4日目

 ハウゼン王国の迷宮都市タルタロス。地下迷宮の名前がそのまま街の名前になっている。

 俺たちは竜胆と邂逅した次の日、ローレスハウズを出立してこの街に到着した。幸いにもエキドナが近くの街に転移のマーキングを残していたので、そこまで転移。後は幌馬車を利用して丸一日かけての移動となった。

 エキドナは「疲れるからやだ」とごねたが、燈がカジノの件を盾に取り、納得させた。ものすごく渋々といった感じだったが。

 馬車での移動中にエキドナから聞いたところによると、ここタルタロスが迷宮都市なんて呼ばれ方をしているのは、この街の歴史に基づくものらしい。

 簡単に言えば、この街は地下迷宮の入り口を中心に作られたのだ。

 今だ踏破者の出ないこの迷宮に挑む探索者は後を絶たず、そういった人々を相手に商売人が集まり、街の発展に貢献した。宿屋に武器や防具をはじめとした道具屋、そして探索者たちが日々の疲れを癒す酒場や娼館がそこら中に見受けられる。

 マリクが言っていたように、地下迷宮には宝物が眠っており、一攫千金も夢ではなく、探索者たちは夢を求めて地下迷宮に潜る。しかし、誰もがそう簡単に夢を掴めるような都合の良い話はない。

 地下迷宮は深部に進めば進むほど宝物が見つかる可能性が高くなるが、その分現れる魔物も比例して強くなる。だが、浅い階層でちまちま探索したところで、普通に働いた方が実入りが良いなんてことは当たり前らしい。加えて命がけ。良くも悪くも、まともな人は地下迷宮になど挑まない。

 そんな命知らずたちは気性も荒く、あちこちで喧嘩騒ぎを起こしている連中が目に着く。周りの人たちも止める様子がないことから、こんなことは日常茶飯事ということらしい。

 道行く人々も文字通り様々だ。ドワーフにエルフに獣人といった多種族が入り乱れており、その多くが地下迷宮に挑むためのものと思われる物騒な装備を身に纏っている。

 まさにファンタジーといった様相だ。人種のるつぼという言葉が頭に浮かぶ。

 すっかり夜になってしまったので、食事を取るためにそこらへんの酒場に入る。

 荒くれたちが思い思いに酒を呷り、机に所狭しと並べられた料理にかぶりついている。男たちは体中傷だらけで、中には片腕を欠損している人もおり、地下迷宮の厳しさをひしひしと感じ取れる。

 荒くれの一人が俺たちを見て、口角を上げた。


「おうおう兄ちゃん! 両手に花で羨ましいねぇ。一人くらいこっちに回しちゃくれないか?」

「そうですね……これならいくらでもどうぞ」

「貴様、自然な感じで儂を差し出そうとするな!」


 エキドナがぽかぽか叩いてくる。結構な力で殴られており、それなりに痛い。


 誰も彼もいい年したおっさんばかりの荒くれどもは、酒場に現れた年若い俺たちに興味津々のようだった。


「見慣れない顔だが、まさか坊主たちも迷宮挑戦者か?」

「阿呆、あんなカキどもが迷宮に挑むかっての。一階層だって危ねぇもんだ。両親の付き添いかなんかに決まってらあな」

「ガハハ、そりゃそうか! ゴブリンすら倒せなさそうだもんな」


 荒くれどもは好き勝手に俺たちのことを評していた。別に悪意があって言っているわけではないだろう。エキドナ含めて、俺たちが歴戦の猛者だと判断するような人間は普通いない。


「ここにいる人たちは何階層まで行ったの?」


 燈が問いかけると、荒くれどもは口々に自分の記録を申告していく。一通り聞いたところ、最高は一五階層までであることがわかった。

 さらに燈が「迷宮の最深部は何階層まで?」と尋ねると、そちらには誰も答えられなかった。

 踏破されたことがない以上、タルタロス地下迷宮がどこまで続いているのかは誰にもわからないらしい。ちなみに、最高到達地点が三七階層らしい。

 それを聞いて、燈がふふんと笑い声を一つ。


「明日は私たちが迷宮を踏破する記念日になるから、楽しみにしといてね」


 どんちゃん騒ぎをしていた荒くれどもは、そろいもそろって狐につままれたような顔になる。そして、どっと笑い出した。


「嬢ちゃんたちがタルタロスを踏破できるんなら、俺は世界征服だってできるぜ!」

「全くだ! もし踏破したら、ここにいる全員裸で歓喜のダンスを踊ってやるよ」


 おっさんたちは燈の言葉を酒の肴に、先ほど以上に騒ぎ出す。

 そのうちの一人が、俺たちの席に近づいてくる。さっきの階層申告では、確か八階層まで到達したという角刈りのおっさんだ。


「せっかくだ。迷宮に挑戦する前に、俺が力試ししてやる。当然、俺程度なら楽勝だよな」

「えっ、俺?」

「他に誰がいるんだよ」


 どうやら、角刈りは俺がリーダーとして迷宮を攻略するものと思っているらしい。男女三人ではそう見られるのもむべなるかな。


「喧嘩はやめましょうよ、ラブアンドピース」

「そう言うなって。単なる腕比べだ」


 角刈りのおっさんは、袖をぐいっと捲り上げ、そのまま机に肘を乗せた。腕相撲を所望のようだ。


「いいじゃん、悠馬。相手してあげなよ。別に減るもんでもないでしょ」

「そうじゃそうじゃ。お主は少し痛い目見るとよいぞ」


 燈とエキドナは他人事のようにそれだけ言って、酒場の店主に飲み物と料理を注文していた。

 周囲の荒れくれどもも無駄に良い感じに盛り上がっており、俺が断りづらい雰囲気を作っている。勘弁してくれ。

 面倒くさくなってきたので、さっさと終わらせるために付き合うことにした。

 角刈りの手を取る。感じる力強さ。地下迷宮に挑もうとするだけあって、やはり腕に覚えがあるのだろう。


「一、二の三で開始だ。負けても泣くんじゃねえぞ坊主」

「はいはい、正々堂々行きましょう」


 カウントを開始。一、二の三で腕に力を込める。抵抗する力を振り切り、俺は角刈りの手の甲を机に叩きつけた。勝負は一瞬で終わる。

 角刈りのおっさんは、ありえないとばかりに瞠目していた。


「前は二O点って言ったけど、私が鍛えた悠馬が弱いなんてことはないからね」


 燈は陶器のコップに入った飲み物を口にしながら、なぜが自慢げにしていた。ちなみに、燈に鍛えられたなんてことはなく、無理やり修行に付き合わされただけだ。それでも、地上最強と謳われた燈の修行は付き合うだけでも相当に大変で、嫌でも強くならざるを得なかった。

 それに加えて、程度の差はあれど、燈と同様に俺の身体能力も強化されている。勝てる自信があったわけではないが、俺もそれなりにはやれるらしい。もちろん、燈や竜胆といった規格外とは比較するのもおこがましいが。


「ほほぉ~、虫けらのくせしてなかなかやるではないか」

  

 ついで、エキドナの俺に対する認識もよくわかった。

 俺が勝つとは思ってなかっただろう荒くれどもは、予想外の結果にどよめいていた。そして、酒場に俺を称える声が響く。ちょっと背中がむずかゆい。


「面白れぇ、次はこの俺マクベスが相手してやる!」


 この中で最高記録である一五階層まで到達したと言っていたマクベスが名乗りを上げた。


「くっくっく……ならば、こちらは燈様が相手になっちゃりますよ」

「あ、燈……?」


 燈は俺の腰を両手でひょいと掴み上げ、横にどかす。そして、俺がいた椅子に座った。

 よくよく見れば、燈の顔が赤い。嫌な予感。俺は燈が手にしていた陶器のコップを見る。もしやこれ……。

 俺は酒場の店主の方を見た。


「親父さん! この飲み物なんですか!」

「ん~……? あっ、間違えた! それ他のお客さんのエールだ!」


 エール、つまりはお酒。そして、顔の赤い燈。導かれる答えは一つだ。

 よそ見をしている隙に、燈とマクベスの腕相撲が開始。すぐに、けたたましい破壊音。

 燈がマクベスを瞬殺し、木製の机を破壊していた。捻じ伏せられたマクベスは二重の意味の衝撃で床に転がっている。


「あ、ああ……ママぁ……」


 幼児退行までしているようだ。かなり重症かもしれない。


「……足りぬ」


 燈がゆらりと立ち上がり、その場にいた全員を睥睨する。


「誰も彼もなっちゃいないねぇ……死ぬ気でこの燈様を楽しませてみせなよ!」


 燈が凄絶な気を発した。圧倒的な貫禄と威圧感で、空間が軋んでいるかのような錯覚すら覚える。エキドナよりもよっぽど魔王らしい。


「あ、悪魔だ、美少女の姿をした悪魔がおる」

「地下迷宮の深部から出てきた魔物に違いない……もう駄目だぁ、俺たちはここで終わりなんだ」


 気を纏った燈の迫力に、いい歳したおっさんたちが戦々恐々としている。


「う、うおおおおおお! 野郎ども、恐れるな!」

「そうだ! この酒場を、この街を守るんだ!」


 義侠心に突き動かされた荒くれどもが、自らを奮い立たせている。何もかもがおかしいのだが、それを指摘できる人間はこの場にはいない。


「さあ者ども! 身命賭してかかってこい!」


 肝心の燈が暴走して、悪ノリもノリノリの絶好調。この状況は俺にも止めようがない。


「ど、どうすればいいのじゃ!?」

「とりあえず避難するぞ。俺にはどうしようもない」


 慌てふためくエキドナを尻目に、俺は入口へと向かう。酒場の店主には悪いが、せめて少しでも被害が小さく収まることを願っておく。

 後で聞いた話だが、この日酒場にアカリサマという迷宮の魔物が現れ、全てを破壊して去っていったという噂が立ったとかなかったとか。




 


 




 






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幼馴染が異世界で暴れてるってのはさすがに冗談きついんですが。 高橋邦夫 @kunio_takahashi826

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