変わる

「あんなもんはリア充が観るもんだろ?それに、花火ってただの炎色反応なんだよ。それにそれに!お前、」

学は今日もブーブー言いながらリア充の悪口を言っている。学はもとからリア充が嫌いだったが、ここ最近はさらに酷くなった。理由は、分からないこともない。

「いや確かに炎色反応のそれは考えたことあるけどさぁ」

中学生の頃、理科の教科書に載っていた「花火の色はどうやって作るの?」のコラムページを見て、夢もロマンもへったくれもないと思った記憶がある。

「ほら弥咲だって!俺だけがおかしいんじゃないだろ?」

「でも私は別にリア充ヘイトじゃないもん」

「当たり前だろ。ていうか、だから花火大会に行く奴の気持ちなんて微塵も分からないってこと。ただの炎色反応をさ、わざわざ人混みに突っ込んで観なくたって。わざわざ見せられても何?って感じで」

「美味しいものの屋台たっくさん出るけど」

「うーん。弥咲が良いなら別に。うん。行ってやるかぁ。うん。炎色反応なんて小学生以来かもなぁ」

言い忘れてたけど、学の胃袋は本人と違って正直なのだ。昔から。


「俺人混み苦手なんだよね。あ、チョコバナナだ!じゃんけんで勝ったら二本だって!」

せっかく来てきた浴衣には目もくれず、学は食べ物を前に心を踊らせている。

「はいはい、行ってらっしゃい」

学は満面の笑みで持ってきた二本のうちの小さい方をくれた。夏祭りの空気って、歳を追うごとに変わっていくと思う。訳も分からずはしゃいだり、少し背を伸ばして胸をときめかせてみたり。おばあちゃんになったら、今までの思い出を振り返るなんてことをするのかもしれない。学はずっとこんな感じなんだろうけど。」

学は美味しそうなものを見つける度に、夏の虫の如く飛んでいき、一人では持ちきれないほど夏の風物詩を抱えていた。おめでたい男だ。

「やばっ。もうお金ない」

学が空になった財布をヒラヒラとさせて嘆いている。漫画かよ。溶けかけたブルーハワイのかき氷と相変わらずのセンスで五匹も獲った金魚を私に持たせたまま、学は次に何を食べようかと考えている。

「そろそろ場所取ろっか」

「ん、何の?」

「花火だよ花火!今日のメインディッシュなんだから!」

私はいつもより少し大きめのバッグからレジャーシートを取り出して、小高くなっているところに敷いた。近くにそびえている木が影を作ってくれた。こうするとこんな猛暑でも少し涼しい。

「だから弥咲そんなカバン持ってきてたのか」

「そうだよ。レジャーシートが入るのがこれしか無かった」

中学生の頃に使っていたバッグは、学校がタブレットを使うとかよくわかんないことを言い出した弊害で慌てて買わされた。

『あと三十分で、花火大会が始まります!』

町中に響く無線の声。私たちの周りにも少しずつ人が集まり始めてきた。友達同士に家族にカップル。皆、夏の夜に映える綺麗な服を纏って。素敵だな。

「なあ」

学は二つ釣ったヨーヨーを両方とも片手につけて、持て余しながらこちらを見る。

「何」

「上手くいってんの」

「何が」

「分かってんだろ」

「上手くいってたらこんなことしてない」

「最悪だよお前」

「でもついてきたじゃん」

「それは弥咲のことが好きだから」

「最悪だなお前」

「そうだな」

花火大会は太鼓の音と共に、盛大なスタートを迎えた。さっきまでうるさいほどに鳴っていた誰かの家の風鈴の音が全く聞こえなくなるくらい。寂しさを埋めたかったんだ。花火が見たかったのかなんてもう分からない。大きな音でも聞かないと、このまま誰にも気付かれずに燃え尽きて無くなってしまいそうで怖かった。綺麗なものが観たかったわけじゃない。そんなもの観たって仕方が無い。空が光と灰で汚される。煙がほんのりと色づいて、遠くへ走っていく。

「弥咲」

「なんっだよ」

「リア充ってさ。お前がずっと憧れてたリア充ってさ。本当に憧れるほどのもんなのか?」

「わかってるそんなこと。わかってるよそんなこと。わかってるよそんなこと!」

あの時はまだ私の方が少しだけ背が高かった。たくさんの手持ち花火から一本だけ選んでいいと言われた私は迷わず赤を選んで、学はじっくり悩んでから青緑を選んだ。火がついてから私は思ったんだ。ほんとにこの色が良かったんだっけ。あの時学が持ってた花火がすごく綺麗で。

「泣いてる」

気がつくと学は私のすぐ隣にいて、私の涙を拭ってくれた。

「ただの炎色反応なのになあ」

「どうだろう、、、」

その時大きな花火が打ち上がって、目の前が真っ赤になった。大きな打ち上げ音が響く。

「ごめん、途中から聞こえなかった」

「え?うーん。そっか。いや、青緑の炎色反応は銅だった気がするって言っただけ」

「そっか」

「うん」

青緑の花火なんて今日はまだ打ち上がってないのに。何も聞かなかったことにしておこう。その方が、きっと今日の思い出が汚れない。

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フィクションとノンフィクションを混ぜながらリア充について主張する著者の短編集 轟 和子 @TodorokiKazuko

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