第4話 side オリヴィア
あの婚約破棄から一年、私たちは幾つかの国を跨ぎ公国へと移住していた。
長い長い時間、両家が根回しをして公国でも貴族として生活出来るようになっていた。
全てはチェスターが計画し、我が家とチェスターの家族が協力して行われていたと知ったのは最終学年に上がった時だった。
けれど詳しい話などは全くなく、ただ父がひと言「一年待ってほしい」そう言っただけだった。
この時の父の言う一年は私に微かな希望を抱かせてくれた。
この頃になるとアルベルト王子殿下は何かれと口実を作っては私を寝室へと引き込もうとしてきていた。
触れられるだけで心まで凍りつきそうになる。
あのお茶会の日に味わった絶望、逃れられない運命に何度も涙を溢した。
それでも僅かな抵抗をと、決して心までは奪わせないと私は心に鍵をかけた。
私の幼い心の中に閉じ込めたチェスターへの想いは歳を経て更に大きく膨らんでいた。
いつだって心配そうな視線を感じていた、いつだってチェスターは私の近くに居てくれた。
それがどれ程の支えだっただろう。
厳しい王子妃教育も無茶なアルベルト王子殿下の我儘もチェスターが近くに居てくれたから耐えれた。
心だけは守りたい、そう思っていたけれど脂下がった顔で身体に触れようとするアルベルト王子殿下が耐えられなくなっていた。
もういっそうのことチェスターへの想いを抱いて永遠に眠ろうかと考えるほどに追い詰められていたあの日、父が一年待つようにと私に言ったのだ。
「それが彼からの伝言だ」
そう続いた父の言葉に私は涙が止まらなかった。
次に伝言が伝えられたのは卒業式典の三日前だった。
「ヴィー、お前にとっての真実の愛を貫いてほしい、必ず迎えに行くと彼からの言伝だ」
荷物の整理にバタバタしながら父が私に言った。
この一年、父と兄は頻繁に国外へと足を運んで居た、母は国内の貴族と茶会を開いていた。
そうやって何かの準備をしているのは知っていたが、父からも母からももちろん兄からも、そしてチェスターからも何も私には伝えられて居なかった。
卒業式典でアルベルト王子殿下が私に婚約破棄を告げた。
そしてアルベルト王子殿下が口にした「真実の愛」で私はこれだと気付いた。
やっとアルベルト王子殿下から解放される、それよりも私の心に仕舞い込んだ真実の愛を解き放って良いのだと。
チェスターが私にプロポーズをしてくれた、全てがまるで夢のようでチェスターの腕の中で私は幸福に包まれて居た。
式典会場を去りながら背後でアルベルト王子殿下の慟哭が聞こえた。
「違う!俺はオリヴィアが好きだったんだ!」
けれどもその声は私とチェスターの歩みを止めることはできなかった。
振り返れば、ずっとずっとチェスターと一緒に私を守ってくれていた友人たちがアルベルト王子殿下の道を塞いで私たちに大きく手を振ってくれていた。
私たちは慌ただしくチェスターのレッドスター公爵家のタウンハウスから馬車を乗り換えすぐに出国した。
隣国に入り両親と兄、レッドスター公爵夫妻と合流してさらに国を幾つか渡り公国に入ったのは卒業式典から二か月が過ぎていた。
今日は私とチェスターの結婚式が行われる。
真っ白なドレスに身を包んだ私は隣に立つチェスターを見上げる。
真っ白なタキシードが黒髪に映えて眩しいほど。
「眩しいな、今日のヴィーはいつも以上に綺麗だよ」
「チェットも凄く素敵よ」
私たちは微笑み合いながら赤いカーペットの上を歩く。
両脇に両家の親族が、あれから国を捨てて逃げ延びてきた友人たちが、公国で知り合った新しい友人たちが私とチェスターを祝福してくれている。
誓いの言葉と口付けをフラワーシャワーが彩った。
【完結】婚約破棄に潜む悪意【短編】 竜胆 @rindorituka
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