3日目⑥

「それじゃあ、はじめようか」


 竜胆が魔法陣を展開。そして颶風のごとく駆け出した。その速度は、あのジェソーンすら凌ぐほど。おそらく、今の魔法が身体強化の類なのだろう。

 あっという間に、拳の届く距離。竜胆が目にも止まらぬ速さで、左右の拳を繰り出す。燈は巧みにそれを捌いてみせる。


「はあっ!」

 

 燈の身体が輝き出す。秋吉拳で身体能力を上昇させたのだ。確かに、竜胆の速さは侮れないが、燈はそれすら凌ぐ。

 攻防の主導権が、燈に移る。超高速のコンビネーションブロー。竜胆もクリーンヒットは避けているが、燈の猛攻を捌き切れていない。


「だりゃあっ!」


 燈の正拳が竜胆のガードを崩す。大きな隙が生まれるが、竜胆は空に飛び上がることで、燈から離れる。よくよく見ると、竜胆の足元に魔法陣があるのがわかった。


「浮遊? 良い魔法持ってるね」

「流石だよ、燈。やはり近接戦では及ばないようだ。私の妹は、異世界でも変わらず素晴らしいね」


 そう言う竜胆は、喜悦の笑みを湛えていた。


「私の祝福は”天壌無窮”。意味するところは、限りない魔力さ」

 

 宙に浮かぶ竜胆の両手の先に、巨大な魔法陣が展開される。それぞれの魔法陣の中心から、極大の光線が放たれた。


「嘘でしょ!?」


 一つ一つが、燈の秋吉波に匹敵するほどの光線。燈はさらに速度を上げて回避するも、すぐさま次の光線が飛んでくる。撃ち終わりから次の発射までのタイムラグが極端に短い。

 竜胆の言う通り、祝福によって無限の魔力を手にしているなら、魔力切れであの攻撃が終わることはないだろう。縦横無尽に動き回る燈を追うように、竜胆の手が動き、光線が発射される。その度に、闘技場のあちこちが破壊されていく。修繕費はどうなるのだろうとか思ったが、今考えても仕方がないのでやめておいた。

 遠距離攻撃である秋吉波を使う隙もなく、燈には空中の竜胆への対応手段がない。


「卑怯じゃぞー! 降りてきて戦え!」


 こんなときでも野次を欠かさないエキドナはさすがである。


「戦いに卑怯なんて言葉は存在しないよ。そうだろう、燈?」

「その、通り!」


 俺には、にっと笑う燈の横顔が見えた。

 刹那、燈が地を蹴り、飛んだ。弾丸のごとく、竜胆へと迫っていく。

 しかし、宙に身を置いてしまえば、もう回避はできない。燈が迫るよりも早く、竜胆の右手が燈に向けられる。そして、光線が放たれた。


「よいしょっと!」


 絶対に回避できないはずのそれを、しかし燈は回避していた。


「ありえん! 宙を蹴って方向転換しおった!」


 エキドナの言うように、燈は空中を疾走していた。脚力がすごいとか、もうそういうレベルじゃない気がする。魔法みたいなことを純粋な身体能力で実現してみせる燈は、ちょっと人間やめてるとしか思えない。


 燈は空中を高速で疾走するさすがに自在に操作される二つの光線から逃れるのは、燈とはいえ困難らしく、なかなか距離が詰められない。

 ある程度の距離まで近づいたところで、燈を纏う光が強くなった。さらに身体能力を上げ、決めに行くつもりだ。

 竜胆の破壊光線をかいくぐり、燈が一気に加速し、竜胆の目と鼻の先まで迫る。


「終わりだぁあああっ!」


 裂帛の気合とともに燈が右拳を撃ち抜く――。


「残念だったね」


 竜胆の背後に、さらなる魔法陣が出現。燈の拳が竜胆に届くよりも早く、放たれた光線が燈を捉えた。

 その勢いに圧され、燈が硬い地面へと叩きつけられた。強烈な衝撃に、燈は肺の中の空気を吐き出してしまう。 


「あ、危ない危ない……気を纏ってなかったら、本気でやばかったよ」


 立ち上がりはするが、明らかに効いている。身体も服装もボロボロだ。


「誰も一度に撃てるのが二発とは言ってないからね」


 確実に燈に当てるために、竜胆は同時展開できる魔法陣の数をあえて限定していたのだ。燈の意識が攻撃に囚われるその瞬間を、的確に狙撃してみせた。

 竜胆の恐ろしいところは、こういうところだ。思考が常人の一歩も二歩も先を行っているというか、底知れぬ何かを感じさせる。


「なかなか猪口才なことしてくれるじゃん……伊達に私のお姉ちゃんやってないね」

「妹に誇れる姉でいるのも大変なんだよ」

「それなら、素直に言うこと聞いてくれるとより良いんだけどね」

「おやおや。そこは力づくで止めると言ってくれるんじゃないのかい?」


 竜胆と燈は軽口を叩き合う。燈も戦闘不能というわけではないが、このまま続ければ分が悪いのは否めない。

 チラッとエキドナの方を見る。即座にバツマークで返してきた。他人頼りの俺が言うのもなんだが、ちょっとは根性見せろよ。


「せっかくだし、悠馬もおいでよ。君も祝福はもらっているんだろう?」

「残念ながら、俺のは”不明”とか、わけのわからないやつだ。奥様に大人気の収納術を得た以外は、向こうにいた頃と寸分変わらぬ俺だな。今お前とやり合えば、一瞬でひき肉になるんじゃないか?」

「そ、そうか。それは残念だね」

 

 俺が戦えないことを惜しみつつ、竜胆は燈の方に向き直る。


「現段階では、私の方が上みたいだね」

「いやいや、まだこれからでしょって」

「今日は戯れに来ただけさ。次は、もっと面白くなるよう期待して待ってるよ」


 竜胆が魔法を発動する。温かみのある光が、闘技場内を包み込んでいく。得も言われぬ心地よさが、全身を満たしていく。顕著に効果が現れたのは燈で、見る間に傷が癒えていく。

 用事は済んだとばかりに、竜胆は踵を返し、控えていたヴィガルドの方へと向かう。


「どうだい? 私の妹は強いだろう」

「はい。リンドウ様に劣らぬ素質、このヴィガルド感服いたしました」

 

 慇懃に答えるヴィガルドに、うんうんと満足そうに竜胆は頷いていた。

 竜胆がパチンと指を鳴らすと、竜胆を中心として巨大な魔法陣が発生。そこから溢れ出る黒い波。それが消え去った後、竜胆とヴィガルドの姿はそこにはなかった。転移の魔法で去っていったのだろう。

 魔王であるエキドナが消耗が激しいと言っていたが、無限の魔力を持つ竜胆にとっては大した負担にならないのだろう。改めて、反則級だ。


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