何は無くとも楽しい二人

崇期

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 わたしの名前は名久友なくともがく、五十二歳。趣味といえば読書と答える地味で平凡な男。出会っても独身、別れても独身な生活を長らく送ってきたのだったが、現在はこれでも、交際して二年になる女性がいる。

 

 その交際相手、揚子ようこが手料理を振る舞ってくれるというので、彼女の住むアパートにやってきた。そういうことだ。


 話はカラッと変わるが、わたしが好きな海外ジョークを紹介させてほしい。

 

 ものすごく多忙でやり手系男子がこのまま仕事に追われてばかりではいけない、と一念発起し、彼女にプロポーズするのだが、彼女は目に涙を浮かべて、「先週プロポーズしたこと、忘れたの?」と言うのである。


 また、行方不明になった夫を探してほしいと妻が警察へ行くのだが、夫は「髪の毛がない、左目もなし、歯がなし、盲腸なし、扁桃腺もなし……」妻は特徴を言いながら、はたと気づいて「あの人って、随分前から目減りしてたのね」


 わたしがなぜこの話をしだしたか……。そういうふうになりたくない、ではない。むしろそういうふうになりたいのだ。こんな微笑ましい世界のカップル、夫婦になりたいと思っている。まあ、揚子に対して、そういう気持ちが募ってきているというわけだが、まだ伝えきれていない。先週プロポーズしていたというオチもなければ、わたしは海梨うみなし伊江名市いえなしに住む賃貸物件暮らし(持ち家なし)、離婚歴なし──くらいなものなのだ。



   * * *



「ウインナーの天ぷらをどうぞ」


 揚子の家に着くと、さっそく缶ビールと一緒に天ぷらが出てきた。

「うわぁ、赤いウインナーじゃないか!」戦隊ヒーローもののリーダー的なやつと同じくらい人気の「赤」だ。なぜ赤いというだけで、こんなにも胸を掴まれるのだろう? 衣から透けて見える鮮やかな色がまたいい。

「ほんとはカニカマを揚げるつもりだったのよ」と揚子が申し訳なさそうに言った。「わたしがカニカマ大好きだから。でも、ちょうど切らしてて、お弁当用のウインナーがあったから、これでいいやって」

「これでいいよ。うまいうまい。赤いウインナー、久しぶりだ」 

 たまにコンビニの弁当にも入ってはいるけれど、あれにはなぜか感動しないな。


 わたしがウインナーをばくばく食べている間に、揚子は第二弾を揚げて運んできた。

「お次は、ちくわの天ぷら。ポテトサラダを挟んで揚げてみたわ」

「おおー、ポテサラ、いいねー」ちくわの塩気とポテサラの甘みがマッチしている。

「ほんとは磯辺揚げにするつもりだったんだけど」と揚子。「ちょうど青のりを切らしててさ」

「いや、こっちの方がうまいよ。ポテサラ、最高だよ」ビールが早くも空になり、二缶目を開けた。


 それからしばらく揚子はキッチンにこもっていたので、わたしは天ぷらの余韻に浸りながら、釣りの動画を観て、ビールを飲んでいた。


「お待ちどおさま。牛肉の唐揚げよ」

「牛肉の唐揚げだって! なんと贅沢な」

 香ばしい衣に包まれた、サイコロ状に切られたステーキ肉がゴロゴロと皿で山となっていた。

「ほんとは鶏の唐揚げを食べさせたかったんだけどー」と揚子。「牛肉になっちゃって、ごめんね。鶏肉、あると思ったのに、切らしちゃっててさ」

「うまいうまい」わたしの箸は目にも止まらぬ速さで行き来した。「これにレモンをかけるのもアリかもしれないな」

「あ、ちょいっと待ってて」キッチンへ消えた揚子。


「楽ちゃん、ごめん。レモンなかったー。カボスと大根おろしで我慢してくれるー?」

「あのさ、」とわたしは箸とビールを手から離して言った。「さっきから、アレないコレないって言ってるけど、代わりの品が本命をいちいち超えてくるの、すごいよな」

「えっと……どういう意味?」

「いや、だからさ、フツー、代替品って本物より劣るものじゃん。でもさっきから、ずっと超えてるんだよね」

「ええっ?」


 揚子の物わかりの悪さは玉にきずだな。別の伝え方がないかと悩んでいると、揚子がまさかの不機嫌をもよおしはじめた。


「わたしだって完璧じゃないし……。家にそうそう、欲しいものがあるとは限らないものでしょ?」

「いや、別に、それがダメとかいうニュアンスはまったくもって伝えてないから」

「そりゃ、わたし、美人でもないし不器用だし……。前髪もないし、襟足もない、えくぼもなければ盆の窪もないし、泣きぼくろも若白髪もないし、第二の心臓もなければ第六感もない。血糖値も高くない。僕は君の薬箱でもなければぼくは君のアンダーウェアでもないし、FBIでもHSPでもないし、AIでもないし……」


「わたしたちは、それでいいんだ!」

 

 何は無くとも、異論はなかった。




 

 

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