曙光の翼

@etoilette

第1話 得体の知れない銀髪少女

 彼女と出会ったのは行商の仕事を終え俺が住むガルザの町へと戻る途中のことだった。道に生えた大きな木に寄りかかり眠るその女は年の頃で言えば15~18といったところで、こんな田舎では珍しい綺麗な銀髪と見目麗しい彼女には似合わない黒い剣、そして貴族が着ているような黒いゴシック調の服を身につけていた。


 俺は声をかけるか迷った。というのも、もし彼女がどこぞのお貴族様などであれば面倒な事になるかもしれないと思ったからだ。


以前、俺の住んでいる町にお貴族様が来た時などは彼らが乗る馬車の前を子供が横切ったという些細な理由で子供と一緒に買い物に来ていた母親共々その場で拘束され連れて行かれてしまったのだ。


   ────触らぬ神に祟りなし。


 木に寄りかかり眠っているその娘は旅の途中で行き倒れた可哀想な娘なのだ。息もしていなければ心臓だって止まっている。もう手遅れなのだ。俺は自分にそう言い聞かせると彼女を見ないように俯き、彼女の前をいそいそと通り過ぎる。


「う、、、、ううん、、、、」

「!?」


 俺は足を止めると木に寄りかかって眠る彼女の方を見る。一瞬気がついたのかと思ったが彼女は今も目をつぶっている。


 俺は恐る恐る眠っている彼女に近づくと彼女の口元に耳を近づけた。彼女からはスースーと微かだが寝息が聞こえた。まぁ当然といえば当然だ。彼女を行き倒れた死体ということにして俺が接触を避けようとしただけなのだから。


だが、たとえ相手が面倒なお貴族様であろうと生きている事を確認してしまってはその場に放置しておくことなど俺にはできなかった。


「なぁ、、、、ちょっとアンタ」


 返事がない。

 今度は声をかけながらペチペチと彼女の頬を軽く叩いてみる。


 もし彼女が貴族であれば貴族の頬を平民が叩くなど処刑台送りになりそうだが、医者でも治癒術師でもない俺にはこれが精一杯だ。


「み、水・・・・」

「水? よし、水だな。ちょっと待ってろ!」


命がけ(?)で彼女の頬を叩いたかいもあり彼女が気がついたようだ。


俺は腰に下げた革の水筒の蓋を開け彼女に飲ませた。最初こそ水筒の水を上手く飲むことができず彼女は口から水が溢れ出てしまったが、意識を取り戻した彼女は俺の水筒を両手で掴むと凄い勢いで水筒に入っていた水を全て飲み干してしまった。


「ふぅ。助かったぁ。誰だか知らないけどお水ありがとう」

「気がついたなら良かったデス。俺はカイです。このすぐ近くにあるガルザの町に住んでいる商人でございますです。アンタ様はお貴族様ですか?」


平凡な両親から生まれた俺がお貴族様に対しての礼儀作法など知るはずもない。そんな俺は、とりあえず自分ができうる限り最大限の敬意を払って目の前にいるお貴族様に接しようとした。


彼女はスッと立ち上がると、しばらくの間パンパンと自分の髪や服に付いた埃を払い服装や髪を整えた。それからすぐに自分の目の前に座っている俺を見てニコリと微笑んで口を開いた。


「私は貴族じゃなくて旅人だよ」

「それはちょっと無理があるよ。そんな服装の旅人なんて見たことない」

「わ、私の国では旅人はみんなこの恰好で旅してるんだよ」


どう考えても無理がある。百歩譲ってそういう国があったとしよう。だが、その背中にある黒い剣はごまかせない。こんな剣見たことないが、どう見ても一介の旅人が持てるような代物ではないのだから。


ガルザの町を訪れる旅人や冒険者たちを俺は今まで何人も見たが、彼らが持っている剣は値段にして一本1000~2000ギットそこそこの物ばかりだった。それに比べ彼女が持っている黒い剣は数百万~数千万ギットはするのではないだろうか。


さっき彼女に自分の事を商人などと言ってしまったが、俺は薬師である両親を手伝って二人が作った薬を売り歩いている行商人に過ぎない。なのでそこまで物を見る目が肥えているわけではないのだが、そんな俺でさえ彼女が持っている剣が高価であることは理解できる。


だが、俺はこれ以上突っ込んで彼女の素性を聞くような真似をするつもりはない。


なぜなら、十中八九お貴族様であろう彼女の素性を暴いたとしても後に待っているのは確実に厄介事だからだ。であれば、今ここでの正解は知らないふりをすることだろう。


「そうなんですか」

「そうだよ。だから敬語とかいらないから普通に喋っていいよ」

「わかりました」

「あはは。だから敬語はいらないって」

「ははっ、、、、 んじゃとりあえず俺の住んでる町まで案内するよ。えっと・・・・」

「あ、自己紹介がまだだったね。私はフラン。世界中を旅して回ってる旅人だよ」


 ────町まで送るだけ。送ってすぐに別れればいいんだ。


『フラン』という貴族の名前は聞いた事がない。おそらく偽名だろう。貴族という連中はお忍びの時よく偽名を使うのだ。何か無礼があって怒らせても面倒だと思った俺は町に着いたらすぐに彼女と別れることにした。


「じゃあフラン、町までの短い間だがよろしくな!」

「うん。よろしくね」


こうして俺はフランと共にガルザの町を目指し歩き始めた。

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