消えた二人4
***
「殺してやるっ! お前なんか、俺が殺すっ!」
業火で焼き尽くされていく建物を前に、四人の子供がいた。
名を綴、稀月、綿、そして弦月という。
バキバキバキと大きな音を立てて壊れていく建物は、まるで生きた怪物のようだった。焦げた匂いの中には、生臭い肉の匂いも混じっている。故に、何人の人が死んでいったか、数えることは不可能であった。
「しっかりしろ、弦月っ!」
パァンと派手な音を立てて平手打ちを喰らった弦月は一瞬暴れることをやめる。自分よりも体の大きな弦月の体を、綿が抑えるが、弦月の肘や手が辺り、綿にはいくつかのあざができていた。
それほどまでに弦月は、綴に殺意を向けていた。
綴は弦月の視線の先――泥の地面の上で横たわっている。その有り様はとても無事とは言い難かった。
もっとも四人とも、決して無傷ではなかった。暴れる弦月には片足が無く、弦月の前に立つ稀月は体に大きな火傷を負っていた。二人の足元で泣き啜りながら静かに座り込む綿は片腕をなくしていた。
「離せっ、綿! 俺は――おれは、あいつを殺さなきゃいけねえんだっ!」
匍匐前進で進もうとする弦月の腰に抱きつき綿は泣く。
「い、いやだ。私は、もうこんなの嫌なの……っ!」
「……っくそ! 綿、てめえ……っ!」
弦月は拳を握りしめた。顔を上げるとあと数メートル先に綴がいる。あと少しであいつのところへ手が届く。
そしたら、俺は……俺は……―――。
「彼女は、僕が守る」
稀月は膝をついてしゃがみ、弦月の視界に、入った。弦月の視界から綴が見えなくなる。生暖かい風が吹いた。顔にも火傷を負っている稀月は片目を瞑りながら言う。
「綴たちのことは、必ず僕が守る。だから弦月はもう、休んでいいんだよ」
「やす、む………?」
稀月はそっと弦月の額に手を当てた。
「さよなら、弦月。次会うときには、こんな世界…――」
―――なくなっているといいね―――
***
日中の公園には、小さな子供がたくさんいた。ベビーカーを持った親が何組もいて、変わった形の遊具で子供達が遊ぶ。ちょうど良い気候の時期にはそんな光景が多く見られた。
そんな中、凪と綿は公園の日陰にあるベンチに座っていた。綿の手には、先ほど買ったジュースが握られている。
「……あれから、私と弦月は一緒に過ごしていました。稀月兄と綴姉とは一切連絡も取っていなかったのですが、どういうわけか私たちには別の居場所が用意されていて、養子にとってくれた新しい家族と過ごしていたんです。……でも、数年前、弦月は姿を消してしまいました。その言葉の通り、気配も全て消してしまったのです。もしかしたら、二人のところへ行ったのかもしれないと思ったのですが、私の検索にひっかからなかったし、もうすでに遠いところへ旅にでも行ってしまったのかなと、思ってたんです……でも、今朝……」
稀月と綴の気配がしたと同時に、弦月の気配も感じたと、綿は言う。
「……弦月は、二人に……というか、綴姉にすっごい執着していて、もしこのまま顔を合わせてしまったら、どうなるかわからないんです」
「だから、必死になって探しているわけだ」
「はい……」
綿はこくりと頷いた。そしてジュースを一飲みする。凪は綿の横顔をしばらく見て、やがて空を仰いだ。穏やかな景色が広がっているが、その実、俺たちは社会の裏で起こっていることを何も知らなかったのだと、この二日間で思い知らされた。
「――なあ、一つ聞いていいか」
「はい」
「どうして、そこまでして弦月って子は、綴に執着しているんだ?」
「……それ、は……」と言って綿は語尾を濁した。綿の脳内にあの日の記憶が蘇る。決して良い光景などではなかった。なにより、自分も大怪我を負った。
綿はそっと自分の左腕に視線を落とした。
あのときなかった左腕が、今ではすっかり元通りになっている。元の体に修復するまで二日もかからなかった。今であったら数分もかからないであろう。それを思い出すたびに、自分は普通で無くなってしまったことを認識させられる。綿はそれが怖かった。
「……凪さんは、私たちが……、怖くないのですか……? 私たちは普通じゃないし、今もあなたに何をするかわからない。あなたがすでに傷ついている可能性だってある。……それでも、私たちが、怖くないですか?」
「怖くないよ」と凪はキッパリと断言した。その言葉に、迷いはなかった。綿は一瞬目大きく見開き、やがてゆっくりと瞬きをした。それから少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか……」
綿はジュースをベンチに置くと、制服のポケットから紙とペンを出し、サラサラと何かを書いた。そして凪に差し出す。
「ここにお二人がいると思います。今から行けば多分そこからそう遠くへは行かないでしょう」
「ありがとう……。お前はどうするんだ? 一緒に…――」と誘うと、綿は首を横に振った。
「流石に私はそこへは行けません。服装的に」
綿の書いた住所は、世にいう『風俗店』の多いところだった。いくら制服で出歩いている子供が多いとしても、そこへ自ら行くのは危険である。
「私は、弦月を先に見つけてみます。気配を辿れば、すぐに合流できるでしょうから」
ベンチから立ち上がったその小さな体を、凪は心配そうに見る。
「一人で、大丈夫か?」
綿はまた、そっと笑った。
「任せてください。弦月は、私のお兄ちゃんですから」
そう言って、綿は走り去っていった。途中で転けて、公園から姿を消した。
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