村や町でも似たような話を聞いたりしたものだが、そのどれも俺と同じく人づてに聞いたものだったり噂を耳にした程度のもので俺に話をしてくれた人たちも旅団について詳しくはわからないというものだった。


そんな得体の知れない旅団だが、俺に話してくれた人たちは一つだけ全員が同じことを言っていた。



『夕凪のギフォートはどんな種族も受け入れている』



夕凪のギフォートには人族や獣人族、それにエルフやドワーフといった種族もいるらしい。そもそもこの世界に存在する【 旅団 】というものは生活スタイルや文化の違いから内部の争いを避けるため同じ種族同士で作るのが普通だ。それを種族関係なく受け入れているのが夕凪のギフォートという旅団なのだ。


そんな夕凪のギフォートに子供の時の俺は憧れたものだったが現実はこのザマだ。奴らは旅団の名前を使いやりたい放題、気に入らなければ女や子供であっても容赦しない。最近では行商で訪れた村や町でも旅団の悪い話ばかり聞くようになり子供の頃の憧れは無残に打ち砕かれ怒りすら込み上げてくるほどだ。



「違うよ」


フランの声で俺は我に返る。


「違うって何がだ?」


フランの発言に意表を突かれたキンカクは少し驚いた顔でフランを見る。


「夕凪のギフォートの団長はオルベルクだよ。それにそっちの四人もおじさんも夕凪のギフォートの人じゃないよね?」

「「「 な゛!!? 」」」


キンカクたちは驚いた顔でフランを見た。すると突然、キンカクが拳で近くにあった店のテーブルを叩き割りガッツポーズをするように太い腕をフランに見せつける。


「テメェ、これでも俺たちが嘘言ってるってのか!?」

   ・・・・・もぐもぐもぐもぐ

「食うのをヤメねぇか!!」とは、キンカクの子分たち。


そんな注意も無視して相変わらずフランは食べる手を止めない。


「まぁいい。俺たちは最強を目指し立ち上げられた旅団、夕凪のギフォートだ。理解できねぇなら死んであの世で後悔しろや!!」


キンカクは背負っていた大きな鉈を手に持ちフランへと振り下ろした。俺はその時、斬られるフランを見ていることができず顔を逸らし目をつぶる事しかできなかった。

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