第二話 失ったもの


 レイがアインス村を発った三十分後のこと……。

 

 アインス村の門口、そこにはむさ苦しい風貌の男三人組の姿があった。威圧的な服装、態度は村人を萎縮させる。彼らが村人に要求することは、つい先程まで居た少年の身柄の受け渡しだった。


「おい、そこのお前。ここに人形を持った人間がこなかったか?」


 男の一人が村人に訊ねるが、畏怖の念に支配されているのか、はたまた後ろめたいことでもあるのか村人は口を噤む。そんな村人の様子を見て男たちは、腰に携えた剣を村人に向け対応を変えた。


「この依頼は! 公国のクソ貴族共が冒険者ギルドに直接依頼を出したものだ! 嘘偽り、非協力的な態度をとれば! 即座に反逆罪と見なし処罰する!」


 冒険者の男たちはけたたましい発言と共に、公国貴族の捺印が押された依頼書を見せつけた。この国において貴族に逆らうことは死を意味する。

 基本的に貴族が冒険者に依頼することはそう多くない。貴族たちは自分達の兵を所持しているからだ。しかし兵を動かすには莫大な資金が動くため、不確実正の高い調査仕事や遠征任務など、コストの掛かる依頼は安上がりな冒険者に依頼が回るのだ。安上がりと言えど、冒険者にとって普通の依頼より公国貴族の依頼料の方が美味しいのは火を見るより明らかであり、貴族を嫌う冒険者が貴族からの依頼を受ける唯一無二にして単純明快な理由である。

 そして冒険者は村人たちにとって、鎖に繋がれていない猛獣のようなもの。

 そんな冒険者を前に、一人の村人が前に出て口火を切った。


「冒険者様……どうか剣をお納め下さい。確かに……この村に人形を手にした少年がつい先程訪れました」

「ほう、その者はどこに行った」

「はい、私がこの村の小さな雑貨屋に案内した後、森へ向かうのを見かけました……。恐らく薬草を採りに向かったかと。どうか! どうかこの村には手を出さないで下さい……」

「そうか。まあいい、そいつを捕らえれば莫大な金が入るんだ。もし嘘ひとつでもあった時は村が火の海になることを覚悟しておけ」

「は、はい!」


 怯えた様子で前に出たのは、先程レイを優しく案内した婦人だった。いくら優しい婦人でも、当然自分の村と命が大切なのだ。見知らぬ他人を助ける余力も無ければ、そこまでお人好しでもない。婦人とて人間だ。明らかに戦う力の無さそうな少年を見捨てたことに、思うところが無いわけではない。それでも彼女は村を守るため、少年を見捨てる判断を選択したのだ。

 こうしてアインス村は、冒険者に侵されることなく難を逃れたのだった。


 ◆◆◆

 

 森に入って約三十分、俺は未だに薬草を探していた。

 一応雑貨屋の老爺ろうやに薬草を見せてもらったものの、森には似たような植物が多すぎて全く区別が付かなかった。その上森の奥深くまで入ってしまうと遭難の恐れがあるため、常に村の方向を意識して探さないといけない。そういった訳で薬草を探す仕事は思った以上に大変だった。

 老爺に探すコツの一つでも聞いておけば……なんて考えるが後の祭りだ。

 そんなこんなでさらに探すこと三十分。

 突然、複数人の声が聞こえてきた。村人だろうか。

 もしかして盗賊とかだったりして……。

 そしてそいつらは姿を見せた。


「お? やっと見つけた……ってなんだよ、ガキじゃねぇか」

「えっとあなたたちは……」

「俺たちは公国から依頼を受けた冒険者だ」

 

 俺の前に現れたのは冒険者を名乗る三人組の男だった。冒険者……初めて見るが、男が名乗らなければ山賊か何かと勘違いしそうな身なりだ。冒険者が一体、俺に何の用なのか……そもそも俺はこの世界に来てからアインス村の住人としか言葉を交わしていない筈。いや……もしかすると俺が気を失っていた前になにかあったとか…………なんにせよ、冒険者たちの目的が気になる。

 冒険者は俺の考えを見透かしているかのように目的を口にした。


「単刀直入に言う! 今すぐその人形を渡せ、そして俺たちと共に公国まで来い」

「抵抗するなら殺してでもお前を連れていく。お前の生死は問われていないからな」


 男たちが俺に求めたのは人形の引き渡しと、俺の同行……いや連行だった。

 生死を問わない……彼らのその言葉が偽りでないことは、その目を見れば嫌でも思い知らされる。

 何の力のない俺ではどう足掻いても殺されることは目に見えている。

 しかし抵抗しなければ殺されない、などという甘い考えは捨てるべきだ。そんな常識が通用しないことは分かっている。

 本能が、直感が……俺に強く、強く、逃げろと訴えかけていた。


 俺は即座に踵を返し、全力で走った。

 ――――走れ! 走れ走れ走れ走れ!

 振り返らずただ足を回すことだけ考えろ! 

 真っ直ぐ!

 でないと……死ぬ。

 ……死ぬ? 本当にこのまま走り続けていいのか?

 何か嫌な予感がする。

 俺は走りながら、ふと後ろを振り返った。

 奴らはまだ追ってきていない? …………いや!

 瞬きをしたその瞬間――――――――――――――そいつはそこにいた。

 剣を抜いた男は、俺目掛けて振りかぶる。

 しかし俺の一瞬の勘が生死を分けることになった。

 全力で回していた足を止め、俺は左に全力で跳んだ。


 間一髪、俺は男の攻撃を回避することに成功したのだ。

 その勢いで俺は草むらに転がりこむ。

 くそっ! 右目にゴミでも入ったのか、上手く開かない。しかも人形も何処かに落としてしまった。

 何とか体勢を立て直し、冒険者たちの位置を確認しようとしたが……………………。

 あれ? おかしい……右目が開かない?見えない?

 異様に右目が熱く感じる。

 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、目を開けようと力を入れるが視界の右端は真っ暗のまま。



 ――――こうして俺は右目を失った。

  

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