第一話 人形(ドール)
「世界の理――――――――――――――鎖よ! 我が――――、その自由――――――! 我、――――暗影を司る精霊――! 我が身――――彼の者の名は!――――――――――――――――!」
『レイ!』
――――――誰かに名前を呼ばれた気がした。
その名前は自分のものではなかったけど、なぜか自分が呼ばれている……そんな気がした。
閉ざされた瞼の裏側に微かな光が差し、俺は目を覚ます。横たわる体を起こし周りを見渡せば、辺り一面に生い茂る木々が散見される。
「ここは…………」
夢でも見ているのだろうか。
確か……そう、今日は高校受験の日だったはず……。
目に映る景色はとても東京の姿とは思えず混乱した。
こんな訳の分からない状況だというのに、隣に横たう漆黒のドレスを身にまとった人形が気になって仕方がなかった。
「美しい…………」
無意識にそう口ずさんでいた。
作り物の筈なのに、まるで作り物じゃないみたいで。
気づいた時には俺の手は人形に伸びていた。
「!?」
人形は暖かく、僅かに息をしていた。生きているのか?
しかしなぜ俺は人形と一緒に寝ていたのだろうか……そしてこのまま待っていれば、人形は目を覚ますのだろうか。
どの疑問にも、答えてくれる者は当然いなかった。
人形が目を醒ましたらこの状況を説明してくれるかもしれないが、こんな何もない場所に留まっていても仕方ないため、俺は人形を抱え辺りを探索することにした。
歩き続けて二時間くらいたっただろうか。
その間、人形が目を覚ます気配はなかった。
道中、見たことも聞いたこともない植物が生い茂り、ひとつの予感が頭の中を横切る。
(異世界……)
予感は森を抜けることによって、確信へと変わッた。さながら日本を代表するアニメーション映画、あの三文字の呪文を唱えたくなるような島が宙に浮いていた。
あまりに非現実的すぎて、驚きを通り越して変な笑いが出てしまった。
挙げ句の果てに島の周りには大きな鳥……いやドラゴンが飛んでるし。
呆れて言葉も出ない俺は、その足を平原へと向けた。
それから少し歩くと、遠目で見える位置に村のようなものが見えてくる。
最初は人がいるかもしれないという偶然に歓喜していたが、よくよく考えると相手は異世界の人間。そもそも言葉が通じるのかすら疑問だった。
しかし今は頼れるものがその他にないため、俺はその村を訪れることにした。
村の周りは古びた木の塀で囲まれていて、まさに異世界といった感じだ。
幸いまだ日は高かったため、門は開いている。覚悟を決め、俺は不安な気持ちを抱えたまま門を潜った。
村に入ると、数人の村人に不思議そうな眼差しを向けられた。
そのうちの一人、ややふくよかな婦人が俺に声を掛ける。
「おや? 旅人とは珍しい。こんな辺境な村になにか用かい?」
どうやら言葉の壁はないようだ。
しかし、この世界で異世界人がどういった立場にあるのか分からない現状、下手なことを言えば監禁、最悪殺されるかもしれない。
そんな想定を頭に入れながら、俺は婦人の質問に探り探り答える。
「えっと、目が覚めたらすぐそこの森に倒れてまして……記憶があやふやなんです。ここが何処なのか教えてもらえますか?」
「あらそう……それは大変ね。ここは精魔大陸北西にあるオスクロ公国の領土、アインス村よ」
精魔大陸……オスクロ公国……やはりどれも聞いたことのない単語ばかりだ。改めて異世界に来てしまったんだと実感する。
優しく受け答えしてくれる婦人と、村人の雰囲気を見る感じ、俺みたいな余所者にもある程度寛容なんだと思う。
俺はまず人が生きるのに必要な衣食住の、食と住を何とかしなきゃいけない。
婦人に宿屋の場所を尋ねてみたが、アインス村は辺境にあるため旅人が滅多に訪れず、宿屋は一軒もないらしい。
とにかく何をするにしてもお金が必要だ。この世界の常識も知らない俺がお金なんて稼げるのだろうか。
「あの、ここら辺で働けるような場所……お金を稼げるような場所ってありませんか?」
「んーそうだね……この通りをまっすぐ進んだ先に、エリアスの雑貨屋があるからそこを訪ねてみたらどうだい? 仕事というより、手伝いみたいなもんだと思うけど、小遣い程度ならくれる筈さ」
「分かりました! 訪ねてみたいと思います! ご親切にありがとうございました」
「そういえば君、名前は何て言うんだい?」
本名を名乗るか迷った俺は、
「えーっと……………………レイ、俺の名前はレイと言います」
「レイ。とても良い名前ね。それじゃあレイ君、良い一日を」
婦人はそう言うと笑顔で去っていった。
ちなみに、この人形のことも聞いてみたが婦人に心当たりはなかったようだ。
そして俺はこの世界で誰かに呼ばれた名前、レイを名乗ることにした。
俺は婦人に言われた通り雑貨屋の前までやってきた。お店というよりは民家っぽく、危うく通り過ぎるところだった。
老朽化によりがたついた戸を開き中に入ると、様々な物が雑然と置かれた棚に、軋む床、空気中に漂うホコリはさながら物置小屋。
カウンターには、しわくちゃで今にも倒れてしまいそうな老爺がうたた寝をしていた。
声を掛けると老爺は目覚め、俺はさっそく本題を伝える。
「すみません、ここら辺でお金をを稼げるような仕事はありますか?」
「ほう……仕事……ね。そうじゃそうじゃ、丁度薬草を切らしていたところじゃった……」
薬草を採ってくれば、小遣い程度ではあるがお金をくれるとのことだ。
薬草は俺が倒れていた森にあるらしい。探すくらいなら俺にも出来るかも……そう思った俺は、藁にもすがる思いで森へと足を運んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます