3日目⑦

「だぁ~、負けちまいましたか……悔しいなぁ」

 

 燈が大の字で仰向けに地面に転がる。よほど悔しいのか、手足をばたばたさせている。


「まったく、嵐が過ぎ去った気分だ……あいつの相手をするのは疲れるよ」


 俺は燈の隣に腰を下ろす。竜胆を簡単にどうこうできるとは思っていなかったが、燈が真っ向から負けるところを見てしまうと、少し気が重くなる。


「よし、反省終わり!」

 

 燈は寝っ転がった状態から勢いよく跳ね起きる。その横顔に一切の翳りはない。


「次は負けないよ。負けないくらいに強くなってやるからね!」


 声高々に宣言する。そうだ、燈はこうでなくっちゃな。


 一騒ぎあったが、当初の目的である賭けの配当金とファイトマネーをもらいに、運営のいるところまで、俺たちは足を運んだ。

 竜胆たちの出現で結構な数のスタッフが逃げ出してしまっていたが、顔見知りの司会者は戦いの最中も近くで観戦していたらしく、しっかり対応してくれた。


 配当金の三万五,OOOゴルドにファイトマネーを合わせて総計六万ゴルド。貸金業者に返済しても元の五万ゴルドがそのまま残る計算だ。

 エキドナがご満悦の表情を見せていたので、警戒を怠らないよう気を引き締める。

 まさか二度目をしでかすほど馬鹿ではないと思いたいが、おそらくこいつは馬鹿の底が抜けている。一部は俺の収納空間で保管することも要検討だ。


 金を受け取ったその足で、貸金業者に一万ゴルドを返しに行く。徹頭徹尾エキドナの自業自得なのだが、文字通り身体で身銭を出したのは事実だしな。

 業者に対してエキドナが偉そうにふんぞり返っていたので、燈の拳骨が入る。こいつの辞書には、後悔という言葉はあっても、反省の二文字はないだろう。それだけの図太さがないと魔王なんてやってられないのかもしれないが。


「資金面の問題は無事解決したわけだが……予想以上に、竜胆を懲らしめるのは難しそうだな」

「そうだねぇ。この燈様が一度とはいえ負けるほどなんて」


 燈は元の世界でも地上最強少女と謳われるだけの力を持っていたが、魔法という才能を惜しみなく振るう竜胆相手には後れを取った。

 俺の思惑では、異世界で力を増している燈ならば問題ないと思っていたが、そうそう簡単ではないようだ。


「私も未だ修行不足……もう一度鍛え直したいけど、そんな都合の良い場所が」

「ありますよ」


 びっくりして体が反射的に跳ねる。声の主は、それなりに見知った顔。


「ああ、びっくりした。マリオさんか」

「マリオ? いいえ、私はマリクです」


 同じ顔だが、憎むべき相手だった。だが、エクセリアからここハウゼン王国のローレスハウズまではそこそこの距離がある。そこに偶然居合わせたなんて有り得るのか?


「ここらへんあんたのドッペルゲンガーがいるから、気を付けた方がいいですよ。多分向こうが本物だから……それで、なんでエクセリアから遥か彼方のここにいるんです?」

「ドッペルゲンガー? いえ、神の信託がありまして。それをあなたに伝えに、ここまではるばる参った次第です」

「神様も回りくどいな。最初から教えてくれればいいのに」

「おお、神の悪口はいけません。ほら、早く天にまします我らが父に謝罪を。今ならきっと許してくれるでしょう」


 絡みが面倒くさいので、とりあえず空に向かって「ごめん」と言っておく。マリクは満足そうにしていた。


「正直だいぶうさん臭いけど、タイミングがあまりに良いね。その神様の信託ってのは?」

「苦難に直面するであろうアカリ様にこれから行くべき道を神はお示しになりました」

「ずいぶんと回りくどいけど、どこに行けばいいの?」

「タルタロス。このローレスハウズのさらに北の方にある地下迷宮に向かってください」

「ほほう、地下迷宮とな」


 燈が興味を示す。RPGでいうダンジョンとか、そういった類のものだろう。


「世界中に点在している地下迷宮ですが、タルタロスは上位の難易度を誇ります。日々数多の挑戦者が名乗りを上げていますが、未だに踏破に成功した者はいません」

「何それ。めちゃくちゃ面白そうじゃん」


 戦闘狂である燈は目に見えてテンションを上げている。


「誰も成功してないってことは相当に危険ってことじゃないんですか? いくら燈が強いからって、どんな危険が待ち構えているかもわからないし」

「ふぅむ……しかし、神がそのようにおっしゃるのですから」

「おいおい、マニュアル人間か。もうちょっとしっかり考えてくださいよ」

「いやいや、神の言葉に間違いなどあるはずがありません」


 このマリクという男もなかなかに頑なだ。


「まあまあ。そこで鍛えて来いっていう神様の思し召しってことでしょ。危険のないところじゃ鍛錬にもならないし、ちょうどいいじゃん」

「それはまあ、そうだが」

「それにそんな危険な場所に挑戦する人が絶えないってことは、それなりのメリットもあるんでしょ?」


 燈が聞くと、マリクは首を縦に振って肯定した。


「地下迷宮には未知なる宝物が眠っていますからね。地下迷宮を攻略することで巨万の富を成した人もいるくらいです」


 それは夢がある。しかし、それならわざわざローレスハウズで金策しなくても良かった気はするが、後の祭りだ。お宝が見つかるとも限らないしな。


「ところで、先ほどから気になっていたのですが、そちらの方は?」

「ん、儂か。儂はエキドナ・シャーリー・エレキシアス・アシュレード・メル・アシュナードじゃ」

「どこかで聞き覚えのあるような……」

「そりゃそうじゃ。儂は魔王じゃからな」

「ま、魔王!?」


 エキドナの自己紹介に、マリクが狼狽する。仕方ない、アホのフォローをしてやるか。


「ああ、気にしないでください。こいつ、自分のことを魔王と思っているかわいそうな子なんです」

「貴様、いったい儂を何じゃと――」

「はいはい、話がこじれるから黙っておこうね~」


 燈に口を塞がれて、エキドナは後方へと連れていかれる。

 何はともあれ、次の目的地は決まったので、俺たちはタルタロスという地下迷宮へと向かうことにした。

 


 

 



 

 

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