隣の席の田中さん

作者

隣の席の田中さん


 作者はとある事務所の事務員として働いている。


 三ケ月前に、新しい事務所に引っ越したばかり。


 前の事務所は部署ごとにほどよい拒離感があったのに対し、今の事務所は格段に狭くなり、違う部署同士がかなり近めの拒離で作業をする事になった。

 


 今回は今までそんなに関わった事のない部署が隣に配置された。そして隣の席の女性社員の田中さんも違う部署。

 


 引っ越したばかりの頃と比べて拒離感や雰囲気にもだいぶ慣れてきた。ただ厄介なのは、距離が逆すぎるためか前の事務所の時よりも人とコミュニケーションをとる機会増えてしまった事。



 作者は仕事をする上で決めている事がある。


🔹職場では深い人間関係を作らない

🔹必要最低限のコミュニケーションで済ませる



 その理由は浮かれた気持ちで仕事をしているとミスが増えるし集中できないから。       

 それと人間関係の問題に巻き込まれないようにするため。



 でもこの決め事をいとも簡単に壊してくる人がいる。


 その人は、会社の中での立場上ではトップクラス。他の部署の上司。



 その上司は以前こんな事を言っていた。

 


「仕事は楽しくやらなきゃ」



 上の立場の上司がムードメーカーをモットーにしている人だから、作者にとってはとても都合が悪かった。


 しかも自分で女好きを認めている位だから女性が標的にされる事が多い。


 でも女好きを公言しているわりには、ハラスメント的な行為はないし一般的に言ったら、明るく元気で部下に気配りができる優しいイケオジの上司。

 

 イケオジだけあって若い子達にも人気がある。


 いつも社員に目を配り元気がなさそうな子を見つけるとすかさず声を掛けている姿をよく見かける。


 作者も何度か声をかけられた事がある。


 その上司は自分の空間を作るのがとても上手で、作者はいつもその空間にのまれて

しまうのだった。


 空間にのまれたらもうあとの祭り。

 蜷地獄のようにズルズルと引き込まれてしまう。 



「また余計な事を話してしまった」



 そんな事を繰り返してばかりだった。



 そんなある日、その上司が作者の後ろの席の角田さんと二人で話が盛り上がっていた。


 どこか憎めないイジラレキャラ。


 でもの仕事に対しては真っ直ぐで妥協を許さないタイプ。

 角田さんは一際事が大きいので、普通に仕事をしていても会話の内容が事務所に響き渡っている中、作者は聞こえないふりをしていた。



この会話には入らないようにしよう……

仕事に集中しょう………


 

 と心の中で呟いていた。


 ところがその後すぐ


「田さん何歳だっけ?」


 と上司が角田さんの年齢の話をふってきってきて


「五十代です」

  

 と角田さんが返答をした瞬間…て

 


「え?」



 体が反射的に働いてしまった。


 反応してしまえばこっちのものと言わんばかりに


「作者さん。角田さん五十代だって‼︎」

 



 その上司は確実に狙ってた。作者

がこの会話に入ってくるタイミングを…



「五十代に見えません。見えないからびっくりしてしまいました」


 いつもの癖で驚いてしまった。


「駄目だよ作者さん、嘘ついちゃー。逆に失礼だよ」



なんて言われたけど、本当に五十代に見えないから反応してしまったのだよ………角田さんは肌つやも良く、仕事に対するひたむきさや妥協しない所、そういう所がよりいっそう若さを引き立てるのでしょうね………


いやっ、それどころじゃない…………


やっちまったー…………



 いつもこうやって上司の空間にのまれてしまう



本当情けない………

もう最悪………


 と自分の中でへこんでる中、何気なく隣の田中さんを見てみると、


「え?」


田中さん……見向きもしなければ反応すらしてない…………微動だにしない。



 思わず二度見をした。


 こんなに近い拒離で、しかも田中さんと同じ部署の人達で話が盛り上がっているのにもなかわらず無反応。


すごすぎる………


 その時気付いた。

 田中さん作者ができない事を簡単にやってる。

 

 今まではそんなに関わった事がなかったから分からなかったけど田中さんていつもマイペースだった。自分の枠をちゃんともってる。


 帰り際、同じタイミングになっても自分の歩幅は変えずに歩く。その時はきっと急いでたのにもかかわらず、話が途切れる事もなくうまい塩梅で切り上げる。しかも嫌みったらしくもなく。



 仕事も無駄にエネルギーを使わずやる事はちゃんとやるし、物事を強要したりもしない。好きな時、好きな時間に周りの目を気にせずに煎餅をボリボリ食べられる人。


 極めつきは上司に忖度しない事。

 しかも相手に嫌な思いをさせないような、そんな忖度をしないやり方ができる人。


 うまい。うまいの一言。



 作者も忖度をしない方だけと言わばガサツな方の忖度しないタイプ。


 隣で田中さんと田中さんの部署の上司とのやりとりを思い返してみても、自分の意見はしっかり言うし上司の意見に軽々しく合わせたりない。だからといって切り捨てたりもしない。距離感の保ち方か絶妙。

 

 作者よりも年上で、古株なのに先輩ずらもしない。

 少し天然ぽいい所が更にすごさを加算させる。


 田中さん


「私、影薄いから~」


 なんて言ってるのを聞いた事があるけど、作者にとっては影どころかその逆に見えた。



 “影が薄い”それさえ技なのか!?


 田中さんは本当に必要な時しか話をしていないような気がする。




 まんまと上司の罠にハマり、しばらく角田さんの会話の中で溺れてた作者とは大違い。

 


 “影が薄い”ってもはや特技なのでは?



 必要な時に必要な時だけしか会話をしないのだからかなりエコな訳で。


 燃費の悪いエネルギーの使い方をするより断然賢いし、とにかく人間力が半端ない。


 その分自分が情けなくもなるけど……




 自分ができない事をやってのける人ってかっこよすぎる!!



 割増しで自動的に魅力度が上がっていく。



 こんな隣の田中さんに感激を覚えた、昼下がりの午後の事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の席の田中さん 作者 @tarinri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る