第4話

 放課後を告げるチャイムが鳴った。ドキドキ緊張しながら登校したものの、結局最後まで天音さんからの接触はなかった。


 薔薇色の学校生活が始まると思ったのに、こんなハラハラすることになるなんて。自分の完璧な計画が……。


 どっと疲れが出て肩を落とす。一日緊張していたので、変に力が入っていたみたいだ。


 リュックに教科書を入れて、帰ろうと教室を出たところで、廊下で壁に背中を預ける天音さんの姿があった。

 スマホの画面から顔を上げて、自分と視線が交わる。


「あ、先輩!」


 手を振って寄ってくると、きゅるんとした上目遣いでこっちを見上げる。あざとい。良きです。


「急にすみません。また、相談に乗ってもらってもいいですか?」


(もちろん!!)


 危ない。思わず本能的に頷くところだった。昨日蓮から指摘があった通り、天音さんと一緒に過ごすのは危険だ。美少女との時間は是非とも堪能したいけども……!


「い、いや、今日はちょっと用事があってさ」

「そう、ですか。どうしても少しだけ話したかったんですけど、残念です」


 僅かに伏せられた瞳。あわわわ。美少女が悲しんでる。力になってあげなきゃ!


「あ、でも、少しだけなら大丈夫かも」

「ほんとですか!」

「もちろん」

「じゃあ、少しだけお願いします」


 ぱぁっと顔を輝かせる天音さんに連れられて行く。追いかける後ろ姿にさっきまでの落ち込みは一切ない。これは完全に手玉に取られてる。


 (まあ笑顔なのは良いよね。美少女の笑顔は俺が守る。キリッ。)


 それに、接触を避ける作戦は上手くいかなかったけれども、これは良い機会かもしれない。

 いずれにしてもいつかは顔を合わせなければならなかっただろうから、この際きちんと断っておこう。


 誰もいない空き教室に入って、窓側の席に適当に座る。向かい合い視線が交わると、天音さんが口を開いた。


「昨日も相談した私の好きな人のことなんですけど」

「そのことだけど、勘違いだったら悪いけど自分のことだよね?」


 これで本当に勘違いだったら、と一瞬不安になったけど、天音さんはあっけらかんと軽く微笑み、認めた。


「あら、気付いてましたか?」

「あれだけ露骨に匂わされればね」


 最初から気付いていた感じで伝えてみる。本当なら、彼女も最初からバレてるつもりで近づいてきたのだろう。


 まあ、最後のところまで全然気付きませんでしたけどね?!


「知ってると思うけど、一応自分には彼女がいるから天音さんの気持ちには応えられないよ。ごめんね」

「これでも私、結構モテるんですけど、ダメですか?」

「……うん」


 やめてよ。そんな聞かないで。一瞬迷っちゃったじゃん。でもオッケーしたら、色んな意味で俺の人生終わっちゃう。


 なんで彼女持ちなんて見栄を張ってしまったんだ。これが蓮が言っていた取り返しのつかない事態というやつか。見栄を張らなければ……。


 いや待て待て。ってそしたらそもそも天音さんにアプローチされてない訳だし、やっぱり彼女持ちの見栄は張ってよかったな。うん。


「これだけアプローチしてもガードはばっちり。あざとく振る舞っても靡かないし、先輩、さすが恋愛マスターなだけありますね」

「そ、そう?」


 とうとう恋愛強者の天音さんにまでお墨付きをもらってしまった。そんな納得しないで。ただのモテない童貞なのに。


「ここまで靡かない人はなかなかいませんよ。これまでだったら、みなさん多少なりともこっちを意識してましたから。本当に彼女さんに一途なんですね」

「まあね。一途ではあるかな」


 ばっちり意識しまくってましたけど? 可愛いなんて何回思ったことか。なんなら、今も意識してます。はい、可愛い。


「ますますいいですね。新鮮で楽しいです」

「そんなに新鮮?」

「もちろんですよ。これでもモテるので大体の男子には意識されてますし、少し話しかければ好意的に思ってくれますから。先輩みたいに全く反応しない人は会ったことないです」


 ばっちり反応してますよ! 僕も美少女大好きです!


 心の中で思ってはみても、もちろん言うわけにはいかない。断る以外の選択肢は自分にないので、念押ししておく。


「もう脈なしなのは分かったでしょ? 諦めたら?」


 諦めてもらえるようできるだけ冷たく告げると、なぜか天音さんはテンションを上げた。


「いい。いいですね、それ」


 心の声漏れ出たように呟いている。一体どうしたのだろうか?


「分かりました。元々気になる程度でしたし、先輩の言う通り、お付き合いという話は諦めます。その代わり、今後は私に対して是非ともその感じでお願いしますね」

「……え?」

「では、また明日です」


 咄嗟にわけのわからないことを言い残して、姿が消える。一瞬で帰ってしまった。


 多分だけど、前以上になんか凄い興味持たれた気がする。どうしてこうなった?





 

 

 

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恋愛マスターと勘違いされる俺、彼女がいると見栄を張ったら「私、人のものってすぐ欲しくなっちゃうタイプなんです」と肉食系後輩が食いついた 午前の緑茶 @tontontontonton

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