終章

47.『硝子瓶』

 傷は肝臓を貫いてはいたものの、太い血管を奇跡的に外していた。

 止血処理の縫合のみで済んだ手術は、パトリツィア、キノミの協力で無事に終わりを迎えた。執刀時間は、三時間と半分だった。


 問題は血を流し過ぎたこと。輸血は南部のオウルベルクの街で絶望的に思えたが、キノミとライアスの奮闘によって、規定量の血液が集まった。もちろん、血の型が同じだったレクシスも輸血に協力した。ジェラルドは無事に目を覚ますだろう。


『私は、その正体を知っている』


 ──最後のあの言葉の意味を、聞き出さねばならない。

 これで全て終わったとは言えない。エンィルエンザと銀糸病の合併症は、エンィルエンザの薬のお陰で致死の病になることは免れた。


 しかし、まだ銀糸病の創薬の作業が残っている。

 手がかりは見つかった。タリゥムの用意した書物の中に銀糸病に効能のある薬草が見つかったのだ。ライアスと商会は協力して薬草を取りに行ってくれている。

 確実に、創薬は進んでいる。

 そして、今日はマティアスが目覚めてから最初の診察だ。


 レクシスは薬液の硝子瓶を見つめて、首を傾げる。


「……そういえば、このラベルの文字」


 筆跡に見覚えがあった。


「シミュラ先生?」


 ノックと同時に、部屋にパトリツィアが入ってくる。


「時間ですよ。マティアス君がお部屋で待っています」


「うん、今行くよ」


「……緊張、していませんか?」


 コトリ、と硝子瓶を置く。すでにレクシスの興味からは外れていた。


「緊張しているように見えるかな?」


「ええ、とても」


 パトリツェアは相も変わらず冷静だ。


「じゃあ、大丈夫。医者に緊張は不可欠だからね」


 少し微笑みを作って、


「どうかな? まだ緊張してるように見える?」


 鼻で息を吐きだして、彼女は胸の真ん中に人差し指を突き付けた。そして凍った瞳をこちらに向ける。


「『友好の証にハグでもしようか』」


 ……ん?


「『北部の世俗的な風習なんだ』」


 ちょっと待て、何でパトリツェアがそれを知って、


「『もちろん、パトリツェアとも毎回しているよ』」


 なんてことだ。


「キノミさんから聞きました。では、弁明を聞きましょうか?」


「っ、早く診察に行くぞ、パトリツェア!」


 慌てて逃げ出したレクシス。閉めた扉の音が床板を揺らした。


 大きなため息。

 パトリツェアは直前までレクシスが弄っていたものを見る。

 机に置かれた硝子瓶は、陽の光に照らされて、きらめいていた。

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アルミオシオンの医術師 紅葉 @kiaka

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