アキラ、子供らしさを。

裂けないチーズ

アキラ、子供らしさを。

そろそろ夏もクライマックスに差し掛かっってセミの声が一層大きくなってきた。部屋で勉強していても大合唱は容赦なく鳴り響いて今日はあまり集中できない。せっかく夏期講習が休みなのに僕は憂鬱な気持ちでいっぱいだった。

 かといってテキストを放り出すことはできない。お母さんにやるように言われている。お母さんをがっかりさせるわけにはいかない。朝早くに起きて僕のために朝ごはんと昼ごはんを用意してそれからパートに行って。お母さんが勉強しなさいというからやっているだけ、だけどそれでも僕が塾に通えるのはお母さんのおかげだ。だから、僕はお母さんの期待を裏切れない。

 とはいえ、このまま続けても集中できないから一旦休憩することにした。

 目の前の窓。晴れ渡った空にモクモクモクの雲が一つ黙々と浮かんでいる。その様子をしばらく眺めているとだんだん形が変わっていった。

 指が一本生えて、それから二本目が生えて、こんどは三本目が生えて、続いて四本目が生えて、最後に五本目が生えた。

 あっという間に雲はパーの形に変化した。僕は念の為自分の手をチョキの形に変化させた。

 雲はまた変化した。こんどは指を閉じて僕を手招きするようだった。

 それを見て僕は外に出ることにした。

 財布をポケットに入れて、サンダルを履いて家を出た。もちろん家の鍵は閉めた。

 確かにお母さんは裏切れない。でも、雲からの誘いも断れなかった。


 セミの生合唱が部屋で聴く何倍もうるさい。何も遮るものがない太陽は街を必要以上に温めて僕のおでこと首元からは汗がダラダラ流れている。

 勢いで外に出たから特に目的地はなかったけどとりあえず日陰に行こうと思った。坂の下のトンネルに狙いを定めて僕は歩いた。


 トンネルにたどり着いて早速入ってみたけどそこまで涼しくはなかった。

「あーあーあー」

 声が響くのが面白くて何度か声をだしてみる。

「あーつーいー」

「そーれーなー」

 びっくり振り返って見る。でもそこには誰もいない。またびっくり足に力が入った。

「そっちじゃねぇよーーー」

 びっくりしてこんどは逆に振り返る。そこには同い年くらいの男子が腰に手を当てて自信満々に立っていた。

「お前ひとりか?」

 そいつはそう言いながら僕に近づいてきた。足音と声がグチャグチャになって響く。

「そうだけど」

「おーまじでか。俺もひとり、暇なら遊ぼうぜ」

 今まで友達と遊んだことがない僕は正直少しビビっている。けどこいつはしつこそうなのでささっと誘いに乗ることにした。

「いいよ」

「よっしゃ。俺、ヤマダアキラ。お前は?」

「ハルト、森田ハルト。よろしく」

「よろしくな、はると」

 こういうのってだいたい苗字か名前のどっちかの気がするけどやまだあきらがフルネームを言うからつられて僕もいった。

「何して遊ぶ?」

 経験の少ない僕はとりあえずアキラに委ねることにした。

「とりあえず、駄菓子屋行こうぜ」

 僕たちの足音がトンネルに響いた。


「おっ、いい石発見。ハルト、石蹴りしようぜ」

「石蹴りって?」

「石蹴りだよ。知らねぇの?交互に石を蹴り合うやつ」

 アキラが僕にパスをする。そしてそれを僕がアキラにパスをする。

「結構うまいじゃん」

「まあね」

「20回目指そうぜ」

「オッケー」

 一、二、三、四五六、七、八九。パスはどんどん繋がって回数はあっという間に目標の二十回を超えて二十八回続いたところで石は排水溝に落ちた。

「よっしゃー。新記録だぜ、ハルト」

「やったね」

 アキラがあまりにはしゃぐから僕も嬉しくなって一緒に喜んだ。

 それからアキラと段差の上を歩いたり、白線の上を歩いたりしながら駄菓子屋に向かった。


 駄菓子屋はだいぶ古くてお店の前に見たことないコカコーラの自販機?みたいなのが置いてあった。

「僕、駄菓子屋って初めてきたよ。お菓子がいっぱいあってすごいねアキラ」

「だろっ。俺は常連だぜ。なあ、ばあちゃん」

「そうだねぇ」

 座布団に座るおばあちゃんはそういって優しい目をした。


 公園についてベンチを探すとちょうど中学生ぽい人たちがベンチをあけた。早速座ろうとするとアキラがベンチの下に捨ててあるゴミを見つけた。

「おい。お前ら、ちゃんとゴミ箱に捨てろよ」

「うるせぇぞガキ。お前が捨てとけ」

 そういって中学生たちは去っていった。

「アキラ、ああ言うのは放っておいたほうがいいよ」

「何いってんだよ。悪いことしてんだから言わなきゃダメだろ」

 僕は放っておいたらいいのにと思った。でもアキラのまっすぐな目をみてそれもいいと思った。

「そんなことよりお菓子食おうぜ。ハルト何買った?」

「僕は飴と蒲焼さん太郎。それから十円ガムを買ったよ。アキラは?」

「俺はスルメとサクラ大根とブタメン」

「ええ、こんな暑いのにラーメン食べるの?」

「わかってないなぁ。暑い時は暑いもんを食べるんだよ。それが通ってやつ」

「アキラかっこいいーでお湯はどうするの?」

「あっ」


 お菓子を食べ終わって、遊ぶことにした。

「ブランコからジャンプして遠くに飛べたほうが勝ちな」

 そういってアキラはブランコへ走っていく。

「危ないってアキラ」

「ビビってないで早くこいよ」

 アキラが手招きする。仕方なく僕はブランコへ向かった。

「じゃあ俺からな」

 アキラがブランコを漕ぐ始める。

 前、後、前、後。ブランコはどんどん高くなってついにアキラは地面と水平になってしまった。そして。

 アキラは手を離し、高く飛んだ。高く高く飛んでキレイに着地した。僕は見入ってしまって声が出なかった。

「どうだった?」

「すごいよアキラ。めっちゃ飛んでた」

「まあな。次、ハルトの番な」

 怖い。アキラは運動が出来るからいいけど僕は運動が得意じゃない。ずっと勉強ばっかりしてたから運動は全然ダメだ。怖い。

「僕はいいや。危ないし」


「大丈夫だってハルト。ブランコはこげるだろ?絶対大丈夫だってハルトなら飛べるって」

 アキラの押しに負けて僕はブランコをこぎ始めた。

 前、後、前、後、前、後、前、後。だんだんブランコに行き追いがついて目線が高くなる。

「いけハルト。飛べ。気持ちいいから」

「今、今、今」

 アキラがタイミングを取っている。

「いけ、いけ、飛べぇ」

 僕は手を離して足を踏み切って飛んだ。空を飛んだ。気持ちがいい。風を感じる。そして地面が近づいて僕は着地した。ゴロゴロ転がって膝を擦りむいたけどそんなことより飛べた。

「ハルトできるじゃん」

「僕飛べたよ。アキラ」


 それから僕たちは電灯によじ登ったり、花の蜜を吸ったり、いろいろして遊んんだ。


「キーン、コーン」

 五時の鐘が鳴って時間に気づいた。

「もう五時か。僕もう帰らなきゃ」

「じゃあ俺も帰ろ」

 はじめて友達と遊んで今日はすごく楽しかった。もっと遊びたい。

「じゃあ僕こっちだから。またねアキラ」

「おう。また遊ぼうなハルト」

 そういって僕たちはお互い反対方向に歩いていった。

 

 玄関にお母さんの靴がある。

「ただいま」

「おかえりハルト。どこいってたの?心配したのよ。勉強は?」

「お母さん、お願いがあるんだ。勉強もう少し減らせないかな」

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アキラ、子供らしさを。 裂けないチーズ @riku80kinjo

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