人力発電しかできなくなった世界

ちびまるフォイ

機械的で人間的な最低限度の生活

「しっ、しんどい……!」


「あと10分で休憩だ。がんばれ」


「ふえええ……」


発電アルバイトの人間は休むことなく自転車を漕ぎ続ける。

その間も身体に取り付けられたパッドにより生体電流を奪われる。


休憩になったときにはへとへとだった。


「つ、疲れたぁ……人力発電がこんなに大変だなんて……」


「お前が初日だからだろ。ほら、あそこのじいさん見てみろよ。汗ひとつかいてない」


「うそだろ……」


自分よりふたまわりも年上のおじいちゃんは涼しい顔でお茶を飲んでいた。


「ってか、あんなおじいさんもここで働いてるんだな」


「いまや機械が全部仕事をやってくれている。

 人間ができることなんて機械サマのために

 必死に自転車こぐしかないんだよ」


「あーーあ! 昔みたいに発電所があればなぁーー!!」


もう100年以上も前には地球に風力発電だとか、

原子力発電とかがあったらしい。


絶え間ない地殻変動と異常気象、資源の枯渇により

残されたのは人力発電しかなくなったわけだが。


今もこうして生活できているのは、

あらゆる仕事を機械やAI技術で担保できているからだろう。

先人の知恵に感謝。


「ほら、休憩終了だ。こぎにいくぞ」


「人力発電なんてヒトのやるこっちゃないよぉ!!」


「発電バイトには衣食住が保証されてるんだ。ぜいたくいうな」


「僕はお前らみたいなソルジャーと違うんだよぉ!」


ぶつくさ文句を言いつつも人力発電にその身を捧げる。

そのときだった。


「うっ……! ううっ……!」


向かいで自転車をこぐおじいさんが胸を抑え始める。

あわてて発電自転車から降りてかけよると、その顔は真っ青。


「大丈夫ですか!?」


みるみる息が細くなっているのがわかる。

人力発電の監督者は自分が呼ぶ前にやってきた。


「おい、なにをやっている。発電が止まっているぞ!」


「それどころじゃないんです! おじいさんが……」


「そうか、わかった。では持ち場にもどれ」


監督者はおじいさんの襟首を掴むと、死体でも引きずるように運び始めた。


「なんてことするんだ!! 早く病院へ!!」


「代わりはいるんだ。それに発電が止まったら、

 それこそこの死にぞこない以上の人間が死ぬ。

 わかったら早く持ち場に戻れ」


「使い捨ての電池じゃないんだぞ!!」


「電池のほうがまだいい。文句を言わないからな」


「このっ……!」


「よせ! 反抗したらここを追い出されるぞ!

 ここ以外で生きる場所なんかないんだ!」


「くそ!」


庶民の働き口は発電所しかなかった。

もしも発電所を追い出されれば、火星よりも人の住めないこの土地に放り出される。


その後、おじいさんがどうなったかは知らない。

けれど許したわけじゃなかった。


「……やっぱり許せない」


「なにが?」


「あのことだよ。まるで僕たちを道具みたいに」


「実際そういう認識なんだろう。

 自転車を漕いで、生体電流を回収するためのもの。

 養豚場の豚さんよりも生物らしく扱われないからな」


「そんなの納得いくか。あいつらに痛い目を合わせてやろう!」


「よせ。どうせムダだ」


「僕はお前ほど聞き分けが良くない!」


「俺だって許せないさ」


「だったらいつまでもパソコンいじってないで、ちゃんと考えてくれよ!」


「考えてるって……」


同僚はあてにならなかった。

自分より発電所の歴が長いから飼いならされたのか。


自分はあの1件に納得できていない同志を集めてストライキを起こすことにした。


「電気が止まればあいつらだって黙っちゃいないはず!」


翌日は誰も自転車にまたがらなかった。

監督者はブチ切れて現場へすっとんできた。


「お前らなにをしている! なぜ発電をしない!」


「我々は! 人力発電アルバイターへの謝罪と待遇改善を求める!」


「「 そうだそうだ! 」」


「身体を動かすことしか使い道のない庶民ごときが。

 いっぱしの人間のようなことを言うな!」


「だったらもう発電をしないだけだ!!」


「そんなことすれば困るのはお前らだろう?」


「こっちは覚悟のうえだ! それにお前らも同じだろう!」


「どうかな?」


こうして交渉は決裂し、ストライキは長期戦へと流れた。

発電が行われないので移動はすべて自分の足だけ。

食べ物は自給自足となり、廃村よりもひどい暮らしとなった。


「おいしくない……」


調理ロボも、移動用のジェットシューズも使えない。

電力のない生活がこんなにも大変だとは。


「我慢しよう、リーダー。あいつらも同じ目にあっているはずだ」


「そうだな……。せめてあいつらの苦しんでる顔を見てみよう」


庶民の居住区を離れて、発電監督者が暮らす上流特区へと足を運んだ。

そこは夜なのにライトが照らされネオンが輝いている。


「な、なんで!? なんで電気があるんだ!?」


自分たちは縄文時代のような生活をしているのに、

特区の人たちの文化的な生活に目を奪われた。


「おや、お前らは発電所の人間じゃないか。

 特区には入れないはずだ」


「なんでお前らだけ電気が使えてるんだ! 不公平だろう!!」


「私達にはパーソナル発電機があるんだよ」


ぐいをヒモを引っ張られる。

首輪に繋がれた発電用の人間たちがやってきた。


「私達はお前らと違って、労働力以上の価値がある。

 だから電力がなくっても自前でなんとかできるのさ」


「そんな……。それじゃ僕たちのやっていたことは……」


「修行僧が勝手に断食をはじめただけのようなものだ。

 まあせいぜい苦しくなって発電機にまたがるこったな」


「てめえ!!」


『暴力を検知シマシタ。特区内での暴力は認められまセン』


特区の防犯ロボがトリモチ銃を突きつけた。

この街にはあらゆるロボットが庶民の街以上にある。

反乱すれば命はない。


「くそ……」


「せいぜい汗水たらして発電するこった。

 お前らは身体を動かすことしか使い道のないんだ。あっはっは!」


はらわたは煮えくり返りそうだが、減るのは腹ばかり。

近代の生活に慣れきった自分たちに自給自足は限界があった。


「リーダー……、もうムリだよ」

「早く発電しようよ」

「監督者のいうとおりだ。アイツらに響かない」


「うう……そうだな……」


悔しいが現実を受け止めるしかなかった。

発電自転車のペダルに足を乗っけたときだった。


「待て! 台無しにする気か!」


久しぶりに同僚が姿を見せた。


「第無しって……?」


「せっかくここまでストライキしたのに。

 お前が発電をはじめたら全部台無しだぞ」


「そんなことわかってる。でもこのまま続けても意味がない。

 だって特区に住んでるやつにはなんにも響いてないんだから」


「そんなことはない。奴らはきっと折れるはずだ」


「なにを根拠に……」


「わかるのさ。じきにくる」


同僚はなにか確信めいた顔をしていた。

すると、その通りになった。慌てた顔の監督者がやってきた。


「お、お願いだ!! ここでかくまってくれ!!」


「な……なんだよ急に!?」


「お願いだ!! なんでもする!!」


こんなにへりくだった監督者は初めて見た。

ここはチャンスだと思った。


「それは構わない。だが、僕らは今ストライキ中だ。

 我々の要求を飲まなきゃ……」


「なんでも言う通りにする!!」


「お、おお……」


あまりに話が進みすぎて拍子抜けした。


こうして自分たちの要求は受け入れられ、

監督者はおじいさんへの非道な行いを謝罪。


発電アルバイトの待遇を改善し、

ポータブル発電人間の制度を無くした。


本当にキツネにでもつままれたような気分だった。


すべてうまくいったが、

なぜか自信まんまんだった同僚にひっかかる。


「なあ、もしかしてお前がなにかしたのか……?」


「たいしたことはしてないよ」


同僚は笑って答えた。



「ただ。すべての電気ロボットへ人間への反抗プログラムを撒いただけさ」



大量のロボットと生活する特区はひどい有り様だったらしい。

もちろん電気もない先史時代生活をしていた自分たちには知るよしもなかった。

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