エピローグ
風が吹いている。
僅かに肌を撫でるような緩やかで暖かな風だ。
仮入部期間だからスターティングブロックは使わせてもらえず、スタンディングスタートでの百メートル走をすることとなった。
だが、高校生活初めての百メートル走がスタンディングスタートなのはありがたい。初心に還ることができる。
あの九月の二週間を思い出す。
靴紐を何度も確認し、何も書かれていないのに後ろの目印をイメージした。これは僕のルーティンと化している。そして、左足を前に出して、前傾姿勢になった。
スターターピストルの号砲を静かに待つ。
隣には僕と同じように陸上部の仮入部に来ている同級生たちがいる。数分前にちらりと半ズボンから見える脚を見たが、僕とは全く違う筋肉の付き方をしている。中学陸上界で名を馳せてきたような人物たちなのだろう。
だが、知ったことか。
相手が陸上界で名を馳せてきた人物だからって、物怖じしている暇なんかない。
僕は僕の走りをするだけだ。
自分のタイムや人間関係、周りの視線などクソ食らえ。
風を切り裂いてぐんぐんと前に進んでいく身体。
地面を踏み込むと跳ね返ってくる感覚。
目の前に邪魔する奴が誰もいなくて、一番を独走する快感。
僕はその快感を得るためだけに走り続ける。
だけど、それだけじゃない。中学三年の体育祭の選抜リレーで、共に一位を得ることができた雅人や村田、南野が教えてくれた。今なら全ての人間が才能に嫉妬し、嫌がらせをしてくるとは思わない。
パンッ、とスターターピストルが乾いた音を遠くで聞こえた。
前だけ 鈴木 正秋 @_masaaki_
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