ラブコメは私のうしろで起きている!
渡貫とゐち
姫じゃなくてメイドなの!?
「リズお嬢様、着替えのお手伝いに参りました」
「ええ、お願いするわ、エルマ」
音もなく扉を閉めたメイド服の少女が、私の体に優しく触れる。
エルマとは小さい頃から一緒にいる幼馴染の関係だった。昔は私も、この国の姫を背負うという立場もなく、エルマと同じ立場で遊ぶことができたのだけど……そうもいかなくなってしまった。私には何人もの護衛がつくし、エルマのような女性のメイドたちにお世話されている。
お父様の意向のため、蔑ろにはできなかった。
「きつくないですか?」
「胸が、ちょっと……」
「また大きくなったのかもしれません。替えを持ってきますね……ついでにサイズを計ってもよろしいでしょうか?」
「いいけど……」
少々お待ちください、と言い残してエルマが退出すると、扉の向こうから話し声が聞こえてきた。声を押し殺しているけど、周りが静かだからよく聞こえるのよね……。
声を聞いていると、エルマが呼び止められて困っている様子だった。
『ダメです。今は、リズお嬢様を待たせてるから――』
『仕事が終わった後でいいから、ご飯でも食べにいきませんか? ダメ? もちろん俺がぜんぶ奢りますし、夜遅くなっても城まで送り届けるつもりですので』
『いえ、仕事が、忙しくて……って、あなたも護衛のお仕事がありますよね!? 門番は夜間も非番扱いだった気がしますけど……』
『もちろん、出動を要請されたら仕事を優先します。その時は……エルマさんとの食事は途中で切り上げることになっちゃいますけど……そうなってもちゃんとぜんぶ奢るから安心してください! だいじょうぶ、やっとこの仕事につけた新人ですけど、お金の蓄えだけはたくさんあるので! エルマさんに貢いで破産するほど、後先考えていないわけじゃないんですっ』
『お金の管理は……もちろんしてほしいですけど……』
『あ、それともエルマさんに渡しておいた方がいいですか? 将来的にはエルマさんに管理してほしいし、自由に使えるように考えてますけど……』
『そ、それって、その…………ッ、――バカ!』
たたたっ、とエルマの足音が遠ざかっていく。
……私の部屋の前で、なにを口説いてるのよと文句を言いたくなるけど、今に始まったことじゃないのよね……。
ゆっくりと扉を開けると、軽薄そうな男が立っていた。騎士であり私の護衛のひとりであるクランクだ。彼は私を見て、「よっ」と片手を上げて挨拶をしてくる。
……いや、いいけどね。
こっちはお姫様よ敬いなさいよなんて乱暴に言う隣国の姫じゃないし、別にいいのだけど、それでも親切心で教えておくと、他の護衛がいる時にはしない方がいいわよ?
特に護衛団長の前でやればぶん殴られると思うけど。
「……私じゃなくてメイドが好きなの……?」
「リズ様をそういう目で見たことないですけど」
「魅力がないってこと……?」
彼は目を逸らしながら言いにくそうに――
とかの配慮は一切なく、私の目を真っ直ぐに見て言いやがった。
「ないっす」
「あぁこら」
「そういうとこなんすよ。男を睨みつけて詰め寄りながら、壁まで追い込んで半裸で迫ってくるって、姫じゃなくても引くんすよマジで」
「ドキドキしろよぉ!!」
「もう無理ですって。だって俺にはエルマさんという天使がいますから……。それでその、リズ様……そろそろ離れてくれませんか? これ、エルマさんに見られて誤解されると厄介というか、俺が嫌なんですけど……」
「……エルマと私の違いって、なに?」
「品ですね」
「じゃあもう勝てないじゃない!!」
「そりゃそうでしょ。エルマさんの品は世界一ですから。だけどリズ様、リズ様にはリズ様の良いところがあるんです。リズ様のその大きな胸はエルマさんにはないものです。そこだけは自信を持っていいと思いますよ。
俺は貧乳派――エルマさん派なので、リズ様の胸には一切なんの欲情もしませんが。……世間一般の男性なら、リズ様が胸を見せれば一発で落とせると思います。だから元気だしてください」
「胸しか良いところがないみたい……」
「他にもありますよ。どこがどうとは言えませんが」
「うわぁん!」
彼の胸板に顔を押し付けてなぜか出てきた涙を拭っていると――――
「なにをしているのですか?」
冷たい声が聞こえて横を向けば、エルマが着替えを持って立ち止まっていた。
「え、エルマさん……、いや違うんですよこれはリズ様がご乱心で、」
「私のせいにするの!? 護衛が姫を盾にするとは何事よ!」
「あんたが絡んできたんでしょうが!」
あんた!? こいつ私のことをあんたって呼んだけど!?!?
「……クランク様、原因どうあれ、リズお嬢様にそういう口の利き方は……」
いつも以上に無表情だけど、声色から怒っていることは確かだった。
ぷんすか、ではなく、仕事としての説教も混ざっていた。多分に私情も含まれていて、不満、不機嫌が、逆にエルマの表情を笑顔に変えている。
「気を付けます、すみません、エルマさん」
「はい。気をつけてください。それとクランク様。……貧乳派だったのですね。だからリズ様ではなくわたしを……なるほど、納得しました。
確かにわたしの胸は細道でも引っかかることなく通れてしまいますし、おかげで狭い通路の掃除も楽にできます。便利なんですよ、胸が小さいというのは」
肩を震わせながら、うふふ、うふふふ、と、便利であることを喜んでいる笑みではなかった。
……エルマって、胸が小さいことを気にしていたっけ? 確かに大きくなる私の胸を見て「憧れます」とは言っていたけど、その都度、私も「胸が大きくてもデメリットの方が多いわよ」と愚痴をこぼしていたはずだけど……
共感してくれながらも、内心ではマウントを取られている、と嫌がっていたのかな……?
「小さいのが魅力的なんですよ、エルマさん!」
「クランク様は黙っていてください。あと持ち場に戻りなさい。クランク様の担当はここではないはずですけど」
「でも……っ、本当にエルマさんの胸は魅力的だということを証明したいですっ、このまま引き下がることはできませ、」
「わ、分かりましたからっ! クランク様がわたしのことを好きで好きで仕方ないことは伝わっていますから、今はご勘弁を!
ち、ちいさい胸に、コンプレックスを持っていますけど……クランク様のおかげで、その、嫌では、なくなっていますから……今は、仕事をさせてください……」
エルマの言葉は次第にぼそぼそと聞き取りづらくなっていくけど、クランクは最後まで聞き取れていたようだ。
「はいっ、分かりました! ではわたくし騎士クランクは、持ち場に戻り仕事にまい進したいと思います! エルマさんとの食事、楽しみにしていますので――では!!」
スキップで持ち場へ戻るクランクの背中を見送る。ふたりでの食事を勝手にOKしてるけど、エルマ的にはいいのかな? と横を見れば、
「…………」
私の着替えで口元を隠し、女の顔になっていた。
嫌ヨ嫌よと言いながらも、エルマもクランクのアプローチに本気で嫌がっていたわけではないのね。まあ、あれだけ言い寄られたら……。
男慣れしていないエルマはすぐに落ちてしまうかも。エルマも、突き放しながら、尻尾を振ってアプローチしてくるクランクを見て楽しんでいる節もあると思うのよね……。
「エルマ、着替え」
「あっ、はい、リズ様!」
……まったく。
私のうしろで、こそこそとラブコメしてるんじゃないわよ。
こっちは姫として、政略結婚が八割がた決まってるようなものなのに……。
「リズ様も、良い人と巡り合えるといいですね」
「…………ええそうね」
それは、エルマからの数少ないマウントだった。
胸が小さい分、自由恋愛してるでしょ? ――と。
着替えを手伝ってくれるエルマが私の胸に触れた時、彼女は私を見てふっと微笑み、
私も笑顔で返したけれど、なんだか負けた気がしたのだった……。
…了
ラブコメは私のうしろで起きている! 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます