1-1 憂鬱な夜会
この世界がとある小説の中の話だと気づいたのは、私の夫であり侯爵家当主、アーグレイと初めて執務室で対面したときだった。
原作小説「冷徹王と棘薔薇」の主人公のダイアは、侯爵と政略結婚したものの馬が合わず、なんとか彼に気に入られようと試行錯誤するも何もかもが上手くいかない。
侯爵が気に入るであろう女性を先回りして始末し、挙句の果てに禁忌である魅了魔法に手を出し、その魔法によって廃人と化した侯爵とともに王宮の地下牢に監禁されて処刑される……そんなエンディングを迎える。
彼と死ぬまでずっと一緒、と言えば字面だけは良いが、そもそも禁忌魔法を使ったせいで犯罪者となるし、死刑宣告で侯爵と横並びで断頭台に連れていかれる。
なぜこんな幸せもへったくれもないエンディングなのか。それはこれが、バッドエンド愛好家の友人が執筆した、同人小説だからだ。
――なんでこんな同人小説に転生しちゃったのよ!
異世界に転生したという時点で頭がこんがらがっているのに、それがどうしてこんな救いも幸福もない小説なのだろうか。
では転生した今もう別に侯爵といる必要はないのだから、悪女みたいな見た目も行動もやめて、目立たないように生きれば良いのでは……そうも思ったが、そういうわけにはいかない設定がある。
主人公ダイアは侯爵の妻という立ち位置を手に入れるのに、かなりの労力と”犠牲”をつぎ込んだらしい。それゆえ周りの家からとんでもなく恨みを買っている。
そんな状況でしおらしく「以前の私が悪かったです……」なんて言えば、恨みを持つ家から反撃を食らうに違いない。それこそ過去の過ちをあげて私を断罪しにかかるだろう。
侯爵もほぼ無理やり政略結婚させられたため、ダイアを守ることは十中八九ない。
つまり、実家の権力と現家の権力を振りかざし、隙を見せない傲慢な悪女でいることが、ダイアにとって命を守る唯一の方法なのだ。
「ただ、この部屋にいるときだけは、そうじゃなくてもいいのよね……」
ドレスの皺も気にすることなく、私は身じろぎして仰向けになる。煌びやかなシャンデリアが眩しくて、目をつむった。
悪女をやめられないダイアだが、唯一自室であるこの部屋だけでは、素の自分らしくいられるのだ。作者である友人から聞いたから間違いない。
侯爵の屋敷の中にダイアの部屋を作る際、ダイアはたった一つだけ注文をつけたらしい。
それは、壁一面に魔道具を埋め込む、ということ。
そうすることで、防音にもなり、盗聴盗撮といった変な細工をされればすぐに気づく仕様となっているのだ。
私は目を開く。温かみのある蠟燭の炎を煌めかせた、ただ豪奢なシャンデリアが目に入るだけ。
シャンデリアの中央に垂れさがるシャンデリアパーツ、これが温かみのある蠟燭の色を反射せず、青色の光を湛えていたら、何か細工がされた証拠となる。
ふう、と私は息をついて再び目を閉じる。
もうこのまま寝てしまいたいが、今日はこれから夜会がある。
思いっきり悪口を伝えた侯爵ともう一度会うのは気が引けるが、体調が悪いと言って休もうものなら、すぐさま刺客がおくられて”不慮の事故”とされてしまうのだから、出席するしかない。
「もう、どうにかならないかしら……これ」
ふるりと頭を一度だけ振って、窓を見る。日が傾いてきていて、もうそろそろ準備を始めないと夜会に間に合わない。
悪女は、自分が一番目立つだろうときに到着して、堂々たる姿を見せないといけない。悪女は弱みを見せてはいけないのだ。
先ほど姿見で自分の姿を見たとき、アイラインが少し滲んでいたし、白粉が少し崩れていた。化粧を直して最高の悪女にならなければ。
もう一度息を吐いてから、身を起こす。
ちょうどその時、扉がノックされた。きっと先ほどメイドに頼んだ水だろう。
「入りなさい」
声を低くし眉間に皺を寄せて、私は応えた。
悪女をやめられないなら、せめて断罪だけは回避したい はまよつ @HM4T
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