青春は甘酸っぱくないらしい

 優実からメッセージが届いた時、心底どうでもいいと思った。恐らく告白の結果についての内容だろう。付き合えるようになったとしても祝えない。振られたとしてもフォローするのが面倒くさい。いっその事メッセージは無視してやろうか。今の自分にとって友人関係でさえ淡白なものに感じた。このまま優実との付き合いも止めてしまえば楽になれるだろう。

 しかし何故だかそのメッセージを開いてしまった。興味本位なのかなんだか分からないが指が勝手に動いた。メッセージを確認すると、

「ひな、告白上手くいったよ!!付き合えるようになった!!」

 案の定、告白の結果についてだった。付き合える様になったと言われたがどうでもいい。メッセージはまだ続いていた。

「ひながあそこで思いっきり背中を押してくれたからだよ。ちょっといつものひなと違くて怖かったけど。目つき悪いし、声大きいし。あ、目つき悪いのはいつもか。」

(そうだよ。私が背中押したからお前は付き合えたんだ。ふざけんなよ。私は青春から卒業したのにお前は私を置いて青春の只中にいやがって。お前なんて私が居なかったら何にも出来なかった癖に。言うに事を欠いて目つき悪いって何だよ。ケンカ売ってんのか。)

 段々と腹が立ってくる。メッセージはまだ続きがある。読むと頭が益々沸騰しそうだが続きを目で追う。

「背中を押してくれた時のひなの手、ものすごく熱くてすごい勇気付けられた。あの手があったから頑張れたんだ。本当にありがとう。めっちゃ青春してるね、私たち!!もし今度、優実に何かあったらぜっっったい私が力になるから。何かあったら言ってね!!まだまだ話たいことあるから、帰ったら電話するね!!」

 そのメッセージの後に良く分からない二頭身のキャラクターが手を振って「またね!」と言っているスタンプが送られてきた。腹が立つ。優実に対して、そして自分に対してだ。勝手に僻んで勝手に腹を立てている自分が恥ずかしい。友人の幸せを祝えない自分が情けない。優実が自分を置いてどこかに行ってしまったかの様に思えたのが少し寂しい。そして置いて行かれたのが悔しい。優柔普段でいつも何かを決めるのが遅い優実のくせに。でも、あいつは優しいやつだった。こんな私でも何かあったら助けてくれるって言ってくれた。人間としてありとあらゆる点で優実に負けている気がした。色々な感情が溢れて渦になり飲み込まれそうになるけど、悔しい気持ちが一番強かった。優実に負けていられない。私だってやってやる。何をやるかは分からないが何かをやってやるという気持ちになった。まぁ、今日の所は少しぐらいは優実の話に付き合ってやってもいいだろう。冷め切っていた手に再び熱が篭り始める。


 変な感情の渦に溺れていると列車はトンネルを抜けて外に出ている。色の無い世界が再び色を持ち始める。電車から見える景色は相変わらずつまらない。つまらないけど夕日を浴びた田園風景や家屋は先ほどより少し美しく見える。流れる景色を見ていると渦巻いていた感情も少しずつ流されていくようだ。悔しさは消えていないが清々しい気持ちもして、顔がふやけてしまう。私は歯を食いしばって笑っているみたいだ。変な顔になっているに違いない。

(こんな顔には見せられないな。)

 彼女がいる方に振り向くと彼女の隣には男が座っていた。20代前半ぐらいの男だった。車内には空いていて他の座席にも空席はある。知り合いなのだろうか。

(ひょっとして彼氏とか・・・)

 心がざわついた。見てはいけないものを見てしまった。あれだけ美人な女の子に恋人がいてもおかしくない。むしろその方が自然だろう。それでも恋人と思わしき人と彼女がいると、また嫌な気持ちになりそうになる。

(・・・彼女が幸せそうならいいかな。)

 彼女の知り合いですら無いのに私なんかが彼女の幸せを思うなんて、おこがましいにも程がある。祝福の気持ちの構成率が100パーセントという訳では無いが、受け入れて前に進んでいかなくてはいけない。青春真っ只中の優実に負けないとはそういう事のような気がする。

 しかし彼女の様子を見る限り付き合っているという雰囲気があまりしない。彼女は相変わらず文庫本に目を向けたまま彼氏と思わしき人物と話を一切しようとしていない。今の彼女に普段の柔和で穏やかな雰囲気が感じられない。身体が強張って怯えているみたいだ。男は彼女にピッタリとくっつく様に座り何をするでもなくそこにいる。そして時折彼女を舐め回すように頭から爪先まで気持ち悪い目線を向けている。

 その視線に気付いた時ポンッと背中を押されて、身体が彼女の方へと躍り出る。

(え?)

 誰が背中を押したのだろうか。押された気がした背中の部分は脈を打っていて焼けそうに熱い。自分の右手に意識を向けると同じように熱を持っていた。その熱は全身に回り、熱で思考回路がオーバーヒートして身体は熱を原動力に進んでいく。そのままの勢いで私は彼女と男の間に立っていた。彼女はただ不思議そうに、男は怪訝な表情で私を睨んでいる。

「・・・何?」

 男は不快そうなトーンと声量で声を掛けてくる。

「すいません。友達と話したいので、そこどいてください。」

「何で?」

「・・・どいてください。」

 とにかくどいて欲しかったので誠心誠意お願いをした。すると、

「ひぃ!」

 マンガみたいな怖がられ方をした。何故か先ほどの優実と全く同じ反応をされた。「ひぃ」なんてリアクションを1日に2度も見られるものでは無いから、案外今日はついてるのかもしれない。男は席を立ち何処か違う車両へと逃げていくように移動していく。全く失礼なものだ。せっかく私が可愛く上目遣いでお願いしたのに。不思議だったので彼女に尋ねてみる。

「あの・・・何で逃げられちゃったの、かな?」

「え?あー・・・私は迫力満点でカッコ良かったと思いますよ?」

 彼女はまだ恐怖が抜けきっていないのか、動揺しているのか分からないが質問の答えになっていない返答を返してきた。

「はくりょく?」

「はい!声が低く威圧感があって相手を睨むようにしてて、格好良かったです!」

「あ、ありがとう?」

 彼女は急にイキイキし始めて目を爛々とさせながら答えてくれた。いつもは見ない可愛らしい彼女の姿にドギマギしてしまう。

(ふむ・・・)

それにしても迫力か。私は可愛くお願い出来たつもりだったが、中々難しい。

「・・・・・・」

 彼女と話が出来る機会に恵まれたのだから、何か声を発しようとしたが何も出てこない。すぐ隣にいるのにより遠くなった気がする。顔の作りや背丈、彼女が醸し出す全てが私のそれとあまりにも違う。彼女のと距離は日本からブラジルぐらい離れている様だ。その距離を思うと意識さえ遠くに行ってしまいそうになる。近づけたと思ったら距離を感じる。話せたと思ったら話す言葉があまり見つからない。一つ壁を乗り越えたら更に大きな壁が目の前に立ちはだかっているみたいだ。それでも彼女にほんの少しだけ近づけた気がしてフワフワと気持ちは軽くなっているみたいだ。


 お互いに何か言葉を交わすでも無く時間は過ぎて、私が降りる駅に電車が到着する。席を立ち彼女に声をかける。

「それじゃあ・・・またね」

「はい・・・」

 何か言いたいことがありそうな彼女だったが、また明日にでも話す機会はあるだろうと思って後ろ髪を引かれる思いをしながらも電車を降りる。電車を降りて改札に向かう連絡通路への階段を登ろうとすると、

「待ってください!!」

「ふへっ!?」

 彼女が私の手を掴んでいた。驚いて変な声が出てしまった。彼女も電車を降りて走って追いかけて来たらしい。

「どうしたの?」

「あの、まだまだあなたと一緒にいたいと思って、つい・・・」

「ついって・・・」

 彼女に握られている手が熱い。今日は手が熱くなる事が多い一日だが、今日一番の熱さだ。その熱は手から心臓まで熱が伝わって来ているのか胸の辺りまでもが熱い。彼女が握る手の力が強くなる。

(あ・・・)

 私の手が熱いだけでは無くて彼女の手も熱くなっている事に気が付いた。私の熱が伝播したのか彼女の熱が私に伝播したのか分からないが、お互いの熱が二人の中でグルグル回っているみたいだ。

「あ、すいません!」

 彼女は掴んでいた手を離した。彼女の顔を見るとほんのりと頬が赤くなっている。

「ええと・・・何を話したらいいんでしょうか?」

「え?」

 話したいから追いかけて来て私を捕まえたのに話す事が無いってどういう事だろうか。電車で見る彼女の姿はいつも凛としていて落ち着いたものだったが、目の前の彼女とは似ても似つかない。おどおどと落ち着かない様子は普段からは考えられない。普段の彼女と目の前の彼女のギャップや彼女の行動と発言の矛盾、熱さで沸騰しそうな頭なんかの影響で訳が分からなくなってきた。

「ふっ・・・ははは・・・」

「へ?」

「あーっはっはは!!」

 良く分からない状況に笑いが込み上げてきてそれから数分間笑いっぱなしになってしまっていた。


 笑いが収まってから彼女が乗る次の電車が来るまでしばらく彼女と話をしていた。彼女の名前を初めて知ったのだが、北園栞菜かんなという名前だった。栞菜はやっぱり私と同じ高校3年生だそうだ。私と同じく受験生。どこの大学に行くのかという話になり私は決まっていないと答えた。彼女は決まっていてそこは私が行くにはかなりレベルの高い大学だった。私の行く大学が決まっていないなら、一緒に行きたいと言ってくれた。正直難しいと思ったが、キラキラと何かを期待する彼女の目を見ていると私も頑張ってみると答えてしまった。


 そして志望校の話をしていると彼女が乗る電車がやって来る。

「あ、もう乗らないとですね。」

「うん。」

「あの、明日からも電車で一緒になったら話してもいいですか?」

「そりゃあ、もちろん。」

「やったぁ!!」

 そんな事で無邪気に喜んでくれる栞菜は子供みたいで可愛らしい。

「ひなちゃん、また明日。」

「うん、栞菜。またね。」

 栞菜は電車に乗り込み、私は電車がホームから去っていくのを見送っていた。今日起きた事に頭がついていけなくてホームでしばらくぼうっと惚けていた。そして意識を取り戻した私は栞菜と同じ大学に行くと言ったのを少し後悔していたのだった。それは私が想定していた壁よりも更に高い壁。高校に入ってからろくに勉強をしていない私にはかなりのハードルだ。青春するって甘酸っぱい何かが起こり続けるものだと思っていたが、苦難の連続のことを青春って言うのかもしれない。でもこの壁を越えたら少しはマシな景色が待っているはずだ。

(・・・帰ったら勉強するか。)

 私はホームから改札口に向かう連絡通路へと続く階段へ歩き出す。まだ手の熱は消えないままだった。階段に辿り着き階段を昇る。駆けるように上っていくその足はいつもよりも軽くてどこまでも行ける様な気がした。

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置き去りな青春 @shikakita

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