第三話 特異精霊


「ああ…………ああああ!? 目が…………俺の……俺の右目があああああ!」


 近くの大木に体を預け、右目を触って確かめると、震えの止まらない右手にはドロリと赤黒い血がこびりつく。手を離せば、ポタポタと垂れた血は地面を赤く染めていく。

 くそ! 斬られた? いつ……いつ斬られた…………!!!

 未だに敵が追って来てるというのに、錯乱状態によって逃げる判断力すら失ってしまっていた。


「ほう、即座に俺らから逃げる判断力に行動力、攻撃を躱したのもまぐれじゃなさそうだ」

「ははは! 残念だったな小僧! お前はここで終わりだ」

 

 ――死。

 この時、俺は初めてそれを本当の意味で実感した。

 嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない。

 まだやり残したことが………………やり残したこと? そんなものが俺にあっただろうか。

 何となく日々を過ごし、夢も目標もなくただ生きる毎日。高校、或いは大学を卒業すれば、別に好きでもない一般企業に就職するというありふれた人生。

 中学の時もそうだ。人間関係が煩わしくて友達も出来ず、大した想い出なんて残っていない。きっとこのまま高校に入学してもきっと同じ有り様。

 家族とも上手くいかず家では会話もしない俺を、父さんや母さんは心配しているだろうか。

 死にたくない? 生きてどうする。

 今死を免れて、また同じ人生を歩むだけか?

 ただ死ぬのが怖いだけか?

 ――――――――――――――――――――――――――――――違うだろ。

 俺はこのまま、何かを成せずに死ぬのが怖いんだ。

 死に際だってのに、大切な人の顔一つ浮かばねえ。

 そんな自分を変えたい、変わりたい。

 一つでもいい。やりたいことを見つけたい………………。

 でも今の俺にはこいらの攻撃を避けることすら叶わない……。

 しょうがないか…………全部遅すぎたのか………………。

 ああ……もう意識が…………。

 

 諦めかけた、その瞬間だった――――――


「ダークネススピア!!!」


 冒険者の後方から、禍々しいオーラで形成された槍に酷似したものが飛来した。

 



 冒険者たちは攻撃を上手く躱したが、槍が木を貫いた箇所はまるで初めからそこには何もなかったかのように消滅した。


「なんだ!? 今の攻撃はどこから……」


 男たちが凝視するその視線の先、そこには先ほどまでレイが手にしていた人形が浮遊していた。

 人形の可愛らしい顔にはまったく似合わない怒りの色が露になる。

 

「あなたたち! その人間に手を出すことは絶対に許さないわ!」


 男たちは人形の放った闇魔法、浮遊している事、そして言葉を介したに驚きを隠せず、なにやらひそひそと相談を始めた。

 そのうちの一人である、言葉遣いの荒い男が仲間二人に問う。


「どういうことだ? 人形が喋るなんて聞いてねぇぞ」

「もしかしてこの少年が人形使い……」

「いや待て、言葉を交わす人形なんて聞いたことがないな。それにあいつは今闇の魔法放った。この世界で闇魔法が使えるのは闇の上位精霊、又は異世界人か魔族の一部だけだ」


 そんな憶測から三人は一つの結論にたどり着く。


「ってことは上位精霊か? だとしたら貴族どもが人形一体にあれほどの依頼料を出すのも納得だな」

「なるほど上位精霊か……貴族に渡すのは惜しいな。万が一契約できたら強力な力だけじゃない、場合によっては莫大な富と地位が手に入るんだ」

 

 精霊契約には相性があり、誰でも契約できるわけではない。そしてなにより契約には精霊との信頼が必要不可欠。しかしその事実が世間に知れ渡ることはなく、男たちもまたそれを知る由もなかった。それ故、彼らは精霊に対して愚かな提案をする。


「なあ! お前もしかして上位精霊じゃねえのか?」

「だったらなに?」

「俺たちは貴族の依頼でお前を捕獲しに来たんだが気が変わった。お前が俺らと契約して仲間になるなら、この男を助けてやるよ。どうだ? 悪くない話だろ」


 人形の少女はそんな馬鹿げた提案を呆れた顔で返した。


「そうか……よく分かった」

 

 男たちは人形に剣や杖を向け、戦闘体勢に入る。

 そのうちの一人が人形目掛けて飛びかかった。前衛職である彼は、後ろの二人が立ち回りやすいように先導する。中衛に位置する男は前衛と敵の動きを見極め、時には簡単な魔法で前衛の支援に回ったり、後衛を狙う敵には接近戦で対応する戦場の要。短めの杖を持った後衛の男は全体の見える位置から戦場を広く把握し、状況に応じて魔法を唱える。

 いくら上位精霊と言えども、人間の剣士一人相手に正面から斬り込まれスピード勝負に持ち込まれれば、魔法を発動する前に打倒されてしまう可能性は高い。

 仮にも彼らは冒険者の中でも比較的上位のBランク冒険者。Bランク冒険者三人がかりであれば、魔法を扱う精霊に後れを取ることはない。とはいえ相手は非常に強力な上位精霊、男たちも最初から油断することなくこれ以上なく完璧なフォーメーションで立ち回った。

 しかし男たちの攻撃が人形に届くことはなかった。


「シャドウリストレイン」


 木漏れ日によって地面に投影された男たち自分自身の影が、己が身を拘束した。


「な!? なんだこれは!?」

「か!? 影が動いてやがる!?」


 彼らは聞いたことも見たこともない魔法に当惑していた。

 なぜなら闇の魔法に影を操る魔法など存在していないからだ。

 さらに言えばこの世界で影を操る存在など誰一人としていない……男たちの常識ではそれが普通だった。

 しかし彼らは、とあるおとぎ話……いや、うろ覚えの伝説を思い出す。


「ま、待て! お、お、お前まさか上位精霊なんかじゃなく…………特異精霊じゃ!?」

「特異精霊だと!? 特異精霊って言えば、精魔大戦時に十二体の魔王を封印したという!?」

「おかしいだろ! それは空想の伝説じゃ………………」

「噂程度だが…………聞いたことがある…………特異精霊はその強力すぎる力故、その身を特殊な人形に封印し……そして特異精霊は限られた一部の人間ではドール精霊と呼ばれていると……………………」

「そ、そんなバカな…………ということはまさか………………奴は特異精霊の一角、闇影精霊か!? ふ、ふざけんなよ! だとしたら貴族共はなんてもんに手を出してんだ!!!!!」


 恐怖、絶望、それらが冒険者たちを支配した。

 しかし彼らとて、Bランク冒険者。黙って死を受け入れる訳もなく、男たちは抵抗する。

 精霊に拘束されたその身を、解放するために中衛の男は後衛の魔法使いに指示を出す。


「火魔法だ!!!!! 火で影を照らせ!!!!!」

「我が身を熱き炎で守り! 敵を焼き尽くせ! ――――ファイアローズイルミネイト!!!」


 魔法使いは火魔法を足元に放った。魔法使いの狙いは男たちを捕らえている影本体でもなければ、人形でもなく影そのものを照し揺らすこと。

 冒険者たちの奇抜な発想により、影による拘束はその効力を著しく低下させた。その隙に三人はなんとか拘束から逃れることに成功した。


「撤退だ!!!!!!!!!!!! 三方向に散れ!!!!」


 中衛の男の合図により、三人はその場を後にした。

 しかし人形が、その者らを追うことはなかった。


 こうしてレイと冒険者は九死に一生を得たのだった。

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ドール・イン・ファンタジー 〜ドール精霊を救う旅へ~ 屑野メン弱 @kuzuno_menjaku

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