「4-10」儚げな少女、稲妻を従える
その鏡は、悪く言えば地味だった。鏡を包み込む外側は木製であり、表面の艶と深み以外には特に特徴のないように思える。――とまぁ、言葉だけを並べてみればこの程度ではあるが、私はなんとなくその鏡から、言い表しようのない威厳のような物を感じている。故にこの鏡は、悪く言えば地味ではあるが、無機物としての地味さではないような気がした。
「おっ、見つけたか」
鏡に魅入られていた意識が、引き剥がされる。隣にはぺパスイトスが居て、鏡をうっとりとした表情で見つめていた。
「やっぱり木は良い、下手に飾り付ける人間から一番離れてるからなぁ。力一杯鉄ばっか打ってる俺が言うのもなんだが、芸術品は細かな工夫にこそ味が出るってもんだ」
満足そうに鏡を見つめる彼の表情は、まるで美術品を干渉する芸術家の様だ。私は今まで鍛冶師のような武器職人は、荒々しく強い武器だけを目的としているのかと思っていたが……私が思うより鍛冶師、いいやぺパスイトスという生き物は、そういった面でも妥協を許さないのだろう。
「――さぁて、これから神サマに挨拶しに行くってんだ、腕が鳴るぜ」
「腕が鳴る……? ぺパスイトス殿は話術に自信があるのですか?」
「ん―……まぁ、そんなとこだな。それよりお前さん、そんなブラブラな構えで良いのかい?」
え? 間抜けな声が自分から出て、ぺパスイトスさんから微かな緊張が見えた。周囲の魔力の流れからして、これは……戦闘の準備? 何のために?
何だか嫌な予感がして、私は腰の刀に手をかけた。きちんと握ったのは初めてだが、いざ握ってみるとやけに手に馴染む刀だった。これが、神を宿した武器の力なのだろうか?
「良い刀だろ、せいぜい大事にしてやってくれ」
「……はい!」
武器の扱いは父から教わった、最低限の知識はある。この刀と云う武器は横からの衝撃に対してとても折れやすく、正しく振らなければ簡単に折れてしまう代物だ。――面白い、と、私は内心笑って見せた。玄人向けの武器一本使えず、何が勇者の相棒だ。使いこなして見せるとも。
「――んじゃ、行くか」
ぺパスイトスが鏡に触れたその瞬間、周囲の魔力が揺らいだ。収束し、分散し……渦を巻いて動き続ける。それは部屋の中に風を呼び、引力となって私たちを吸い寄せた。一旦は流れに抗ったが、勇猛果敢に鏡の中へ飛び込んでいくぺパスイトスを見た。――なんと彼の体は鏡の中に消え、そのまま飲み込まれていったのだ。
「ッ……うぉおおおああああああっっ!」
雄叫びを上げながら、私は鏡へと飛び込む。体がすうっと吸い込まれていき、そのまま私は、言い表しようのないほど奇妙な感覚を、五感で知覚した。
暗くも明るくも見える青色、触れられてもいないしさっきから体中を触られている感覚、花のような瘴気のような嗅覚……誰かの話し声が聞こえているかもしれない聴覚と、何とも言えない感覚を受け取り続けている舌の上。
浮いても居るし、地に足を付けているような感覚。ありとあらゆる常識が通用しない空間に戸惑い、思わず柄から手が離れそうになる。――すると。
「柄から手を離すな!」
何処からか聞こえるかもしれないし、聞こえないかもしれない誰かの声。それはぺパスイトスの声だった。――刀を手放すな。そのような意味が込められていると、私は組んだ。
「……成程」
全てが違和感に包まれたこの空間だったが、何かが「いる」。一体、二体、三体……しかし邪悪な気配は感じず、むしろ神性さえ感じた。大方、自らの力を欲する者への試練なのだろう。
「いいでしょう、私の知らない異国の神よ」
柄に手をかけ、鞘からその刀身を抜き出す。その瞬間、確固とした稲妻が周囲を焼いた。先程までいた神性を感じる何かの大半は無塵と化し、中心には私一人が、電撃を纏う私だけが存在していた。
「貴方の力を得るために、私は、この試練を正面から打ち破って見せます。――私の名はイグニス。今再び、勇者の背後に立つことを懇願する者!」
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無能勇者 キリン @nyu_kirin
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